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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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里帰り5


「・・・朝だ。起きなきゃ」


包まっていた毛布を体からがし、馬車の荷台をもぞもぞと這って進み、外の様子を伺い見る。

東の空はまだ日の出前。しらみ始めたばかりだ。


荷台から降りると、パチパチと木の枝が燃えて弾ける音がした。焚火たきびの音だ。

朝の少し湿った空気に混じる煙の匂い。鼻の奥がつーんと刺激される。

その焚火の炎を前にして、椅子代わりの木箱に座っている男性の姿。先生だ。


「おはようございます。先生」

「起きたか。早いな、エルナ」


私が後ろから挨拶すると、炎をじっと眺めていた先生は首を回して振り返り、穏やかな表情を見せた。


里帰りの旅は、今日から二日目。

昨晩は暗くなる前に野宿する場所を確保し、夕食を取ったら後は寝るだけだった。

夜のあいだ火を絶やすことはせず、先生とダルセンさんが交替で火の番をしつつ、見張りをすることになっていた。

私は馬車の荷台の中で一晩中横になって寝ていたが、先生は遅番おそばんで夜中から今朝まで見張りをしていたのだ。


ちなみに他の三人の寝ている場所だが・・・。

早番はやばんで見張りをしていたダルセンさんは、焚火から離れた位置で、頭から足まで毛布にくるまって寝ていた。

ミゲルさんとソルさんは、馬車の御者台に座った姿勢で、毛布を被って寝ている。

つまり、私だけ馬車の中で横になってゆっくり寝かせてもらえた、というわけだ。ありがたい。


私は一緒に焚火に当たらせてもらおうと、先生の近くに座った。

ダルセンさんが視界に入る位置で寝ているが、7、8メートルは離れているので小声で話せば大丈夫だろう。


「あまり寝てないのに体調は大丈夫なんですか?」

「ああ。慣れてるからな。今回の護衛任務は移動中の馬車ん中で眠れるから、そこまで大変ってわけじゃない」


そう言って、火を絶やさないようたきぎをぽいっと火の中へ放り込む先生。

横からその仕草を見ていた私は、少し格好いいなと思ってしまう。

なんていうか、淡々と仕事をこなす職人、って感じだ。


さて、と。

もし先生と差しで話せる機会があったなら、報告しようと思っていたことが一つあった。

ちょうど今がその機会だと思った。


「あの、先生。魔法を教わった時の対価ですけど・・・」

「うん?対価?」

「『放浪の魔女』様に関しては、何も手掛かり掴めませんでした」


申し訳ない気持ちで告げる私。

先生は一瞬何のことかわからず、きょとんとしていたが・・・。


「・・・あー、思い出したぜ。あの時の事か」


去年のちょうど今頃。

先生に魔法の指導を受けた際、私は貴重なおまけ情報を頂いた。その代わりに頼まれたのだ。

『放浪の魔女』様に出会ったならば教えてくれ、と。

私は、いつかその頼まれ事を成したいと思っていた。


それから一年経ち。『放浪の魔女』様はもとより、魔女様という存在自体に出会えていない。

そもそも私がギルドの外に出ないため、他人と出会う機会が少な過ぎるのだが。

ラミアノさんも、見たこともないって言ってたし、どうすれば会えるんだろうね。


「覚えていてくれたのか。ありがとな」

「いえ・・・そんな。お役に立てなくてごめんなさい」

「そんなことはないぜ。出会わなかった、ってのも立派な情報さ。それに、ずっと手掛かりを探している俺も進展無しなんだからよ。そう簡単に会われちゃ、こっちの立つ瀬がないぜ。それよりも、ちゃんと練習してんのか」

「は、はい。ちゃんと毎日練習していますよ」


何の練習かといえば、もちろん魔法のことである。

毎日練習しているのは嘘ではないが、実際は既に魔法士としてギルドで仕事しているわけで。少々胡麻化した感があるが、これもギルド長の言い付け通り。私が魔法を使えることは伝えずに、会話をやり過ごす。


「そうか。よしよし。このまま頑張れよ」


励まされて、たはは、と苦笑いする私。

う~。ちょっと心が痛いなぁ。


・・・ガサゴソ。ガタン。


私だけ一方的に居心地が悪くなってしまったタイミングで、荷馬車の方から物音がした。

すぐに反応して剣をつかんだ先生だったが、座ったままで落ち着いている。

どうやら御者台で寝ていたミゲルさん、ソルさんが起きたらしい。


「ミゲルさんらも目を覚ましたようだな。そんじゃ俺はダルセンを起こすとするか」

「私も何か手伝・・・あ、いえ。ここでおとなしくしています」

「ふ。いい心掛けだ。そうしてもらえると助かるぜ」


護衛主が下手に動くと、護衛の仕事を増やす。

私は学んだのだ。


先生がダルセンさんを起こしてくると、ミゲルさんが鍋を片手に、ソルさんは眠そうに眼をこすりながら、火の周りにやってきた。

全員が揃って、「よし、やるか」とスイッチを入れたミゲルさんとソルさん。機敏に動き出し、お湯を沸かす準備に取り掛かる。

お湯が沸いたら、各自で干し肉をお湯で戻したスープを作る。

食事は手早く済ませ、火の後始末をしたらすぐ出発だ。

朝の時間は貴重。一日の活動の起点となるからだ。

最適なスタートが最適なパフォーマンスを生み出すのである。


旅の二日目。

午前中は順調そのもの。午後に入ってからも、何事もなく進む。

そして、いよいよ馬車は目的地へ到着することになる。


「よぉ。第四ホラス村、見えてきたぜ」


御者台のミゲルさんから声を掛けられ、荷台に座っていた私達は前方に目を向ける。

先程まで木々がまばらに生えていた道を進んでいたが、いつの間にかひらかれた土地に出ていた。遠くに門と柵とやぐらが見える。村だ。私達の進む道の先は村の門へと続いており、門の手前で人々が行き交っている様子が伺える。


