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千代子さん 〜動物職員と人間職員の勤務報告書〜  作者: 杉崎 朱
東藩篇

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千代子さん〜プロローグ〜

言葉を話せるようになった”動物”と人間が共存していく世界。

地球に落ちた小さな小さな隕石から発する特殊磁場の影響で動物が言葉を話せるようになった。

また、磁場の影響か、高い知能をもったハクビシン《千代子ーセンダイジ》と、愉快な仲間達の現代ファンタジー

【全ての始まりは、地球、日本、そして東京にある野球場に小さな小さな隕石が落ちた事だった。】




5月某日---東京

梅雨もやってきていないのに、もう夏かと思う程の暑い日。

コンクリートジャングルは余計に熱を感じる。とても土が恋しい。


この暑い日に、けむくじゃらの上に制服をきている動物が、高いビルが立ち並ぶ大通りから細い小道へと入った。3分程歩くと、先ほど歩いていた大通りとは景色が変わる。高い建物はなく、1階建の平家が立ち並ぶ裏通りだ。昔ながらの商店街である。


1件のお店の前で動物は止まった。店名は《甘味処 ー風鈴ー》。

かなり繁盛している。最近は、”古民家カフェ”と呼ばれるものが流行っているからなのか、築年数がかなりいっているこの甘味処も繁盛している。

致し方なく、動物はウェイティングリストに名前を書く。


待つなんてアホらしいが、どうしても今日はここの甘味処で食べたい気分なのだ。今日はここでないと多分俺はこの後仕事をしない。と、ぶつぶつ自分に言い聞かせるようにして順番を待っている。


「えーーーーーっとね、たーいへんお待たせしちゃいましたね、あらあらごめんなさい!えーーーーーっと・・・お次お待ちのお客様!!千代子ちよこさん!千ー代ー子ーさん!」


設置してあるウェイティングリストと同じ高さのおばあさんが背伸びをしながら読み上げた。

おばあさんは、甘味処の店主である。白髪を頭の後ろで一つのお団子にしている。赤い蜻蛉玉の付いた簪で綺麗にまとめ上げられている。器用なものだ。しかし、着物ではなくモンペを着用している。


「ちーよーこーさん!!あら!!ヤダ帰っちゃったかしら?」

悪いことしたわね・・・なんて言っていると後ろから声をかけられた。


「おい、ばーさんよ。何度言ったら覚えるんだよ。

 ちよこじゃねぇっつってんだろ。千代子センダイジだよ、センダイジ!!」

けむくじゃらの上に制服を着て、暑い中待っていた動物だ。


「あら!誰かと思ったら!総理のところのお偉いの猫ちゃんじゃないの!!

 ごめんなさいね待たせちゃーーー

「猫じゃねぇよ!!ハクビシンだよ!!ばーさんのところでもハクビシン働いてんだろ!!」

食い気味に訂正をした。


そう、律儀にウェイティングリストに名前を書いて注文待ちをしていた「ハクビシン」という生き物。名は《千代子ーセンダイジ》という。


「あらあら!それで、ご注文はお決まりで?」

お店は今忙しいのである。注文を優先された。

「・・・まぁ、いいか。いつものくれ」

「はーい!いつものね!餡蜜におはぎ2つ!ほうじ茶1杯入るからねーー!」

店主のおばあさんは店の中に大声で注文を伝える。

「ハクビシンは覚えられないのに注文はしっかり覚えてんのかよ」

この世には不思議なことがあるもんだ。と思いながら、店の外にある長椅子で餡蜜とおはぎ、ほうじ茶を待つ。



【全ての始まりは、地球、日本、そして東京にある野球場に小さな小さな隕石が落ちた事だった。】



そう、8年前に落ちたこの隕石の影響で、動物が言葉を話すようになったのである。

動物が言葉を話し始めた時には地球上はものすごく混乱をしたが、生き物とは人間に限らず順応能力があり、今ではすっかりこの”人間”と”動物”が普通に会話をすることが当たり前になっている。



