千代子さん 4話 〜東藩篇 2話 中編〜
「ふんふ〜ん♪ふんふん♪ふ〜んふんふん♪
漢字でぇ〜書くと白鼻芯〜♪♪」
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言葉を話せるようになった”動物”と人間が共存していく世界。
地球に落ちた小さな小さな隕石から発する特殊磁場の影響で動物が言葉を話せるようになった。
また、磁場の影響か、高い知能をもったハクビシン《千代子ーセンダイジ》と、愉快な仲間達の現代ファンタジー
昨年11月某日ーーー東京
タバコを吸いながら斎藤の後ろからノコノコやってきた千代子。
その姿を見て虎雪はパッと顔が明るくなった。切羽詰まった顔から嬉しそうな顔に変わり、うっすらと瞳に涙を浮かべている。
「親分!来てくださったんですね!」
「すまねぇな、ちょっと電話に出れなくってよ。ただ近くにいたから騒ぎには気づいてた」
「じゃぁ、そう言うわけだからさっさと行け、猫」
「だから猫じゃぁねぇっつってんだろハクビシンだよこの野郎!!」
千代子の反論など聞かずに斎藤は無線を再度口に近づける。
「すまない、遅くなった。”最特公”が今から救助に向かう。全員避難してくれ」
「ちょっと?斎藤くん?僕の話聞いてるかなぁ?!ねぇ?!」
斎藤は千代子から顔を背けている。顔つきは先ほどに比べて心なしか穏やかだ。
まだ何も解決していない。むしろこれからなのに、なんでだろう。先ほどの虎雪も斎藤も、なんだかんだ言って千代子を頼りにしているのである。
「親分!これ高性能の新型携帯電話イヤホンスピーカーです!」
虎雪が千代子に小型の機械を手渡す。
「おう、助かるわ。で?新型ってどんな機能がついてるんだ?」
「あ、機能自体はいつも通りです。いつも通りの高性能で、新型は”親分の耳に入るように型を新しくした”の新型です!もうこちらと繋ぎっぱなしにしておきますね。」
ピッと自分と千代子の端末を繋ぐ作業をする虎雪。
「あっそ、なんかビームが出るわけじゃないのね」
「早く行け、猫」
「ウルセェ!もう行くし猫じゃねぇし!!あとお前さっき部下に”馬鹿野郎”つってたけど、馬と鹿に失礼だから今後はカタカナで発音するように!!!」
そう言いながら、来た時とは変わって今度は4本足全てを駆使して全速力でビルに向かっていった。
ーーーチャッチャッチャッチャ
「かわい〜い〜お鼻〜と鋭い牙がぁ〜
揃ぉった〜私〜のな〜まえはね〜♪」
チリッ・・・チリーーー
パラッパラッ・・・
ズドォォォオオオオン!!!!!
「ふんふ〜ん♪ふんふん♪ふ〜んふんふん♪
漢字でぇ〜書くと白鼻芯〜♪♪」
高性能なスピーカーの為、順番に
階段を駆け上る千代子の爪の音、
千代子の歌
ビルの内部のものが燃える音
壁のカケラが崩れてくる音
棚が倒れる音
千代子の歌の続き
これらが虎雪のつけているスピーカーから聞こえてくる。
「親分!今、何階にいますか?!」
「今やっとサビ入った所だからちょっと待て!!」
「歌なんか歌ってる場合じゃないですよ!煙吸っちゃったらどうするんですか?!
