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川男

作者: カイト

あの男と出会ったのは、田舎の電車だった。

ちょうどいい日差しの中に、揺れた電車の中。「コンコン」と、車輪と鉄道がぶつけ合っている振動と音が席から伝わった。

手を顔に当て、流れてゆく畑を見ていると、少し眠くなってしまった。

その時だ。

背が高くて、肌が黒い男が、揺れて止まらなかった電車で、いつのまにか向かい席に座っていたのだ。

日差しの強い午後なのに、あの男は水の匂いがした。深い山の中、流れる川の匂いだ。

大きい帽子をかぶっていたので、顔はよく見れなかったが、美しい気を纏っていて、思わずいい顔だと思った。

「こんにちは…」

わたしの声が聞こえた。

何故彼に声をかけたのか、正直自分もよく分かってなかった。自然に流れている川のように、ただ言葉が流れて行ったようだ。

彼も驚いたようだ。

そして彼は口を開けた。

「こんにちは…」

地面の下から伝わってくるようで、その中に水のような清潔感のある声だった。

「いい声ですね」

と、わたしは思わずそう言った。

「あ!ごめんなさい…」

似合わないことを2回もしてしまったわたしは、顔に熱を感じた。

「…ふぅ」と、彼は少し笑っていた。

「初めて、そう言われました」と、彼は微笑んでいたようだ。

「それは残念です…」

「いつも他人を驚かせてしまうものでね…」

「えぇ…」

「ほら、僕の背は高いでしょ。そして肌も黒くて、いつも怖がられてしまうのです。」

「アメリカにも、そういう系の人もいるんですから…珍しくないと思いますが…」

「そうですか?」

「そうですよ!前にもネットでイケメンの黒人のファッション動画がすごく流行ってましたし!」

「へぇ…そんなもんがあるんですか?」

「そうですよ!綺麗なものはみんな好きですし」

「僕はイケメンですしね〜」

「自分で言うんですかぁ…」

「ハハ〜」


唐突に終わった会話で、わたしは少し不安を感じた。周りに音がなく、ただ冷たい鉄の音が耳鳴りのように大きくて気持ち悪くさせる。

「人が作り出したものが面白いっすね」と、

窓の外を見つめていた彼は急に言い出した。

「あっ、えっと…」

わたしはそれが嫌いだ…

「自然の音もいいけど、こういう力強い音もたまにいいよ。」

まるでわたしの心を読んだように、彼はそう言った。

わたしは何も口にできなかった。人工物の音が嫌いと言ったが、わたしは自然の音に耳を傾けることもなかった。いつもイヤホンをつけて何かの音楽を流しているから、人の話し声も聞こうとしていなかったのであろう。

しかしまだ覚えている。子供の頃、耳を地面に伏せると、土のそこから不思議に心を安らぐ音が聞こえてくる。

その音はまるで、大地が息をしているように、強くて落ち着く…

今では、田舎に行かないと聴こえることはもうないだろう…

「悲しいっすねそれは…」

「えっ?!」

ほんとに…心の声が聞こえるんだ…

「うん…聞こえるというか…そういう雰囲気してたから…?」と、男は頭を掻いた。

「バッチリ聞こえてんじゃん…」と、わたしは小さい声で言った。

「ハハハ、細かいことは気にしないでくれ!」彼は手を落として、まだ窓の外を見ていた。「なぁ、君、どこへ向かっている?」

「え…」どこへ向かっていると聞かれても、これはまさに目的地のない旅、というものだ。

「何のために?」

姿を隠している彼らを、忘れぬように見つけていく…

「彼ら?」

古から存在している、いつのまにか人の視野から消え去った妖怪たち、人の都合で作り出された都市伝説たち…

って…流れでそっと聞くんじゃない…!

「君がそうやって教えてくれたからさ〜」顔は見えないが、彼の目は今きっと三日月のようになって笑っている。

「でも、そうか…まだ僕たちを見ようとしている人がいるんだ…」

水の匂いは急に寂しさを感じていた。


すんとイヤホンの音楽が止んだ。

「あの…」わたしは目の前の男を初めて直視した。「お名前は…?」

「川尾だ。川に住む妖怪さ。」

まるで彼の答える時狙っているように、電車がトンネルに入った。再び出る時、窓から強い日差しでわたしは少し目をつぶっていた。そして目を開けると、わたしの前に誰も座っていなくなった。


川男、山や川の近くにいる、体が黒くて背が大きい魍魎だと。

参考:

Weblio辞典>川男とは:https://www.weblio.jp/content/川男

和訓栞>加の部 六下>かわおとこ

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