【番外編】道は分かれ、また交わる6
あたしとダルの冒険者活動にゴルダが加わって、冒険者パーティー『一閃』を結成した。
それから間もない頃。ある晴れた日の昼下がり。
午前中に採集クエストを片付けて、周りに人気のない原っぱで、あたしらはのんびり過ごしていた。
せっかくだから座学でもするか、ということになり青空の下、あたしとダルはおっさんから魔法について教えてもらうことになった。
そこで判明する。おっさんは魔法は使えないが『魔力持ち』だったのだ。
そして魔法の話をするその前置きとして、以前にも軽く聞いていたおっさんの生い立ちについて再び聞くことになったのだが・・・。
「おっさんって、貴族の生まれだったのかー」
「生まれだけ、な。育ちは平民さ」
以前聞いていたのは、おっさんが物心ついた時には母親と二人暮らしで、その母親もすぐに死んでしまって孤児院に入った、って話だったな。
話の大筋はその時の繰り返しだったが、貴族の家で生まれたってのは初耳だ。
その貴族の家ってのが、おっさんが産まれる前から既に没落寸前で、産まれてすぐに取り潰されたらしい。結果、おっさんの家族は離散の憂き目に遭う。
おっさんの実の母親がその没落貴族の第三夫人で、自身の子であるゴルダを連れて別の土地へと落ち延び、平民として貧しい暮らしをすることになったのだそうだ。
「貴族の生まれって話は母親から聞いたわけじゃなくてな。もちろん幼いながらに薄々気付いていた部分もあったが、俺が冒険者になってから調べて判ったんだ。ほれ、これよ」
そう言っておっさんは首に掛けている紐を服の中から引き上げる。指輪のようなアクセサリがその紐に通されており、それをあたしらに見せてきた。
「何だい、これ?」
「俺の母親の形見。印章の魔道具だ」
おっさんは小さなアクセサリをそう呼んだ。
魔力を通すと魔力印が押せるのだそうだ。これに刻まれている印はおっさんの実家の家紋ってわけか。
母親の形見が印章の魔道具だとわかったおっさんは、まずそこから生まれが貴族であったことを知った。さらに刻まれていた実家の家紋を足掛かりに貴族を調べていき、実家が没落貴族だった事や母親が第三夫人だった事などを知ったのだ。
「ゴルダ。その取り潰された貴族、なんて家名だったんだ?」
「フレシュナー家、だ」
ダルも遠慮無しに聞く。
別に言いたくなけりゃ言わなくて良いとあたしらは思っているし、おっさんもそれはわかっている。だからこれは『言える話』なのだ。ただし『言い触らして良い話』ってわけじゃない。
「家を再興したい、とは思ってないのか?」
「いや、そりゃ無理だろ。昔は考えたこともあったさ。だが俺は貴族としての教育を全く受けずに平民として育ったからな。今更さ」
ダルの質問におっさんは肩を竦めて否定する。
まぁそうだよな。
爵位なんてそうそう叙爵できるもんじゃないしな。おっさんが家を再興しようとするなら貴族に婿入りするくらいしかなかったわけだが、そんな幸運を掴もうする生き方じゃ普通の幸せも掴めやしないさ。
あたしと同じ孤児だったおっさんが、平民として生き、結婚して家庭を持ったんだ。それだって立派なもんよ。
「それと、印章の魔道具がどういうものか、についても話しておこう」
続いておっさんは、印章の魔道具について一般的な説明をしてくれた。
掻い摘んで言うと、大抵の貴族なら持っている『魔道具の定番』だそうだ。
魔道具というのはどれもこれも高価なものばかり。
なぜか。便利な魔道具は、ほぼ魔法陣が使われている。魔法陣は魔王国の魔女様に描いてもらわなければならないものが多く、必然的に希少となるのがその理由だ。
つまりは、需要に対して供給が圧倒的に少ないのだ。
そんな中、印章の魔道具に関しては一部事情が異なる。
印章の魔道具も高価ではあるのだが、そこまで珍しいものではない。なぜなら魔王国を介さなくともリズニア王国で作れるからだ。
貴族同士の見栄の張り合いにより結果的に値は釣り上がってしまうのだが、貴族の立場で手に入れようと思えば割と難しくはないのである。
「前置きが長くなったな。魔法の話に戻ろう。俺が持っているこの印章の魔道具だが、使うためには魔力を通す必要があるわけだ。ラミアノ、ダル。お前らはまず魔力持ちを目指すといいぜ。俺と一緒にいるときだけだが、お前らにも印章の魔道具を使わせてやるよ。魔力を通す訓練ができるからな」
魔力持ちになるためには日々鍛錬が必要だが、魔道具はその助けとなる。というより、魔道具無しで鍛錬しても上達具合がわからないので、単なる苦行でしかないのだとか。魔力を通すという感覚を養うためにも、鍛錬の成果を確認するためにも、魔道具は非常に有益なのだ。
