千代子さん 14話 〜西藩篇 7話〜
貴方は、知能と権利を持った動物と、対等に、そして仲良く生きる自信はありますか?
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「そこまで出してもらったら大丈夫ですよ、本当すみませんねぇ〜、このあとはゆっくりお酒でも飲んでくださいな」
「いや、暫く酒はいらねぇ」
5月某日ーーー京都
PM 18時50分
京都府庁内
「は?え?は?・・・・はぁあああ?!」
百面相をしながら、やはり最後は信じられないとばかりに大きな声で叫んだ千代子。
千代子の両脇に居る虎雪と達博に至っては驚きすぎて声も出ていない。
「おい!城戸!どう言うことだ!要約して言え!」
「モニタリング班、主任が動物職員のミーアキャットを人質に逃走中。目的不明、他の人間職員から突然怒り狂って刃物をミーアキャット職員に突き付けてそのまま掴んで職場から逃げたと通報あり。プログラムは制限がかけられてて使用不可状態。主任がプログラムを書き換えて使用停止状態にしたと見てます」
「なんでそんなことが起こるかね・・・」
千代子は左前足で目を覆い、顔は天井を仰いだ。隣でパタパタ浮いている達博は「兄貴ぃ〜」と泣きそうな顔をしている。虎雪に至っては思考停止状態で固まっている。
「あの、絶対的味方だと思っていたモニタリング班の一員がこうなるなんて・・・」
ポロっと達博がこぼした言葉に千代子が反応する。
「人間も、動物も、考える力や、意思、心を持っている。絶対考えが変わらない生き物なんていないんだよ」
東京都で起こっている事は。とてもショッキングな裏切り事件なのに、自分たちが京都という離れた場所にて、近くに感じられないからなのか、どこか作り話のように思えて、これがただのドッキリなら良いのに。と虎雪は思う。
「でも、親分、どうしましょう・・・って言いても、私たちはここからじゃ何もできないですが。モニタリング班のプログラムが機能しないなんて、もうどうしたら良いのか・・・」
「虎雪、そう機械だけに頼りなさんな。実は昔から警察は人間だけでは無いんだぜ?」
「え?それってどういう・・・」
「警察犬っていう優秀な職員は昔から人間と一緒にバディ組んでんだ」
同日 PM 19時00分
東京都 港区
「え?警察犬に出てもらう?」
車の助手席に座りながら城戸は千代子と話をする。
斎藤の電話に城戸が出た理由はこれである。彼が助手席なら運転席は斎藤である。
「そうだ。俺から警察犬要請を出しておく。ミーアキャットの私物か替えの制服でもなんでもいい。匂いを辿ってもらえ。あと、俺はプログラムを乗っ取って街頭カメラで判別するように設定をする。じゃ、一旦切るぞ。すぐ乗っ取るからな。」
「はーい、助かりますよ。本当、どこにいても」
城戸は苦笑いをしながら答えた。
「っつーわけで、神宮。このモニター借りるぞ。デカい方が見やすいからな」
「構わない」
「お前それしか語彙無いわけ?」
そう言いながら、持ってきた風呂敷から機械を取り出す。
自分の端末画面をモニターにミラーリングする機械である。また、操作用パッドも取り出して早々に作業を開始する。
「兄貴、モニタリング班のプログラムを乗っ取るなんて出来るんですか?」
「要はハッキングだ。やるしかねぇだろう」
「ハッキング・・・!!凄い!!兄貴なんでも出来るんですね!!」
達博は手を組みながらきらきらとした目で千代子を見る。
「まぁ昔ちょっと機械いじってたこともあったしな・・!」
そう話ながら自分の手元に操作用パッドを置く。
「よし、始めっか!久々のサイバー業務だぜ」
PM 19時25分
京都府庁内
パチパチパチパチ
タンタンタンタンタン
西藩のオフィス内に乾いたキーボードの音が響き渡る。
千代子はひたすらキーボードを黒い画面に打ち込む。虎雪と達博には何が行われているのか分からない。打ち込まれたアルファベットがどのように作用するのかは皆目検討もつかない。とりあえず、緊迫した空気を壊すまいと、呼吸以外の動きはせずに画面をじっと見ている。
プルルルル
「ーーはい、最特公の端末、達博です!」
ものすごい勢いで作業をしている千代子の邪魔をしないようにと、自分の近くにあった端末が鳴った瞬間に達博は通話ボタンを押して代わりに出た。
「こっちも斎藤の端末から再び城戸です。お疲れ、達博」
「城戸さん!お疲れ様です!」
「最特公に、警察犬と合流したって伝えといて。全部で10匹も来てもらっちゃったよ。これならなんとかなりそうだ。」
「はい!承知しました!
