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千代子さん 〜動物職員と人間職員の勤務報告書〜  作者: 杉崎 朱
西藩 出張篇

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千代子さん 11話 〜西藩篇 4話〜

「え?!そんな良い素材なの?!私のなんてこの間メロンソーダこぼした時なかなか落ちなくて大変だったのに!」

「事故で混乱してる交通整理の最中にそんなもの飲むからですよ」

壱塚がトドメを刺した。

+++

言葉を話せるようになった”動物”と人間が共存していく世界。

地球に落ちた小さな小さな隕石から発する特殊磁場の影響で動物が言葉を話せるようになった。

また、磁場の影響か、高い知能をもったハクビシン《千代子ーセンダイジ》と、愉快な仲間達の現代ファンタジー


5月某日ーーー京都


PM 17時45分

京都府庁内


千代子率いる東藩が京都にきて3日が経ったこの日、監査の仕事は終了した。



「マジ。肩凝ったわ。虎雪揉んでくれ」

「はい、親分!葛餅も持ってきましたよ!」


おっ気がきくじゃねぇか。と目の前に置かれた葛餅に目を輝かせた千代子。本日は書類監査の最終日。予定では19時くらいに終わる予定だったが少し早めに終わることが出来た。


「みんなで飯でも食いに行くか」

千代子からの提案に西藩も喜ぶ。主に1人が。


「やったーー!!最特公何食べたい?!真がお店早く調べてくれるからさぁ!!」

常にこのテンションの国領が食事のジャンルを急かしてくる。おそらく彼女は空腹なのであろう。

そして店探しを言われた壱塚はびっちりとお店情報をメモしてある手帳と端末を取り出した。


「せっかく京都にきたからなぁ、京都らしいもんが食いてぇよな」

「兄貴、ニシン蕎・・・」

「それは帰りの日の朝飯で良いだろう」

「・・・まぁ、それもそうですね」


どうしてもニシン蕎麦を食べたい達博は好きあらばニシン蕎麦を推してくる。

そこで西野が提案をしてきた。

「じゃぁ、あそこにしましょうよ。最特公、筍や山菜はお好きで?」

「ふきのとうや、タラの芽の苦いのじゃなきゃな」

「では、おすすめの京都料理屋”竹林中”にしましょう」







「おうおう!良いじゃねぇか!風情が有ってよ!」



一行が来たのは竹林を抜けた先にある木造の大きな平家の料理店だった。

車を降りたら建物までは砂利道。一応道筋として大きめの石が建物の玄関まで敷いてある。

建物を挟んで反対側は一望できないが、おそらく池がある。そしてその奥にはまた森がある。今は5月だ。緑が生き生きとしている時期である。

草木の匂いが風と共に千代子たちの鼻を掠める。


「久々ですね、こんなに草木の匂いを感じたの」

達博は深呼吸をする。深呼吸をすると体の大きさが1.5倍になった。呼吸を吐くとまた通常サイズに戻る。どこまで伸びるのであろう。限界まで試したことはまだない。


玄関まで向かって行くと勝手に扉が開いた。しかし、自動扉ではない。

向こう側から扉を開けてくれたのだ。そして開けてくれたのはここで働いているであろう動物職員だった。


「いらっしゃいませ」

一番最初に声をかけてくれたのはツキノワグマだった。甚平とエプロンを身につけている。店長だろうか。

「「「いらっしゃいませ」」」ぞろぞろと出てきては挨拶をしてくるのは、イタチ、ウサギ、レッサーパンダの3匹であった。


「ようこそ、神宮さん。いつもご贔屓にありがとうございます。ささ、中にお上がりください。」

ツキノワグマが一行を店内に促した。

「いつもすまない。今日もよろしく頼む」

神宮がツキノワグマに声をかける。

「今日は東京からのお偉いさんも一緒と聞きましたからね、個室で一番奥を用意してます」

「助かる」


先頭はツキノワグマと神宮が行く。その後に続くように西野が千代子と虎雪と達博を促す。そしてその3人のあとに西野、国領、壱塚が続いて入って行く。

「お履き物はこちらでどうぞ。私達が仕舞いますので、脱いだらそのままで結構ですよ」

少し進んだ先、石畳がおわりその先は小上がりで艶の良い床が続いている。土足はここまでである。

レッサーパンダが人数分のスリッパが並んだ小上がりを指差す。

「貴方様はこちらをどうぞ」

千代子に向かってイタチが差し出したのはおしぼりである。千代子は車に降りた時から虎雪の肩にずっといるが、基本土足で生活している。今日一日は土足で府庁内を歩き回ったのだ。足を拭いて上がれという意味である。


「ていうか、土足で肩に上がるなんて虎雪ちゃん可哀想でしょ」

虎雪に足を拭かれている千代子に向かって国領が言う。

「しかも東藩のコートって白でしょ?!あーあー。足跡ついてんじゃん?!」

「軽く拭けば落ちる良い素材なんだよ。ピーピー言う程のことじゃねぇよ」

「え?!そんな良い素材なの?!私のなんてこの間メロンソーダこぼした時なかなか落ちなくて大変だったのに!」

「事故で混乱してる交通整理の最中にそんなもの飲むからですよ」

壱塚がトドメを刺した。






個室は広々としていて、7名で使うのが勿体無いくらいであった。ここにもし小さい子供がいたら走り回って遊ぶであろう。しかし、子供が走り回ったくらいでは親は怒らないだろう。というほど広いのである。

