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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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御忍び4

ダレンティス視点。



苦手だ・・・。


俺は今、領主館に居る。領主様に呼び出されたのだ。

オルカーテ冒険者ギルドは、今回の戦争で情報伝達の一翼を担った。その代表者、つまりギルド長の俺から事情聴取をすること。それが領主様が呼び出した理由である。


此度こたびの件、其方そなたはよく働いてくれた」


よく通る声。発せられただけで部屋全体に緊張の糸が張られ、俺の背筋が自然と伸びる。

本当に苦手なのだ。この方は。


「一番最初の知らせを聞いたときは、流石に驚かされたがな。我が領軍を街から離れさせるための偽計ぎけい、という可能性も一応考えたものだ」


直立不動の俺に対して、普段より少しだけご機嫌に話すのは金髪の美しい女性。

この部屋の主。レティシア様だ。


最初に御会いしたのもこの部屋、領主室だった。

今でもはっきりと覚えている。

15年前。俺が冒険者活動を引退した年。

『一閃』のリーダーとして冒険者をやっていた最後の年だ。

今と同じようにここに呼び出されて、賊討伐を命じられ、賊の情報と出没予測をレクチャーされた。


その時の俺が25歳。

レティシア様は当時16歳で、成人してまだ一年程。俺より9つ下の、いわば小娘だった。

しかし数回言葉を交わして、すぐに思い知らされる。


賢すぎるだろ、この小娘・・・。


そして理解した。

彼女は、俺が25年間生きてきて出会った中で、最も聡明そうめいな人物だ、と。


冒険者には冒険者の得意分野、あるいは専門分野ともいえる知識がある。

例えば、街の周辺の地形。街道、抜け道。害獣の生態や野草の採集場所。

それらは街の外に出る冒険者が備えておくべき情報。同時に日々更新していくべき知識でもある。

そして常に荒事がオマケでついてくるのだから、戦闘の知識や技術も欠かせない。

俺はこの街で10年以上冒険者をやってきた。時間を掛けて培ってきた経験。それに勝る知識はないと思っていた。


けれど彼女は俺と普通に冒険者の会話ができた。

冒険者の独特の言い回しや専門用語を織り交ぜて、普通に会話ができたのだ。

もちろん知らないことがあればどういう意味かと聞いてくるし、不明瞭な言い回しにはこういう意味かと確認を取ってくる。だが、決して的外れな会話にはならない。むしろそんじょそこらのベテラン冒険者より、的確に要点を押さえた無駄のないスムーズな会話になる。一部の知識に限れば俺以上にすらすらと論じてくるのだ。


彼女は王族で、成人と同時にここホラス領の領主となったと聞いている。

王族ってのはこうも違うのか。


領主なのだから自分の領地に詳しいのは当然だ、と思うかもしれない。

確かにそれはそうなのだが、俺にだって自尊心プライドというものがあるんだよ。

この街周辺の土地情報に関しては他の冒険者よりも詳しいのだ、と。

この街のトップパーティーのリーダーなんだ、と。

今思えば、街の冒険者という狭い世界の中だけの自尊心に過ぎなかったわけだが、当時の俺は同等の知識レベルで会話されて、自尊心ごと飲まれてしまった。


彼女との会話の最中、自尊心を保つのがしんどくなり、いつしか心に隙が生じた。

その時、不意に、視線がばちっと合ったのだ。


冒険者として値踏みされている。


なぜかそう思った。思ってしまった。

それが、俺と彼女の格付けが成された瞬間だったのだろう。

そこから先はずっと、下から彼女を見上げていた時間だったように思える。


くどいようだが彼女は冒険者ではない。領主様だ。元から身分や権威が上の存在であり、それはどうでもいいのだ。

そうではなく、俺は冒険者として格下の気分を味わってしまった。

こんなことは後にも先にもない。彼女だけ。


当時25歳だった俺の苦い思い出だ。


その時から薄々気付いていたことだが、ギルド長の地位に就いてはっきりわかったことがある。

領主様の卓越した知識は、別に冒険者関連に限ったことではない。

領地全体の土地情報。土木建築、農業、鍛冶かじなどの生産業。流通、販売などの卸売業、小売業。そういったあらゆる分野の知識を、各分野の専門家と同じ目線で話せるだけの知識を備えている。


事例を挙げるなら・・・。

冒険者ギルドを含めた街の色々なギルド、組合からある程度まとめて代表者を呼び付け、領主様主導で行われる打ち合わせ。当然俺も出席する機会があるのだが、領主様は各分野に精通している代表者達からまとめて報告を受け取って、次々に専門的な会話をし、それぞれに指示を出す。


領主ならばそれが『当り前』なのだ、と。

その『当り前』を自然に見せつけられる。


そうした打ち合わせの場で、時には、他分野の代表者達が己の専門分野の議論で飲まれていく姿を見ることもある。

ああ、わかる。わかるぞ、その気持ち。かつて俺も味わったからな。

ただ、俺が味わったのは冒険者パーティーのリーダーの時。立場が軽かった。

そいつらには、規模の違いはあれど各組織の代表者って立場がある。少しだけ同情するよ。


けどなっ!こっちだって、正直気が抜けないんだよ!