兄貴!警察犬10匹と城戸さん達が合流しました!」
「はいよ、達博、スピーカー機能で頼む」
「はい!!」
「おい、城戸、聞こえるか。俺だ」
「はい、聞こえますよ」
「俺の方はあと5分でハッキングができる。そしたらプログラムを書き換えて犯人ロックオンしてやるからな。ロックオンまで出来たらある程度の場所の特定は1分でできる。おそらく現在地から2km以上はブレないだろう。本人がプログラムを停止してはいたものの、このハッキングを想定して念の為カメラの死角を通ってる可能性は高い。そうしたら後は警察犬の出番だ。」
「了解です」
スピーカーで通話をしたまま千代子はキーボードを撃ち続ける。
黒いバックグラウンドに白い文字がけたたましく打ち込まれていく。
「兄貴、話かけて大丈夫ですか?」
忙しそうな千代子に、達博が申し訳なさそうな顔で尋ねた。
「あぁ、大丈夫だ、プログラムの9割はもう作り終わってる。どうした」
「あ、もう9割も作り終わってるんですね・・・・ん?作り終わってる?」
「あぁ、作った」
千代子の「作った」という言葉に達博は驚愕し、球体の体から、人間でいう《顎が外れた》に近い表情となっていた。
「えぇ?作ったって、この短時間で、え?作った?!?!」
達博は動揺を隠さず、汗腺があるのかわからないが冷や汗をかいている。
「どういうことです?」
何もわからない虎雪が簡単に聞く。
「えーーっとですね・・・。何から説明すれば良いのか・・・」
「達博、虎雪にはどういっても理解出来ねぇからいう必要はねぇよ」
「えぇ?!そんな訳にはいかないですよ!待ってくださいね虎雪さん、今簡単に要約致します・・・」
うーんと唸っている達博の横で、一際キーボードを大きな音を立てて押した千代子が言う
「でーーーきた!!ハッキングアップデート!アーンド・・・プログラムスタート!」
プログラムが起動し、いくつものポップアップ画面が出てくる。そして、文字の羅列が猛スピードで流れていく。日本語で地名ばかりが表示されている画面、人の名前と年齢、性別が流れていく画面、顔認識の照合が終わった監視カメラの設置場所の一覧・・・同時にいくつもの情報が処理されていく。
そんな中、特定ができそうなのか、データの照合が念入りに時間をかけて行われている。
そして照合中の待ち時間の残り時間を表すメーターの近くにはドット絵のハクビシン3匹がチョロチョロと動いている。
「ん〜・・なんと言いますか、プログラム運用のサーバーにアクセスできるのは、モニタリング班のサーバーだけなんです。通常プログラムを更新したりアップデートする際は、モニタリング班のサーバーにあるデータを更新してプログラム運用専用のサーバーにアップデートするんです。ですが、そのモニタリング班のサーバーはセキュリティーが強固過ぎで絶対に入れないんです。なので、兄貴はプログラム運用サーバーに直接ハッキングをしてプログラムをアップデートしたんです!
元のプログラムの書き換えもコピーも一切できない状態だったから、コピーして一部を変更とかではなく、完全に、この場で、新しくプログラムを1から作ったって事ですこの25分で!!」
達博が球体の上部、人間でいう頭部を両の手で押さえながら、必死に虎雪でもわかるように説明をしている。
「達博さん、ありがとうございます!よくわかりませんけど!」
「ほら、言っただろ、文字通り頭抱えるだけ無駄なんだって」
「待ち時間中にドット絵の動くハクビシンをこの場で入れて作っちゃう兄貴の凄さが伝えられない僕の無能さ!!」
『ッポン♪』
達博が自分の不甲斐なさに絶望したその時、待ち時間中を表す画面が終了して軽快なお知らせ音が鳴った。
千代子は、モニターを再び見て照合結果を確認する。
「城戸!出たぞ。神保町の駅前一番大きな交差点の地下通路を直近で通過している。西から東に向かってる。あとはそっちでなんとかなるだろ?」
「そこまで出してもらったら大丈夫ですよ、本当すみませんねぇ〜、このあとはゆっくりお酒でも飲んでくださいな」
「いや、暫く酒はいらねぇ」
5分後には城戸から犯人逮捕の報告がきた。
「でも、まさかモニタリング班の主任がこんなことするなんて・・・まだ動機とかわからないですから、何か理由があったと信じたいです・・・」
しょぼくれた虎雪が達博に話しかける。
「僕もそう思いたいです。でも、あえて兄貴が出張のこの時を狙ったとしか考えられないです。サイバー関係では兄貴の右に出るものはいませんからね。だからと言ってあのプログラムを全部手打ちで完全コピーするんなんて主任も想像してないと思います。というか、普通できません。兄貴何者ですか」
「ハクビシンだ」
そう言った千代子は、再び袋に前足を伸ばして、イワシ煎餅を頬張った。




