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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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【番外編】道は分かれ、また交わる4


「待てっ!一旦止まれ!」


手の平をばっとこちらに向けたおっさんが、近づこうとしたあたしらを制した。

苦悶の表情を浮かべたおっさんは立ち止まったままだ。水が濁っているので足元の状況が伺えない。

あたしとダルもピタリと動きを止めて数秒の時が進み、ようやくおっさんは口を開いた。


「ここに・・・倒木が。枝の折れてるのが上を向いていて・・・踏み抜いちまった」


あたしらとおっさんとの間をよく見ると、水中に横たわっている大木があった。とはいえぱっと見、他に危険そうなところは見当たらない。おっさんが相当運が悪かったのかね。

踏み抜いたってことは、足の裏から貫通したってことか?


「おっさん。足、引き抜けそうか?」

「・・・駄目だ、抜けねぇ」


三人ともその場で足を止めたまま様子を伺うやり取りを重ねていると、徐々に水の濁りが落ち着いてきて水中が見えるようになってきた。

足元を注意しながらあたしらはゆっくりとおっさんに近づく。安全を確認しつつ水を濁らせないようにして、おっさんの側に辿り着いたが。

あちゃー。こりゃあ、すっげぇ痛そうだな。

おっさんの足の甲から木の枝が飛び出ていた。たぶん引き抜いたら血がたくさん出るヤツだ。

しかもおっさんの足を貫いたその枝は、先端に返しがついた槍の様な形状になっていて、すぐに引き抜くことができなかった。


やむを得ず、ダルがあたしらの荷物を置いた場所まで引き返し、ギザギザ刃のナイフを持って戻ってきた。

最初、おっさん自ら刺さっている枝を断ち切ろうとしたがうまく力が入らず、途中からあたしが代わってナイフを持ち、水中の枝をギコギコと引き続けた。

しゃがんで作業したもんだから腰までびしょ濡れになるわけだが、それに文句を言っている場合ではない。おっさんの足の方を切らなきゃいけなくなるのは御免だからな。


ようやく枝の先端、返しになっていた部分を切り落とした。これで引き抜けるだろう。

おっさんはダルに身体を支えてもらい、激痛と格闘しながら足を引き抜き始める。何回かに分けて足を引き、その度に「うがぁぁっ!」とうめき声を上げて、とうとう刺さっていた枝から足を引き抜いた。

あたしらはほっとした。だがそれも束の間。途端に血がどくどくと流れ出したもんだから慌てて布を適当に巻いて、あたしとダルでおっさんの両側を支えながら岸へと運び始めた。


「薬草取りに来て怪我するたぁ、洒落になんねぇな・・・痛っつつ」


おっさんとしては子供に運ばれる気恥ずかしさがあったかもしれない。

だがこの期に及んで恥ずかしがってはいられない。何せ一人で歩くことも困難なのだ。

どうにかこうにかぬかるんでいない地面まで運び終えると、荷物を背もたれにしておっさんを座らせる。


「ゴルダ。どうしたらいい?」


しっかりとした口調でダルが指示を求めると、おっさんは冒険者の顔になった。


「ふたりとも。クエストは中止だ。救援を呼んでくれ」

「ダル。あたしはおっさんに付き添う。頼んでいいか」


大人と話し慣れているのはダルだ。だから救援を呼びに行ってもらう。それは確定でいい。

だが怪我人のおっさんをここに残していくのはどうなんだ?あたしは腰までズボンを泥水で濡らしちまって走りづらい。そういった諸々を考慮すると、二人で行くよりは残っていた方がいいだろう。

あたしの考えを説明するとダルも納得した。


ダルには救援を呼びに行ってもらう前に、おっさんを街道近くまで移動させるのを手伝ってもらう。この場所は街道から離れすぎているからだ。

焦っても良いことはない。一つずつ順番に進めよう。

まずはおっさんの足に布をしっかりと巻き直して・・・。うーん、応急処置とはいえ少々雑だったな。よし、これでどうにか止血はできたか。


おっさんの荷物はあたしが担ぎ、ダルは自分の荷物と一緒にあたしの荷物を持った。

おっさんは剣を杖代わりにして、びっこを引きながらもゆっくり歩く。こうして三人で歩調を合わせて移動を開始した。


陽の高さからそろそろ昼時かと思う頃、ようやく街道付近まで戻ってこれた。

ここなら誰かが通りかかったときに助けを求められるかもしれない。まぁ、あまり人が通らない道だと聞いてたし、ここに来るときも誰とも行き交わなかったし、期待薄だがな。


おっさんは懐から金子きんす袋を取り出し、ダルに持たせた。ここから最も近い村はビス村だ。そこから大人を連れて来てもらう。場合によっては金を使ってもいい。可能なら荷車も寄越してくれ。

