龍の神子
島根 犬です。
書きたいものを書けたらいいな精神で書いてます。
よろしくお願いします。
覚えているのは、崩れ落ちてくる箱が自分に落ちてくる瞬間。
死ぬかもしれない、と思った。
けれど、死ねないとも、思った。
幼い頃に受けたいじめの傷は、大人になっても癒えることが無くて。
誰かと一緒なのが、苦痛にしかならなくて。
居場所がどこにも無いように感じて。
仕事も、誰かと一緒にすることは無理で。
色々な仕事を試した結果、倉庫の荷物運搬だった。
両親も早くに亡くして、ただ一人で生きていて。
友達なんていなくて、生きているのが少し、苦痛に感じることがあった。
そんな時に、河原に段ボールが落ちていて。
中を見たら、小さな子犬が2匹、寄り添って震えていた。
警察に行けば、最終的に捨て犬は保健所に行くことになるだろうと言われた。
保健所で犬たちが生きれるのは約1週間。
自分を見つめる茶色の瞳に、2匹を飼うことに決めた。
大家さんにお願いして暫くは犬と暮らす許可を得て、ペット可の物件を探して引っ越して。
その合間に動物病院に行ってワクチンなど色々お願いして。
趣味も何もなくて良かったと、通帳の残高をみて思った。
一気に変わった世界。
散歩をすれば、犬と散歩している他の人に挨拶されて。
それだけの事なのに、散歩する時間がとても楽しみになった。
人と関わるのが、少しずつ怖くなくなっていくのに驚いた。
犬たちと過ごした数年は、あっという間で。
家に帰れば犬たちが待っているからと、仕事ももっと頑張れた。
だから、あの子たちが待っているから。
死ねないと、死にたくないと、強く思った。
目を覚ませば、真っ白な部屋で。
体を動かそうとすると、サラリと、何かが腕に触れた。
「っ、」
腕に触れた白いソレが、自分の髪だと分かって驚いたが、声は出なかった。
喉が痛い。いや、体中が痛い。
病院、なのだろうか。
辺りを見回せば、ただ白い部屋で。
窓らしき場所には鉄格子のようなものがある。
「目が覚めたようだな」
扉から、こちらを見る目にゾッとした。
この目を、私は知っている。
「さぁ、続きをしようか」
部屋から外へ連れ出されれば、そこには冷たい廊下が広がっていて。
病院よりも冷たく寂しい感じがした。
無理やり入れられた部屋は、実験室のような場所で。
椅子に乗せられると、鎖のようなものでつながれた。
電気ショックのようなものを受けているときに、少しずつ思い出した。
ここは一部の生き物が魔法を使える世界で。
私は、後天的に魔法が使えるようにできるのではないかと行われている実験の。
被験者だったことを。
エルフは体が丈夫で、魔法が使える率が高い。
私はエルフとして生まれたけれど、魔法は使えず。
他のエルフと異なる髪や瞳の色で生まれ。
性別すらなかった…昔何かで見た、性分化疾患というやつだろう。
だから両親に、村人たちに疎まれていた。
今でも思い出す、誰かの声。
「そんな髪や瞳の色、見たこともない」
「不吉な前兆では」
こんなやつ、仲間ではないっ!
「ならばわたくし共が引き取りましょう」
迫害されていた私を、合法的に彼らは引き取り、実験体にしたのだ。
命は確かに助かったけれど。
電流を流され、銃で撃たれ、薬物を注射され。
死んだ方がマシだと思えるくらいに苦しめられた。
助けてと叫んでも、誰も救いの手を伸ばしてはくれず。
死のうとしても、見張られているのかすぐに治されたり、そのまま実験されたりして。
そして心を閉ざした。
何故今更、前世の事を思い出したんだろう。
思い出したところで、未来なんてないのに。
あの子たちに、会えないのに。
どう足掻いても、実験体のまま、なのに…。
何度目かの強い電流に、意識が遠のきかけたとき。
「な、何事だっ!」
何かが爆発するような音と、大きな揺れを感じた。
あぁ、ここでまた死ぬのか。
そう思った。けれど。
「「わおぉんっ!!」」
その、鳴き声に聞き覚えがあった。
私が生きる意味だった、あの子たちの…
「大和っ!!大輝っ!!」
名前を呼んだ瞬間、壁が大きな音をたて、崩れ落ちた。
そこにいたのは、大きな双頭の龍。
私を実験体にしていた彼らは何かを叫び、逃げ出そうとしていたけれど。
「こんな非道な研究施設があったとはな…」
外見から、恐らくはエルフだろう兵士たちに捕まっていた。
けれど、そんな事は私には関係なかった。
もう会えないと思っていた、犬たちが…大和と大輝が、そこにいたから。
「大和…大輝…」
そう呼べば、緩やかに頭を近づけてくれた。
そうして、前世と同じような瞳で見つめてくれる。
「あいた、かった…」
涙なんてもう、涸れ果てたと思っていたのに。
そっと手を伸ばせば。
前世の頃より大きい姿で、あの子たちからそっと手に触れてくれる。
「きゅぅん…」
姿は違うのに、その瞳で、鳴き声で分かる。
「まさか…」
そう呟く声が近くに聞こえて、振り向く。
そこには一際華麗な装備を着たエルフが立っていた。
「神子」
「み、こ…?」
ゆっくりと近づくエルフから、身を隠すように大和と大輝の後ろにいく。
それに驚いたのか、エルフはそこで立ち止まると、私と視線が合うように膝をついてくれた。
「…アナタは、どうしてここに?」
「売られ、て、実験、されてた」
話したことがあったろうか?と思うほどに片言のようになってしまう。
頑張って思い出そうとしても、親と会話した記憶すらない。
この実験施設での、Yes or Noの反応くらいだろうか。
そんなことを考えていれば、目の前のエルフが悲しそうな顔をする。
悲しそうな顔で無理やり笑顔を作って、私に問う。
「アナタは、この龍が好きかい?」
首を縦に振って答える。
何よりも誰よりも、この子たちが好きだ。
見た目は変わったけれど、この子たちは、私の唯一の家族なのだから。
「我々は、龍に愛された者を神子と呼ぶ」
アナタも、彼らに愛された神子だと、そのエルフは言う。
「我々のもとへ来ないか?」
そう言って差し出された手を見て、大和と大輝を見る。
その瞳は「大丈夫」と言っているようにみえたから。
その手を取ることにした。
「私はネイサン。アナタの名前は?」
そう問われて首を横に振る。
名前なんてなかったはずだ。
覚えている記憶を遡ってみても、名前で呼ばれた覚えがない。
「ならば私が名前を付けよう」
ネイサンが、自分を抱き上げる。
「エリオット、と」
気に入っていただけたら幸いです。