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7話-呪い

 四年前、アルーシャ・フォン・ロレーヌは【魔王】となることを決めた。

 謎の少年と契約を交わして、六歳の頃に戻った彼女がまず考えなければならなかったことは、ツェツィーリアを如何にして救うか、だった。

 美しい薔薇が咲き誇るロレーヌ家の庭園で、彼らは再び対面する。あの時とは違って机も椅子も上等なもので、装飾が施されたカップには澄んだ飴色の紅茶が淹れられていた。

「アルーシャ、事は順調に運んでいるかい」

 道化師の恰好をした少年は、アルーシャの対面で足を組んで座っており、相変わらず鼻につく態度で話す。

 一方のアルーシャは六歳と言えども上品な佇まいで、少年の様子に気にも留めずにただ淡々と受け答えをした。

「ええ、おかげさまで。少々、心が痛みましたが……」

 アルーシャ・フォン・ロレーヌ、名家であるロレーヌ家の娘。

 ユシタニア王国の王子クラウスの許嫁で、王国騎士団の団長にして公爵でもあるテオドールの一人娘。

 そんな肩書きを背負った彼女は、幼い頃から厳しい英才教育を受け続けていた。本来であれば、少年と話す自由な時間など与えられていないはずである。

 なのに何故、こうして落ち着いて話をしていられるのか。理由は単純明快だった。

「貴方から貰った魔力、そして呪いの力。それらを用いて、既に屋敷中の人間を支配下に置いていますわ」

「心が痛むと言っておきながら、徹底的にやったねぇ。そういう君の思い切りの良いところは、前から評価していたんだよね」

「……お褒めいただき光栄ですわ。この力で何処まで出来るのか、試してみたかったという面もありましたから」

 一度目の人生において、アルーシャはまったくと言っていいほどに魔法を上手く扱うことができなかった。

 王妃という立場に魔法は必要なかったというのもあり、教育係もそこまで気に留めず、それ以上の魔法の修練を行うことをしなかった。

 だが、それは大きな勘違いであった。学んでいたのは正道とも言えるオーソドックスな魔法ばかりで、彼女に向いているものではなかった。

 アルーシャが向いていたのは、呪いと呼ばれる、おおよそ邪道や禁忌とされるものだったのだ。

「僕が与えた膨大な魔力を使えば容易いことさ。君は【魔王】なんだから、それくらいの力は持ってなきゃね」

 少年はメイドが運んできた菓子を受け取り、上機嫌に頬張る。

 屋敷の庭園にこんな怪しい人物がいれば騒ぎになりそうなものだが、これも呪いによって普通のことであると認識させられている。

 庭園の管理をしている庭師でさえ同様だ。今やこの屋敷の人間は、アルーシャの意のままに操れる人形と呼んで差し支えない。

「それで、これからどうするつもりだい。【聖女】を救う為に、何か面白いことを考えているんだろう?」

 【聖女】を、ツェツィーリアを救う。

 ただ言葉にすれば簡単だが、そう容易いことではない。仮に1回目の人生で起こった惨劇を回避しても、【聖女】を利用しようとする勢力が居なくなるわけではないからだ。

 いや、このユシタニア王国が、正教会というものがある以上は、【聖女】として生まれてきてしまったツェツィーリアを自由にはしておかないだろう。

「ツェツィを救う為には、このユシタニアを根本から変えなくてはいけませんわ。その為に、私はこの力を使って新たな教団を立ち上げます」

「教団?」

「【聖女】を旗印としてクラウス王子が王に反旗を翻したように、ユシタニアには王を打ち倒そうする気運が少なからずありますの。平民と貴族の大きすぎる格差、諸外国との外交の失敗、地方貴族の不満など、綻びはいくらでも」

 次期王妃として国のことを学んだからこそ、国の実情をアルーシャは深く理解していた。

 現国王であるヨアヒムの悪政は、ユシタニアを徐々に蝕んでいる。辛うじて国が存続できているのは、騎士団長のテオドールを始めとする【王党派】の尽力の賜物であった。

 実際に、テオドールが処刑されて彼らの力が衰えてしまった後は、【貴族派】が擁立したクラウス王子に取って代わられるほどに民からの求心力が落ちてしまったのだから。

 アルーシャは少年を強い覚悟を感じる眼差しで見つめ、宣言する。

「【魔王】を現体制を打ち壊す象徴として擁立し、【ケルレウス正教】こそが諸悪の根源だとして民を立ち上がらせる。その足掛かりとして、()()()()を設立いたしますわ」

「フフッ……なるほど。君自身が【聖女】の代わりとなれば、ツェツィーリアに矛先が向くことは無くなる。【ケルレウス正教】を標的にするのは悪くない手だ。だけど、いいのかい?君の計画が成就すれば、下手したら国が滅びることになるよ」

