千代子さん 5話 〜東藩篇 2話 後編〜
千代子は屋上に向かっているのだろか、それともまだ38階にいるのだろうか。ただ、止まっていないことがわかる一定のリズムの爪音が聞こえてくる。
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小さな小さな隕石。この隕石が落ちてきて地球には変わったことがあります。動物が喋れるようになりました。 既にマウントをとっていた人間と、会話ができるようになった動物。どのようにして今後共に生きていくのか。 知能の高いハクビシンを主人公に物語はゆるくゆるく進みます。
「子供を連れて犯人のところに行く・・・だと?」
あっけに取られた斎藤。しかしすぐにそれは怒りに変わる。
「あのクソハクビシンッ!!!」
眉はつり上がり眼で生き物をヤレそうだ。虎雪はすかさず斎藤に謝る。
「申し訳ございません!!!私が犯人の場所を行った為に・・・!!」
「いや、須藤のせいじゃない。逃げる対象物の居場所を説明しておかないとルートを指定しても、退路の変更をやむを得なくしなければならない状況になったといにヤツの判断材料にはならないからな。居場所を伝えたことは間違ってない。それで、まだその通信は繋がっているのか?」
斎藤は虎雪の耳を指さす。千代子と繋がっているイヤホンスピーカーだ。
「繋がってます・・・」
恐る恐る告げると、自ら外して斎藤に手渡した。
「おい、聞こえてんのか」
「あ?斎藤か?虎雪はどうした」
「貴様が戻ってこないで犯人の所に行こうとしているのに気づいてからは、顔面蒼白でもぬけの殻だ。どうしてくれる。そして貴様は何しようとしている」
「・・・何って、犯人捕まえないといけないでしょ」
「あのなぁ、お前が狙われてんだそ。なぜ自分から殺されにいく」
「斎藤よぉ、このビルの爆破は確かに犯人が納得いかないっていう”動物共法律”により権利を得た動物を始末しようとしたものだと言う推測もわかる。けどな?さっきお前が受けた報告によると今回1匹たりとも動物は死亡者もいなければ怪我もしてない。おかしいと思わねぇか?」
言われて斎藤はハッとした。
確かに先ほど千代子が来る前にずっと待っていた無線からは、赤子以外は避難が出来たという事だ。確かにおかしい。おかしいが、その次が分からない。じゃぁ犯人は何の目的でこのビルを爆破させたのだ。
チャチャチャチャッーーーーーーー
チャチャチャチャチャッーーーーーーーーー
千代子は屋上に向かっているのだろか、それともまだ38階にいるのだろうか。ただ、止まっていないことがわかる一定のリズムの爪音が聞こえてくる。千代子のいるビルは、犯人のいるビルよりも階数が多い。最終的には自分のいるビルの屋上から飛び移る気なんだろう。
「貴様を呼びつけるためだけにビルを爆破させるのか」
「だろ?謎が多すぎる。あとよー、最近報道を伏せていた案件があってな。誘拐事件が何件かあったんだよ。誘拐かもわからねぇから神隠しみたいなもんだな。変わんねぇか」
「それがどうした」
「まだ、考えは全然まとまってねぇんだけどよ、とりあえず一つ聞きてぇのは
問1、この赤ん坊の母親だと言ったヤツはまだその近辺にちゃんといるのか?」
「赤子の母親・・・いや、目の届く範囲にはいない」
「ビルから出てきた人たちを避難させた場所にはいるのかよ」
斎藤はイヤホンスピーカーを耳にはめたまま急いで移動をした。自分に無線をよこした隊員の元に行き、母親の所在を尋ねる。
「あれ、さっきまでここにいたと思うんですけど・・・おい!誰かさっきの夫人を見かけたヤツいるか?!」
「いや、見てないですよ」
「そういえば、子供がって号泣してたのであそこの段差で座ってもらうように案内はしたのですが、いつの間に移動されたのでしょうか」
他の隊員が答え、他のビルの非常階段付近の段差のある縁石を指さした。しかし、その指をさした先には誰もいなかった。
斎藤はわけが分からない。子供がいないと無線の先で悲鳴をあげていた人間がいなくなるか?と考えながら千代子に母親がいないことを伝える。
「斎藤、問2だ。
お前がいる、ビルから避難をしてきた”方々”の中に、動物はどれくらいいる?」
斎藤は考えても分からない。まるで、知らない世界に放り込まれたかのように、さっきまで現場を理解していたと思っていた目の前の状況が途端に全く分からなくなり、一瞬頭がふわっとした感覚に陥り恐怖を覚える。自分はなにをすれば良い。
「サーイートーウーー。ビルから避難してきた動物はどれくらいいるのか大きな声で挙手して貰って下さーーい」
