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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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御忍び5


ダレンティス視点。



領主様からまた呼び出しが掛かった。

二日前に呼び出されたばかりなんだが、明日来いとのお達しだ。


「また作戦立てておかねぇと・・・」


領主様からの呼び出しってのは、本当に神経を使う。

副長が居ればもう少し楽ができるんだが。


覚え書きの紙の上をペン先でトントンとつつきながら、俺は一時的執務室で独り呟く。

実際に御会いする前に必ずやっておくのが、頭の中で問答をシミュレーションすること。

領主様がこう質問してきたら、こう。

あれを要求してきたら、こう。

こんな事を言ってきたら、・・・保留させてくれ、だな。


とにかく領主様の雰囲気に飲まれないのが大事なんだよ。

この仮想問答をやるだけで心持こころもちが全然違ってくるからな。


「もし、軍で使うために箱の魔道具を引き渡せ、と言ってきたら・・・」


一定の間隔で続けられていた俺の呟きは、そんな一つの仮想問答でぴたっと止まる。

正直あり得るんだよなぁ、この要求は。

その場合、ギルド(うち)の所有物であっても権力的には勝ち目がない。


だが本当に権力に物を言わせて徴収したのでは、ギルド(うち)との関係にヒビが入る。

対立関係にはしたくない。お互いにな。

さて。領主様はどうお考えになるのかね。







翌日。場所は領主館。俺は早めに入館して待機していた。

領主様の都合によって待たされることも珍しくはないが、今日は約束の時間となるとすんなり領主室に招き入れられた。

部屋の中には、執務用椅子に座っている領主レティシア様。そして彼女の後ろに控えている護衛の男性ヴァーラント。ここまでは三日前と同じ構図だが、部屋の中央にもう一人、知り合いの男が立っていた。

俺より先に呼び出されていたのだろう。領主様に対して直立不動の姿勢を取るこの男。名をセロトラエという。


セロトラエは役所勤めの事務官。

今の役職は覚えていないが、会計監査の結構偉い立場にいる人物だ。

エルナの保護を俺に求めてきた時以来か。一年近く会ってなかったな。


「冒険者ギルドのダレンティスです。呼び出しに応じ、参上しました」


部屋に入ってまず挨拶をした俺は、そのままセロトラエの隣に並んで立礼する。


「ダレンティス。おもてを上げ楽にせよ」


領主様の声は、あいも変わらずよく通る。大きな声ではないのに聞き取りやすい。

ここで言う『楽にせよ』は礼を解いてよいと言う意味だ。

隣のセロトラエと同じ姿勢、すなわち直立不動の姿勢を取り、領主様に相対あいたいする。


嫌な予感がした。

俺とセロトラエには『協同していること』と『共通していること』がある。

『協同していること』は、八歳の魔法士エルナを冒険者ギルドで保護するために色々手を回したこと。

『共通していること』は、領主様を苦手としていること。その理由もまた共通していて、過去に自分の専門分野で格下の気分を味わわされたことがある、というものだ。

俺達は、歳が近いこともあり、一緒に飲んだらすぐに仲良くなった。

合理的だが義理堅い。自分で言うのもなんだが、そんなところもよく似ていた。


そんな似た者同士の俺達二人が、領主様の前で雁首がんくび揃えているわけだ。

嫌な予感しかしないだろう。

もしやエルナのことを問われるのではないか。

そんな不安が頭をよぎった。


俺に視線を向けた領主様がゆったりと話し始める。


其方そなたに伝えることが三つ。それが本日呼び出した理由だ。しかしその前に確認がある」


さぁ、何が来るやら・・・。

無意識のうちにゴクリと喉が鳴り、身構えたいのを我慢して直立不動で言葉を待つ。


「先日其方と話していて、思い出したことがあったのだ。少し前に今期のギルドの収支報告書を眺めていて気になったことがあってな。ああ、隣に居るセロトラエは其方も知っておろう。この街の主計局長だ」


俺は黙って頷く。セロトラエを知っていますよ、という意味だ。

今の役職は知らなかったけどな。

主計局長・・・。以前に聞いた役職とは違っている。出世したのかどうかはわからんが、たぶんそれなりに偉い役職だろう。後で本人から聞こう。


「其方が来る前に、ギルドの収支報告書を過去分も併せてセロトラエに持ってきてもらったのだ」


え?それじゃあ、セロトラエがこの場に居るのはただのお使いか?

俺は心の中で疑問符を付けたが、すぐに尋ねることはしない。恐らくそれ以外にも理由があるのではと思ったし、最後まで話を聞けばわかることだからだ。


領主様は机の隅にあった紙束をひょいと持ち上げて懐近くに置き直すと、その紙束をトントンと指で叩いた。


「でだな、ここにあるのがギルドの収支報告書なのだが、過去分と比較して今年春から魔石の魔力充填が収益を上げているな。それと、これは誤差の範囲かもしれぬが魔力素材の買い取りによる支出が抑えられている」


