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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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御忍び1


春が過ぎ去り、ここオルカーテにもいよいよ夏の暑い季節がやってきた。

暑いと言ってもこの地方は気候的に湿気が少なくカラッとしていて、陽射しを避ければ実に過ごしやすい。

訓練の時間以外ずっと屋内に居る私がその良い見本で、快適に過ごさせてもらっている。


さて。

今日は、私ことエルナが冒険者ギルドに勤めて四回目の報酬入金日であるのだが。


「ラミアノさん・・・。凄い額が入金されてますけど。合ってるんでしょうか、これ」

「うん。合ってるよー」


ギルドの受付で入金額を記した紙を確認した私は、思わず一緒に確認に来たラミアノさんに見せて尋ねてしまう。

ちらりと覗き込んだラミアノさんは即答で返した。


回を重ねる毎に増えていく入金額。

今回は金貨2枚と銀貨50枚が入金されていた。

故郷の村なら金貨1枚で家が建つってよく言われていたんだけど。


「ほら、エルナ。水場へ移動するよ」

「あ、はーい」


訓練後、水場に移動する途中で立ち寄った受付前。この場所でこのまま立ち話してしまうのは具合が良くない。

記入された紙を受付嬢さんに渡して廃棄をお願いし、歩き出したラミアノさんの後に付いて行く。


私の入金額が合っているか尋ねてしまったけれど、ラミアノさんとて正確な額を知っているわけではないはず。だから、概算でこれくらい、という想定の範囲内だったのだろう。


そう思って、水場で頭から水を掛けてもらいながらその事を話してみたのだが。


「いんや。知ってたよ」

「・・・あれ?」


ざぱーん。

理由を尋ねる間も無く仕上げのぬるま湯を掛けられた。


「ほれ。これで終わりだ。ちゃんと体拭いときなよ」

「ふぁーい」


夏になり、水の冷たさが苦にならなくなったとはいえ、仕上げのぬるま湯は肌も気分もさっぱりするので実にありがたい。


「事前にダルから聞いてるからね。そういや、通信の運用で利益が出るって見込みが付いたようだよ」


そうか。私の報酬額についてはギルド長とラミアノさんで情報共有されているのか。

別に私の貯金額がラミアノさんに把握されていても何の問題も無い。むしろ、付け足された通信の話題の方が聞きたいよ。


「まだ運用開始して日が浅いのに、もう商取引で儲けが出たんですか?」

「今回は儲からなかったらしいね。でも、損失を防げたって言ってた」


商売やってれば、時には不利益をこうむって損失を出したりする事もある。それを防げたというのは長期的に見れば利益として結果に現れるはずだ。今後のお楽しみだね。


そんな話をしつつ、体を拭いて小間使いの服に着替えていると、こちらをじっと見つめてくるラミアノさんの視線に気が付いた。


「エルナ。あんた下半身がしっかりしてきたね。最近の訓練でも、瞬発力が上がって動きが良くなってるよ」

「え・・・本当ですか?」

「ああ。それに左右の偏りも小さくなってきている」


体のバランスが良くなってきた、ってことだろう。

私は村で弓を引いてたから上半身を使うことが多かった。だから相対的に下半身が弱く、加えて右と左で筋力や瞬発力に偏りがある、というのを訓練を始めた頃、ラミアノさんに指摘されていた。


ラミアノさんの指導では、剣を持っても弓を持っても、まず立ち回りから教わる。

そして面白かったのは、利き腕の右手だけでなく、左手に武器を持ち替えても同じ様に動けるように指導されたこと。持ち替えると足の運び方は左右が逆になるので最初は大いに戸惑ったのだが、気が付けば近頃は移動しながら左右どちらでも弓が引けるようになっていて、何だか得をした気分である。


ちなみに剣の場合は両手で持つのだが、持ち手を入れ替えても同じ様な速さでスムーズに振れるよう現在練習中だ。

教え方は自己流だって言ってたけど、ラミアノさんってやっぱり凄いんじゃなかろうか。


「厳密に言えば武器にも右利き用と左利き用があるんだけどさー。あんたが練習で使う武器はそこまで精巧な造りじゃないから特に気にしなくていいよ。今の時期は、技術よりもまずは飽きないことと動ける身体を作ることさ」

「あはは。私は体を動かせるだけで楽しいんですけどね」


八歳児の私は育ち盛り。毎日だって走り回れるくらい元気だ。

さらにはオルカーテに来てから食生活が向上した。昼食を取る習慣が無かった村での生活は昼から夕方までいつも空腹だったから、生物としての生存本能によって私の体は体力を温存しようとしていたはず。それがギルドで昼食を取れるようになって、抑えられていた成長欲求が解放された気がする。


「でも、そっかぁ・・・。筋肉付いてきたのかな・・・うふふ」


仕事でも訓練でも、成果が出るのは素直に嬉しい。

二の腕や太腿をさすりながらニヨニヨしている私を見て、ラミアノさんは目を細める。


「あんたは凄いねぇ。その歳で学ぶこと、鍛えることが大事だってちゃんとわかっている。あたしなんてさー、それにようやく気付いたのが11の時・・・おっと。歳を取るとすぐ昔の話になっちまうよ」

「え・・・。ラミアノさんの子供の頃の話、聞いてみたいんですけど」

「そうかい?でもきっと長くなるから別の機会にしとこうか」

「それは残念。でも楽しみにしておきます」


これより後日、ラミアノさんは時間があるときに若い頃の話をしてくれるようになる。

その話がとても刺激的で、私の人生感に徐々に影響を与えていくのだが、それはもう少し先の話である。







同じ頃。冒険者ギルドの執務室。

王都と通信するようになってから毎日届けられる定時連絡の書類を前にして、ギルド長であるダレンティスは腕を組み顔をしかめていた。


「ふーむ。この時期に全体的に物価が上がっている、か。王都の食料品、特に肉類がえらく高騰してるな・・・。この分だとオルカーテも五日後には卸値が跳ね上がる。他には量産品の武器類も高値か・・・」


嫌な予感がするな。

どこかで物騒な動きがあるかもしれん。


「市場の値動きについて、ギルドとしてもっと詳細に調査するか」


ダレンティスの予感は、後日思わぬ形で当たることになる。

窓の外を見れば、折しも街の上空に暗雲が垂れ込み、夏の陽射しを遮ろうとしていたのだった。


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