【番外編】道は分かれ、また交わる17
あたしはラミアノ・ミルドーラフ。
かつてはただのラミアノだったが、今はパスカート・ミルドーラフ子爵の第三夫人。家の使用人達から『奥様』と呼ばれる立場になっていた。
あたしがこの家に嫁いだのは、恋愛結婚ではなく政略結婚になる。
魔法士という貴重な人材、つまりあたしを確保すること。それがミルドーラフ子爵家に与えられた仕事であり、引いては家の利益を得るため、自身が出世をするための手段となる。
こういった事由は婚前にちゃんとあたしにも伝えられている。子爵家とあたし、双方が納得の上、結婚したわけだ。
さて。このミルドーラフ家に嫁いでしばらく経った頃。
家中は少しギクシャクしていた。
第一夫人ライザと第二夫人ファンディラの仲がどうも上手くいっていないようなのだ。
夫であり当主であるパスカートは、本人達を問い質すより先に使用人達や夫人付きの侍女達から話を聞いて回った。使用人達から話を聞くと、ライザがファンディラに語気を荒げていたという。またファンディラ付きの侍女からは、ライザがファンディラに対して強く当たるとの報告が上げられた。
どうしたものかと思案したパスカートは、あたしに白羽の矢を立てた。
この家であたしは、まだ新参者で中立的な立場。
二人から直接話を聞いて原因を探ってもらえないかとパスカートは頼んできたのだ。
良い機会だと思った。
この家に来てから敷地内では割と自由にのんびりとさせてもらっている。それは有難いことなのだが、暇で手持ち無沙汰だったのだ。
貴族としての立ち振舞いや礼儀作法を少しずつ教わってはいるが、第三夫人であるあたしが社交をすることは基本的にほぼ無い。
あたしはこの家での役割を欲していた。
そこへ舞い込んだ『夫からの頼み事』だ。一も二もなく引き受けた。
早速第一夫人ライザと親睦を深めるという名目でお茶会をセッティングしてもらう。
そのお茶会で、まずは形ばかりの挨拶を済ませる。そして普通なら当たり障りのない話題から入るところへいきなり本題を放り込んだ。
「ファンディラを嫌っているという話を聞いたんだが、本当なのかい?」
「え?わたくしがファンディラを嫌ってるですって?そんな事あるわけないでしょう」
「ふぅん。やっぱりそうかい」
あたしからの直接的な質問に、ライザは心底不満気な表情で反論した。
実はあたしは最初から二人が不仲だとは思っていなかった。なぜと言われてもただの勘のようなものだが。
家中でそんな噂が出ているのだとライザに説明すると、ライザも思い出すように経緯を話してくれた。
それによると、ライザとファンディラは子育ての方針で口論に近いことがあったらしい。
現在、ライザは二児の母。ファンディラは一児の母。子供はいずれも男子だ。
ある時。ライザは自分が厳しい母役を引き受けるから、ファンディラに優しい母役をしてほしいと言った。
貴族たるもの、優秀でなくてはならない。領民の上に立つならばそれは当然だ。
とはいえ、厳しい教育一辺倒では子供達はいつか逃げ出そうとする。その時に逃げ場が無いと子供達は精神的に追い詰められてしまう。だからちゃんと逃げ場は用意する。
ライザはその逃げ場の役割をファンディラに求めたのだ。
それを聞いてファンディラは反対した。
なぜ損な役回りを自ら引き受けようとするのか、と。
厳しい母役は自分がやるから、ライザが逃げ場になってほしい。
そう言って譲らなかったそうだ。
ふむふむ。状況は大体わかった。
貴族の教育についてはあたしもよくわからないから、夫に丸投げでいいだろう。
「それにしてもラミアノ。貴女、随分と単刀直入に聞きますわね」
ああ。貴族らしからぬ聞き方だったか。
まぁそれは自覚している。
「すまんね。ついこないだまで冒険者だったからな。遠回しなやり取りは慣れてないんだ。一瞬が生死を分けるような場に身を置くのが冒険者。そんな冒険者同士では、短くハッキリと伝えることが大事なんだよ」
「・・・成程。冒険者の心構えについては存じ上げないのですけれども、その通りなのでしょうね。いえ、別にわたくしも責めてるつもりではなく、話しやすいと思ってますのよ」
ライザは割とハッキリ物を言う女性だった。
貴族の生まれゆえ迂遠な物言いも達者だが、近しい者に対してはどちらかと言えばストレートな会話を好んだ。
あたしとの会話は、まるで実家の家族と話すような距離間だったと感じ、ライザは好ましく思ったらしい。
そんなライザとのお茶会を終えた後、同じ日にファンディラともお茶会をする。こちらも一応親睦を深めるという名目で。
既に事の経緯はわかっているので、その裏取りをするのが目的だ。
ライザと違ってファンディラは口数が少なく、思っていることを伝えるのが苦手なタイプだった。
「子供の教育方針は・・・別に・・・。でもライザに子供達から怖がられるような立ち回りをさせておきながら、自分が・・・その、良いとこ取りするみたいな真似は・・・わたくしはできません」
だが、芯が強い女性だった。
新参者の身で言うのもなんだが、ライザといい、ファンディラといい、なかなかいい女達じゃないかい。
お茶会を通じて二人から話を聞けたあたしは、夫のパスカートに報告をする。
「そうか。口論になっていたのは息子らの教育に関することだったか」
「口論というよりも、お互いに損な役回りを自ら引き受けようとしてただけのように思うがね」
「うーん。やはり教育係を外から雇った方が何かと都合が良さそうだな。・・・おっと、それは追々考えるとして。ラミアノ。報告ありがとう。今回の件は助かった」
「どういたしまして。我が夫の頼みだったからねぇ」
パスカートから笑顔で礼を言われ、あたしもにかっと笑う。
こうして、この一件は家中の者達との距離を縮める良い機会になったのだった。
後日のとある日。
あたしはライザと二度目のお茶会をしていた。
これは、その時の一場面である。
「そういえばラミアノ。貴女、その言葉遣いを直すつもりは無いのかしら?」
「無いわけじゃないさね。社交には出ないし他に覚えることが多いから優先度が低いだけさ」
ずっと平民だったあたしは、ある日突然子爵夫人になった。
夫のパスカートからは最低限の振舞いと家中の方針を覚えればよいとのお達しだ。
これは、普段の言葉遣いは無理して直す必要が無いという裏返しでもある。
当然ライザもそれは知っている。
この場面では、嫌味で言っているわけでなく、お茶会の席で軽い気持ちで質問しただけである。
「そうだねぇ。ウチは今のところ男子だけ。そんな悪影響は無いでしょうよ。でも娘が産まれたら言葉遣い直そうかねぇ」
「あら、それは良い切っ掛けですわね」
二人で笑い合う。
ただただ何の気なしにした他愛のない会話だった。
繰り返しになるが、ミルドーラフ家はこの時点でライザ2子、ファンディラ1子、計3人の子供を授かっていたが、いずれも男子であった。
そして後年、子供はライザ3子、ファンディラ2子、ラミアノ3子、計8人となるのだが、いずれも男子であり、ラミアノが言葉遣いを直す機会は遂に訪れなかったという・・・。




