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千代子さん 〜動物職員と人間職員の勤務報告書〜  作者: 杉崎 朱
西藩 出張篇

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15/15

千代子さん 15話 〜西藩篇 8話〜

貴方は、知能と権利を持った動物と、対等に、そして仲良く生きる自信はありますか?


+++++++++++++

国領、壱塚、神宮、千代子で軽口を叩いていたら、西野が千代子に向かって話し始めた。

「事件がなければ今日もまた飲みに行こうと思ってたのだけれどね。残念だわ」

「いや、お前と飲むのは動物では無理だ。」

翌日

5月某日ーーー京都


AM 9時57分

京都府庁内



5月の京都の朝は、澄んだ空気が非常に気持ちがよく、昨日の東京都での事件はやはりフィクションだったのではないかと感じるほど、実感の湧かない朝を迎えた千代子達。

窓から入る日差しはとても清らかに映り、青い葉の紅葉が美しく茂っていて、今日は公務ではなく純粋に散歩がしたいなと思う程であった。

本日は予定より早いが東京へ帰ることにした。


「え?モニタリング班から人質を「ちょっとーーー!!最特公大丈夫なのーーー?!私東藩じゃないけどかなりショックなんだけど!!え?!それフィクションじゃなくて?!」

「国領、西野が話してるんだ。割って入るな」


千代子がモニタリング班の利用するプログラムを緊急だからと言って、書き換えてしまった。機能的には類似しているので扱えなくはないし、現在も正常に作動はしているが、現在も変わらず仕事をするモニタリング班は困るだろう。また、身内の部署から犯罪者が出てしまってはこのまま京都で仕事をする訳にはいかないと、先日の事件を話した所であった。

西野が信じられないとばかりに驚いて言葉を放ったところ、感極まった国領が言葉を被せてきた。千代子も流石に慣れたのか冷静に対処をする。


「だって!だってさ!!」

「国領さん、だってじゃありません。子供ですか」

「だってだって!モニタリング班っていつも一緒に二人三脚でやってきた仲間じゃん!自分に置き換えて、西藩のモニタリング班にそんなことされたらアタシ本当に無理なんだけど人間不信になっちゃうって言うかもう悲しいんですけど!!虎雪ちゃん大丈夫?!」


一思いに気持ちをぶちまけた国領だったが、最後には虎雪の心配をしていた。

「えぇ・・・まぁ、大丈夫っていえば大丈夫ですけど、大丈夫じゃないっていえば大丈夫じゃないような・・・」

「朱留、心配なのはわかるけどあまり聞くんじゃありません。」

「そうだよね、ごめんね。自分に置き換えるの一旦止める、なんか錯乱してきたし」

「まぁ、スマンがそういう事なんで、俺らは今日昼過ぎに東京に戻る事にしたよ」

「最特公〜」

国領が涙を堪えた可愛くない顰めっ面で千代子を見る。

「登庁して早々悪いが、一服行ってくるわ」


千代子はそう言い、西藩のオフィスを出て喫煙室へ向かう。

喫煙室へ向かい始めて廊下を歩いていると、後ろからカツカツと靴の踵の音が聞こえる。

低めの重量感のある音。男性で身長の高い人間の足音だ。きっと自分を追ってついてきた神宮であろう。


千代子は今、特段急いで歩いてはいない。そして後ろ足で二足歩行をしている。ハクビシンは足が長くない。歩幅は狭いため、人間の成人男性の歩幅ではすぐに追いつかれる。ある程度近づいてきた神宮だが、一定の距離を保ったまま千代子の後ろを歩き続ける。


そうして、自分のペースに合わせてくれている神宮に、独り言のようにボソボソと話し始めた。


「なぜだろうな。


俺ら動物は、権利を持つ前から”ただ”生きているだけでも嫌厭される種族もいた。ハクビシンは害獣と呼ばれて、駆除された奴もいる。確かに民家の屋根裏に勝手に住むのは今となっちゃ良くないのはわかるが、以前は言葉も理解できず、生きるのに毎日必死になっていたあの頃からすると、柿一つ食って殺されるなんて理不尽極まりなかったんだ。


今動物は、畑を食い荒らす事もせず、労働をして賃金をもらい、それで食料を買う。人間からしたら肉は食えなくなっちまったかもしれねえ。だが、もう食べ物だけにとどまらず”動物に関する被害”は激減した。動物が働くようになったから手が足りなかった田舎の農家だって潤い始めた。自国の生産量だけで見たら数字は上がってるんだ。何が不満で人間は動物をまだ虐げたり危害を加えるんだ」


完全に信じていたわけではないが、一緒に働いた事のある、動物に対して理解をしてくれていると思ってた仲間が、動物を人質にとって逃走をした。裏切られたのだ。理由は聞いていないが、聞いたから納得できることは無いだろう。特に動物の自分の思考では。

この事件はまだ公にしていない。揉み消そうと思えば揉み消せる。しかし、それで本当に良いのかと千代子の中で葛藤が生まれた。

人間と動物の間の溝を無くそうと奮闘している役人の中から動物を人質にとる人間職員という話は、民間から批判を喰らわないわけがない。

動物からはブーイング。人間からは”役人がするぐらいだから、やっぱり今の動物と人間が対等な社会なんて受け入れられなくて当然なんだよ”という思想が再び起こりかねない。


