千代子さん 10話 〜西藩篇 3話〜
だからこそ最特公に選ばれたのか。じゃぁ普段この最特公はどれ程の頭の回転スピードでものを考えているのだ。こうやって雑談しながら指サックを嵌めたては止まらず目も機敏に動いて書類の端から端まで目視をしている。
壱塚は少々の感動と同時に恐ろしくも感じた。
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言葉を話せるようになった”動物”と人間が共存していく世界。
地球に落ちた小さな小さな隕石から発する特殊磁場の影響で動物が言葉を話せるようになった。
また、磁場の影響か、高い知能をもったハクビシン《千代子ーセンダイジ》と、愉快な仲間達の現代ファンタジー
5月某日ーーー京都
PM 15時35分
京都府庁内
本日、府庁のデスクが立ち並ぶ大きな部屋の一角に簡易的なテーブルが急遽設置された。
東京から《東藩》を2めい引き連れてきた国のNo.2の”最高特別国家公務員”が監査にやってきたからである。通称《最特公》。総理直下のこの役職についているものは日本でただ1名。動物職員の《千代子》と言う名の:”ハクビシン”だ。
「漢字で〜書くと♪《白眉新》じゃなくて《白鼻芯》〜♪テストで注意〜♪」
部屋の一角でその先まで毛の生えた指でどうやってページをめくっているのかというぐらい猛スピードで千代子は書類をめくっている。本当に確認しているのか分からない程のスピードでめくっている。そして、なぜそんなに早く捲れるのか。
千代子の監査の様子を側で見ていた西藩の壱塚は千代子の手元をそっと覗き込んだ。
指サックである。
「肉球は使わないのか・・・」
ボソッと壱塚が零した言葉を千代子は拾う。
「確かにな、俺二足歩行がメインだから後ろ足に比べて前足の肉球はそこまで硬くはないけど、乾燥してっからな。指サック使うに越した事はねぇ。先行投資だよ。5個で100円だ。安いもんだろうよ」
そう言って壱塚に向けて両手をパッと顔の横で広げた。左前足には人間でいう親指と人差し指に、右前足では親指と人差し指、中指につけている。
「本当、最特公器用よね」
千代子と壱塚が話している横を、15cmはある分厚いファイルをいくつも持った西野が通り過ぎた。監査終了のファイルはこれから達博が見張りをしている書類保管庫に戻しに行く所だ。
「あ、西野。そろそろここの監査初めて3時間経つ、それ戻したら一回休憩にしようや。達博にも切り上げるように伝えてくれ。あと神宮にもな」
「はい、最特公。承知」
そう言って西野は部屋を出ていく。
また、千代子と壱塚の2名になる。
「おい、壱塚。お前入社して短いんだろ?」
「はい」
千代子が壱塚に話かける。雑談だろうか。
「どうだ。1年経って慣れたか?」
「慣れました。結構荒くですが」
「神宮が言ってたもんな。しょっちゅう他の県の視察に言ってたんだろ?」
「はい、俺は鹿児島出身ということで、九州を中心に回ってました」
「7県もかよ・・・神宮の野郎鬼だな」
「でも、気にかけては頂けてます」
「そうか、なら良い」
この会話になんの意味があったのだろうかと壱塚は考えた。
まさか、入社1年目にしていくら地元周辺を担当になったからと拠点の京都を離れ一人で視察をさせられた俺を心配してくれたのか。と一瞬驚いた。
このハクビシン、千代子の事前データは入社時に聞いて、他のハクビシンより優れていて慈悲深いとはなんとなく聞いたが、1従業員の待遇まで気にするのか。だからこそ最特公に選ばれたのか。じゃぁ普段この最特公はどれ程の頭の回転スピードでものを考えているのだ。こうやって雑談しながら指サックを嵌めた手指は止まらず目も機敏に動いて書類の端から端まで目視をしている。
壱塚は少々の感動と同時に恐ろしくも感じた。
「親分ーー!!おはぎの他にも生八つ橋買ってきましたよ!!」
休憩を挟む為、都庁に設置されているものととても良く似た休憩スペースにやってきた東藩と西藩と千代子。
長テーブルの片側には虎雪が座り、達博はその隣で浮いている。向かいに西藩が並んでいる。休憩ということで全員トレードマークの赤いコートは脱いでいた。
そのテーブルに最後にやってきたのが千代子だ。携帯端末を見ながらポテポテという擬音がピッタリであろう歩き方と爪の音が響く。
「お、八つ橋・・・・あ。甘味処のばあさんの分のお土産は・・・」
千代子が端末の壁紙にしている甘味処のばあさんの手紙の画像を見て思い出したように言う。
「おばあさんには、生八つ橋と千枚漬け買ってきましたよ!いつ買えるかわかりませんからね」
「虎雪にしてはちゃんとしてんじゃねぇか」
「達博さんがそうした方がいいって言ってたので!」
「まぁ、そうだよな。サンキューな、達博」
「とんでもですぅ〜」
よっこらしょ。と言いながら千代子が椅子に立つ。人間用のテーブルに人間用の椅子では千代子はおはぎまで届かないのである。立ち食いだ。
そして、休憩という名の交流会が始まる。
「「いっただっきマース!!」」