「――――――今更、ですわね。愛する人の幸せの為ならば、国の一つや二つ、滅ぼしてみせますわ」

 淡々と、さも当然のことのように滅ぼすと言い切るアルーシャ。

 ただ民の為に生きて、尽くしてきた少女の口から出てきた台詞とは、到底思えなかった。

 それほどに狂ってしまった彼女に、少年は大声をあげて笑う。

「ハハハ、愚問だったね。まったくもってその通りだ。愛する者の為ならば、なんだって犠牲にする。それでこそ、悪役というものさ。」

 悪魔のような笑みを浮かべる少年は、椅子から立ち上がってアルーシャに手を伸ばした。

「楽しみにしているよ、【魔王(ディステル)】。君が創りだす、新たな物語を」



***



 ツェツィーリアがふと目を覚ますと、耳から横顔にかけて柔らかい感触を感じた。

 いつも自分が眠っている硬いベッドではない。少しずつ鮮明となっていく片方だけの視界も、見慣れないものだった。

「う……うぅん……」

 小さく唸り声をあげながら、無意識に身体をその場から起こそうとする。しかし、誰かの手が優しくツェツィーリアの頭を撫でた。

「まだ眠っていてもいいわよ。日もまだ昇っていないから」

 聞き覚えがある声が頭上から聞こえてくる。その瞬間、ツェツィーリアの思考と記憶が一気に呼び起された。

「あ、アルーシャ、さま。わたし、その、ごめんなさ――――――」

「きっと疲れていたのよ。謝るなら、むしろこっちのほう。散々連れまわして、ごめんなさいね」

 ツェツィーリアの耳が恥ずかしさで真っ赤になっており、アルーシャはそれを微笑ましそうに見つめている。

 酒場から脱出した後、本命の隠れ場所である民家に逃げ込んだ二人は、軽く食事をとった後ソファーに座って休息を取っていた。

 最初は緊張した様子のツェツィーリアだったが、眠気には勝てなかったようでアルーシャの肩にもたれかかるようにうたた寝をし始め、最終的にアルーシャが膝枕をして寝かせてあげたという経緯だ。

「最初はベッドまで連れていこうと思ったのだけど、起こしてしまうのも悪かったから。よく眠れた?」

「は、はい。だから、その……」

「その?」

「起きます、から」

 ツェツィーリアは申し訳なさそうに身体を起こして、アルーシャに向き直る。恥ずかしさで耳だけでなく頬も真っ赤になっていた。

 そんな彼女の姿を見て、アルーシャは思わず笑みを浮かべてしまう。

「ふふ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。安心して、寝顔はきっちりと観察させてもらったから」

「え、ええ……」

「別に減るものじゃないからいいじゃない。それに、寝言も可愛かったわよ?」

「あ、寝言、え……えっ?」

 慌てふためくツェツィーリアをよそに、膝枕から解放されたアルーシャはソファーから立ち上がる。

 ツェツィーリアとは違ってあまり寝ていないのか、その悪戯っぽい笑みとは裏腹に少しだけ目には疲れが感じられた。

「あの、なにか、言っていましたか」

「大したことじゃないから大丈夫。私は向こうの部屋のベッドで眠ってくるから、もう暫くゆっくりしていて構わないわ。お腹が減ったら、見張りに話しかけてちょうだい」

「わ、わかりました」

 アルーシャは軽く手を振りながら立ち去っていく。ツェツィーリアはそれを見送ると、へたりこむようにソファーに座り込んで溜息をついた。

「………はぁ。」

 アルーシャと一緒に居ると、どうしても調子が狂う。だが、同時に言葉に出来ない安心感のようなものもツェツィーリアは感じていた。

 彼女にとって、安心感なんて母親と一緒に居るとき以外は感じたことのないものだった。

 父親が家から出ていき、母親が病気にかかってやつれていってからは、その安心感すら感じたこともない。

 まさか自分があんな体制で熟睡するなんて、思ってもみなかったのだ。


 ――――――迎えに来ましたわ。私の愛しいヒト(マイ・レディ)


 私はツェツィを助けたい。今度こそ幸せになってほしい。


(未来から来た、って言ってたよね。未来のわたしに一体、何が起こったの?)

 アルーシャの言葉は突拍子もないことが多かったが、ツェツィーリアには彼女が嘘をついているようには見えなかった。

 ならば、ツェツィーリアがおとぎ話に出てくる【聖女】であるというのも、恐らく嘘ではないのだろう。

 眼帯が付けられた右目を手で触りながら、ツェツィーリアは今まで起こったことを順番に整理していく。


 こんな綺麗な瞳をしてるヒトは、この世でたった一人だけよ。


(わたしは……あの人を、信じてもいいのかな)

 かけられた甘い言葉を頭の中で繰り返すと、自分の中でいくつもの葛藤が生まれていくのが分かった。

 自分の母を不幸にした人間が、幸せになってもいいのだろうか。

 彼女の好意に甘えてしまって、いいのだろうか。

 たった十歳の少女には、すぐには出せない答えだった。

 ツェツィーリアは暫く考え込んだ後、おそるおそる立ち上がり、アルーシャがいる部屋の前までゆっくりと歩いていく。

 扉を開けると、部屋の中にはベッドの上で横たわっている彼女の姿があった。

 部屋に入ってきているのに気が付いていないようで、微かな寝息を立てて眠っているようだ。

 ツェツィーリアは彼女の寝顔を見ると、見惚れたように立ち止まってしまった。

(わたしの、白馬の王子様……)

 ずっと、誰かに助けを求めていた。

 あのときも、諦めながらも誰かに助けてほしいと、心の中でずっと叫んでいた。

 手を伸ばしてくれる人を、待ち続けていた。

「――――――ありがとう」

 ツェツィーリアは小声でそれだけ呟くと、静かに扉を閉じたのだった。


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