「全てを、事実のまま伝えるのが良いと俺は思う。結果、世界の向かう方向が望んでいた方向と変わったとしても。この世界は情報に操作されすぎている。そして人の考えに流されやすい。自ら考える事、考えたことを実行するよりも、責任を取らず誰かの言ったことに乗っている方が楽だからな。真実を知った上で、どう行動するか、各々が今後を熟考して決めていけば良い。」



「なるほど、お前はそう思うのか。今の日本が嫌なら他の国へ行け。肉が食いたいなら日本の裏に行けってか」

「当たらずとも遠からずだな」



話ながら近づいてきた神宮がついに千代子を追い抜かした。神宮はそのまま先を歩き、抜かした先にある自動販売機で飲み物を買う。




ーーーゴトン


ーーーゴトン



「お!2本買ったな!1本は俺にか!気が利くな」


自動販売機の商品取り出し口から落下音が二回したことから、2本買い、さらに一本は自分の分だと確信した千代子が販売機の取り出し口に4本足で素早く駆け寄り前足を入れる。



「ーーーおしるこ。ここは話の流れ的に格好良く両者揃ってブラックコーヒーを飲むんじゃねぇのか?お前もその顔でおしるこ飲むのか?」

「顔は関係ない。糖分補給だ。そして、洋菓子よりも小豆は体に良い」

「・・・意外と健康志向だな」

「と、たびたび西野が言っているから覚えてしまった」

「さいですか」




スモークガラスの喫煙室の中には、最高特別国家公務員の千代子と西藩の大男が煙草片手におしるこでブレイクタイムを取るという格好はつかないが緊張はする光景があり、他の府庁の職員がまるで休憩ができないひとときだったと数日話のネタとして話される事になる。






同日ーーー京都


AM 11時26分

京都駅



「にしん蕎麦、無理矢理昨日の夜に食べにいくスケジュールに変更してもらってて本当に良かった・・・」

念願のにしん蕎麦を昨晩食べれた達博は非常に大満足の表情を浮かべている。具体的に言うと、目が通常の1.5倍でとても光り輝いている。




西藩総出で京都駅まで見送りにきた。


「今回は本来行う監査の7割しか終わらないかった。また抜き打ちで来るわ」

西藩4名を前にして、小さな小さな最高位の千代子が後ろ二本足をピッと揃え、姿勢を正して言う。


「大丈夫!アタシら日頃からちゃんとやってるからいつ来られても問題ないかんね!」

「国領さんは、仕事はそこそこできるんですから御自身のデスク周りを片付けた方が良いですよ」

「シン!!アレは良いの!アニメは私の活力だから!」

「でも少し減らせ。周囲に業務に不要な物が多いと気が散る。注意力散漫で作業効率が落ちる」

「恭介まで〜」

「じゃぁ、次の監査項目には国領のデスク周辺の整理整頓を追加しよう。達博、リストに加えておいてくれ」


国領、壱塚、神宮、千代子で軽口を叩いていたら、西野が千代子に向かって話し始めた。



「事件がなければ今日もまた飲みに行こうと思ってたのだけれどね。残念だわ」

「いや、お前と飲むのは動物では無理だ。」




改札を通りホームへ向かう千代子達。西藩の3名が品よく手を掲げているのに対して1名は腕を振りまわしている。西日本の動物と人間の間を取り持つ彼らはしっかりと仕事をしてくれている。東藩に比べて少人数なのに担当の各府県をしっかりと把握できるようにしている。彼らは1名は少々不安が拭いきれないが文武両道である。

それに対し、お気楽思考の多い東藩だが、今回のモニタリング班の事件で多少空気が変わってしまうだろう。ここは自分と達博がピエロを演じるか・・・と考えていると、千代子の少し後ろを歩く虎雪が口を開いた。


「親分」

「どした?」

「起こってしまった事は取り消せないし、考えてもどうしようもないですよね。考えが変わらない人はいないんですもんね」


神妙な面持ちではあるが、顔つきは割としっかりとしたまま虎雪は言った。


「あぁ、起きちまったことは仕方ねぇ。過去と他人は変えられないって良く言うだろ?」

「・・・そうですよね」

「・・・」

「だったらーーー」


多少俯き気味だった虎雪が顔をしっかりとあげて言う。

「悩んでても仕方ないですよね!過去と他人は変えられないなら、未来と自分を変えれば良いんですよね?!」


東藩を励ます事を考えていた千代子は面食らった。


「そう、考えられるようになった時点で、お前は変わり始めてるって事だよ」

「本当ですか?!」

「あぁ」


どの方向かはわからないが、変わらない生き物はいない。それが進化か退化かはわからないが。

千代子は自分の心配が杞憂に終わりそうなことにご機嫌になって、再び前を向いて歩き始めた。




「俺も進化しないとな」




千代子の隣上に漂う達博だけが、千代子の嬉しそうな顔と独り言を聞いていた。


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