御旗の魔女1
ミーシャ視点。
魔王国、第三姫館。その一室、客間にて。
「ご機嫌よう、姫様。お久し振りに御座います」
わたくしの挨拶に、目の前の人物は露骨に嫌そうな顔になりました。
眉を顰めたまま横髪をパサァッと手で払うと、燃えるような紅蓮の髪がするりと彼女の指を抜けていきます。
「ぬぁ~~~にが、『ご機嫌よう、姫様』よ!貴女ここ二百年、そんな畏まった言い回ししてこなかったじゃない。気持ち悪っ!楽にしなさいよ!」
わたくしは胸に当てた手を降ろし礼を解きます。
「ふふ。コウメイ、相変わらず元気そうね」
「元気よ!有り余って困っているわっ!貴女、何か面白いものでも寄越しなさいよ!」
「土産話でもよろしくて?」
「・・・いいわね。最高じゃないの!」
第三姫館の主であるコウメイはにんまりと口角を上げる。
感情を隠すこともせず、口調、表情、どちらからでもその時の気分がはっきりと伝わる。
彼女は昔からそうだ。
機嫌を良くした彼女は、こっちこっちと席を勧める。
わたくしが席に着くと、彼女は何もない空間からお菓子が乗せられたお皿を取り出し、テーブルに置いた。
そして同じ様にティーポットとカップを取り出して、彼女自らお茶を淹れ、カップに注いでくれる。
「ふっふーん♪やっぱりお喋りにお菓子とお茶は外せないわよね~」
「もしかして、このお菓子は貴女のお手製かしら?」
「そうよ。今朝焼いたんだから。ひょいっと・・・もぐ。あら美味しい」
コウメイは立ったままお菓子を摘まんで口に頬張る。
行儀は余り良くないが、それを気にする者はここには居ない。
口をもごもごさせながらようやく椅子に座ったコウメイ。そんな彼女を見ながら、わたくしは湯気の立つカップに手を伸ばした。そのまま口元に寄せると、茶の良い香りがふわっと鼻腔をくすぐってくる。
そして一口含み、喉を通せば、その香りは口の中いっぱいに広がった。
「・・・美味しいわ」
誇張も世辞も抜きにして、わたくしが世界で一番好きなお茶だわ。
彼女が淹れるお茶を味わうことのできるわたくしは果報者ね。
この一杯のために帰ってきた、と言っても過言では・・・。
「今年も西方諸国を回ってたんでしょ。さぁ、漫遊譚、聞かせなさいよ」
「貴女ねぇ・・・」
せっかくいい気分に浸っていたというのに。この心安らぐ空間を築いた貴女自らぶち壊さないで欲しいですわね。
漫遊してたわけでなく、外交使節としての歴とした仕事ですのよ。
とはいえ、期待の眼差しを向けるコウメイを無碍にできるはずもないわけで。
「北方の国からぐるっと回って、まぁ大体いつもの道のりよ。そうそう、ウィリシア皇国に立ち寄った時に面白い事があったわ。皇都ローレンティアでいつも利用する宿屋があって、昨年も今年もそこに泊ってきたの。そこの宿屋の娘アンがとても働き者で、若いのになかなか料理の腕が良いのよ。一年前に彼女がね・・・」
そうしてわたくしはコウメイが好みそうな話から語り始めました。
「・・・で、アンったら、厨房で尻もちをついた途端、お尻が鍋にピッタリ嵌まっちゃってねー」
「いーひっひっひっ!うひゃひゃひゃひゃっ!」
「自分で起き上がれないものだから、仕方なく彼女の親父さんの手を借りて、なんとか鍋から抜け出したのよ。そしたら、ズボンのお尻のところが破けてしまっていてね。親父さんが『お前、ケツに穴が空いてんぞ』って言ったら、周りが『ん?』って感じで首を傾げるのよ。で、一拍置いて『あ、ズボンな』とか言うものだから、もう皆大笑いだったわ」
「ぶわっはっはっはーっ!」
「それが昨年の出来事だったんだけど、今年彼女に再会したらとても細くなって綺麗な女性になっていたわ。だからわたくし、彼女に美しさの秘訣を聞いたのよ。そしたら彼女、『お尻が入って変形してしまった鍋で毎日家の食事を作ることよ。あの恥ずかしさを思い出すから作り過ぎることは無くなったわ』・・・ですって!」
「だぁーっはっはっは!あー可笑しい。貴女の話はいつも面白いわ。わたくし大好きよ」
わたくしの話にコウメイは腹を抱え、足をばたばたさせて笑ってくれます。
整った容姿の彼女は口を閉じていれば麗しい令嬢ですが、喋り出すと崩壊して、笑い方は御覧の通り豪快そのもの。
昔からそうでしたが、本当に残念美人です。学園に通っていた女学生時代。お淑やかにしていれば、さぞ多くの殿方を虜にしたでしょうに。モテるのはいつも女性からばかりでしたよね。
その後も他愛のない雑談を交えつつ、旅の土産話を幾つか聞かせて彼女が上機嫌になったところで話を本題へ移すことにしました。