隙を見せようものなら、また冒険者として格下の気分にさせられるかもしれないのだ。

俺は、あんな苦い思いは、もうしたくねぇぇぇぇっ!!


「・・・ティス。・・・ダレンティス。聞いているか?」

「・・・えっ!あ、失礼しました!少し上の空になっておりました!」

「さもありなん。其方そなた、連日の激務で疲れが溜まっているのだろう。だが今しばらく辛抱せよ」

「はっ!」


危ねぇ・・・。立ったまま一瞬意識飛んでた。

睡眠不足と疲労で流石に限界が来てるな。なんか昔の夢を見ていた気もするし。

だがひとまず目が覚めたぜ。


「大丈夫そうだな。・・・ヴァーラントを残して他の者は部屋の外に出よ」


領主様が周囲の者に声を掛けた。人払いだ。

部屋に居た三人の文官は一礼して退室していき、領主様の後ろに控えていた護衛の男だけが不動の姿勢でこの場に残った。彼がヴァーラントだろう。


「ダレンティス。わたくしから戦争の経過を教えておこう」


人払いされ、領主様、護衛の男、俺の三人だけとなった部屋で、領主様は時系列を追って説明を始めた。


まず、敵軍であるナズカリーニャ王国が我が国の北西、モハティア領に侵攻してきたところから。

国境を守護していた部隊は、自部隊より遙かに多い兵数の敵軍を確認すると、すぐに陣地を放棄して、国境線から一番近い拠点、ザカート砦まで撤退した。

砦で部隊を再編しつつ籠城し、周辺の街や村へ伝令を出して状況を伝える。それ以外の選択肢が無かったともいえるが。

程無く、ザカート砦は敵軍に包囲されたそうだ。


「砦は孤立した状態となり、仮にここが落とされていたら我が国は楔を打ち込まれた形になって、相手に大きな戦果を与えていただろう」


ということは、落とされなかったということか。

言葉に出さずとも俺の推察は伝わったようで、領主様は一つ頷いて話を続けた。


部隊を分けた敵軍は、砦を包囲する部隊を配置する一方で主力部隊を進軍させ、その砦の脇を通る形でさらにモハティア領内部へと侵入してきた。砦を奪取するよりも、より領内深くに、あるいはより簡単に拠点を作ろうとしたのかもしれんな。

領内へ進んだ敵軍の主力部隊は辺境の街ロバルティの目前まで迫り、一方の我が軍は街の外側に防衛陣を敷き、そこで応戦した。

ここまでは完全に後手を引かされている。この時点において我が国としては、孤立した砦が落とされる前に反転攻勢を仕掛け、敵軍を撃退する必要があった。要するに、かなり不利な状況に追い込まれていたわけだ。


「だが今となってわかることもある。敵軍もそこまで優勢というわけでは無かった」


その理由として領主様がおっしゃるには、敵軍はまだ拠点を確保できていない、ということ。

ロバルティの街を落とすか、包囲中のザカート砦を落とすか。いずれかを達成できていれば良かったが、まだ成されていない。

そのため敵軍は補給線が伸びたままになって、いずれ兵站へいたんに支障をきたす恐れがあった。


しかしこれはあくまで結果から逆算して導かれた考察。

その時の現場の者が戦況を全て把握できるわけもなく、予想はできたとしても虚実の駆け引きが応酬する戦場で確信を持つのは相当に難しい。

事実、街を防衛する現場の指揮官は反転攻勢の機会を伺っていたが、次第に局面が膠着してくると、今度は逆に打開策を見出せないでいた。

一応、領内から傭兵を掻き集める案はあったようだが、戦時中に指揮系統に組み込もうとするとかえって混乱するため結局断念。できた事といえば、他領からの援軍を待つこと、ぐらい。

要するに『援軍頼み』の状態だったのだ。


「しかし今回に限れば、その辛抱が・・・いや、飾らずに言えば消極的な行動が功を奏した」


領主様の声のトーンがわずかに上がる。


「ちょうどその時、訓練のため遠征中だった我がホラス領領軍の遊撃部隊が、モハティア領との領境の砦に滞在していてな。帰路に就かせず、そのまま援軍としてモハティア領に向かわせた。同時にオルカーテからも補給部隊を速やかに出兵させた。結果、他領の援軍よりも先んじて、一番に戦場に駆け付けることができたのだ」


それはウチの領軍の功績として認められるだろう。

ではなぜそれができたのか?