事実、魔道具を使って鍛錬を重ねた結果、おっさんは魔力持ちになることができたそうだ。すげぇ。
今後あたしら三人は、冒険者として行動を共にすることが多くなる。
おっさんにとって母親の形見である印章の魔道具。それを一緒に冒険に出るたびにあたしとダルにも使わせてくれるという。とてもありがたい提案だ。
そこから話は魔力持ちについての説明に移っていく。
魔力持ちになると、魔道具が起動できるようになる。印章の魔道具だけでなく、他の魔道具も、だ。魔道具を起動する仕事というのも一応あるらしい。
「とはいえ、魔力持ちというだけでは手札としては弱い。最終的には魔法士になれるといいんだがな」
魔法士は魔力に属性を付与することができる。
単なる魔力持ちでは、属性までは扱えない。
貴族は幼少の頃から魔道具に魔力を通す訓練をする。だから貴族には魔力持ちが多い。だが魔法士となるとそうそう居ないらしい。
印章の魔道具に限らず、他の魔道具も魔力を通すだけである程度は使える。だが魔道具によっては、属性を付与した魔力の方が性能をより引き出せたり、中には適正な属性の魔力でないと起動しないものもあったりする。
もし魔法士になれれば便利な魔法が使えるので、冒険者活動にも役に立つ。
貴族や権力者との伝手としても大いに使える。
なれるなれないは別として、目指してみるのはいいだろう。
全然素質が無さそうだとわかったら止めればいいだけさ。
・・・あれ?待てよ?
ここまでの話だと、魔道具持っているのって貴族とか街の権力者とかになるんじゃねぇの?
「おっさんは魔力持ちなんだから、冒険者をやらずに、そういう線から貴族に取り入ろうとか思わなかったのかい?」
「・・・また俺の話に戻しやがって。だが鋭いな、ラミアノ。俺が魔力持ちになったのは16の時でな。ちょうど今の嫁と結婚を考えていたときだったのさ。結果的には今の嫁を、そして平民として生きていくことを選んだんだ。貴族に取り入ることを選ばなかった、とも言えるがな」
ふーん。
魔力持ちになるのがもーちょい早ければ貴族に取り入る選択をしていたかもしれない、ってことかね。
でも貴族に取り入るには何か懸念があった。そんな含みのある言い方に聞こえたな。
「魔力持ちという手札を持って、オルカーテで貴族に取り入ろうとするなら、辿り着くのはどこか、というと商業ギルドだ。あそこにゃ魔石の魔力充填ができる魔道具がある。魔力持ちも魔力素材も、そして必然的に、金も貴族もみんなあそこに集まるのさ。だが俺には、商業ギルドはどうしても駄目だった」
苦虫を噛み潰したような表情でおっさんは続けた。
「俺の実家を没落させたのは、その商業ギルドの貴族連中だったからだ」
む・・・。
そういえば、あたしが斬った男。あいつが商業ギルドのタグ持ってたな。
そして、そのタグを冒険者ギルドへ提出するよう提案したのはおっさんだ。
あれはすなわち商業ギルドへの不信感を示していたわけだが、その原因ってわけか。
あたしと同じ事をダルも思ったらしく、その点をおっさんに尋ねる。
「ゴルダの商業ギルドに対する不信感は、そこの貴族に対する私怨ってことか?」
「個人的な恨みも入っちゃいるが、それだけじゃねぇぞ。商業ギルドは色々とおかしな事をやっている。だがそれは別の機会に話そう。長くなるからな」
ともかくおっさんは、オルカーテの商業ギルドに絡む貴族は取り入る選択肢から外したわけだ。じゃあ他に選べる貴族があったかというと・・・たぶん難しかったんだろうな。
「もし俺が家の再興を目指すとすれば、自分から取り入る貴族を選べるようにするしかなかった。魔力持ちというだけでなく魔法士だったなら、より選択肢を増やせただろう。だが俺は今でもただの魔力持ちだ」
なるほどね。
魔法士ってのは明確に優遇されてんだな。
「重ねて言うが、家の再興に関してもう未練は無いからな。平民としての今の生活に満足しているからだ。若い頃は色んな事にチャレンジできる。だから成り上がる手段を講じてみる時期もあったさ。だが今は守るモンができちまった。身の丈に合わない手段は選べねぇよ」
そう言って自嘲気味に笑うおっさん。
だがその言葉とは裏腹に、おっさんは貴族に対して強い劣等感を抱えていた。そしてこれからしばらくの人生を、その劣等感を抱えたまま歩んでいく。
その事を後年、あたしとダルは共に冒険しながら徐々に気付いていくことになるのである。
おっさんは軽く頭を振る。気持ちを入れ替えたのか。あるいは過去を振り切ろうとしたのか。すぐに前向きな表情で口を開いた。
「そんじゃ、魔法の話を続けるぞ。やっぱ始めるなら若い時に限るからな」




