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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
98/123

里帰り6


第四ホラス村の宿に泊まって一夜明けた。

本日は旅の三日目。

一日目、二日目は晴れていて爽やかな天候だったが、今朝は曇っている。

どうやら天気は下り坂のようだ。


「よし、出発するか」

「はいっ!」


私は先生に元気良く返事をする。

泊まった宿に併設された食堂兼酒場で朝食を取り終えて、ちょうど宿を出たところ。

これから故郷である第七ホラス村まで徒歩で向かう。お昼頃に到着する予定だ。


「あんまり雲行きが良くねぇな」

「そぉっすね。昼くらいまで持ってくれれば良いんだが」


先生とダルセンさんも天候を気にしている。

雨が降ると旅の移動速度が落ちるし、強く降れば足止めを食らう。

私も配達の仕事で雨や雪に降られた経験があるから、天候の崩れが侮れないことは知っている。

もっとも、すぐに降り出す感じではない。それに目的地も第七ホラス村までの片道だ。配達仕事のように往復するわけではないし、何とかなるんじゃないかな。


村の東門から出た私達。まずはそのまま東方向へ。

第四ホラス村と第七ホラス村を繋ぐ山間道。何度も通った道のりだ。懐かしい。

久しぶりの徒歩移動だが、今のところ全然苦ではない。配達仕事のときより背負っている荷物は重いのに、だ。

九歳になり体が一回り成長したのと、訓練で体力が付いたお陰かもしれない。


とはいえ長い距離を歩くのだから、調子に乗らずマイペースで歩くことを心掛けよう。

大人である先生とダルセンさんは、子供である私の歩幅に合わせるというよりは、すたすたと先に進んで距離ができると立ち止まる感じだが、これはこれで悪くない。なぜなら、私の父さんがこんな感じだったからだ。


東へ伸びていた道は、徐々に北へと向きを変えていき、ここからは緩やかな上り坂が続くようになる。険しくはないが、山道なので進行ペースが落ちるのは仕方がない。

そんな山道を歩き続けた私達は、短い休憩を何度か挟みながら、ようやく目的地である第七ホラス村の近くまでやってきた。今の時刻は、たぶん正午少し前。予定通りの到着となりそうだ。


