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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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御忍び2


時は早朝。場所はリズニア王国、王都ファリス。

この街では前夜から降り出した雨が続いており、しかも風と共に少しずつ強まっていた。


まだ日の出前の薄暗い中、馬に乗った一人の兵士が、ひたすらに街道を駆けていた。昼夜を問わず馬で駆け続けたその兵士は、王都の門をくぐり抜け、そのまま街中を突っ切り、王城を目指す。ようやく王城の城門前まで辿り着いた彼は、疲労困憊で馬上から崩れ落ちてしまい、駆け付けた門番兵に伝令文書を託したところで意識を手放した。

門番兵から事の次第を伝えられた王国騎士団は慌ただしく動き始め、国王へ至急連絡の者を送る。と同時に、所属部隊の編成に取り掛かるのだった。







ゴルダ視点。



俺はゴルダ・メイラード騎士爵。

現役の三等冒険者にして、平民から貴族の地位に昇った者だ。


ここ王都冒険者ギルドに指導教官として勤め続けて15年。そんな俺は今、執務室で打ち合わせ中だ。

相手は王都冒険者ギルドのギルド長。名をトルクハンという。

王都出身のトルクハンは若い頃から幅を利かせた元冒険者。40手前で冒険者活動を引退するまでずっと第一線で活躍していたのだが、大きな怪我をほとんどしなかったという意味で『息災そくさい』というユニークな二つ名で呼ばれていた男だ。

そんなトルクハンが冒険者時代から特に重視したのが立ち回りや足捌きなどの基礎技術である。『位置取りこそ正義』というのが彼の信条なのだそうだ。

ギルド長に就任してからというもの指導教官である俺とよく意見を交わし、時には互いの意見をぶつけ合いながら、冒険者の育成に尽力する日々を共に送っている。

今二人でやっている打ち合わせも、その一環だ。


打ち合わせを始めてしばらく経った頃、執務室の外からコンコンと扉がノックされた。


「ギルド長。ホラス侯側近のザハロ様がおでです。火急の用件とのことでして」

「すぐにお通ししてくれ」


部屋にやって来たギルド職員から連絡を受けたことにより、俺達は打ち合わせを一時中断した。これから部屋に訪れる人物の用件が、より優先度の高い仕事であると認識したからだ。

ギルド職員の口から知っている名前が出てきたことで、俺は懐かしい気持ちになる。


ザハロ殿・・・。今王都にいらしてたのか。

彼は、ホラス侯、つまりホラス領領主レティシア様に長年仕えている側近である。

リズニア王国各地を飛び回り、様々な情報収集を行ったり、ホラス侯の代理として他領と交渉をしたり。とにかく有能で多忙な方だ。


そして十数年前、俺が騎士爵を叙爵した際に大変世話になった方でもある。

平民から貴族へと立場が変わり、オルカーテから王都へ居も移すことになったあの時。右も左もわからない状態の俺に、適切な人材を手配してくれたのがザハロ殿だった。


貴族としての振舞い方を教えてくれる人を貸してくれたり、王都での足場を固めるために同じ派閥の貴族を紹介してくれたり。後は引っ越しのときに単純な労働力として職人達を手配してもらったりもした。

ああ、懐かしい。最後にお会いしたのはいつだったかな。


そんな物思いにふけっていると、扉がノックされてザハロ殿が入室してきた。

ザハロ殿はすぐ俺に気付く。俺は声を掛けようとしたが・・・。


「申し訳ありません。ご挨拶は省略させて頂きます。まずは用件を伝えさせてください」


ザハロ殿に制されてしまった。


どうやらかなり緊急のようだ。

その上、機密性が高い話かもしれん。


「では私は席を外そう」

「いえ、ゴルダ殿もご一緒で構いません」


俺はトルクハンをちらりと見て確認を取る。

視線を向けられたトルクハンは、俺に一つ頷きを返す。

そして俺達のやり取りを確認したザハロ殿が用件を切り出した。


「五日前にナズカリーニャがモハティア領に侵攻しました」

「「っ!」」


ナズカリーニャ王国はリズニア王国の西側にある隣国だ。

長年に渡り勢力を伸ばし続け、我が国は建国以来じりじりと版図を切り取られている歴史がある。


我が国でナズカリーニャ王国と接しているのが、王国北西のモハティア領と南西のディードル領。この二つの領地である。今回侵攻されたのは北西側に位置するモハティア領の方だ。


「国王陛下は援軍として第三騎士団をモハティア領に派兵する命を下しました。また、ホラス領からもモハティア領に補給部隊を派兵するよう命じられました」


リズニア王国では王領を守護するために騎士団が組織されている。今回はその騎士団からも援軍を出すということになったようだ。もしかしたらかなり敵に押されている状況かもしれんな。

