千代子さん 2話 〜東藩篇 1話〜
「達博さん、CTスキャンで見ても中身何も見えなかったですもんね!外から見えなきゃ中開けるしかないですもんね!」
「虎雪さんも物騒な事言わないでください!!!」
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言葉を話せるようになった”動物”と人間が共存していく世界。
地球に落ちた小さな小さな隕石から発する特殊磁場の影響で動物が言葉を話せるようになった。
また、磁場の影響か、高い知能をもったハクビシン《千代子ーセンダイジ》と、愉快な仲間達の現代ファンタジー
5月某日ーーー東京
AM11時
ここは都庁の中の一室。
「”ハクビシン”(白鼻芯)は肉食目・ジャコウネコ科。字の如く、鼻から額にかけて一本の芯のように白い線がある。タヌキやイタチとの見分けがこの線となる。毛の色は茶・黒であるが、個体変異が大きい。
足指は5本、タヌキは4本の為、こちらも見分ける方法の一つ」
突然つらつらと喋り出した丸い不思議な姿をした部下。内容は自分の事”ハクビシン”についてだ。千代子は淡々と返す。
「昔の本か」
次はもう一人の人間の女性部下が、書き物をしていた頭を上げて話す。
「今となっては”貴方は何ですか?”って聞けば答えて頂けるから助かりますよね!」
丸い姿をした黄色い不思議な部下。名前は《達博》名字は無い。彼は千代子を”兄貴”と呼ぶ。
羽・・・のような物をはためかせながら空中に浮きながら達博は続けて本を読む。
「中国ではハクビシンを食べてたんですって!!うへぇー・・・」
「牛・豚・鶏・猪・鹿、人間は何だって食うからな」
「何か・・・すみません・・・」
しょんぼりと謝る人間の女性部下。名前は《須藤 虎雪》
彼女は千代子を”親分”と呼ぶ。
千代子は須藤 虎雪と達博と事務所にいることが多い。
そして、事件が起こらない時、達博はこうして過去の文献を見て知識を習得している。
「まぁ、昔の事だ。そんなに気にすんな」
「昔って、まだ8年前の事じゃ無いですかぁ。私、唐揚げの味とかまだ覚えてますよ。今でもすごく食べたくなる時がありますけど、ニワトリさんと話すと凄い申し訳ない気持ちになります・・・」
「あれは美味いよな」
美味いよな。の言葉に達博は驚いて尋ねる。
「兄貴!唐揚げ食べたことあるんですか?!」
「あぁ、ちいせぇ頃な。隕石が落ちる前だ。弁当食ってた爺さんが俺に一欠片くれたんだよ。今でこそ”大豆ミート”に慣れたが、やっぱり本物の肉の味は忘れられないわな」
「えぇー、兄貴も本物の肉食べたことあるんですか・・」
「お前、今本物の肉食おうとしたら捕まるぞ」
「わかってますよぅ〜。でも、皆さんが本物の肉が美味しかった美味しかったって言うから気にはなりますよね〜」
「お、犯罪思考。犯罪者予備軍」
「意地悪言わないでくださいよ兄貴!!」
8年前に落ちた小さな小さな隕石。この隕石は今もなお東京にある球場にあり、特殊な磁場を発し続けている。その磁場は地球を取り囲む程の広範囲である。
磁場の影響で動物は人間の言葉を理解をし、話せるようになった。そして、食べられていた動物達が生きる権利を主張した。そこから、人間と動物の共存が始まった。
共存が始まり、日本では今まで食べられてきた動物は食べられることが無くなった。日本の裏側の国には磁場の影響がギリギリ届かない国もあるが、日本は磁場を発している隕石そのものがあるため特に影響が強い。
頭の回転が良い動物も多く、中には人間でも叶わない動物がいる。そのうちの1匹が千代子である。
「達博、肉食いてぇならブラジルかアルゼンチンまでいけ。あそこは多分磁場が届いてねぇ。ブラジルは動物共存法律もない。唐揚げ食えるぞ。その代わりブラジルにお前が行ったら、その見た目のせいで研究材料として解剖されて二度と帰って来れなくなるだろうけどな」
「兄貴ーーー!!見捨てないでください!!唐揚げなんて一生食べなくていいので!解剖とかされたくないです!!」
「達博さん、CTスキャンで見ても中身何も見えなかったですもんね!外から見えなきゃ中開けるしかないですもんね!」
「虎雪さんも物騒な事言わないでください!!!」
