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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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里帰り3


いつもの時間だ。

体内時計でそう感じた瞬間、私はパチッと目覚め、寝床からゆっくり体を起こした。

立ち上がりながら伸びをして、日の出前の薄暗い部屋の中、備え付けられている燭台しょくだいの前に移動する。


《火よ、集まれ、我が手に》


人差し指の先端に浮き上がった小さな炎を蝋燭に移し、明るくなった部屋で、私は服を着替え始める。

いつも仕事場で着用しているのは小間使いの服なのだが、今日着るのはそちらではない。訓練の時に着用している動きやすい厚手の服の方だ。


ギルドの仕事は昨日まで。今日から当分の間休みとなる。

このスケジュールはラミアノさんとタイミングを合わせており、ラミアノさんも昨日まで仕事、今日から休みである。


そして休みと同時に始まるのが里帰り。私は今日、オルカーテを出発する。

要するに着替えた服とは、これから旅をするのに適した服装というわけである。

着替え終えた私は、蝋燭の灯りを消して部屋を出ると、暗がりの廊下を通り、階段を下りて二階の食堂にやって来た。


「アドロックさん、おはよう」

「おう、おはようエルナ。・・・ん?服装がいつもと違うな」

「今日から里帰りなんです。だからしばらく食堂ここともお別れです」

「そうか、今日からか。無事に帰って来いよ。ほれ、弁当だ」


ラトの葉に包まれた弁当を二つ渡してくるアドロックさん。

一つは今から自室に戻って食べる朝食分。もう一つは昼の分だ。

私が里帰りすること。出発の日は弁当を朝昼併せて二つもらうこと。

これらは数日前にアドロックさんに伝えていた。だからこちらが何も言わずとも二つ渡してくれたのだ。


「ありがとう」

「ああ」


両手でそれを受け取り礼を伝えると、アドロックさんの口の端が少しだけ持ち上がった。

首に掛けている識別タグを魔道具にピッとかざして精算し、もう一度アドロックさんに会釈して食堂を出る。

この半年間、毎日欠かさず朝昼晩と食堂に通っていたわけで、すっかり日常と化したことを思うとなんだか感慨深い。


自室に戻って再び燭台に火を灯し、部屋を明るくする。二つ持っていた弁当の一つを背負い袋の中に仕舞い、ベッドに腰を下ろしながらもう一つの包みを開いた。


うん。今日も美味しそうだ。


「もぐもぐ・・・。えーと、貴重品は昨日までに受付に預けてある。自室ここには残してない。旅の準備は済んでいる。よしよし。後は朝二つの鐘が鳴ったら、本館一階で先生が来るのを待てば良いんだ」


肉と野菜をパンに挟み、それをかじりながら段取りを確認する。

段取りは大事。

出発したら当分戻ってこれないからね。


朝食を平らげ、そうこうしている内に朝二つの鐘が鳴った。

よし、行こう!

ベッドから立ち上がって、フードの付いた外套を羽織り、荷物を背負う。

廊下に出た私は、この半年間寝起きを繰り返した自室と向かい合う。そして、鍵を掛けた扉越しに小さく「行ってきます」と告げて、一階へ足を向けた。


一階フロアに下りたら、冒険者がわんさか居た。

この半年間で何度か見ているが、朝二つの鐘が鳴る前後の時間帯は、冒険者が最も利用する時間帯でもあるのだ。


「うわあ・・・。相変わらずだなぁ。いつ見てもお祭りみたい」


木の床を踏み歩く冒険者の、ドカドカという靴音。

皮製の胴着や金属製の武器がこすれ合う、ガチャガチャという音。

まるで打楽器の乱れ打ちのようにあちこちでリズムが産み出される。

かと思えば、依頼掲示板の前では荒々しくも威勢の良い声が発せられている。

コーラス部隊と呼ぶには、上品さの欠片かけらもないが・・・。

お祭りみたいと言ってはみたが、演奏会に例えてもイケるかもしれない。しかしこれは紛れもなく、冒険者ギルドの朝の日常なのだ。


ここに居ると冒険者達の熱気と喧騒で圧倒されちゃうね。


眺めていると、フロアを行き交うのは屈強な男性冒険者ばかりではない。

女性や子供も結構いる。

ラミアノさんに教えてもらったことがあるのだが、ギルドが出している常駐依頼には、街の中のお使いや清掃など、非力な者でも受けられる簡易な依頼があるそうだ。報酬は銅貨3枚程度でオルカーテの物価に照らせばあまりに安い報酬なのに、その依頼の競争率は高い。

ではなぜそんな常駐依頼が出され、それを受ける者がいるのかというと、依頼を受けた者は『ギルドの弁当を銅貨1枚で買える権利』を得られるから。ただし当日限りで一人一つまで。

要するにこの依頼は、その日暮らしの者にも1食分の仕事を与えんとする慈善事業なのだ。


自室の鍵も受付のお姉さんに返却したし・・・。後は先生に言われた通り、壁際に寄って待っていよう。


そう思って壁際の邪魔にならない場所に向かおうとすると・・・。


「おっ、いたいた。おい、エルナ」

「あ、先生っ!」


横から声が掛かり、ぱっと向けば片手をひらひらさせた先生が歩いてきた。

私の方からも先生に近づいていき、挨拶をする。


「おはようございます」

「おう。待ったか?」

「いえ、ちょうど出てきたところです」

「そうか。ちぃと早ぇがすぐ出れるか?」

「はい。大丈夫です」


私がフロアを往来する他の冒険者とぶつからないように先生はゆっくりと前を歩き、私は先生の背中と距離ができないようにくっついて、ギルドの出入口から外に出る。

目の前の通りは昇ったばかりの朝日が作り出した建物の影で覆われ、秋の涼しい風と共に街の人々が絶えず行き交っていた。

家から仕事場に向かっているとおぼしき大人を見るにつけ、家族のために出勤ご苦労様です、と心の中で呟いてしまう。

何しろ私は、この半年間、通勤要らずの環境で過ごしてきたのだから。本当に恵まれていたと改めて思う。


ああ、これから私も家族の元に帰るんだ。


半年前まで村の生活だけがすべてだったのに、今やギルドの生活が当たり前になってしまった。ギルドを出るまで気付かなかったけれど、オルカーテを第二の故郷と思い始めているのではなかろうか。