そしてホラス侯にも派兵要請か。

なるほど。ザハロ殿がここに来た理由は、ホラス領に戻るための護衛依頼か、あるいは・・・。


「こちらの書状をホラス領領主レティシア様まで届けて頂きたい。緊急かつ重要な配達依頼となります」


そうなるよな。

当然ながら国王陛下からホラス侯に命を伝える使者は出ているはずだ。それとは別にザハロ殿にも役割というものがある。主であるホラス侯に自分の得た情報や自分の見解を併せて伝えるのだろう。


トルクハンも俺と同じような思考を辿っていたらしく、俺が聞きたいと思っていたことを尋ねてくれる。


「ザハロ殿がホラス領に戻らなければならない、という事態ではないと?」

「ええ、まだ。この先はわかりませんが。しばらくは王都で情報収集しますので、随時こちらに配達依頼を持ち込むことになると思います」


ザハロ殿本人がホラス侯の元に赴いて直接報告しなければならないとなれば、それは余程の事態。現状ではその段階に至っていないということだろう。


ザハロ殿が俺達にもたらした情報は、いずれ王都に住む多くの者が知るところとなる。

これは質の高い冒険者を確保しておかないとまずいな。ザハロ殿に限らず他領から王都に訪れている貴族は多い。彼らが自領へ連絡を入れたり移動したりすることが増えるなら、この手の配達依頼、護衛依頼も今後必然的に増えるだろう。


だが、今後のことはさて置いて、今は目の前の依頼だ。


オルカーテまで早馬で駆けても最低二日。ただしそれは単独の場合だ。

護衛を付ければそれだけ足は遅くなる。まして昨日からの悪天候。

さらに今後の事を考えれば冒険者の数を多くは割り当てられない。

これはトルクハンも頭を悩ませることだろう。


・・・あっ!

そういや、ストワーレが特別室でやってたよな。確か『通信』だったか・・・。


最近、オルカーテからこっちに出張中の我が息子(ストワーレ)のことが頭に浮かんだ。

息子はオルカーテ冒険者ギルドの副長で、ダルの補佐を務めている。その息子が極秘裏に通信事業というものを研究していて、今は試験運用段階なのだと言っていた。

話を聞いた時は、何かの役には立つんだろう、くらいに思っていたが・・・。


ちょうどそれが使えないか!?


そう思い付いた瞬間、こんな非常事態であるのに、不謹慎にも胸の奥から少しわくわくするような感じがして、俺の口角は自然と持ち上がった。


「ギルド長。ザハロ殿。・・・もしかしたら良い手があるかもしれませんよ」







ダレンティス視点。



時は同じくして、場所はオルカーテ冒険者ギルド。

ここのギルド長である俺は、執務室で書類仕事をしていた。


タン、タントン、タタン。


テンポを上げ始めた音に気付き、ふと顔を上げ窓を見れば、雨粒が断続的にガラス窓を叩きつけている。その窓越しに景色を見れば、空を覆う厚い雲が街全体を薄暗く包んでいた。


「昨日からの雨が段々激しくなってきてるな」


そう独り呟いて、再び机上の書類に目を落とした時。


コンコン。


今度は扉がノックされた。

急ぎの用件だな。ノックの間隔が短く、焦りの感情が含まれていた。

直感的にそう判断した俺は即応する。


「入れ」

「失礼します!」


俺の許可に被せるように入室してきたのは特別室勤務のストラノス。副長の次男坊だ。

予想通り、随分と焦っているように見える。


「どうした?」

「ギルド長。これを見てください!」


ストラノスが差し出してきた書類を受け取る。

口頭で伝えるではなく、俺に読め、と言うことか。

一体なんだってんだ・・・?


む・・・緊急通信・・・こ、これはっ・・・!?


「ストラノス。この内容を知る者は?」

「私とマルティーナさんだけです。ギルド長。またすぐに緊急通信が入るかもしれませんので、私は特別室に戻ろうと思うのですが」


そうか。特別室は現状マルティーナとストラノスの二人体制。片方が欠けていると緊急通信に対応できない。

となると、ストラノスに執務室と特別室を往復させるのは非効率だな。


「わかった。戻るのを許可する。俺もしばらくしたら特別室に行くから、ここには報告しに来なくていいぞ」

「了解しました。失礼します!」


これは忙しくなるな。

副長も居ないし、最初だけは俺が直接届けて説明するしかねぇか。


俺はギルド職員を一人連れて執務室から特別室隣の空いている作業室に移り、まずは部屋の模様を整える。

続いて、文書を清書するための職員と配達業務を手配する職員を配置し、ここを『一時的執務室』とすることにした。







かくしてストラノスから伝えられた緊急通信の内容は『一時的執務室』で清書され、ダレンティス自身の手によって、昼前にオルカーテ領主館の主へ届けられることになる。

それは、王都の冒険者ギルドにザハロが来訪してから、わずか鐘一つ半で成し遂げられた仕事であった。


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