「あの丘を越えれば村が見えるはずです」

「なんとか天気も持ったな。降り出す前に村に入っちまおう」


先生の言葉に同意する形で私は頷き、村を目指して歩を速める。

体を横から撫でていく風が、若干湿ってきた。雨は近そうだ。


小さな丘を越えて、村の姿が視界に入ってくる。ランナーズハイというものだろうか。身体から旅の疲れが抜けていく気がした。

村の入口手前までやって来たところで、先生が首を傾げる。


「んー?門は開いているが・・・門番が居ねーな。ダルセン、誰か見えるか?」

「いや・・・誰も居ねぇんじゃねぇかな」


ダルセンさんも、少し困惑気味だ。

お二人はいぶかしんでいるが、私は別に違和感など無かった。

なぜならうちの村は特別な事が無い限り、門番が配置されているのは1人だけ。

そして、その1人も門の横に設置されている小屋の中でのんびり構えていることが多い。

故郷の村ではそれが常であることを知っていたからだ。

そうこうしている内に私達は門の前まで辿り着いた。


「門番してる人、小屋に居ると思うんですけど、近くまで来ても出て来ませんね」


もしかして本当に不在かもしれない。

でも勝手に村に入ってはまずい。門で人の出入りを管理しているからだ。先生達はここの村人ではないため、入村手続きの必要があるから猶更なおさらである。

やむを得ず先生達には門の前で待機してもらって、私は門横にある小屋の様子を見に行った。


「えーと、誰か居ますかー?」

「・・・ふがっ!・・・あ、やべ。うとうとしちまった」


小屋の入口から声を掛けると、中で椅子にもたれて居眠りしていた門番の人が、私の声にビクッと反応して体を起こした。

その門番はミッテンさん。私の中では『お調子者の門番』というレッテルを貼って記憶しているお兄さんだ。


「ミッテンさーん。起きてくださーい。門を通りたいんですけどー」

「ん・・・?あれ?エルナじゃないか」

「お久しぶりです。里帰りで戻ってきました」

「へぇー。ちょっと大きくなったな。元気でやってるか?」

「はい、なんとか。それよりお仕事ですよ。同行してくれた冒険者さんの入村手続きをお願いします」


自分が里帰りで10日間くらい滞在すること。

二名の冒険者さんを雇って村まで護衛してもらったこと。

その冒険者さんを門の前に待たせていること。

身振り手振りを交えつつそれらを伝えると、ミッテンさんはすぐに門番の顔付きになって小屋から出て行った。

仕事への切り替えは早いのだけれど、私が村に居たときから変わらずお調子者の様に見えるなぁ・・・。


ミッテンさんは門の外で先生とダルセンさんの入村手続きに取り掛かり、私はその様子を門の内側から眺めていた。

ふと、山からのやや湿った風に乗せられてくる懐かしいような村の匂いを感じ、くるりと振り向いて村の中へ目を向ける。オルカーテと違って簡素な家々がまばらに並び、柵に囲まれた畑が目に映る。

それらを見て徐々に、帰って来たんだなぁ、という実感が沸いてきた。


「エルナ。手続き終わったぜ」


先生の声にパッと振り返ると、先生とダルセンさんが私のすぐ近くまで歩いてきていた。

どうやら無事に入村手続きが済んだらしい。


「あ、お疲れ様です」

「エルナもな。無事に第七ホラス村に着いたんで、往路の護衛任務はここまでだ。俺達は今日この村の宿『亭』で一泊して、明日東の国境砦に向かう」

「はい。また10日後によろしくお願いします」

「ああ、任せておけ」


先生達は帰路も護衛として同行してくれることになっているのだが、私が村に滞在している間もずっと一緒に村に居てくれるわけではない。

その間先生達は国境砦に滞在し、砦の修復作業の仕事をして、私が帰るタイミングに合わせてまた村に来てくれるのだ。

ちなみに会話では10日後と言ったが、厳密に10日後で確定はしていない。というのも先生達の状況次第で2~3日程度前後することがあるからだ。旅程が2、3日ずれるなど、この世界では日常茶飯事なのである。


「ダルセンさんもありがとうございました」

「こっちこそ、仕事しやすい護衛主で助かったぜ。また帰り道でな、エルナちゃん」


旅の三日間で、先生と親交を深められたし、ダルセンさんとも随分仲良くなったと思う。

どんよりとした空の下、長く足止めさせちゃうのもはばかられるだろう。そう考えた私は、別れの挨拶も程々に済ませ、村の宿がある方向へ去っていく二人を見送った。


「あれ、エルナ。まだここに居たんすね」


また背後から声が掛かり、振り返るとミッテンさんが側まで近寄ってきていた。


「ちょうど今、お世話になった冒険者のお二人を見送っていたんです。私もこれから自分の家に帰りますよ」

「そういや、まだ話していなかったな。今日は村の山菜採りの日なんすよ。だからエルナんとこの家族も、村の東に出ているんじゃないかなぁ」


山菜採りの日、今日だったのか。

「ただいまー」って言いながら、家の戸をガラッと開けて、家族のみんなが驚く顔を見ようと思っていたんだけど。


うちの村の主産業は狩猟なので、秋の狩猟シーズンは基本的に毎日狩猟が行われている。そんな狩猟シーズン中でも、狩猟をお休みにして、村人総出で山菜採りを行う日が設けられているのだ。


「そっかぁ・・・。まあ、それならそれで。先に家に居て、家族をびっくりさせてあげるとしますよ」

「はは。そうっすね。そのうち雨になるだろうし、降り始めたら山菜採りは切り上げるだろうから、流石に夕方まで待ちぼうけってこともないと思うっすよ」


そう言いながらミッテンさんは空を見上げる。

ミッテンさんも夕方まで天気が持つとは思っていないようだ。


「ミッテンさん。それじゃあ、また」

「おう」


互いに軽い別れの挨拶を交わし、ミッテンさんは門の方へ、私は我が家がある方向へ、それぞれ足を向けた。

ちょうどその時だった。


カーン!カーン!カーン!カーン!


村の鐘がけたたましく鳴った。


「え?」「何だ!?」


私とミッテンさんが驚きの声を同時に発する。

昼の鐘ではない。この村で昼の鐘は、カーンと1回だけ打ち鳴らされるものだ。


子供のいたずら?

