【番外編】道は分かれ、また交わる11
街道で襲撃中だった賊を撃退し、場が落ち着いてきたところであたしは状況を整理する。
戦闘中、確認できた賊は9人だった。
内、あたしが殺したのが6人。後頭部を柄で殴ったヤツと腹を撫で斬ったヤツはまだ息はあったが、どちらも短剣で首を引いてトドメを刺した。
捕縛する余裕はない。奴らの仲間がいる場合のことも考えたら、速やかにこの場を移動すべきだからだ。
後はダルとおっさんが1人ずつ倒したから、殺した賊は計8人だな。
「一人逃げられちまったよ」
「はぁ・・・はぁ・・・。ま、仕方ねぇよ。ふぅーっ。こっちが生き残れて上出来だ」
あたしの報告におっさんは荒れた呼吸を整えながら返事を返してきた。
近年、流石のおっさんも体力の衰えを感じているらしい。だが戦闘技術は未だに向上し続けている。大したもんだと思う。
襲撃を食らった側も人的被害を出していた。
殺されたのが3人。負傷してんのが1人。
まず、荷車の側で冒険者1人と商人1人が殺されていた。それに加えて、少し離れた場所でも商人が1人死んでいた。逃げようとしてたんだろうな。
負傷者は荷馬車の横で足を怪我をしていた冒険者だ。
「・・・っ!お父さん、お父さんっ!うわあああん!」
「あなたっ!死なないで!」
負傷した冒険者の側で号泣している幼女。その二人を背中から抱き込むようにして叫んでいる女性。
戦闘中、荷馬車の中で隠れていた彼女らは、冒険者の家族のようだ。怪我したのが父親だとして、その嫁さんと娘っ子かね。
「あー、お嬢さん方。俺達ゃオルカーテの冒険者だ。済まんがちょっとどいてくれ。怪我の処置すっからよ」
おっさんが父親と思われる冒険者の男に処置を施す。といってもこんな場所じゃ簡易的な処置しかできない。ひとまず止血さえすれば命を落とすことはないだろうが、傷が深いから本格的な治療をする必要がある。この家族は第四ホラス村からオルカーテに向かっていたようだが、距離的に第四ホラス村に戻る方がいいだろうな。
このまま放置するのも寝覚めが悪いし、あたしらが連れていくことになりそうだ。
あたしとダルは周囲を警戒しつつ、手分けして死体漁りを始める。
まずは優先的に、殺された商人2人と冒険者1人の懐を漁る。そして回収した金子袋を、同行者であるその家族にすべて手渡した。
こういうのは現場の討伐者と救助者との間で揉める原因になりがちだ。あたしらにとっては少額だし、取り分で揉めてる暇は無いのでこれでいい。ダルはこういう時の優先順位は決して間違えない。
彼らを宥めつつ話を聞くと、最初の印象通り、父親、母親、娘の三人家族だという。
同行者の金子袋と金目の物を受け取った家族は感謝の言葉を述べ、今はあたしらの指示に大人しく従ってくれている。
金より命。されど、金が無きゃ助かる命も助からないからな。
死んだ冒険者は、怪我した父親の冒険者仲間だった。商人2人は知り合いというわけではなかったようだが、向かう先が一緒ということで道すがら同行していたとのことだ。
続いて賊連中の懐を漁ろうとしていた時だ。
オルカーテ方面から街道を常歩で近づいてくる馬の足音が耳に入った。
「ダル・・・!蹄の音、複数だ。こっちに向かってくる」
賊の仲間か、と思ったあたしらはすぐに三人で陣形を組んで身構えた。
「見えた・・・ん?あれは賊じゃないな。オルカーテの役人だ。ゴルダ、ラミアノ、剣を収めとけ。俺が応対する」
あれま、ホントだ。
もしやここらの警備のために派遣された兵士らかね?
