【番外編】道は分かれ、また交わる16
ダルがあたしの家を訪ねてきてくれた日から三日後。
冒険者ギルドの一室で、あたしら含む先日のメンバーは再び顔を合わせていた。
先日のメンバーとは、あたし、ダル、おっさんの三人。冒険者ギルド幹部のジフィル。そして領主様の使いのザハロさん。以上の五人だ。
五人が机を囲んで座ったところで、前回同様にザハロさんから話が切り出される。
「先日は『一閃』の皆様に、今後の進路についてこちらの提案をお伝えしました。本日は引き続き我々と一緒に考えてもらって、できれば決断して頂きたいと思っております。・・・そのご様子ですと、もうお決めになられたようですね」
あたしらを見るザハロさんの表情は穏やかだ。
元々提案に前向きだったおっさん、ダルはもちろんのこと、あたしもすっかり迷いが消えてたので顔付きや態度などからザハロさんは諸々察したのだろう。
「それではお一人ずつ確認させて頂きます。ゴルダ殿。貴方を騎士爵に推挙します。条件として王領へ行ってもらい新しい家名を名乗って頂きます。王領へ移りましたら、王都の冒険者ギルドで指導教官として尽力してください」
「有難く。承知した」
前回みたいに貴族っぽく振舞おうとはせず、飾らずに返事をするおっさん。
おっさんの返事に頷きながらザハロさんはジフィルに目配せする。
視線を受けてジフィルはダルへ話し掛けた。
「ダレンティスさん。あなたには是非多くの冒険者のために力を貸して頂きたい。ギルドの幹部職に就いてもらって、将来的にはオルカーテの冒険者を率いる立場になってくれることを我々は期待しています」
「ああ。どこまでできるかはやってみなきゃわからんが、冒険者のために力を尽くそう」
力強くダルは答える。
それを聞いたジフィルは少し安堵する仕草を見せた。
後から聞いた話だが、ジフィルは領主様側から相当な圧力を受けていたらしい。冒険者ギルドにダルを迎え入れることを使命とされ、勧誘するにあたり間違っても不快感を持たれないように、と厳命されていたのだ。
ここから先は想像でしかないが、領主様はダルの人脈や統率能力といったものを高く評価していた、ってことなんだろうな。
椅子に座り直してあたしに向くジフィル。ザハロさん、ダル、おっさんの三人も揃ってあたしに視線を向けた。
「ラミアノさん。あなたも冒険者ギルドに来てくれませんか。ダレンティスさんと共に、今まで培った冒険者としての経験を、ギルドを通して他の冒険者の助けとして使わせては頂けないでしょうか」
「悪ぃな。あたしは冒険者を続ける。ギルドの中からじゃなく、一人の冒険者として外からギルドの役に立とうと思うよ」
あたしはきっぱりと断る。
目を見開き、押し黙ったジフィルであったが、しばしの沈黙の後ようやく口を開く。
「そう・・・ですか。わかりました。ギルドとしては残念ですが、あなたの決断を尊重しましょう」
「ああ。すまんね」
ふぅと息を吐いたジフィルは、気を取り直そうとすべく表情を穏やかに戻した。
「そういえばラミアノさん。最近ギルドでも噂になっていたのですが、魔法をお使いになったとか」
「あー、そうなんだよ。まだ失敗も多いんだけどさ」
「ということは、使えるようになったのはここ最近の話ですか?」
「いやさ、先日ここで集まっただろ?その日の夜から使えるようになったんだ」
「なんと・・・。そうでしたか」
何気ない会話だが、魔法に関する発言には一応注意を払っている。おっさんから教わったことや、普段どんな練習をしているのか、ということまでは言う必要は無いからだ。
要らぬことを口に出す前に話を換えておくか。
「魔法を使えるようになったことを知ったからか、急に貴族様から見合い話が舞い込んで来るようになってさ。今日はこの後、ギルドで見合い相手の似顔絵を見せてもらおうと思ってるんだよ」
「え?ご結婚されるんですか?」
「いやいや、断るよ。でも一応相手の情報も知りたいじゃん」
相手はあたしの情報掴んでるくせに、こっちは相手のことを何も知らない。
貴族様の家名を聞いてもあたしにゃピンと来ないからな。
