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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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エルナという少女と仕事場

王都と通信を始めて間もない頃の話。ラミアノ視点。



「ラミアノさーん。『風』の仕事、完了しましたー」

「おつかれさーん。今日はそれで終わりだから、作業員に『運搬開け』と納品物回収の指示を頼むねー」

「はーーい。行ってきまーす」


この部屋の端から端まで声を届かせるには、少しだけ声を張る必要がある。そんな広めの仕事場で、あたしの作業指示にきびきびと動く少女エルナ。

この少女が来てからというもの、仕事場はすっかり雰囲気を変えた。


以前はあたし一人だった。

この部屋は機密性が高い。非常に希少で高価な魔道具が幾つも置いてあるし、何と言っても転送魔法陣があるからだ。

ゆえにフロア自体が仕事の関係者以外立ち入り禁止になっており、ギルド職員であっても軽率に入って来られない。


周りに人が居ようが居まいが、あたしは与えられた仕事をこなすだけ。

そう考えていられた始めのうちは良かった。だが、一年、二年と時が経つにつれ、次第に話し相手が欲しくなってくる。

そのあたりはダルも気に掛けて、助手の立場でギルド職員を一人置こうとか、小間使いの立場であたしの屋敷から使用人を一人置こうとか、色々検討をし始めてくれていた。


エルナという少女がこの仕事場にやって来たのは、ちょうどそんな時だった。

ダルから聞いていた話では八歳の魔法士だという。最初は何かの冗談と思ったね。


実際に会ってみたら驚いた。

確かに八歳児が魔法を使えること、さらには全ての属性を扱えることにも驚いたのだが、それだけではない。

真に衝撃だったのはもっと本質的なところ。個の人間としての違和感だ。


正直、こんな人間がいるのか?とさえ思った。その違和感はどうにも言葉に表しづらい。『人間として均衡が取れていない』と言えば少しは伝わるだろうか。

子供の可愛らしさがあるのに、大人顔負けの強かさ、逞しさ。

村人出身なのに、良いとこのお嬢さんみたいな礼儀正しさ。

物々交換の村に住みながら銀貨を稼ぎ、それを元手に魔法を学ぼうとする金銭感覚。

このような不均衡な要素をどれか一つくらい持つ変わり者ならいたかもしれない。けれど、これほど併せ持った人間に出会ったのは初めてだった。


特に不均衡だと思うところが『歳不相応の賢さ』だ。

あたしが知る賢い子供というと少年時代のダルになるのだが、ダルとはまた違うタイプだと感じた。

例えば、何らかの問題を解決しようとするとき。

ダルは人を上手に使う。なぜ上手く使えるのか一応補足すると、人を動かそうとする前にまずダル自身が動く。だから人が付いてくるんだよな。

一方エルナは、自らが持つ知識の引き出しを効率よく開けていくのが得意だ。一体いくつ引き出しを持っているのか、あたしにゃ底が見えないんだがね。


「戻りましたー。指示はヨルフさんに伝えてきました」

「おかえり。そこの机の上を軽く片付けたら昼食にするよー」

「はーい」


下の階から戻ってきたエルナに返事をして、また指示を出す。

何事にも素直で良い子なんだが・・・時々変な事始めるんだよねぇ。

後片付けをしていたエルナは何か思いついたのか、机上に置かれている物を見て手を止めている。


「ラミアノさん、ラミアノさん。こういうのご存知ですか?」


そう言いながらエルナは机の上にあった紙を丸めて筒状にし、一方の端に木っ端を入れ、反対側から息を吹く。

軽く吹いただけのようで、筒から零れた木の小片は真下にコロンと落ちた。


「吹き矢かい?」

「はい」

「それって、暗殺・・・要するに距離のあるところから相手の不意を突いて殺すための武器なんだけど」

「そうなんですね。私の故郷の村でも狩猟で使っている人はいなかったです。子供が遊びでやるくらいでした」

