御忍び3
夏も盛りを過ぎて、朝夕に涼しい風が流れるようになった頃。
私は久しぶりにストラノスさんに会った。
なぜ久しぶりなのかというと、今まで入室許可されていた特別室に、とあるタイミングから『エルナは入室しないように』とお達しがきたからだ。
ギルド長曰く、「詳しくは言えないが通信業務の仕事が増えた。なので通信士の負荷を軽減するため、新規の補助人員を入れることにした。特別室にお前さんを入れるとややこしくなる。だから当面の間、入室しないように」との事だった。
そう告げたギルド長が仕事をしてた場所って、特別室の隣の部屋だったんだけど・・・。
『一時的執務室』って、何これ?
ともかく、私が入室できなくなってから30日余り。その間、マルティーナさんとストラノスさんに会えない日々だったのだ。
そのような折、私の数少ない話し相手が減ったのを心配したラミアノさんは、彼らと特別室近くの作業部屋で会うことができるように取り計らってくれた。
そんな経緯があって、ラミアノさん同伴の元、休憩時間中のストラノスさんを招いて、まずは近況報告をしてもらったのだが・・・。
「えっ!?戦争が始まったんですか?」
「いや。もう収まったんだけどな」
私は、ストラノスさんから衝撃的な話を聞かされることになったのだ。
うちの国が隣国のナズカリーニャ王国に侵攻された。
それが40日くらい前のこと。
西側の国境線を突破され、うちの軍は辺境の街を防衛する形で交戦したそうだ。
幸いなことに街の防衛に成功し、そこから国境線まで相手を押し返し撃退した。
そして10日くらい前に相手は全軍退却したらしい。
はー。そうだったのかぁ。
思えば、最近ギルド内が妙に忙しなかったのだ。それに職員の人達が少しナーバスになっていた。
もちろんラミアノさんは事情をご存知だっただろう。でも、普段のラミアノさんの言動からは変化を読み取ることはできなかった。
ラミアノさんは常に自然体だったように思う。私に対する態度も、割り振る仕事も、それまでと変わらずだったし、少なくとも私はギルドの内情まで気が回ることは無かった。
ただ、ギルドの雰囲気から漠然とした重圧感をずっと感じてはいたんだよ。その正体がようやくはっきりした。
と同時に、ストラノスさんに会えるようになったのがこのタイミングになった理由も合点がいった。
相手が退却し戦争が終結する流れになったことで、ギルド内でそれまで敷かれていた緘口令が一部解除され、私にもある程度話せるようになったからだろう。
さて。戦争の話は一大事だけど、久しぶりに会ってこの話題に終始しちゃうのもアレだね。
時間も限られているし、話題を少し転換しておこうかな。
「マルティーナさんは仕事中ですよね?」
「いや、彼女は今日休みだ。明日は俺が休みなんだが、ここ最近本当に忙しくてな。信号を読み取ったり、向こうに送ったりするのは俺と彼女しかできないから交代でやって、文字起こしをする担当者を新たに増やしてもらったんだ。そうでなきゃ俺達揃ってぶっ倒れてたかもしれん」
なるほど・・・。
二人の忙しさの原因が読めた。同時に特別室で何が行われていたのか、も。
つまり、今回の戦争で王都との連絡にここの通信システムを使ったんだ。
魔道具の光を読み取る人、そして文字起こしをする人。最低二人は通信士を配置しなければならないわけで。
それなのに、通信士はマルティーナさんとストラノスさんしか居なかった。
そりゃそうだ。まだ試験運用段階だったんだもん。
急に運用レベルを上げたら、当然人手が足りないよね。
新しく人員を追加しても大変だったろうなぁ。
「詳しくは聞きませんけど・・・ストラノスさんもマルティーナさんもお疲れ様でした」
「だろう?もっと労わってくれてもいいぞ」
「ギルド長に言うといいですよ。給金増やしてくれるかもしれませんし」
冗談に冗談で返したつもりだったが。
あれ?ストラノスさんの動きがピタリと止まったぞ。
「・・・いやさ、本当に貰えそうなんだよ。今回の件」
「え?」
「口止めされてるんで詳細は言えないんだが、上の偉い方々から褒美が出るらしいんだ」
これって私が聞いてもいいんだろうか。
後ろで腕組みして黙って聞いているラミアノさんをちらりと見る。
あ、目を逸らされた。
聞かなかったことにしてやる、のか。
あるいは、あたしは聞いてないから今の内に聞いとけ、なのか。
・・・たぶん聞いても怒られないんだろうけど、深掘りするのは止めておこう。
「えーと、そんな状況じゃギルド長も随分忙しかったんでしょうね」
「ああ、そうだな。ギルド長、朝来ても既に居るし、夜も俺より遅くまで仕事やってるし。いつ寝てるんだろうって思ったよ。でもようやく事態が落ち着いたから今日は外出てそのまま直で帰るって言ってた。上が休まないと下も休めないから、とかなんとか・・・」
そういうの大事!デキる上司ですか!?
