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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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御旗の魔女2


「コウメイ。そろそろ部屋を明るくしてくださいませ。小言の続きができませんから」

「んもぅ。せっかちねぇ」


コウメイが拗ねるように答えると、直ぐに窓ガラスから光が射し込むようになり、部屋は元の通り明るくなりました。可愛らしく口をとがらせている彼女の表情も、はっきりと見えるようになりましたね。

わたくしは裏蓋の外れた箱の魔道具を彼女に向けて掲げます。


「これの裏蓋を外すと、中に貴女の名前が書いてあるわよね」

めいと言ってくださる?わたくしが作ったのだから別にいいでしょ!別に誰が見るわけでもあるまいし」


・・・無自覚でしたか。


「貴女、先程言いましたわよね。『ヒト族でも整備保守できるように、闇属性を後から除いた』と」

「え?ええ。言ったけど・・・」

「貴女は最初、闇属性を混ぜて鍵を掛けた。だから銘を刻んでも問題ないと考えた」


闇属性を扱えるヒト族はまずおりません。

だから、その遊び心はひとまず看過するとしましょう。


「でも、ヒト族でも開けられるよう鍵から闇属性を除いたのなら、銘を消しておかなきゃ駄目じゃないの」

「・・・・・・あ」


コウメイも流石に気付いたようです。

自分がやらかしたことに。

盲点というよりも凡ミスのたぐいですね。いかにも彼女らしいミスです。


「リズニア王国の冒険者ギルドに、裏蓋の外し方を知っている人間がいたわよ」

「え!?ほんと?偶然よね?」

「最初に外れたのは偶然だったそうよ。その者曰く、虹を思い浮かべてその色順で光らせたら外れた、って」

「虹の色順・・・思い浮かべて、ですって?虹を見ながら、ではなくて?」

「見てはいない、思い浮かべた。そう言っていたわね」


私の言葉を聞いて、眼光を鋭くし口角を上げるコウメイ。

何かしら彼女の琴線きんせんに触れたのでしょう。


「・・・やるじゃない、その人間。虹を見た事があっても虹の色順を正確に覚えている人間なんて、普通いないわ。理由は幾つかあるのだけれど、まず第一に、虹とは多くの人間にとって観察する対象ではない、ということ」


確かに。

虹は幾つかの気象条件のもとで発生する現象ですが、危険でもなく有益でもなく、日々の生活に影響するわけでもない。

多くの人間にとっては、食糧事情というそれよりも切実な問題を常に抱えているのですから、腹の足しにもならぬことにわざわざ目を向ける必要がないというわけね。


「第二に、色には番号が振られてない、ということ」

「待って。少し説明が欲しいわ」

「『並べる』というのは、突き詰めれば『大小比較の繰り返し』よ。では『大小比較』とは何を参照するのか」

「・・・『数値』ね」

「そうよ。普通の人間は色に番号など振りはしない。数値に関連しない色同士は大小比較ができないのだから、基準となる並びが無いのよ」


色相、明度、彩度。

色はこの3つの要素で表すことができますが、人間はまだ数値化する技術を持っておりません。

そして染色職人や画家のように色を扱う職ならいざ知らず。普通の人間は、色に基準となるような並び順など持ち合わせていないでしょう。

基準があればそれに照らし合わせることもできますが、基準がなければあらゆる物に対して個々に対応しなければなりません。つまり、基準があるものに比して記憶の作業難度が上がるのだ、と。


コウメイが言いたいのは、恐らくこういうことではないかと思います。


「第三に、色の種類は無限。必然的に組み合わせも無限、ということ」


色の種類が無限というのは理解できるわ。

光の三原色である赤、緑、青。

赤と緑の中間色は黄。

赤と黄の中間色は橙。

そして赤と橙の中間色である赤橙あかだいだい

さらに赤と赤橙あかだいだいの中間色、というように無限に中間色が存在するのだから。


「つまり、その人間は虹をよく観察し、自分なりの基準で、少なくとも赤、緑、青という原色と、彩度が高い代表的な中間色に関しては正確に並び順を付けていたということよ!」


それは決して当たり前の事ではありません。

覚えようとしなければ、あるいは学ぼうとしなければ、人間は虹の色順なんて記憶しないもの。

逆に言えばその人間は、覚えようとした人間、あるいは学んだ人間と言えるわけですね。

虹の話だけでその結論に辿り着くのですから、本当に感心致しますわ。


「面白いわね、その人間。一体何者よ?」

「エルナっていう魔法士で、八歳の少女だったわ」

「はぁ!?八歳の魔法士って何それ!すごいじゃないの!益々面白いわ!」


自分がやらかした件は何処へやら。気が付けば大喜びしています。

いけませんね。話を戻さなくては。


「面白いのはそこまでよ。その少女がね、この魔道具を使ってリズニア王国内で通信していたの。厳密に言うと領都オルカーテと王都ファリスの間でやり取りしていたようね」

「え?どうやって?さっきも言ったけれど、これって魔力感知の魔道具よ?文書や声は転送できないわ」

「ええ、文書や声じゃないわ。・・・信号よ」

「信号・・・。ああっ!その手がありましたわね!」


コウメイは手のひらをぱちんと合わせて嬉しそうにはしゃぎます。


「信号といえば、ご主人様に教えを乞うていた頃のことを思い出しますわ。あれは魔法陣作成のご相談をして、進法変換、情報圧縮、その辺りの知識をご教授いただいたときでした。そう・・・確かモーレツ信号だったわね」

「やっぱり貴女もご存知でしたのね・・・ん・・・?モールス信号、ではなくて?」

「あ、そうそう。それよ!モールス信号ですわ!」


危うく頭が前にがくんと落ちそうになりました。

モーレツ信号ってなんですかっ!