「弓矢の方が殺傷力が高いからだろうね」


吹き矢と弓矢では、結局のところ何においても弓矢で事足りる。

限定的な局面で吹き矢の方が使いやすいこともあるが、そんな場合であっても弓矢が全く駄目ということも無いはずだ。


その後もしばらくエルナは何か考えていたようだったが、あたしが何も言わずとも、いつの間にか仕事の片付けを再開し始めていたのだった。


エルナとそんなやり取りをした日から数日後。

午後の訓練場で日課の訓練を始めようとすると、エルナが背負い袋から何かを取り出してあたしに見せてきた。


「ラミアノ先生、ラミアノ先生。これ見てください」

「んー?」

「ストラノスさんに作ってもらいました」


妙な棒を握っている。これは・・・?

ああ、マチクか。確かストラノスが通信で使うマレットをこの素材で何本か作っていたね。


マチクとはこの世界の植物。成長が早く、中空で節があるのが特徴だ。

乾燥させてから樹液で被膜処理したマチクの筒は、例えば水筒として使われる。安価で軽くて使いやすいからだ。

エルナがもっているのも水筒のようだが・・・水筒にしては細いね。


「何に使うんだい、これ?」

「えーと、空気鉄砲・・・」

「へ?クーキデポー?」

「いえ、名前はまだ無いんですけど、護身用の武器として使えないかと思って」


武器?これが?水筒じゃなくて?

拳二つ分の長さしかないし、棍棒というには短すぎるけど?


武器といえば先日、吹き矢の話をしたことがあった。

吹き矢の筒ならば両側に穴が空いているはず。けれどエルナが持っているこの筒の端は片側だけが空いており、片側は節で閉じている。


「今日は小弓を引く前にこれを試させてください」


これを武器として使う、か。面白いモノが見られそうだねぇ。


「いいよ。やってみな」

「ありがとうございます」


笑顔で礼を言ってくると、なぜかエルナは足元を見渡し始めた。


「最初から石ころは危ないから、まずはこれで・・・」


そんな事を呟きながら、訓練場の地面に落ちていた小さな木片をひょいと摘まみ上げる。

次に隅の方に生えていた雑草を毟り、その雑草で木片を包むように丸めて左手の中に握る。

その状態で、右手に例の水筒もどきを持った。


「先生。魔法を使います」

「あいよ」


《風よ、集まれ、我が手に》


ヒュゥゥゥゥゥウ!


エルナの風魔法と同時に、エルナが持っている水筒もどきが吸音を鳴らす。

そして吸音はすぐに止んだ。

エルナの右手に風が集まったからだろう。

・・・あれ?水筒もどきを握っているから、筒の中に風を集めたってことか?


エルナは何も発せず、水筒もどきの空いている口に雑草で包んだ木片を詰めて押し込むと、水筒もどきの底に左手を添えて訓練場の的に向けた。


《広がれ》


ポンッ!


通りのよい軽い音と共に水筒もどきから何かが発射され、訓練場の壁に当たって勢いよく跳ね返る。どうやら詰め込んでいた木片だ。

発射した当の本人は、その反動を受けて体が大きくのけ反っていた。


「ああ・・・。的は外れちゃいました。でも試し撃ちとしては成功かな」


風魔法とあんな簡易な道具で射的攻撃ができるとは・・・。

本当にこの娘にはよく驚かされる。


「エルナ」

「はい。もちろん秘密にします。相手にタネを知られたら弓より分が悪いですし」


賢い娘だ。

客観的な視点で物事を見ることができている。

そう。武器は武器とわからない時が一番強いのだ。


「今日から訓練に取り入れていくとしよう。一日一回でも良い。毎日練習しな」

「わかりました。先生!」


はきはきと返事をする少し大人びた少女エルナは、しかし魔法に関しては実に子供らしい笑顔を見せるのだった。


活動報告にも書きましたが、こちらにも。

本話が今年最後の投稿になります。

少し早いですが、皆様良いお年を。来年もよろしくお願いします。

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