あと、赤ちゃんがいる階は38階ですよ!!」
「ああ?!もうちょっと早く言えよ過ぎちまったわ!!」
「戻ってください!!早く早く!!」
「あ、ちなみに俺床から30cm以下に鼻があるから今んとこ煙吸ってねぇよ、てか、高性能のマスクを今度作らせろ」
「伝えときますから!38階の階段からフロアに出て左まっすぐ奥!突き当たり右の女性トイレの中に赤ちゃんスペースがあリます!そこにベビーベッドがありますから!!」
虎雪が階段より先の誘導を電話で行う。
千代子は言われたままに進んでいくと目的地にようやくついた。
3台あるベビーベッドのうちの一つに取り残されてしまった赤子が居た。
「おい、見つけたぞ。赤ん坊」
千代子は素早くベビーベッドの柵に前足や後ろ足を這わせ飛び乗る。
赤子は目を閉じている。この非常ベルの鳴り止まない煩い、更に爆発により建物が倒壊していく振動が鳴り止まないのに泣いて居ないとは・・・と、千代子は一瞬最悪の想定をする。
しかし、赤子の高さまで煙はきていない。千代子がイヤホンスピーカーをしている耳と反対側の耳を赤子の口に近づける。
「ーーーースゥーーーーーー・・・・」
「・・・息はしてるな・・・」
ホッと安心してそう呟く。と
「キャァーーーー!!!よかったです!!赤ちゃん無事なんですね!!!」
高性能のイヤホンスピーカーをつけていることを忘れた虎雪が先ほどの会話の3倍以上の声量で安堵の声をあげる。
「テンッッメ!!こら虎雪!ウルセェよ!!高性能すぎて耳痛いわ!!!」
「すすすすすみません!赤ちゃん大丈夫なんですよね!!親分、早く戻ってきてくださいね!!」
「あいよ、ちょっとだけ待ってろよ」
シュルッーーーーーー
ーーーーーーーキュッ
「・・・あのよぉ」
「どうしました親分」
「確かに、人間じゃここまでこれなかったと思う。ビルに入れる隙間はものすごく小さい。
多分、俺が入ってきた隙間は、俺とこの赤子がギリギリ通れる位だ。
それに、人間だと、しゃがんだまま38階まで行ってたらそもそも辿り着けねぇと思うぜ。
・・・でもヨォ」
「?」
「俺、頭と胴の長さ、65cmなんだわ」
「はい」
「ハクビシンってよぉ、胴長短足なんだわ」
「はぁ・・・はい、言うと怒られるから言わなかったですけど知ってます」
「-----赤ん坊と差がねぇんだけど」
「あああーーーー!!!おぶれますか?!大丈夫ですか?!赤ちゃんの方が大きいですか?!」
「いや、まだ俺の方がでかい。若干な。まぁ、移動は4本足でするから紐から抜けねぇように気をつけりゃ良いだけだけど・・・」
「良かった!!幼稚園児だったら、親分が助けに行っても連れて帰って来れなかったですからね!赤ちゃんで良かったぁ!!」
「お前緊迫感ねぇな。やっぱり異常値なだけあるゼ。じゃぁ、このまま降りてくぜ」
「親分!!待ってください!!」
「どうした?」
突然虎雪の声色が変わってやっと本来この声色だろうという緊迫した声を出した。
「今、このテロの実行犯から通信が入りました。電波ジャックしたみたいです。」
「・・・なんつってんだ?先方はよぉ」
キリッと、今まで緊迫した雰囲気でも虎雪さながらに飄々としていた千代子の顔つきが変わった。
「渋谷のスクリーンに表示されてます。今、読みますね。
”我は、動物に権利を与えた国を許さない。動物も許さない。
権利を得なかった動物はまだ生かしておいてやる。でも、許さない。一番許せないのは首相直下の公務員をしている動物が許せない。
千代子、お前を抹消してやる。”
・・・だそうです」
「え?!俺狙われてんの?!」
「はい、なんかそうみたいです・・・」
渋谷のビルに設置されているスクリーンと、隣の隊員が手元で操作している端末を交互に見ながら虎雪は言う。
「あ、親分!電波ジャックの発信元の特定ができました。逆探知完了です。この実行犯が今いるのが、親分の居るビルの南側隣ビルの屋上です!なので、親分が入った北側の出入り口からは見えないのでそのまま出てきてもらって赤ちゃんは私たちが保護、親分は車で都庁まで戻って・・・」
「南側隣ビルの屋上だな」
「え?はい、え?!そっちは行っちゃダメな方向ですよ?!」
ーーーあ、犯人のところまで行く気だ。
そう思った瞬間、虎雪は顔面から血の気が失せるのが自分でもわかった。
確かに千代子は強いし聡明だ。獣のすばしっこさは人間では叶わないだろう。
しかし、今は自分とほとんど変わらない大きさの赤ちゃんを背負っている。ハンディキャップ所の話ではない。赤ちゃんもろとも殺されてしまう可能性の方が高い。
「親分!!ダメです!!赤ちゃんも一緒にいるんです!!命が優先です!
お願いですからこっちに戻って来てください!!!」
虎雪が大きな声を出したため、少し離れた所にいた斎藤は不審に思い虎雪の元まで小走りで向かう。
「須藤、どうした。アイツ、子供おぶって戻ってくんだろ?道でも塞がったか?」
虎雪は真っ青な顔をゆっくりと後ろの斎藤に向ける。
堪えてはいるが目は赤くなり始めて、目の縁は涙でいっぱいで今にも溢れ落ちそうだ。
「斎藤さん・・・親分、赤ちゃんおぶったまま犯人のところに向かっちゃいました・・・」
なぜ、犯人の居場所を教えてしまったのだろう。
彼と赤ちゃんの身を身を案じて、犯人に見つからずに自分たちの元に帰って来れるようにと手引きをしたつもりだった。
なんでだろうという言葉と共に、虎雪の瞳から乾いたアスファルトに一粒の涙が落ちた。