達博は必死に訴える。当人ですら自分が何者であるのか分からないのである。
丸い球体の本体に対しては少々小さい羽なのに空中に浮いてられる不思議。これが超能力なのか小さな羽に込められた馬鹿力なのかも不明である。
「”動物性”が無くなった事で食事の楽しみは人間からしたら減ったとは思うが、良い知らせもあるんだからな。生活習慣病の人口がここ5年連続で著く減少しているそうじゃねぇか」
「そうなんですよ!あ〜でも唐揚げ・・・」
「虎雪、お前も達博とブラジルに行ってこい」
「すみません!!行きません!!・・・でも、話してたら食べたくなってきた。甘いモノの話しにしましょうよ!」
「結局食い物の話しからは離れねぇのな」
そこで達博はハッと思い出す。
「あ!昨日、お土産で頂いたおはぎがあります!しかも銀座の有名店のですよ!」
「達博!なんでもって早く言わない!!虎雪!持ってこい!」
「兄貴・・・おはぎとかの甘いもんに本当に目がないですね・・・」
「糖分が無いと頭働かねぇんだよ。来週京都出張だからいつもの3倍の速さで仕事片付けないといけねぇんだよ。俺がいない間の仕事の段取りもしておかねぇとな。だらだら仕事する奴が2人もいるだろ、この部署には」
「親分!それって蛸蔵さんと新人の紅葉君ですね!」
「あの二人、武道は達人だが頭はからっきしだからな。おい、おはぎ早く」
「はいはーい!」
今いる事務所の隣に部屋の冷蔵庫まで、虎雪はおはぎを取りに行く。
「・・・兄貴」
先程とは違う、低いテンションで達博は千代子に話をかける。
「なんだ、唐揚げ食いたくてそんなに切羽詰まってんのか」
「違いますよ!」
「じゃぁなんだよ。改まって」
書類を確認して印鑑を押していた千代子は机に向かっていた顔を上げる。
思ったよりも自分の近くにいた達博は真剣な面持ちで手に何か持っていた。
「これです」
「なんだよ、ここの部署の日誌じゃねぇか。そんなもんがどうしたんだよ」
「兄貴、あまりこれ読んでませんでしょう」
「何かありゃ報告事項は基本データで提出や申請だからな。あまり見てねぇが・・・なんだよ。物事は結論から話せって」
「今週。日誌は全部虎雪さんが書いていらっしゃるんですけど・・・見てください」
「親分ー!達博さーん!おはぎお待たせいたしました!」
おはぎと一緒にほうじ茶も入れてきた虎雪が事務所に戻ってきた。
お盆には2つずつおはぎの乗ったお皿が3枚。6つのおはぎと急須、湯呑みが3つ乗っている。
事務所に戻ってきた虎雪の目に入ったのは、遠くを見つめる達博と下を向いて表情が伺えない千代子。
「二人ともどうしたんですか?」
部屋を出て行った時の雰囲気と全く違うことに流石に気づいて問いかける虎雪。ぽけぽけ、ふわふわした雰囲気の虎雪の顔を下から鋭い目付きでゆっくりと見上げる千代子。
「おい、虎雪」
「はい、親分?」
「テメェなんだこの日誌は!!小学生か!!日誌っていうか絵日記じゃねぇか!!」
達博が千代子に見せた日誌には、文章はほとんど書いておらず、連日事務所にいる2人の絵が描かれていた。つまり、事務所での風景を描いているということはここ数日描いている絵はなんら代わり映えしないのである。代わり映えしない絵を描いている事がいけないのではない。日誌として役目を果たしていない事が問題である。
「虎雪、お前、来週の京都出張いかねぇで居残りしてぇなら初めっからそう言えや」
「ええーー!!そんな訳無いです!京都行きたいです!八つ橋買って来なくちゃいけないんですぅ!」
「八つ橋の為に京都に行くんじゃねぇんだよ仕事だよ仕事!!お前の脳みそも蛸蔵レベルだったの忘れてたよ!むしろよく蛸蔵の事言えたなお前!!」
「そんなこと無いです!私ちゃんと成績優秀だからここの部署にきたんじゃないですか!!」
「思い出したぜ、学力は問題ないのに一般常識行動テストの数値が異常だったなお前」
「あれ、なんで異常数値だったんですかね?」
「お前が異常だからだよ!!」
相変わらずぽやぽやしながら話す虎雪と、それに痺れをきらして怒鳴る千代子。この風景は日常茶飯事になりつつある。
そんな二人を後ろに、虎雪のもはや絵日記と言える日誌を見ながら達博は呟く
「俺、京都行くまで兄貴の仕事手伝おう・・・」