それにしては武装が軽い気がするが。
まぁ、こういうのはダルに任せておけば間違いはない。
ようやくお互いが確認できる距離になった。相手は、ひぃふぅみぃよぅ・・・。全部で8名か。馬に跨った若い役人2名と武器を持った歩兵6名からなる集団で、こちらと十分な距離を取って進行を停止した。
相手方もこちらの惨状が目に入ったであろう。周りに血が飛んでいるし、死体も転がっている。連中、ピリピリというよりビクビクしてるな。
やがて、馬に騎乗している大きな体躯の役人が前に出て、大きな声で問うてきた。
「我々はオルカーテの会計監査補佐官とその一行である。其の方らは何者か」
「俺たちはオルカーテの冒険パーティー『一閃』。領民を襲っていた賊を発見し、ちょうど撃退したところだ。襲われた連中に死傷者がいる。手助けを頼む」
「身分を確認したい。こちらへ参られよ」
会計監査補佐官とな。軍隊じゃなくて事務官とその護衛だったか。
それにしてもこの事務官。連れの護衛より良い体格しているじゃないかい。
ダルが単独で役人のいる一団に向かい、識別タグを提示して、説明を重ねる。
すぐに確認が取れたようで、警戒を解いた彼らと共にダルがこちらへ戻ってきた。
「彼ら役人達は第四ホラス村に向かう途中だから、助かったそこの家族をついでに送り届けてくれるそうだ。あと、死体の片付けを一緒にやってくれるってさ」
マジか・・・。助かるな、それは。
賊の死体も殺された領民の死体も、このまま街道に放置はできない。所持品を漁ったらまとめて埋める必要がある。
さらに怪我した冒険者とその家族を治療のために第四ホラス村に送り届けるとなると、やってできないことではないが、重労働間違いなしだった。
領民を保護する役目は本来役人の領分であるから、家族三人を送り届けてくれる役割は引き受けてくれるだろうと期待はしてたが、死体の片付けまで手伝ってくれるとは思わなかった。
しかも幸運なことに、荷馬車からハーネスを切られて逃げていた二頭の馬を、彼ら役人達はすぐ近くで見掛けたらしい。大人しくしていたからすぐに連れてこれそう、とのことだ。
ちなみにハーネスとは荷馬車と馬を繋ぐための馬具のことだ。
それにしても、ここまでやってもらえるってことは・・・。
「代わりに頼まれた依頼事なんだが・・・。第四ホラス村までの護衛をしてほしいとさ。もちろん報酬付きでな。どうも彼らは彼らで面倒な事案を抱えているみたいだ」
なるほど、そう来たか。ここでの物騒な状況を見て、あたしら三人を同行させて護衛の戦力を上げておきたいというわけだ。確かに連れの兵士はやや頼りなさそうな感じだったしな。
だがその提案は案外悪くない。向こうにしてみれば断りづらい仕事を回された感じだろうし、こちらとしても怪我した家族の対処をすべて丸投げというのは、ばつが悪いというものだ。
提示してきた報酬額も案外しっかりしているし、この場所からなら徒歩でせいぜい半日の距離。
あたしとおっさんも了承して向こうの提案に乗っかることにした。
役人達と協力して作業することしばし。
逃げ出していた馬も付近で無事に見つかり、荷馬車に繋ぎ直して、役人達に生き残った家族を荷馬車ごと引き渡した。
死体も大方片付いたし、あたしらも自分達の荷物をまとめて移動の準備をしますかね。
「ぼ、冒険者の、おねぇちゃん。お父さん怪我させた、悪い人達・・・また、来るの?」
引き渡した家族の幼女が目を潤ませて、移動準備をしようとしていたあたしの足元に縋ってきた。
たぶん4、5歳だろうか。孤児院のチビ共を相手にすることもあるが、この年頃の女の子は本当に可愛い。
「大丈夫だよ」
腰を落として目線を合わせ、幼女の頭にぽんと手を乗せた。
「あたしらが付いて行ってあげるからね。兵士の兄ちゃん達も居るし、悪い奴らは襲ってこないって。ほれ、親父さんの側に居てやんな」
「・・・うん。助けてくれて、ありがとう。おねぇちゃん」
不安を全て解消するには至らなかっただろうが、それでも幼女は気丈に返事をすると、母親と一緒に荷馬車に乗り込んでいった。
「ゴルダ、ラミアノ。そろそろここから移動するぞ」
「おう」「あいよ」
あたしらは現場を後にして、役人達と共に第四ホラス村へ進み始めた。
馬に乗っている二人の役人はどちらも若い。まだ二十歳手前だろう。
一団を統率しているのは体躯の大きな男。名をガルナガンテというそうだ。
もう片方の男は中肉中背。補佐役に見える。名はマーカスという。
連れの護衛兵士は6人。彼らも揃って若い。現場に転がっていた死体を見てあわあわしていたので、戦闘経験も乏しそうだ。
彼らの目的は『第四ホラス村の監査』とのこと。
教えてもらえたのはそこまでで、それ以上の事は業務上の機密と言われた。まぁ当然だわな。
そんな彼らと共に歩いて行き、ちょうど昼になった頃、無事第四ホラス村に辿り着いた。
まずは村の診療所に怪我をした冒険者を運び込む。母親と幼女に何度も礼を言われながら、あたしらは家族を残して診療所を後にした。
そして役人達ともここでお別れだ。
ダルとガルナガンテは握手しながら互いに労いの言葉を掛ける。
「『一閃』の諸君。道中の護衛、感謝する。後日オルカーテに達成後報告依頼を出しておく。もし何か問題があれば役所に問い合わせてくれ」
「わかった。ガルナガンテ、達者でな」
達成後報告依頼とは、現場で直接依頼を引き受けて達成した場合に、冒険者ギルドに後から出す依頼のことだ。
既に依頼は達成されているので、つまりは事後報告である。
依頼者にとっては、依頼を出してからでは間に合わない、という状況で引き受けてもらえる。
冒険者にとっては、現場にいるのにわざわざギルドに戻って引き受ける、という手間が省けるし、ちゃんと依頼達成扱いになるのでギルドから貢献評価がもらえる。
ギルドにとっては、仲介手数料が通常依頼より格段に安くなってしまうが、盗賊被害や獣被害などの事件の情報が入手できる。
ちゃんとそれぞれにメリットがあるのだ。
さて。まだ仕事は残っている。
オルカーテに戻って領主様に賊討伐の報告を上げなければならないのだ。
では今からオルカーテに向かって出発できるかというと、それは無理だった。
朝一で戦闘をやった上に、護衛をしながら半日歩きっ放しだ。おっさんなんかは相当きつそうに見える。まだ昼とはいえ流石に今日はこの村で休もうということになり、あたしらは早々に宿を確保して休息を取ることにしたのだった。