貴女はなぜそこをそう間違えるんですの!

ですが、これに突っ込むとまた話が脱線しそうです。心の中だけに留めておきましょう。


事前に予想は付いていましたが、コウメイもわたくしも、機会は異なれどご主人様から同じ技術を聞いていたようです。

わたくしの場合は、暗号化技術について知恵をお借りした時で、軍事的な分野からのアプローチだったのですが、コウメイは数学的な分野からのアプローチだったみたいですね。


「わたくしもご主人様から同じ話を伺ったことがありましたが、その少女は色の組み合わせで信号を作っていたわ」

「色の組み合わせ・・・。はーん、なるほど。理解しましたわ」


色の組み合わせという言葉だけでだけですぐに理解できるのですから、頭の回転が速くて本当に助かります。


さて、これでようやく小言を伝えられそうです。


「その少女にはわたくしの正体を伏せていたのですが、偶然聞けたその少女の望みが興味深かったですわよ。なんて言ったと思います?」

「え?望み?」

「コウメイ様に会ってお話してみたいって。びっくりしたわ」


あの少女は魔道具に刻んだ銘を、製作者の名前だと、いやもっと言えば魔女の名前だとほぼ確信していたようだった。

コウメイという名の響きは、リズニア王国の人の名前としては珍しいはずなのだが。鋭いというか、不思議な感性の持ち主だったわね、あの少女。


「・・・え。それは、まずいわね」


ここに至り、ようやくコウメイも苦い表情になってくれました。

ヒト族に対する我々魔族の基本的な立ち位置は、監視と管理。そして静観。

特にコウメイは、幾つかの理由でヒト族との接触を一切禁じられている立場なのです。


「この件は貴女コウメイからもオウカ様に報告した方がいいわね。族名ぞくなだから怒られはしないだろうけど。明日のわたくしの報告に同行しなさいな」

「はぁ・・・。お姉さまは怒ったりしないわよ。だから余計に堪えるんじゃない。ちょうど今夜、お姉さまと食事をご一緒する約束をしているのよ。だからその場で先に報告するわ」


表情がころころと変わり心情が手に取るようにわかります。というより、わかりやすすぎです。これで元貴族、それも公爵令嬢だったと言われて信じる人はきっと少ないでしょう。


「念のため確認なのですけれど、貴女コウメイから見てその少女をどう思って?」

「そんなの貴女ミーシャが考えているのと同じでしょうよ」

「貴女の見立ても『優秀』だってことね」

「ええ。あ、そうだわ!実は優秀な人間を早期にマークするために、わざと銘を刻み、ヒト族でも解ける魔法の鍵を仕掛けたのよ、わたくし。そう、全ては計算通りってことで・・・」

「それ、オウカ様にも同じこと言うのかしら?」

「・・・言わないし、言えるわけないでしょ・・・。とほほ~」


コウメイは昔から色々やらかすでした。

ですがやらかした結果、なぜか最後はうまくいくのですから不思議としか言いようがありません。

わたくしは幼い頃から彼女の成長と共に、間近で見てきました。


天恵に浴する者。あるいは運命すら掴み取る者。そう思わせる彼女の所業を。


それが道標みちしるべとなり、周りの者が自然と後から付いてくる。

だからわたくしにとって、いえ、わたくし達にとって彼女は『英雄』であり、皆が集う『御旗みはた』なのです。

もしかしたら今回も・・・。


「さて。用件は伝えましたし、そろそろお暇させていただくわね」

「あら、もうこんな時間なのね。楽しい時間はあっという間だわ。ミーシャ。また土産話を持ってきなさい!待っているわよっ!」


椅子から腰を上げようとしたわたくしに対して、気丈に声を張るコウメイ。

気持ちを吹っ切り、引きずっていないようにも見えますが、わたくしにはわかります。


貴女コウメイもちゃんとオウカ様に報告するのよ」

「うっ・・・する、するわよ!もうっ!」


明らかに凹んでいます。隠そうともそれができない素直さが可愛らしいのですよね。

ですが彼女はわたくし達の旗印。常に元気いっぱいでいていただかなければ困りますわ。こんなときは褒めるか揶揄からかえばいいのですが、褒めるのは亭主の役目。わたくしは揶揄う役目を担いましょう。


優雅に席を立ち、右手を胸に当て、左手でスカートの裾を少し摘まみ、


「それでは姫様、ご機嫌(うるわ)しゅう」


最上の笑顔で言ってやりました。

彼女は苦虫を噛み潰したような表情に変えて、でも楽しそうに叫びます。


「ちっとも麗しゅうないわぁーーーっ!」


ふふ。やはり貴女はこうでなくてはね。


女学生であった頃、わたくし達がよくしていたこのやり取り。その頃とはお互い立場が随分と変わってしまってしまいましたが、わたくし達の関係はこの先もずっと変わらないでしょう。


それを嬉しく思いながら、わたくしは第三姫館を後にしました。


読んでくださる方、ありがとうございます。

次回投稿は、またしばらく間が空くと思いますが、気長にお待ち頂けると幸いです。

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