第四ホラス村。故郷の第七ホラス村にいたときは、隣村と呼ぶことが多かった。

かつて、配達のお仕事で出入りしていたのが東門。今回は南門から入ることになるので、眺める村の雰囲気に新鮮味がある。


「通行している人や馬車があの高さだから・・・南門って、結構大きいですよね」

「そうだな。オルカーテほどじゃないが、村の門としては規模がでかいな」

「ん~~~。おー、もう着いたのか」


村に近づくにつれ気分が上向いた私が先生に話し掛け、先生もそれに応じてくれる。

ウトウトしていたダルセンさんも目が覚めて、狭い馬車の中で窮屈そうに伸びをした。もちろん居眠りしていたわけでなく、先生と交替で仮眠を取っていたという話である。


門の前で必要な手続きを済ませ、私達の馬車は大きな南門をゆっくりと通過する。

入ったところは大きな広場になっていて、馬車は空いている脇の方で停まった。


「ここまでで良いか?」

「ああ。大丈夫だ」


ミゲルさんの確認に、先生が了承の意を示した。

村の中まで無事に入れたことで、二つの仕事が終わったことになる。

一つは、ミゲルさんとソルさんが先生達に依頼した護衛依頼。

もう一つは、私がミゲルさんとソルさんに依頼した同乗依頼である。


私達が自分の荷物を持って馬車を降りると、ミゲルさんはまず先生に木の板を手渡した。

それは受領札で、既に焼き印が押されている。

続いて、私も受領札をミゲルさんに手渡す。その受領札は、村に入る直前に私がナイフで傷を付けてある。

ミゲルさんはその受領札を確認し、にかっと笑う。


「『翠青すいせいの風』、二日間の護衛ありがとう。エルナちゃん共々(ともども)、この先も気を付けてな」


今のやり取りを説明すると・・・。

受領札はクエストを受けた者がギルドから発行してもらう木の札だ。

クエストを完遂したときに、依頼人から印を貰う。

それをギルドに提出することでギルドから報酬が受け取れる、という仕組みになっている。


ただし、依頼人とクエストを受けた者との信頼関係により、手順が簡略化されるというのはよくあることだ。

護衛任務の依頼人であるミゲルさんは、一日目の時点で『翠青の風』なら信用できると判断し、今朝の朝食のときに先生の持つ受領札に焼き印を押して、それを預かり持っていた。だからミゲルさんは任務完了と同時にそれを先生に返すだけで良かったわけである。

馬車同乗の依頼人である私は、今朝の朝食のときにミゲルさんから受領札だけ預かっていて、村の門前に着いた時点でもう大丈夫だろうという判断をして、印となる傷を付けた。

そして任務完了と同時にミゲルさんに返した、というわけである。


マニュアルに則った仕事が求められる現代のビジネス社会においては少々問題ありだが、この世界では普通のことだ。


「何事も無くて良かったよ。縁があればまたどこかで」

「ミゲルさん、ここまでありがとう。ソルさんも」


先生と私は、目の前のミゲルさんに別れの挨拶を返し、もう一方の馬車の御者台に居るソルさんに軽く手を振る。

ミゲルさん、ソルさんとはここでお別れである。

二人が乗るそれぞれの馬車は、村の通りに沿ってゆっくりと動き出し、やがて建物のかげへと消えていった。


彼らはこの村で、積んできた商品を売り、新たな商品を積んでまたオルカーテに戻るのだろう。

二人とも気のいい人だったなぁ・・・。お顔はちょっと厳ついけど。


「俺達は宿へ向かうぞ。エルナ、こっちだ」

「あ、はーい」


見送った私達も、次の行動に移るべく動き出す。

まぁ、私は手招きする先生に付いて行くだけなのだが。


そしてたどり着いたのは、先生達が何度か利用したことがあるという定宿。村人にはちょっとお高い、中の上くらいの宿であった。

明日は、先生、ダルセンさんと共に、第七ホラス村まで徒歩で移動するのだ。

今日はここでしっかり休んでおかないとね。

ちなみに、ここでの宿泊費は各自で支払うのだが、必要経費として依頼報酬に含まれる。つまりは全額、依頼人である私持ちである。


で、肝心の、宿泊する部屋なのだが。

そこそこ良い宿だというのに、泊まる部屋は木のベッドと毛布が置かれているだけの狭い個室を二部屋取った。隣接する部屋を希望したらこうなったのだ。

私は一人だから構わないのだが、先生とダルセンさんは同室なので片方は床で寝ることになる。

三部屋にするか、あるいはもう少し大きい部屋を、と私が提案したら、「屋根があれば良いんだよ」と言われて押し切られた。


・・・。

これって絶対、私のお財布に気を遣われてますよねっ!?


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