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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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里帰り4


夏に花を咲かせていたであろう野草達が先端に実を付けていた。その重そうな先端が秋の風に揺らされると、止まっていた昆虫がぴょんと宙へ飛び跳ねる。


ガタゴト、ガタゴト・・・。

馬車の車輪が、道を踏み転がり音を立てる。私達の乗った馬車は、人が早歩きをするくらいのゆったりとした速さで、街道を北へ北へと進んでいた。

オルカーテの北門を通過した直後は、街に出入りする人や馬車で混雑していたこの街道。街を出てからもしばらくは人がまばらに行き交っていたが、今は前後を見渡しても歩いている人を見ることはない。


「・・・長閑のどかですねぇ」

「もう街からだいぶ離れたからな。この辺りは見通しもいいし、危ない場所は無い。のんびりしてていいぜ」


道端の風景を荷台から眺めていた私がまったりと呟くと、斜向はすむかいに座っている先生が返事を返してくれた。

小さな丘が連なるこの辺りは、決して平坦ではないものの、少し登ったらすぐに下る。そんななだらかな道のりが続いていた。


実は、馬車に乗っているとあまり積極的に会話ができない。

喋っているときにタイミング悪く揺れたら舌を噛むことがあるからだ。かくいう私も、既に出発早々一度やらかした。

では、旅の間ずっとお喋りの機会が無いかといえば、もちろんそんなことはない。


「よし、ここで休憩だ。一旦降りてくれ」


少しひらけた場所に馬車が停まり、御者席からミゲルさんが言ってきた。

馬を休ませ、水や餌をやる必要があるため、定期的に休憩が入るのだ。

そう。馬車を降りた時なら、気軽にお喋りができるわけである。


「ちょうど昼時だしな。火をおこして湯を沸かす。あっちの崖に水が流れ落ちている場所があるから汲んでくるぜ」

「ミゲルさん、俺が付き添いますよ」

「ああ、ありがとう。ダルセンさん」


馬車の管理を弟のソルさんに任せ、桶を持って移動しようとするミゲルさん。そのミゲルさんに同行を申し出たダルセンさんは、馬車の中に置いていた剣を腰に装備した。

一見何気ないやり取りだが、ダルセンさんの申し出にはちゃんと意味がある。


ここで私達の雇用関係を整理すると・・・。

私は第四ホラス村まで馬車での同乗を依頼した。だからミゲルさんとソルさんは私に雇われていることになる。

加えて、故郷の第七ホラス村まで同行してくれる護衛を依頼した。だから先生とダルセンさんも私に雇われている。


並行する形で、第四ホラス村までの護衛として、先生とダルセンさんはミゲルさんとソルさんに雇われている。

だから水汲みに行こうとしたミゲルさんにダルセンさんが付き添うのは、もちろん旅の仲間としての協調行動も含まれていたであろうが、それとは切り離して、護衛としての仕事なのだ。


ミゲルさん達が水を汲みに行っている間、ソルさんは馬に飼い葉を用意し、続いて火熾ひおこしに取り掛かる。

この場所は他の行商や旅人も休憩地としているようで、かまどとして使い回ししているような石組みを見つけたソルさんは、それを手際良く整えると、風に当たらないよう小さくかがんで火付け道具を使う。そうこうする内にソルさんの手元からは燻った煙が出てきた。