そして、扉である襖は外されていて外が一望できる。先ほど建物に入る前に端の部分しか見えなかった池とその先にある森林が綺麗に見れる。きっと今が秋ならば紅葉した赤い葉で埋め尽くされているのであろう。


まだ夕日が落ちきっておらず、西日が良い感じに草木と部屋の一角を照らしている。なんとなく子供の頃はよく見ていた夕日にどことなく近い感覚だ。


「取り敢えずは酒だな。西野、おすすめの酒は?」

「やっぱり日本酒ですね。さっき案内してくださったツキノワグマの土井さん手作りの日本酒が有名なんです」

「あのツキノワグマの酒か・・・なかなかおもしれーじゃねーの」

「クマだから鮭ってこと?」

「黙れ国領」





掘り炬燵で7名はお酒と前菜を楽しむ。

翌日は全員午後からの勤務となっている為、アルコールを飲んでも問題はない。ほろ酔いになった頃、国領が話しを変えた。


「てかね!!アタシ思うの!!もっともっとさ!沖縄とか高知の人たちと動物の生活の仕方を日本中に発信したほうが良いと思うのよ!!沖縄とか、もう動物が人間に見えた!!動物の家族と人間の家族がね、家族ぐるみで外でピクニックしてたのよ!動物はオランウータンだったから人間に近いっていうのもあるけどさー!!しかも、オランウータンの奥さんとか、相手の人間の家族に手土産とか用意しちゃってんの!もうどっちが人間だかなんかよくわかんなくなって来ちゃったじゃん!!」

「人間は人間、オランウータンはオランウータンだ」

国領はほろ酔いではない。完全に酔っている。そして神宮がすかさず言葉を返した。


「私の視察範囲でも、やはり過疎地になればなるほど人間と動物が手を取り合っていましたね」

西野も思うところがあるのか話しを始めた。

「過疎地で特に高齢者が多い地域では、力仕事を動物が担ってました。確かに大型の動物は力があります。しかし、かといって人間とうまくやっていけるか・・・と思いましたが。ある山を拠点にしているクマの話しを聞いたんです。

最初は拠点の山の周辺の農家の食物を食べ荒らしていたそうです。山も少しずつ開拓されてしまって食料が取れていた場所が伐採されてしまった為だそうです。でも、言葉を理解できる様になって、言葉を少しずつ習得して食い荒らしていた農家の方に謝罪をしたそうです。目的は謝罪だけでなくて手伝うから食料を分けてくれないかっていうことだそうです。山から農家の老夫婦が大変そうに畑仕事をしているのを見て、ギブアンドテイクを思いついたと言ってました。特に雇用契約がどうとかいう話ではなく、助け合いみたいな感じですよね。」


老夫婦なんて、クマの力を持ってすれば一発で仕留めることができる。それなのに、老夫婦に力仕事を請け負うから食料を分けてくれと自分から歩み寄ったのだ。確かにこの老夫婦が山の木を伐採したのかどうかは分からない。分からないが、クマからしても、誰が木を切ったのかではなく”人間に”木を切られたのだ。

それでもなお、動物は人間を襲うわけでなく歩み寄る方を取ったのだ。



「東京は、子供たちは動物と仲良くしていることもあるけど、大人は・・・」

虎雪と達博は少し下を向いた。関東、特に首都圏では動物と人間はまだそこまでうまく共存できていない。そして、西野の話を聞いて心に訛りを入れられたかのような感覚になった。どうして自分たちの管轄ではこのような素敵な話の一つもないのだろう。仕事のやり方の何が違うのだろう。そう考えていると、いつもは煩い国領が静かに話かけてきた。


「虎雪ちゃんはさ、こういった話ないの?」

「あ・・・はい、すみません。お恥ずかしいのですが、このように動物と人間がうまくやっている事例が・・・」

「ないわけないよ!」

「でもっ!!私本当にそういうの目の当たりにしたことなくって・・・!!」

「他人の事はさ!忙しいと中々見れないからね!絶対に東京でだってあるって、こういうあったかい話。アタシ達は集まっちゃうとさ、仕事の話ししながら市中周りすると細かいところ見落とすんだよね。

それに、西日本全部ちゃんとみたいから時間も人でも必要だってことでチームで視察するのやめて個人で視察するようにしたの!そうしたら良いところいっぱい見えてきたよ!」

メガネの奥でにっこりと笑う国領の顔が眩しくて虎雪は息が詰まる。

「でも・・・」

「でもさっ!一番動物と仲良くやってるのはいつも目の前にあるじゃん!理想の形!」

国領がビシッと指をさす。指を刺した先には何もない。千代子と虎雪の間を指している。ちなみに達博は酔っ払って広い部屋の何処かをぷかぷかと浮いている。


「最特公と東藩のみんな!ちゃんと対等でみんな仲良いでしょ!理想の形!!」


虎雪はハッとした。西藩のような動物と人間の心温まる話がなく、自分は何をしていたんだ。と責めていた所に、自分達と千代子の関係性が理想だと言われたのだ。嬉しい事この上ない。


「あ・・あ・・国領さん・・・」

虎雪が瞳に涙を溜めて国領を見る。

「ん?あれ?どうしたの?」

「朱留、指ささない、泣かさない」

西野が国領の手を下げて叱る。

「え?!アタシ別に泣かしたわけじゃ・・・ええ?!」

「気にすんな、こいつ泣き上戸だから」

「酔っ払ってんのかよ!!」


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