ギルド長、時々カッコイイとこあるんだよなぁ・・・。
本人には言ってあげないけどさ。
「外ってどちらに行かれたんですか?」
「確か・・・領主館だったけかな。街で一番でかい建物だよな」
「一番でかい建物?へぇ・・・。そうなんですね」
私は普段ギルドの建物から外に出ないので、どれがどんな建物なのかさっぱりわからない。
ただ、自室があるギルド本館の6階から眺める街並みで、一番大きな建物ってたぶんあれかな、くらいの目途は立つ。
それにしても『軍事利用』されちゃうの、早かったなぁ。
ストラノスさんと会話しながら、並行してそんな思いを巡らせる。
思えば、通信でお金を稼ぐ方法として私がすぐに思い付いたのが『商取引利用』と『軍事利用』だった。
遅かれ早かれとは思っていたけど、まさか試験運用段階で使われるとは。
箱の魔道具、軍に持って行かれちゃったりするのかな。
私は心の中でため息を吐く。
もし軍事利用するのであれば、王都―オルカーテ間より有効な場所は幾らでもあるのだ。
例えば、一つを前線基地に置いてもう一つを司令本部に置く、とかね。
だから今回の戦争で軍が箱の魔道具の有用性を理解したなら、冒険者ギルドに対して譲り渡すよう働きかけてくるかもしれない。下手したら徴収される?
・・・なんか、波乱の予感しかしない。
私はどう立ち回ればいいのか。一度ギルド長と話ができたらいいんだけど。
おっと。気付けばだいぶ時間経っちゃってる。
そろそろお開きしよう。
休憩時間中のストラノスさんにわざわざ来てもらったけれど、そろそろ業務に戻る時間だろうし。
「ストラノスさん。久しぶりにお話できて良かったです」
「エルナちゃん・・・じゃなかった、エルナさん。また来るよ」
「あはは。呼びにくそうだし、もうエルナちゃんでいいですよ」
「いやー。マルティーナさんがエルナちゃんって呼んでるから、俺も普段の会話でそう呼んじゃっててさ。本人を前にした時だけ『さん呼び』は、どうもしっくり来ないんだ」
ストラノスさんは出会った当初、慣れないながらも私を目上の人として丁寧に接しようとしていた。だが徐々に砕けた話し方になり、父親であり上司でもある副長がよく困り顔をしていたものだ。
副長が王都へ出張してストッパーが無くなった今では、すっかりタメ口である。
私は『ちゃん呼び』になっても気にならないので、別に咎めることはないのだが。
「じゃ、失礼するよ」
「はーい。お仕事頑張ってください」
ストラノスさんは退出して、特別室へ戻っていった。
部屋に私とラミアノさんが残される。
「ラミアノさんは戦争のこと、ご存知だったんですよね?」
「まぁね。でも、まだあたしからは教えてあげらんないよ」
確認の意味を込めて聞いてみると、さも当り前という風に返すラミアノさん。
常識的に考えて、ギルドで公表していない事柄を子供に触れ回ったらまずいだろう。
ただ、ラミアノさんは私が子供だから話さなかったわけではない・・・と思う。
ちゃんと意図して、話すべきではない、あるいは話す時期ではない、という考えを持っているはずだ。
だから私もそれ以上は聞かない。
いずれにしても、次にギルド長に会えたら話をしないとね。
果たして通信システムがどんな風に戦争に使われたのか。
システムを考案した立場としては、聞いておかなきゃいけない気がするんだよ。
・・・そう思っていたエルナがギルド長から話を聞けたのは、これより三日後になる。
この間、箱の魔道具を取り巻く人々の思惑が、エルナの知らぬところで静かに交錯していたのだった。