元気に挨拶をしたのはもちろん虎雪と国領だ。
美味しい!甘さ控えめだね!東京のはもっと甘いの?など、お花が飛び散っている隣の話は放っておいて千代子は神宮に話しかける。
「神宮、さっき壱塚にも聞いたが、4人とも出張・視察に行ってたんだろ?」
「そうだ」
話かけた千代子は、おしぼりで手を拭いたら懐紙を使っておはぎを掴み齧り付く。そして、齧ったあとはほうじ茶を一口飲む。この組み合わせが至極の瞬間である。
一方神宮は、竹でできた和菓子用のフォークで綺麗に切り分けてから口にしている。一口おはぎを口に入れて、抹茶を啜る。口の中でおはぎの甘さと抹茶の苦さのバランスがちょうど取れた時、強面の神宮の顔つきが一瞬だけ、柔らかくなる。
飲み込んで竹を置き、神宮は千代子の話しの詳細を始める。
「俺が近畿、国領が四国と沖縄、西野が中国地方、壱塚が九州を見ている」
「皆出身がバラけてっから、恭介が地元を基準に割り振ってくれたの!」
神宮が話し始めてすぐ、国領がおはぎを食べながら話しに割り込んできた。
「お前は、黙って食ってろ」
「国領さん、割り込むときは挙手をして一言断ってからですよ」
「朱留、ほら」
千代子、壱塚、西野の順に国領を制圧。最後の西野に至っては国領の持っていたおはぎをそのまま彼女の口に全部詰め込んだ。これでしばらくは話せないだろう。
その様子をみた虎雪と達博はこう思った。奴等、仲間にも容赦ない、と。
国領の口におはぎが詰め込まれたのを見て神宮が話しを続け出した。
「少しでも土地勘がわかる者が視察した方が良いだろうと思いそのように分けた。一度京都から出たら、1県視察して帰ってくるのは体力的にも精神的にも疲れるだろう。そのため、視察時期を全員で調整して出張を繰り返していた」
「京都に誰もいないことがないようにか」
2つ目のおはぎを食べ始めた千代子が言う。
「なるべくだ。緊急出動であけることもあるが、極力無いようにすぐに再調整をしている」
「うちにもそうやって計画立てて調整してってやってくれる奴がいたらなぁー俺も他の県の視察にいけるんだけどよ。北海道なんてほどんどいけてねぇぜ。カニ食いてぇのによ」
「東京は減ったとはいえ事件が多い。致し方ないだろう。日本の核となる企業が多いし、悪事を企てる奴は片田舎よりもライフラインが整っている東京に固まるだろう。何より国会議事堂があるんだ。格好の餌食だ」
「国会議事堂、北海道に持ってちまうか」
「兄貴!!なんてことを!!」
ここで口に詰められたおはぎを嚥下した国領が話し出そうしていた事を察知した壱塚が国領に鋭い視線を向けた。
「真〜怖ぇよー・・・はい!!挙手します!!挙手!」
「はい、国領さんどうぞ」
元気よく手をあげて話をしたい国領に達博が許可を出した。
「東藩は大変なんだね〜私達も西日本回ってるから別に暇ってわけじゃないんだけど、私のところだけかどうかはわからないけど、そんな事件っていう事件は少なかったかなぁ。事故はあったけど、それは別に建物の構造が悪かったりとか交通事故とかだからね。栄えてる所はたまーに事件があるけど、田舎の方じゃ、じっちゃんばっちゃんと動物はうまくやってんだよ!四国とか超助け合いだったからね!沖縄とか最早家族だったよあれ。最特公も今度沖縄行こうよ。共存法律の理想の最終形態が沖縄で見られるからさ!!」
「理想ねぇ・・・」
千代子は3つ目のおはぎを持ち、齧りながら椅子の背もたれに寄り掛かり、そのまま後ろに反り返った。後ろには大きな窓があり、本日は晴天の為雲ひとつない青空と工事が完了していないのか、電線が数本見えた。そこには雀が止まっている。何かの配達途中で疲れて一休みをしているのだろう。
理想・・・理想・・・
人間と動物のいざこざが耐えないから動物共存法律を作った。
問題が起きないためにだ。取り敢えず一緒に暮らす方法だ。規則を設けて、破ったものを罰する。罰せられないように、守るように触れて回った。最初は、人間も動物も一緒に暮らせて全てのモノが幸せになれるように、と一瞬だけ考えた。そう、考えた、思った事は確かだ。しかしその言葉は瞬時に葬った。現実的な話、人間も動物も全員が幸せになれる方法なんて今の所ないのである。
人間優位の世の中だった時でさえ、人間同士の争い、騙し合い、殺し合い、一方的ないじめ、虚言、全然耐えない。絶えないどころか、やられたらやり返す。しかもされた時以上に非情な方法でだ。
だから俺が行ってきたものは”全ての生き物が幸せになる”のではなく、”全体最適”をとってきた。
「改めて考えると、理想ってなんだろうな・・・」
「みんなが幸せだと思う毎日になることじゃない?」
考えているのかなんなのか、国領は屈託のない笑顔で2つ目のおはぎに手を伸ばしながら千代子の質問に答える。国領は基本考えずに感覚でものを言う。
「どうやって全生き物が幸せだってわかるんだよ」
「WEBで幸福度アンケート!!」
電線で一休みをしていた配達中の雀は再び空に飛び立った。
雀自身よりも大きな荷物を下げたまま。