少し目を細めた領主様から発せられる回答。俺は想像が付いた。


「それができたのは、王都と迅速な連絡が取れたからだ。冒険者ギルドの貢献が我が国を勝利へ導いたと言えるだろう」


・・・だよなぁ。


援軍要請の伝達に要する日数から計算した最短予想。そこからさらに三日以上早く援軍が到着したことで、ずっと戦場で防戦一方だった味方兵士の士気は上がり、指揮官もここが勝負所と判断して一気に反転攻勢に転じた。


敵軍はこちらに援軍が到着したことで動揺が走り、その反転攻勢も今までで最も苛烈な反撃だったため、敵の前線は総崩れとなった。

遂に敵軍は退却を決めたが、我が軍は背後から徹底的に追撃して敵部隊を壊滅させた。

その上、ザカート砦で籠城していた我が軍兵士が追撃戦に呼応こおうし退路を断ち、逃げ場を無くした敵軍兵士をことごとく討ち取った。


こうして今回の戦争は、我が軍の撃退成功という結果に終わった。


「・・・というわけだ。今話せるのはこんな概略程度だが、次の機会にはもう少し話せることも増えているだろう」

「貴重な情報ありがとうございます。それにホラス領軍がご活躍されて喜ばしいことです。私ども冒険者ギルドがその一助になれたのでしたら、大変嬉しく思います」


俺の言葉に満足そうに頷く領主様。

自分の国が勝ったのだから、嬉しいってのは世辞ではなく本心さ。

それでも諸手を挙げて喜ぶことはできない。

領主様の話はまだ終わっていないからだ。


「・・・では本題だ。ダレンティス」


なぜここまで情報を出してくれるのか。

わかっている。これは次に来る要求の前振りだ。

要求されるものが何か、もちろんそれも・・・。


「其方が如何にしてザハロからの知らせを受け取ったのか。そしてわたくしからの指令書をザハロに伝えたのか。それを聞こう」


来た。

先程の人払いはここまで見据えてのことだろう。

人払いした理由の一つは戦争の動きを俺に話すため。

そして恐らくはこちらがより大きな理由。俺から『通信』のことを聞くためだ。

すなわちこちらへの配慮に相違ない。


「領主様。まずはこちらをご覧ください」


俺は荷物から紙の束を取り出す。

その瞬間、直ぐに鋭い視線が飛んできた。

領主様の側に控えていた護衛の男から発せられたものだ。若いのに良い反応してやがるな。

護衛の警戒心を中和させるべく、できるだけ手元を見せて領主様の前に出す。


「む・・・これは?」

「どうぞ、ご一読願います」


エルナが作成した企画書。その写しだ。

だが、敢えてストレートに言わない。

領主様は『試された』と思ってくれるだろうか・・・。


領主様は一枚目をじっと読み進め、二枚目以降をパラパラと捲り、手を止め、またパラパラと繰り返した。

やがて読んでいた紙の束を机の上に置くと、ふぅーっと息を吐いてこちらに視線を向ける。


「これは其方が考案したのか?」

「いいえ。私ではありません」

「記載されている『箱の魔道具』とは何だ?」

「ギルドにあった魔道具でして、10年以上前になりますが、転送魔法陣を導入するにあたりサンプルとして使われた、と当時を知る者から聞いております」

「・・・そんなものがあったのか」


元々、冒険者ギルドに転送魔法陣の導入を主導してきたのは領主様だ。

領主様が魔王国との伝手を持っていたから魔女様を招致できたのである。

冒険者ギルドが費用を全額拠出したので転送魔法陣がギルドの所有物なのは間違いないが、領主様に無断で転送魔法陣をどうこうすることはできない。仮に転送魔法陣に何かあれば魔女様にお願いするのはやはり領主様経由となるので、領主様抜きにして完全にギルドの物、とは言えないのである。


しかし、その領主様もどうやら箱の魔道具についてはご存知なかったようだ。


王都とオルカーテの冒険者ギルドにそれぞれ特別室を設置したこと。

箱の魔道具で連絡を取り合ったこと。

領主様が企画書に目を通したこのタイミングを待って、俺は『通信』の運用を説明した。

それが一番早いと思ったからであるが、実際領主様はすんなり理解された。すげぇな。


「ダレンティス。箱の魔道具については、幾つかこちらで確認しなければならないことがある。この資料は一時預からせてもらうぞ」

「承知しました」


よし。文字通り『一つ貸し』を作った。

こちらからの要求を通すならこの場面だ。


「領主様。一つお願いがあります」

「申してみよ」

「この考案者は冒険者ギルドが保護している者です。その者の父親と、私との約束。その約束を違えるわけには参りません。ですから当面の間、手を出さないようお願いします」


直前の『一つ貸し』で相殺そうさいしましょうよ、という俺からのメッセージ。この意図を領主様が間違えるはずもない。

俺の言葉を咀嚼そしゃくするかのように少しの間だけ領主様は目を軽く閉じ、やがてこちらを見据えてきた。


「・・・『当面の間』で良いのか?」

「はっ。『当面の間』で構いません」

「よかろう。考案者に手を出さない。約束しよう」

「ありがとうございます」


俺は胸に手を当て、安堵の気持ちを隠すように頭を下げるのだった。


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