これは後から知ったことだが、貴族様の立場からすると、結婚するのに家柄で判断することは貴族の常。つまり「家名を見ればどんな家柄か判るだろ?だから結婚可否の判断ができるだろ?」というスタンスなのだ。
しかしこれじゃあ平民には伝わらない。
平民からしたら貴族様なんてどれもおっかない存在でしかない。家柄まで気が回らないからだ。
あたしはチラリとザハロさんを見る。
領主様の使いであるザハロさんなら、ここに居る誰よりも貴族様に関して詳しいのではないか。
「ザハロさん。進路の確認も取れたとこだろうけど、もう少し付き合っちゃくれないかねぇ。貴族様のこと、話せる範囲で教えてくれないかい」
「『話せる範囲』では私はほとんどお話できませんよ?ただ面白そうではありますのでお付き合いいたしましょう」
ザハロさんは婉曲的に、自分の立場から他の貴族様を評価したり論じたりはできない、と言っているのだ。けれどもこの時のあたしはこういった貴族社会の言い回しを理解できておらず、ザハロさんはあまり知らないのか、と思ってしまった。
「そっか。知らないんならしょうがないな」
あたしの言葉を聞いたダルとおっさんは、思わず頭に手をやった。二人はちゃんと理解できていたからだ。
残るジフィルも当然理解していたが、ザハロさんがにこやかにしているのを見てスルーを決め込み、部屋の皆に声を掛ける。
「ええと、手続きは済んでいるんですよね?それでは資料閲覧室へ移動しましょうか。皆さんご案内します」
「あいよ。ほら、ダル、おっさん。行くよ!」
「ああ・・・」「おう・・・」
皆で部屋を出ると、ぞろぞろと移動して資料閲覧室までやって来た。
扉を開けて入った部屋には広い机と椅子が配置されており、中年の女性職員が受付に一人座っていた。肝心の資料や本などは、さらに奥の施錠された部屋にある。閲覧者は受付のギルド職員に申し出て、奥の部屋からこの部屋まで資料を持ち出してきてもらうのだ。
中年の女性職員は確かマーサという名前だったか。
これまでも資料閲覧室を利用すると受付にいるのは大抵この女性。直接話をしたこともあるが、彼女は所謂冒険者上がりのギルド職員。といっても冒険者だった期間は三年弱と短い。
冒険者時代は複数のパーティーで臨時メンバーとしてサポート役を担っていたのだが、特に下調べに定評があり、ギルドが職員として引き抜いたのだそうだ。
・・・今のダルみたいな感じだったのかな。
そのマーサは部屋に入ってきたあたしらを見ると笑顔で声を掛けてきた。
「あら、ジフィルさん。それと・・・お連れさんは『一閃』の皆さんね。確か、似顔絵の件でしたっけ?」
「どうも、マーサさん。似顔絵の件で合ってます。それと、こちらの方は領主様の使いで来られたザハロさんです」
「あらあらまぁまぁ。これは失礼しました。このギルドで資料閲覧室の司書をやっておりますマーサと申します」
「ザハロです。ただの付き添いですので、どうか私の事はお構いなく」
ジフィルが紹介したザハロさんと一通り挨拶を交わしたマーサは仕事モードになって綺麗な手袋をはめると、施錠されていた奥の部屋へ行き、紙の束を持って戻ってきた。
「これが貴族の似顔絵集だよ。こっちは貴族ではないけれどこの街で有力者といわれる方々の似顔絵集だね」
「ありがとさん。そんじゃ一人ずつ見せてもらいますか」
ザハロさんとの挨拶までは丁寧なマーサの口調だったが、あたしと対面の会話になったらすぐに砕けた口調になった。その方があたしは話しやすいがね。
さて、肝心の閲覧手順だが。
あたしが見たい人物を言って、マーサに似顔絵集から検索してもらう。見つかれば該当の似顔絵をこちらに見せてくれる。という流れだ。
マーサが検索するのは、あたしの手間を省いてくれてるわけではない。対象人物以外はあまり目に触れさせないためである。加えて、資料的に粗雑に扱えない、という理由もある。文字ではなく絵が描かれているので、破損しないようより一層気をつけて扱う資料であり、閲覧者に触らせられないのだ。
似顔絵集を持ったマーサと机を挟んで向かい合う形で、あたしはウキウキしながら席に着く。自然とあたしの両側にダルとおっさんが位置取り、後ろからジフィル、ザハロさんが眺めてきた。