「喜んでくれて何よりだわ。・・・さてそろそろ本題に入らせてもらうのだけれど」
「っ・・・!来たわね!でもわかっていたわよ。貴女がわたくしを『姫様』と呼んで挨拶したからには、何か頼み事でもしに来たんでしょ!そうでしょ?そうよね?」
胸の前で両手を握ってうっきうきの表情です。
仮に頼み事だとしても、何でそんなに嬉しそうなんでしょうか。
「残念ながらハズレよ」
「あら」
「お小言です」
「うぇっ!」
いちいち反応が強烈です。
生まれも育ちも公爵令嬢のはずなのに。どうしてこうなったのでしょう。
「今回、外遊の最後にリズニア王国に寄ったのだけど・・・。十年くらい前、リズニア王国の冒険者ギルドに魔力転送の魔道具を売ったときのことを覚えてる?」
「んーーー?」
「貴女が作った魔力転送の魔道具のサンプルだと思うんだけど、・・・これよ」
わたくしは回収してきた箱の魔道具をテーブルに置きました。
即座に彼女は手のひらをぱちんと合わせます。
「あー!はいはい、それね。思い出したわよ。確かにわたくしが作ったものだわ。でもそれ、表面の入出力魔法陣は魔力転送の魔道具で使うのと同じものだけど、中身は転送魔法陣じゃなくて魔力感知魔法陣よ。例えば強い魔力を纏った魔獣。そういった外敵を感知する目的で試作したのだけど、要らなくなって処分しようとしたの。そしたらルルがヒト族への説明用に欲しいと言うから、箱型に組み立て直して渡したのよね。・・・あら?そういえばなぜ貴女が持っているのかしら?」
・・・なるほど。不要になった魔道具とはいえ、当時ルルが回収せずリズニア王国に置いてきたのも良くなかったわね。レティシアからも不明な点が多いと聞いていたけど、小さなミスが積み重なっている気がするわ。
「リズニア王国からね、回収してきたの。貴女に確認を取りたくてね」
わたくしは、箱の魔道具の裏側を彼女に見せるように軽く持ち上げました。
「裏蓋の外し方、覚えていて?」
「そりゃまぁ、わたくしが掛けた鍵だから?えーと・・・そうそう、光の波長の長い順で二巡だわ。無属性の白は識別対象外にしたはず。ちょいちょいのちょいっと・・・あら?おかしいわね、外れないわ」
わたくしは答えを知っています。
彼女は魔法陣に人差し指で触れ、瞬時に属性を変化させながら魔力を通し、魔法陣を様々な色に光らせましたが、一瞬だけ紫色に光ったのが見えました。
「紫色は必要なかったはずよ」
少しだけ手を止めた彼女は、それを聞いてすぐに思い出したようです。
「ああ、そうだわ。万が一に備えてヒト族でも整備保守できるように、闇属性を後から除いたのでしたわ・・・ちょいちょいっと」
裏蓋がパカッと外れました。
彼女は得意気になって、にまっと笑います。
ですが、直前でおかしな発言をしていました。
果たして彼女に自覚はあるのでしょうか・・・。
「貴女の掛けた鍵は『光の波長の長い順』だったのね」
「ふっふーん。昔ご主人様に光に関する現象を沢山教えて頂いたのよねぇ。てへへ~。プリズムによる光の分散の話とか本当に面白かったわ・・・よっと」
『プリズム』というわたくしが知らない単語が出てきましたが、どうやら尋ねる必要は無さそうです。実際に見せてくださるのでしょう。
彼女の可愛らしい掛け声と共に、テーブルの上に透明な物質で生成された三角錐が現れました。人の頭よりも一回り大きいくらいのサイズです。
土魔法による錬成ですね。
と同時に部屋の中が一気に陰ります。今まですべての窓から無遠慮に入ってきたはずの陽射しは、なぜか天窓からの一筋の陽の光が射し込むだけになっています。
幻想的な光景です。天から垂らされた光の糸と言いましょうか。
ここの窓ガラスは魔力操作で屈折率や反射率を変動させられる機能があるのですが、その機能を使わず土魔法で物質そのものの構成に干渉し、ガラスの透過率を落としたようです。彼女の魔力操作が速すぎて、わたくしでは追い切れませんでしたが。
「プリズムの屈折率は・・・こんなもんね」
一縷の陽光はテーブルの上に生成された三角錐の物体を通り、屈折し、分散され、虹の光となってテーブルの表面を流れています。
ちょうど表面を流れるように物体の屈折率を調整したのでしょう。彼女の魔力操作は、本当に自由自在ですわね。
そしてプリズムというのはこの物体のことでしたか。
綺麗ですね。色鮮やかな美しい光の帯・・・。
このまま眺めていたいところですが、それでは話が進みません。
魔道具の話に戻しましょう。