千代子は聡明だ。聡明と言う言葉では収まらない。きっと、俺の考えの何個も何個も先のことを考えているんだ、あのハクビシンは。そうだ、だから問われたことに答えれば良い。
そう思った斎藤は周囲を見回してビルから避難したであろう動物の従業員や客の数を把握しようとした。
そこで気づいた。
動物が異常に少ない。
再度自分と無線でやりとりをしていた隊員に斎藤は問いかけた。
「おい、お前。俺に無線で、『爆破されたビルから避難してきた方達はビルから一旦距離をとりました。
同伴者の確認を行いました所、子供、赤子が一人取り残されているという女性が1人います』って言ったよな?」
「はい、そうです、言いました。それが何か・・・?」
この隊員は気づいていない。
そう、この商業施設が動物たちの働き先になっている事を。非常事態に駆り出された隊員たちだ。無線の使い方など機械には訓練で慣れているだろうが、実際に現場に出ることの少ない隊だ。
近くに避難してきていたのはうさぎの親子とチーターが2匹。働いている動物は、見分けがつきやすいように制服を着ている。しかし、制服を着た動物はざっと見て50匹。そんなわけない。動物を雇用している133もの会社が中に入っているのにこんなに少ないわけがない。
恐る恐る斎藤は続けて聞く
「ここは動物共存法律後、一番に多くの動物の働き場を提供した商業施設の入った高層ビルだ。知らないのか?最低でも300匹の動物が常勤で働いている。お前の言った、”ビルから避難してきた方達”と言うのは、人間だけの話しか?」
「ーーーーーーッッツ!!!」
「・・・当たったな。」
千代子が呟いたのが耳元から聞こえてきた。
隊員の顔が驚き、別人のように変わった。みるみる内に血相が悪くなり唇の色が紫になっていく。見るに耐えない、やってしまったという顔をしている。千代子は彼の顔こそ見てはいないものの、高性能イヤホンマイクから聞こえた彼の驚いた拍子に出た息を飲む音を聞いて納得したようだ。
斎藤は近くの隊員に今にも倒れそうな隊員を任せて千代子との会話に意識を戻した。
「つまり、動物たちはまだそのビルの中にいるって事か」
「あぁ、つまり動物を殺そうとしているのは確かだって事だ。あとはな、この赤ん坊の件だ・・・よっと!!」
ガコンっと斎藤の耳から何か大きな音がした。千代子が瓦礫を動かしながら移動しているのだろう。
「この赤ん坊の母親はどっかへ行ってしまった。ていうかよ?普通おかしいと思わねぇ?ベビーベットに置くようなちいせぇ赤ん坊から目を離すことがあるか?爆発音がして、警報器が鳴ってるのに?幼稚園児なら勝手にどっか行っちまう事あるだろうけどよ。いや、やっぱ幼稚園児でもそれはねぇな」
「・・・」
分からない斎藤はそのまま話を黙って聞く。
「つまりよ、この赤ん坊は多分誘拐された赤ん坊で、ここで起きるテロと一緒に処分しようって算段だったっていう可能性だな。可能性の話。多分この階に他にも爆弾とか仕掛けてやがるぜ。
おそらく、動物従業員はまとめてどこかに監禁されている。そしてそれは、確実に処分したかったこの赤子と同じ階にいる可能性が高いな。この階のフロアマップを見ると店の数が少ない。他の階の半分以下だ。その分バックヤードが広くなっているだろう。あと、この建物では1階の天井が異常に高い。大型動物が働けるようにだ。
その代わり2階以上では小型の動物しか働けない決まりになってる。つまり、38階フロアのバックヤードに動物従業員が監禁されている。動物とい赤子を一緒にしていないのは、万が一動物が逃げ出した時に、人間の赤ん坊も一緒に逃げたら困るから。ま、こんなところか?」
「赤子はなぜ殺される?」
「そこまではしらねぇよ!!なんか理由があるからこんな事になってんだろう!!大方、なんか大事なデータの入った極小USBを呑み込んじまったとかそんな感じじゃね?
と、いうことで斎藤くん、僕は38階の動物を助けてから降りることにするぜ。」
そう言うと、また軽快な爪の音が耳元で響き出した。
「---っい!!おいっ!悟!確かに一服しようとは言ったが寝ようとは言ってないぞ!」
「あ。すまない。寝てたか」
「しかもなんか苦しそうにしてたぞ」
「・・・調書を書くのに思い出したからだろうか。半年前のあの事件の夢見てた」
「うわー、寝ても覚めてもテロとか、ちょっと家でも仕事してんじゃないだろうなぁ。じゃぁ、気晴らしにこのまま飯食いに行こうぜ。新しい良い店みつけたんだ」
「良い店見つけられるほどお前暇なのか?」
「え?!そこに食いつく?!」
病的に仕事をする姿を見て憐れんだ城戸が、黒煙のない澄み切った綺麗な青空の下に斎藤を連れ出して言った。




