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13話-愛する人

 アルーシャがグライスナー伯の屋敷に向かってから、彼女が馬車まで帰ってくるのにはそう長くは掛からなかった。

 小雨の中、トゥワイスに駐在している王国騎士団の下へ向かった一行は、簡単な事情聴取を受けた後、そのまま王国騎士団が手配した宿屋で一晩を過ごすこととなった。

 また、イルマはアルーシャが屋敷から連れてきた夫と再会を果たしたのだが――――――

「アルーシャさまからお話を聞いた時……何となくそうじゃないかなって、予想がついてたんです」

 ツェツィーリアは用意された部屋で、アルーシャにそう零した。

 二人とも寝間着に着替え、ベッドを椅子に並んで座っている。アルーシャは俯くツェツィーリアの手を、優しく握った。

「お父さんはわたしのことを、何とも思っていなかった。」

 ツェツィーリアの父、ラザールがイルマに掛けた第一声は、妻と娘を心配する言葉や今までの経緯を説明するものではなかった。


 ――――――なぜ、裏切ったんだ。ツェツィーリアを正教会に差し出せば、【聖女】の親としての地位が約束されていたのに。


 ラザール・ビスマルクの正体は、正教会の司祭の息子だ。次男であったが故に家から冷遇され、家出をしてレスデに流れついた。そこでイルマと出会って恋に落ち、娘を儲けたという経緯だ。

 ツェツィーリアはラザールが妻と娘を捨てて出ていったのは街の人々から迫害を受けたためだと勘違いしていたが、それは真実ではない。

 そもそも、イルマとの恋自体がラザールにとっては遊びに過ぎなかった。あらぬ噂を立てられたのもあるにせよ、子供が出来てもお構いなしに、()()()()()()()()()()だったのだ。

 しかし、娘が【聖女】の力を持つ子供であることを知ったラザールは、その方針を変える。

 【聖女】の親となれば、正教会としても無視できない。家から冷遇されてきたラザールは、親と兄を見返すチャンスだと考えた。そこで、正教会と手を結ぼうとしていたグライスナー伯に協力を持ちかけたというわけだ。

「ツェツィ。でも、貴女のお母様――――――イルマさんは、きちんと約束を守ってくれたでしょう?」

「……はい。」

 ラザールの真意を理解したイルマは、彼を拒絶した。

 最初から彼が欲しかったのは愛でもなく、幸せな結婚生活でもなく、ただの地位だったのだと気が付いたのだ。

 自らの過ちを認め、ビスマルクという姓を捨ててラザールの夫であることを放棄したイルマは、すぐにツェツィーリアを連れてラザールの下を去った。

 そして、ツェツィーリアに改めて謝罪をして、これから母親として出来る限りの償いをしていくことを誓ったのだった。

「もう、そんな悲しい顔しないでちょうだい。貴女は独りではないわ。まだ悩んでることがあったら、言っていいから」

 アルーシャはツェツィーリアを抱き寄せて、顔を胸に埋めさせた。

 初めて空き教室で会ったときや、その後も辛いときがあったときもこうしてアルーシャは彼女を慰めていた。

「――――――ひとつだけ、聞いてもいいですか」

「なぁに、ツェツィ?」

「アルーシャさまは、わたしが大事な親友で……愛する人だって、言ってくれました」

「そうね。私にとって、かけがえのない人だって思っているわ」

「アルーシャさまはわたしなんかの、どこを好きになったんですか」

 ツェツィーリアは顔を上げて、上目遣いでアルーシャの方をじっと見つめる。

 そんな姿に、少しだけアルーシャは照れ臭そうにしつつも、息を吐いて彼女の目を見て答えた。

「ツェツィは、ロレーヌ家の長女アルーシャではなく、ただのアルーシャとして、初めて心の内を打ち明けられた友人だったの」

「アルーシャさまの、心の内を?」

「私はずっと王妃になるために生きてきた。国民の為に人生を捧げることが己の全てであり、アルーシャ・フォン・ロレーヌの存在理由だった」

 民の為に己を尽くすことこそが、貴人として在るべき姿である。

 多くの期待を背負った少女は、そう生きざるを得なかった。

 だからこそ、自らが処刑される時に心の内にあったのは、怒りではなく諦めだった。

「でも、本当はね。そんな自分をつまらなく感じていたのよ。私は……そんな高尚な人間じゃない。お母様が言った通り、何処にでもいる普通の少女と変わらない」

 アルーシャの母は、アルーシャが6歳のときに病死した。

 生前は次期王妃としての教育を施そうとする夫に異を唱えていた数少ない人物で、アルーシャの唯一の心の拠り所だった。

 だが、彼女の死後、アルーシャは自らの心を抑圧し、父の言いなりとなった。

「あの日ツェツィと出会って、今まで起こったことを聞いて。私は、自分の人生と重ねてしまった。こうして胸に抱いている子が、幼い日の自分に見えて仕方なかったの」

「………」

「だから、全てを話した。力になって、救ってあげたかったのよ。そうしているうちに、私もまたツェツィに心を救われていたのだけど」

 最初は哀れみから始まった関係が、いつしか愛しさに変わっていった。

 心の内を打ち明けたことで、彼女の前だけは本当の自分でいられた。

 身分や立場の違いから、週にほんの少ししか会えなかったが、それでもその時間は明日を頑張れる原動力となっていた。

「どんなに辛い目に遭っても、貴女は優しさを失わなかった。その優しさに、私は救われたの。そこが好きになった理由……かしらね」

 アルーシャはそう言って笑顔で締めくくると、少し照れ臭そうに抱きしめていた腕を放した。

「ちょっとがっかりしたかしら?」

「……いえ、その」

 ツェツィーリアは否定をしながら、顔を真っ赤にしながら俯いた。

 そして、恥ずかしそうに小声でボソボソと、アルーシャに一言ずつ語り掛ける。

「わたし、勝手に……アルーシャさまのことを、白馬に乗った王子様みたいだなって、思ってて」

「ふふ、王子様でもないし、白馬なんか乗っていないわよ」

「そ、それはそうなんですけど!その、そんなイメージというか」

「それで?」

「でも、本当は違うんだなって、安心したんです。ずっと、遠い存在みたいに感じていたから」

 路地裏で助けてくれた時から、ツェツィーリアはまるで夢でも見ているようだった。

 目を瞑ったら、手を放したら、泡沫のように消えてしまうのではないかという恐怖。その恐怖と、彼女はずっと戦っていた。


「――――――わたしもアルーシャさまのこと、好きになっていいですか」


 幸せになってほしい。

 信じて欲しい。

 そう言われても、未だに自分を肯定できない彼女が、ようやく言葉にした。

 既に答えは決まっていた。

「あ、アルーシャさま!?」

 アルーシャがツェツィーリアを再び抱きしめ、そのままベッドに倒れこんだ。

 ツェツィーリアは驚いて声をあげるが、あれよあれよという間に逃げる隙すらも与えない態勢となり、胸に顔を埋めたまま動けなくなった。

「今夜は、このままでいさせてちょうだい」

 アルーシャは耳元でそう呟くと、ツェツィーリアは返事をせずにそのまま瞼を閉じた。

 その理由は、アルーシャの声が少しだけ震えていたように感じたからだ。

(本当に、わたしと同じなんだ)

 自分の心を偽り、耐え続けてきた者。

 だが、両者には大きな違いがあった。アルーシャは偽ることを止めて、戦っている。

(わたしも、アルーシャさまみたいに――――――)

 淡い恋情と、憧れを胸に。

 温かさに包まれて、少女は眠りに落ちた。

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