わざわざ暑い店の外の長椅子で待つ理由はタバコが吸えるから。

仕事に煮詰まり一息入れたくてここに来たのだ。紙たばこを取り出して口に咥える。

器用にライターで火をつけた。そう、ストレスが溜まるのは人間だけではないのだ。

先に申し上げるが、新たな法律のもとタバコを吸っているので問題はない。



「はいよ!猫ちゃんお待たせ!まずは餡蜜からね!ほうじ茶も今持ってくるから。その後におはぎ持ってくるからね!」

「おう、ありがとうな。ばーさん。」

「いいえ、こちらこそいつもありがとうね。最近じゃこうやってボロ屋でカフェやるのが流行ってるんだって?おかげでうちは儲けて助かるんだけどさ。」

「古民家な。ボロって言うなや」

「あーそれそれ!古民家!古民家!」

おばあさんはケタケタと楽しそうに笑って続けて話す。

「今日は本当に暑いわねー!けむくじゃらの上に制服まで着てて暑くないの?熱中症にならない?」

「なりそうだぜ。食って戻ったらエアコンの効いた涼しい部屋だから問題はねぇけどな。外で一切服を脱げないってのが本当面倒だぜ。脱水症状にでもなったらどうしてくれんだって話だ。」

「本当そうよね!でも、その制服を着ている事が”貴方”を証明するからね。大変だけど、着てて頂戴ね!アタシも、それ着てなかったら他の猫ちゃんと区別つかないわ!」

「ハクビシンな」




こんなくだらない話をできる事が幸せと言うことに、生き物はなかなか気づけない。

人によって「幸せ」が違うから。


「最近は物騒な事件が少ないじゃない!猫ちゃんのおかげ?」

おばあさんは続けて聞く。おはぎができるまでまだ少し時間がかかる事をわかっているからだ。

「確かに件数は前より少なくなっている。ただ、全くないわけではない。結構伏せていることもあるんだ。メディアで報道をしてしまうと市民が不安になるからな。メディアの力は思っている以上に強力なんだよ」

「トゥーウィッター!とかのことかね?」

「それも含むが基本テレビな。皆がよく見るだろ。ニュースだよニュース」

「あ!ニュースね!ニュース!アタシも毎日見るよ!」

「だろ?」

「え?報道の権限まで猫ちゃんが持っているのかい?」

「全部じゃねぇけどな。ダメだって言ったって勝手に報道したり雑誌に掲載するところだってあるさ。だから、もう事前に揉み消してるんだ」

「あら、あんた本当に大変ね」

おばあさんは感心して千代子に言う。ここで、おばあちゃーんと呼ばれ店の中に戻っていった。

おはぎとほうじ茶が出来たのだろう。


「はいはい!お待たせしましたね!先にほうじ茶持ってくるって言ったのに話し込んだら忘れてたわ、あははごめんなさいね」

「別に大したことじゃない。気にするな」

「あら〜!おっとこまえ〜!」



千代子の後はお客様は来ず、一旦ピークタイムは過ぎたようで、おばあさんは千代子の相手をしている。

千代子もおばあさんと話しながら大好物の餡蜜とおはぎを頬張る。



「はーーー食った食った。腹一杯だ。もう仕事したくねぇな」

「何言ってんのよ!お腹いっぱい食べたからお仕事頑張るんでしょ!」

「純粋に眠い」

「元々夜行性なんだっけ?この時間はしんどいわね」

現在は14時。あと1時間もすれば3時のおやつの時間だ。子連れでまた店が忙しくなる。


「さて、行くとするかな。ばーさん、3時のおやつタイムに備えてしっかり休んでおけよ」

「あら!!ありがとう!」

「会計、カードで頼む」

「甘味処でブラックカード出すのは猫ちゃんくらいだわね」

おばあさんはカードを持ってレジに行く。


「さて、糖分補給もしたし、しっかりと働くか」


「はいよ!お待たせ!また来て頂戴ね!」

「あぁ、来週は京都に出張だから再来週にまたくるわ」

「またお待ちしております!お土産は千枚漬けで良いわよ〜!」

「あいよ」


千代子は後ろを向いたまま手を振る。

ひとときの幸せは一旦お預けで、これから終わらない仕事に取り掛かる。

人間同士でも分かり合えず争いが絶えなかったこの世に、意思を伝える事が可能になってしまった”動物”たちが加わった。

争いを減らすため、共存していく為に千代子は今日も授かってしまった”知能”を使うのである。



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