火種の魔法を使える私は、手伝いたい気持ちを抑えてそれを見守る。

先生も同様だ。火種の魔法を使えるかは存じ上げないが、私と一緒に見守る姿勢を貫いている。

やがて煙の中から赤い火種が生まれると、小さな炎となって枯草を燃やし出した。


「よぉーし。火が付いた」


そう言ってソルさんは、背後から作業を見守っていた私と先生に向けて、いかつい顔を破顔させる。

先生は「おう」と小さく応え、私も胸の前で両手をグーにしてガッツポーズを送る。

ちょうどそこへ水汲みに行っていたミゲルさんが、ダルセンさんと一緒に戻ってきた。


「おっ、火ぃ付いたか。水汲んできたから鍋置いてくれ」

「わかった、兄貴」


ソルさんが石組みの上に鍋を置き、ミゲルさんが汲んできた水を入れる。

二人にとって慣れた作業なのだろう。息がぴったりだ。

やがて鍋の湯が沸いて、各々が木の食器を取り出し始める。

私も背負い袋からギルドの弁当を取り出し、パンに肉や野菜を挟んで食べようとするが、その様子を見ていたミゲルさんから声が掛かった。


「ん?お嬢ちゃん、器ねぇのか?これ貸してやるよ。ちょっと欠けてるから気を付けな」

「ありがとうございます。お借りします」


ミゲルさんからお湯の入った器を受け取る。

そうか。食器は旅の必需品だから持参しないといけなかったんだな。

帰り道では用意しておこう。


皆さんの食事の様子を観察すると、沸いた湯を器に注ぎ、そこに干した肉や香草を入れている。

なるほど。ああやってお湯で戻して、スープにしているのか。私も真似しよう。


私はパンに挟むつもりだった肉と野菜を湯の入った器に移し、頃合いを見てスープをすする。

うん、美味しい。

弁当の肉と野菜に十分塩気が付いているからなんだけど、旨味もちゃんと出ている。

スープと一緒にパンも食べてしまおう。


ギルドで弁当を買った冒険者が街の外に出る場合、こういう食べ方がスタンダードなのかも。

旅の初心者である私にとって、こうして野営やえいのやり方を見せてもらうのは参考になるね。


食事しながらの会話は、自然と弾んでいくものだ。

行商のミゲルさん達と冒険者の先生達は今日出会った者同士だったが、既に打ち解けて楽しそうに対話している。

私は相槌を打ちながら、しばし彼らの話を聞いていた。最近ラミアノさんから聞かせてもらった冒険者時代の話もそうだったけど、旅する人の話はやっぱり面白い。

移動中、馬車の中ではあまり出来なかった分、ここで皆さんとお喋りさせてもらおう。


「先生は、私を故郷の村まで護衛した後、国境砦に行く、とのことでしたけど」

「ああ。毎年この季節にやってる仕事だ。砦の補修をやってるんだよ」

「へぇ・・・?」


私は思わず、意外だなぁ、というトーンで返事をしてしまう。

砦の補修と聞いて私が想像したのが、石を運んだり積み上げたり、あるいは壁を塗り固めたりといった土木作業、つまり力仕事だった。

でも先生はそんなに力持ちには見えなかったからだ。


「意外だ、って顔してんな」

「あ、いえ、その・・・はい」

「まぁ俺がやってんのは特別な作業だ。エルナは知ってるだろ。俺が魔法士だってことを」

「あっ・・・」


そうか。魔法を使って、ってことだ。

どんなことをしているかまではわからないけど。

魔法士に魔法のことを興味本位で尋ねるのはマナー違反。だからこれ以上は踏み込まない。


そんな私の思考を表情から察した先生は、一つ頷いて話の流れを逸らす。


「例年だと、この時期に補給部隊がオルカーテから国境砦に向かうんで、それに関連した依頼を受けるんだけどよ」


ふむふむ。そういえば昨年、先生とお会いする機会もそうだったなぁ。

先生は補給部隊と一緒に第四ホラス村に滞在してたのだ。

そのタイミングで面会できるよう、マーカスさんとガルナガンテさんに色々助力して頂いたことを思い出す。


「最近、領軍でなんか色々あったようでな。俺みたいな兵士でない外部の者を随行させる場合、手続きの手間が増えたらしいんだ。ちょうどいい護衛依頼があって助かったぜ」


領軍であった最近のこと・・・。それってウチの国の西方で起きた戦争関連じゃん。


先生は知っていて言葉を濁した可能性もあるけれど、恐らくはまだその情報を入手できてないのだろう。