この村で鐘をいたずらしたら、子供でもこっぴどく怒られる。

村の者なら、それを知らぬはずはない。


いたずらでなければ・・・緊急事態の知らせ?

火事か、それとも・・・。


「何かあったな。ちょっと見てくらあ!」


そう叫んだミッテンさんは、村の中心部へ駆け出してしまった。


え・・・。ここの門番が居なくなっちゃうじゃない。

私はどうすれば・・・。

ちょ、ちょっとぉー。ミッテンさぁ~ん。


呆気あっけに取られて、その場に立ち尽くす私。そんな私の視界からミッテンさんの姿が消え去っても、まだ村の鐘は乱打されている。

本当に何があったんだろうか。

うーん。私が門番の代わりを務めるわけにもいかないし。

ひとまず我が家に向かうべきだろうか。


そんなことを考えていると、先程ミッテンさんが走っていった方向から入れ替わる様に、馬車がこちらへやって来た。

あれは見覚えがある。村長であるマーカスさん所有の馬車だ。


恐らく門を通って村の外へ行こうとしているのだろう。

そう考えていた私とすれ違った馬車が・・・


「・・・っ!?停めてくれっ!」


急に停まった。

馬車の中から声が掛かり、御者さんが手綱を引いたからだ。

停車した馬車の扉が開くと同時に、中の人物が私に向かって叫んできた。


「エルナか!?どうしてここに?あっ、そんな事より大変なんだ!」

「え、カロン?どうしたの、そんなに慌てて」


カロンは村長さんの跡取り息子。私より三つ年上なので今12歳のはずだ。

半年ぶりに出会ったけれど、結構背が伸びてる。

大変、って何があったんだろう?


「山菜採りで村の東へ出ていた村人が、武装した賊に襲われた!」

「ええっ!?」

「親父も大怪我をしたんだ。俺は今から隣村へ救援を呼びに行く。悪いが先を急いでる。エルナ、いま村は危険だ、気を付けろ!」


それだけ言ってカロンは御者さんに発車するよう指示を出す。再び走り出した馬車は、門を通って村の外へ行ってしまった。

もっと詳しい話をカロンから聞きたかったが、村の緊急事態だというのに、私に一言忠告するためにわざわざ馬車を停めてくれたのだ。流石にあれ以上は引き留められない。


それにしても、カロンの親父さん・・・つまりマーカスさん!?大怪我って!?


私はそこでふと我に帰った。

父さん。母さん。リン。私の家族が心配だ。


武装した賊。カロンはそう言ってた。

村に侵入しようとしているのか、あるいは何人居るのか。まだわからないことが多い。

この状況ですべきことは・・・。


背負っていた荷物からナイフを取り出して腰に装備する。

このナイフで実戦、それも対人戦は無理だ。しかし丸腰では、相手は躊躇ちゅうちょすらしてくれない。ナイフ一本でも装備しておかねば。

小弓はギルドの自室に置いてきてしまったし、今はこれで身を守るしかない。

でももう一つ、一回きりの飛び道具を私は持っている。


「・・・ふぅーっ」


私は大きく息を吹き覚悟を決める。

まずラトの葉に包んでいた獣脂を取り出した。白く固まったそれは、革製品のツヤ出し、金物の錆止め、食用油、燃料など様々な用途がある。

次に片側だけ節で閉じているマチクの筒を取り出し、中に入っていたビー玉サイズの弾をコロンと取り出す。

鉛玉だ。

その鉛玉に獣脂をまとわらせ、左手に。右手には筒を持つ。


《風よ、集まれ、我が手に》


ヒュゥゥゥゥゥウ!


風の魔法により、筒が吸音を鳴らす。

筒の内部、ちょうど私が握っている位置の空気が圧縮され、気圧を高めていく。

吸音が止まったところで、筒の先に鉛玉を詰め込む。獣脂を纏わらせて隙間なく詰めれば、この武器の威力が高められることを私は知っている。


・・・よし、準備は整った。


特に意識せずとも、私がちゃんと握っている状態ならば暴発したりはしない。とはいえ、発射口は地面に向けておくべきだろう。


筒を握る右手にぎゅっと力を入れ、私は村の中へと歩を進めるのだった。


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