・・・・・・。

なぜだろうな。自分が、徐々に狩り場に追い込まれている獲物に思えてきたぞ。

領主様は、今度は机の上にある別の紙束をトントンと指で叩いた。

あれは先日俺が貸し出した『通信』企画書の写しだ。


「その上で、其方から預かったこの資料を見て、思ったのだ。箱の魔道具をこの資料に書かれているように扱おうと思う者は、まず魔道具を十全に扱えなくてはならぬ」


ぴっと向けられる領主様の視線。

らせるものなら逸らしてぇ・・・。


「わたくしの予想はこうだ。其方のギルドで冬から春の間に新たな魔法士を雇ったのではないか?そしてその新たな魔法士こそ、この資料の考案者ではないか?とな」


・・・・・・化け物かよ。


「ふ。答えずともよい。先日交わした其方との約束は有効だ。考案者に手出しはせぬ」


答えずともよい、というのは俺の反応でわかった、と言っているのだ。

もうこの時点でだいぶペースを持って行かれている自覚はあった。

辛うじて地に足が着いていたのは、三日前に交わした約束を守ると言ってくれたからだ。

というか、三日前の俺。よくやった。


「ここまでが確認だ。本題へ移ろう」


そう言って机の上を軽く広げ始めた領主様。

何気ない動作だったが、動揺している俺に少しの時間を与えてくれた、というのは隣で見ていたセロトラエに後で指摘されて気付いたことだ。

何しろこの時の俺は、図星を突かれた直後から無意識にずっと息を止めていて、それを自覚できていなかったのだ。

ようやく俺がふぅーっと息を一つ吐いたところで、領主様はタイミング良く語り始める。


「伝える事、まずは一つ目。戦争の追加情報だ。今回の戦争で敵軍はリズニア国内で工作活動・・・具体的には『連絡の途絶とぜつ工作』を実行していた可能性が高い」


今回の戦争では、そもそも戦争の前兆を把握するのが遅れた。それにより侵攻当初の苦戦を招いたのだが、侵攻後も伝令が領内で襲撃されたり、行方不明になったりすることがあったのだ。


「特に、援軍要請するためにモハティア領から王領へ向かった伝令部隊は大きな被害を受けた」


ザカート砦を包囲され、領内まで侵攻を許し、辺境の街ロバルティまで迫られた。

敵兵力をおおむね把握した時点で援軍要請をしただろうし、もしかしたら状況が変わるごとに何度も伝令を送ったかもしれない。

しかし、結果として王領に辿り着いたのは一騎だけだったという。


「そして、国王陛下からの派遣要請を伝えるために王領から我がホラス領へ向かった伝令部隊は、街道で襲撃され全滅していたらしい」


やはり、か。

つまり国からの正式な派遣要請がホラス領に届いてなかったって事になるが、俺はその可能性が高いと知っていた。

なぜなら戦争の最中さなか、領主様と王領にいるザハロ殿との通信内容を知る立場にあったからだ。

再三に渡って王領からの伝令が到着する予定日を尋ねる領主様と、既に到着していなければおかしいと返すザハロ殿とのやり取りが通信内容に含まれていたので、伝令が何らかのトラブルに巻き込まれたのだと思っていた。


「わたくしは先日、冒険者ギルドの貢献が我が国を勝利へ導いた、と言ったがな。あれは誇張ではない。もし冒険者ギルドの貢献が無ければ、恐らく我が国は大きな敗北を喫していただろう」


エルナの『通信』を試験運用していなかったら、あるいはゴルダが機転を利かせて『通信』という手段を使わなかったら、ウチの国はえらい事になってたわけか。

・・・まぁ、ゴルダのせいで俺が後始末する羽目になっているわけでもあるんだが。


「其方も察したであろう。偶然ではなく、相手は今回の戦争に合わせて『連絡の途絶工作』を用意してきたと見るべきだ」

「・・・領主様。商業ギルドは絡んでいる、と見てますか?」

「一切証拠がない。襲撃者の足取りも捕捉できていない。下手な憶測で動くでないぞ」


領と領を結ぶ街道での襲撃。

そう聞けば、俺の記憶しているかつての事件が自然と思い起こされた。

15年前の第四ホラス村の事件。して力を蓄えていた連中がまた世に出てきたのではないか。

だが領主様に釘を刺された通り、憶測も過ぎれば単なる妄想。これ以上は自重すべきだな。


「伝える事、二つ目。七日後に冒険者ギルドの査察を行う」

「我が方のギルドを・・・ですか?」

「そうだ。査察の対象は、まずギルドの会計。これは横に居るセロトラエが監査官となる。既に査察すべき項目は伝えてあるので、よく相談して必要な資料を用意しておけ」


『査察すべき項目は伝えてある』とは随分お優しいじゃねぇか。

つまり、抜き打ちのようなことはしないから真摯しんしに数字を出せってことだろ。

そして『よく相談して』か。

事前の打ち合わせを許す、ってことだ。

『通信』の運用で大きな利益を出してたら言い訳が大変だったかもしれんな。

あるいはその辺を確認したかったのかもしれんが。


なるほど。この場にセロトラエが居合わせた意味は理解できた。

横をちらりと見ればセロトラエと目が合う。後でお互いに愚痴を零すことになりそうだ。


「査察の対象はもう一つ。其方の言うところの特別室を見せてもらう。特別室の職人・・・通信士と呼ぶのだったな?その通信士からも話を聞かせてもらう。こちらの査察にはもう一人、別の監査官を用意している」


そうだろうな。これは知ってたさ。

にしても、別の監査官ってのは果たしてどんな人物なのかね。

『通信』の事は、間違いなく領主様が今一番知りたいことだ。その監査を任せるということは余程信頼の厚い人物に違いない。


「そして最後に伝える事」


一拍置いて領主様は告げる。

わずかにトーンを落としたその通る声に、俺の背筋はツゥーっと冷やされることになる。


「箱の魔道具は回収させてもらう」


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