「マーサ。まずはラディアドル男爵様の次男エリクス様を見せとくれ」
「はいはい。・・・あったよ。これだ」
「ふんふん・・・。上手に描かれてる・・・けど随分若くねぇか?」
「ああ、これが描かれたのは今から四年前だねぇ」
見せてもらった似顔絵は成人前の少年かなと思ったが、マーサの話を聞いて納得した。
なるほど。そりゃそうか。つい最近の似顔絵とは限らないもんな。
「ふーん。ま、いいや。次いこ次」
「え?もういいのかい?」
「ああ。じっくり眺めるもんでもないしな」
両側から見ているダルとおっさんは、やれやれといった感じで呆れ顔になっている。
あくまで似顔絵だ。本人じゃないし。それにどうせ見合い話は断るんだから、流し見でいいんだよ。
そんな要領で次から次へと見ていく。
残念ながら似顔絵が無かった人物も居たが、気にせずに飛ばした。
「・・・これで最後か。まぁまぁ面白かったね」
「ラミアノ。本当にもういいのかい?手続きしたから知ってるけど、見合い相手の確認なんだろ?」
そうマーサに問われたが、興味本位で見に来たとも言えず笑って誤魔化す。
マーサもやれやれという表情になり、似顔絵集を片付け始めようとした。
「ラミアノ殿」
「ん?」
「わたしからも紹介したい人物がいるのですが、話を聞いて頂けませんか?」
背後に居たザハロさんから突然声が掛かる。
皆から一斉に視線を向けられたザハロさんは、懐から封書を取り出した。
「ここに三通の手紙がございます。それぞれラミアノ殿の結婚相手に如何かと、こちらで手配したものです」
三通ってことは三人分の紹介ってことか。
・・・待てよ。そういえば前回の別れ際にザハロさんが言ってたっけな。
領主様があたしに別の道を用意していた、と。
「もしかして、前に準備が間に合わなかった提案ってこれのことかい?」
「御明察です」
あたしが魔法を使えるようになったのは、その日の夜。
・・・てことは、だ。
「あたしが魔法が使えるようになったから急ごしらえしたのではなく、始めから用意していたと?」
「その通りです」
この時のあたしは、ザハロさんの言葉から違和感のようなものを感じていた。
嘘は吐いていない。悪意も感じない。だが何か引っ掛かるものがあったのだ。
結局この時は何が引っ掛かったのか掴めぬままになるのだが、その違和感の正体については後日気付くことになる。
ザハロさんから手渡された三通の手紙をまとめてを受け取ると、ちょうど一通目の差出人が目に入った。
・・・この家名。知ってる。
その手紙の封を切り、少しの間無言で中身を読む。
「マーサ。パスカート・ミルドーラフ子爵様を見せてくれ」
「おやおや。ちょっと待ってね」
似顔絵集を片付けるつもりだった所にそう言われ不意を突かれたマーサだったが、なぜか少し嬉しそうに似顔絵集を捲り始めた。やがて紙を捲る手を止め、あたしに向けて見せてくる。
「あったよ。これは五年前の似顔絵だね」
そこには見覚えのある男の姿があった。
成人直後の凛々しくも見える似顔絵だったが、あたしは知っている。
孤児院によく来ていたお坊ちゃんだ。
父親が孤児院を後援していた貴族様で、いつもその父親の後を付いていた頼りなさそうな男の子だった。成人して直ぐに父親が亡くなると、その後しばらくは俯きながら歩く姿を見せられることになって、「大丈夫か、この当主?」と思ったものだ。
だがさらにしばらくすると、背筋をぴっと伸ばして堂々と歩く彼の姿を見ることになる。
男とは、時に別人かと思わせる成長を見せるものだ。
それは自分の男に対する価値観に少なからず影響を与えた出来事だった。
マーサが見せた似顔絵は、当時の実物の姿より格好良く描かれたものだった。
だが成長した今現在、実物の姿はこの似顔絵よりもさらに格好良くなっている。
面白いんだよなぁ、男ってのは。
残りの二通は見る必要が無くなったな。似顔絵の閲覧もこれ以上は要らない。
「ザハロさん。あたしさ、この男と結婚するよ。頼めるかい?」
気付いたらそんな言葉を放っていたのだった。
 