とはいえ、これは黙っておくべきかな。ギルドに務める者が、ギルド内で知った情報をギルドの外で漏らすのは良くないからね。


「お嬢ちゃん、冒険者の人らと第七ホラス村まで行くんだったよな」

「はい。第七ホラス村は私の故郷なんです」

「へぇー。あそこは山道だから大きい馬車だと通るの大変だろうな」


気さくに話し掛けてきたのはソルさん。

ソルさんにも、気になったことを聞いてみよう。


「ソルさんとミゲルさんは『ベック雑貨店』ってお店の従業員さんなんですか?」

「ん?行商としか言ってなかったよな。どこかに書いてあったか」

「えーと、オルカーテを出るときに停車していた倉庫とか、荷台の側面とかで・・・」

「へぇ。よく見てるなお嬢ちゃん。その通り。俺達ゃ『ベック雑貨店』の従業員だ」


ああ、やっぱりそうなんだ。

そのお店の取引先相手って可能性もあったから、全然確信は無かったけど。


ソルさんの話では、『ベック雑貨店』というのはオルカーテでもそこそこ大きな店らしい。

創業者がベックさんという人で、実は彼らの父親なのだと教えてもらった。


この時点で私は知る由も無かったのだが、そのベックさんの姪がなんとギルド長の奥さんだという。ミゲルさんとソルさんは、ギルド長と親戚関係にあり、つまりは信用の置ける人達であるということだ。

護衛を先生に依頼してくれたことといい、ギルド長は私に相当配慮した人選をしてくれていたのだ。

そんな配慮があったことを私が知るのは、この里帰りが終わってからになるのだが・・・。


「みんな。ぼちぼち出発の準備始めてくれ」


ミゲルさんが立ち上がって音頭を取っていることに気付き、はっとなる。

おっと、いけない。お喋りに夢中になっていたよ。


そのミゲルさんが自分の食器と一緒に私が使った器を持っていこうとしたのを見て、私は素早く立ち上がる。


「あ、私も後片付けやります」

「そうか?じゃあ食器を水で流してきてくれ。ダルセンさん、さっきの場所まで案内頼めるかい?」

「ああ、いいよ」


ダルセンさんも立ち上がり、外していた剣を腰に装備し直す。


「こっちだ。付いておいで」


その言葉に従って、私は彼に付いて行く。けれど移動中、彼が剣の鞘に左手をずっと添えて、木陰や岩陰など周囲に注意を払っていることに気付き、私は自分の申し出が余計なお世話だったのではないかと感じてしまった。


「すみません、ダルセンさん。仕事増やしちゃいましたか?」


崖の岩肌を垂れ流れる水で食器を洗いながら、私はダルセンさんに問い掛けてみた。


「いや、これくらいは全然構わないんだけど・・・うーん、エルナはよく気付いたな、それ」


ダルセンさんは一瞬キョトンとした後、腕を組んで感心したようにそう答えた。

『それ』がわからず、今度は私がキョトンとしてしまう。


「え?どれですか?」

「俺の仕事の事さ」


ダルセンさんは私の側で少し屈む。目線の角度を下げてくれたのだ。


「護衛の仕事をやってりゃ、色んな護衛主がいるもんだよ。護衛される地位にいる人間ってことで、横柄で傲慢な態度を取る人も結構多い。要するに嫌な奴ってことさ。でもね、それは護衛の立場からするとやりやすいんだ。一番やりにくいのは、あちこち動き回る子供なのさ」


ああ、なるほど。偉そうにどんと構えている人の方が護衛しやすいのは理解できる。


「君が護衛を雇うのは今回が初めてだと聞いている。護衛する者にまで気が回るのは、子供なのに大したものだ、と言いたかったんだよ。いやぁ、ランダルフさんから話には聞いていたけど、君は本当に良い子だねぇ」


いい笑顔で褒められた。

でも私にとっては当たり前のことだ。

仕事で取引先に迷惑を掛けないようにするのは、社会人ならば至極当然。


褒められたのは私が子供の姿だからだ。かと言って悪い気はしない。

少し気恥ずかしくて、洗い終わった食器を重ねてひょいと持つ。


「皆さん待ってるかもしれません。早く行きましょう」

「え、そんなに急がなくても・・・いや、そうだね。行こうか」


それが私の照れ隠しだと察したダルセンさんは、ふふっと笑って、歩き出した私の後を追うのだった。


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