ここから旅立つことは、今の日常とのしばしの別れ。

私は家族に会いに行ける期待感と、この街を離れることに対する一抹の寂しさを、同時に感じるのだった。


「ん?何か忘れもんでもあったか」

「あ、すみません。何でもないんです。今行きます」


一瞬立ち止まってしまった私に、振り向いて声を掛けてくれる先生。私は急いでその背を追う。

北門を目指す私達は、街の通りに沿いながら、再びペースを揃えて歩き出した。


歩いていると、一定の間隔で屋根付きの共同炊事場が設置されていることに気付く。朝のこの時間は絶賛稼働中だ。湯気や匂いと一緒に流れてくる女性達の賑やかな話し声が、この街の豊かさを感じさせる。


「外の炊事場がそんなに珍しいか?」

「はい。この時間に街を歩くことが無かったので。いい匂いですよね」


正確には、この時間に限らず街を歩くこと自体ほぼ無かったのだが。


「火が使える建物ばかりじゃねぇからな。あそこで調理して自分とこの家に持ち帰るんだ」

「なるほどー」


火を扱う場所をまとめることで、街の防災対策にもなっているのだろう。

ただ、時間の割り当てや施錠の管理を徹底しないと、ご近所トラブルの種にもなりそうだね。


でもこうして街を歩いてみると、自分の村との違いもそうだし、面白い発見が幾つも見つかりそう。

私、この街のことは知らない事だらけなんだなぁ。一人で歩き回ってみたいなぁ。

あー、早くもっと大人になりたい。自分の身を守れる強さが欲しいよ。


「お、あの馬車だな。おーい」


先生が前方に向かって呼び掛けながら軽く手を振る。

通り沿いにある倉庫の前に二台の馬車が縦列で停まっており、馬車のそばに居た軽装備の男性がその呼び掛けに気付くと、すぐに手を振り返しながら向こうからも近づいてきた。


「ランダルフさん、意外と早かったっスね」

「ああ、すぐに拾えたよ。エルナ、一度会っているよな。こいつはパーティーメンバーのダルセンだ」


軽口で先生に話し掛けてきた軽装備の男性。去年の夏、第四ホラス村で私と一度お会いしている。先生とコンビを組んでいる冒険者さんだ。

見た目は先生より一回り若く、二十代半ばくらいだと思う。


「エルナです。ダルセンさん、お久しぶりですね。道中よろしくお願いします」

「六等冒険者ダルセンだ。よく覚えてるぜ。相変わらず礼儀正しいな、エルナ」


ダルセンさんも私のことを覚えていてくれたみたい。

ダルセンさんと挨拶を済ませたら、続けて馬車主さんとご対面だ。


「やあ、依頼人のお嬢ちゃん。俺はミゲル。行商だ。こっちのいかつい顔してんのが弟のソルだ。二日間よろしく頼むぜ」


そう言うミゲルさんも、私から見たら十分厳つい方だと思う。

ちなみに行商のお二人は、お顔だけでなく体格もがっしりしているから、近づくとかなり迫力がある。行商たるもの日常的に積み荷の揚げ降ろしをしているため、自然と力持ちになるのだそうだ。


「ちょうど荷積みも終わったところでな。もうすぐ出発するから、こっちの馬車ん中に入って待っていてくれ」


荷積みと言われて、ついさっきまで出庫していた倉庫を何気なく見ると、木樽を模した看板に『ベック雑貨店』と書いてあった。

乗るように促された馬車に目を移せば、荷台側面にその看板と同じ木樽のマークが付いていた。ただしこちらには名前は記載されていなかったが。


ふむふむ。

馬車もそうだけど、通り沿いに倉庫も所有しているということは、それなりの規模のお店なのかも。

往路で同乗させてもらうこの馬車は、ギルド長がわざわざ手配してくれたみたいで、『信用していい』と太鼓判を押してくれてたんだよね。


私、先生、ダルセンさんの三人が乗り込んだ馬車。

木の箱や荷袋も積まれているが、人が座って乗れるスペースが確保されており、足もなんとか伸ばせる。

この馬車が前を走り、ミゲルさんが御者を務めるとのこと。


ソルさんが御者をする後ろの馬車は、木箱や品物が満載されており、人が乗れるスペースは全く無い。重量的にも私達が乗る馬車よりやや重そうなので、移動ペースはソルさんの馬車に合わせることになるだろう。


「よし、出発するぜ」


私達が乗り込んでしばらくすると、ミゲルさんが御者台に座り、声かけしてきた。

いよいよ出発だ。


行商のミゲルさん、ソルさん。護衛の先生、ダルセンさん。そして私。

馬車2台でこの5人。第四ホラス村までの旅となる。

旅程は、道中で一泊野宿して、明日の午後に到着予定だ。


街の通りの真ん中を、人が歩くくらいの速さで、ゆっくりと馬車が進み始める。

私の里帰りの旅は、こうして始まったのだった。


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