それらの指示を受けたダルは頷いて、よいしょっと自分の荷物を背負う。そして「この場所からあんまり動くなよ」と言い残し、早足で村の方角へ出発していった。


後で思い返せば、ここは運命の分岐点だったのかもしれない。

あたしがダルに付いて行ったらどうなっていたか。

あるいはあたしが村へ行き、ダルが残っていたらどうなっていたか。

でもそれは、当時のあたしらが知る由も無かった。


兎にも角にも、ダルが戻ってくるまでは時間が掛かる。下手すりゃ鐘一つ分では済まないかもしれない。

ならば最悪の事態を想定してやることをやる。まずは服を乾かしたり湯を沸かすために火をおこさねば。そういや弁当もあったっけ。今頃ダルも背負った荷物の中身を思い出して移動しながら食ってるかもな。

あたしは手頃な石を拾って、石組みをする。・・・よし、こんなもんかな。

次は火が付くものを拾ってくるか。乾いた木の枝が一番良いんだが。

立ち上がって小剣を背中に背負い、おっさんに声を掛ける。


「おっさん。ちぃと燃えるもん探してくるわ」

「ああ。大人しく待ってるぜ」


おっさんは大岩を背に、怪我した足を伸ばした状態で座っている。

顔には脂汗が浮かんでいるから相当痛いだろうが、それを感じさせないカラッとした声色で返事をしてきた。余計な心配をさせまいとするおっさんなりの気遣いだとわかる。

うん、さっと行ってさっと戻ってこよう。


そうして少し歩いた場所に来た。

この辺りはゴツゴツとした岩が多いが、樹木も生えている。

雨が降ったときに水の通り道になっているところもあるから、そういった場所には流木が溜っていたりする。

だからこうして辺りを回れば十分なたきぎが拾えるだろう。

お、あったあった。


腰を落として、良さげな木の枝を幾つか拾っていたときだった。

さっきの場所から「おーい」とおっさんの声が聞こえた。

あれ?呼んでる?


ひとまず拾うのを中断し、今持っている分だけを抱えておっさんの所へ戻り始めた。

だが次の瞬間。


キンッ!


刃物が重なるかすかな音が聞こえた。

おっさんの場所辺りから剣撃が鳴った!?


一瞬であたしにスイッチが入る。

抱えていた木の枝を足元に捨て、背中の小剣を抜いて逆手に持つ。と同時に剣撃が鳴った場所を目指して駆け出していた。逆手に持ったのは走る邪魔にならないように、だ。


小動物のような動きで、小さな岩や溝などの障害物を軽快に飛び越え、最短距離で駆けてゆく。

あと少しでその場所に着く。

そのタイミングで持っていた小剣を順手に持ち変えた。


見えた!


二人いる。一人はおっさん。もう一人は背中からだが見知らぬ男だ。

おっさんは怪我で辛い状態のはずだが、立ち上がって剣を抜き、身構えている。こちらを向いていて、あたしとおっさんの間にいるもう一人の男、に対して剣を向けていた。

その見知らぬ男は、小弓を引いた姿勢で・・・たぶんおっさんを狙っている。

まだ距離があり、背後のあたしに気付いていない。


ヒュッ!


見知らぬ男から放たれた矢が、体を捻ったおっさんの脇を掠めた。

敵だ!

ならばどうするか?


おっさんが叫んだ。


「馬鹿!逃げ・・・」


走り込んでくるあたしの姿を視界に入れて、「逃げろ」とおっさんは言いたかったに違いない。

だがね、あたしは決めていた。

敵がいたらどうするか。

走っているときからもう決断していたんだよ。


おっさんの声で背後にいるあたしに気付いたのだろう。矢を放った男がこちらを向いた。

左手に小弓。右手に短剣。

だが、隙だらけだね。


相手よりやや高い位置から飛び掛かり、そのまま間合いに入ると同時に袈裟斬りを放つ。

剣先が相手の左肩口にすっと入り、そのまま小弓を持っている左手を斬り飛ばして腰まで斬り抜く。それは見る者に素振りをしただけではないかと思わせるような速さだった。


「うぎゃああああっ!!」


血飛沫が舞い、返り血を浴びる。

深手を負った上に片手を失った男は膝を付いて、前に倒れた。


ザシュ!


間髪入れず、首に小剣を突き立てる。

中心から外れたが、首の片側をざっくりと斬る形になり、またもや血が飛ぶ。


男は呻き声を上げ、しばらくの間、藻掻く様に地に爪を立てていたが、やがて血溜りの中で動きを止めた。

そこまで確認してようやく構えを解き、おっさんに話し掛けることができた。


「おっさん。無事か?」


呆気に取られて口を開けっ放しにしていたおっさんだったが、はっと我に返り返事をする。


「あ、ああ・・・。ラミアノ。お前、すげぇな。助かったよ」

「んん?いや、そりゃ背後から不意突きゃあな」

「そう言えるのもすげぇんだけどよ。お前の体格でしかもその小剣で、相手の手首まで切り落とすなんてのは普通無理なんだよ」

「昨日、おっさんが袈裟斬りを褒めてくれてたからな。この一振りは自信があったさ。それより、他にはいないよな?何があったのか説明もしてくれよ。って・・・おっさん。足の傷、悪化するぞ」


おっさんの足に目をやれば巻いた布が真っ赤に染まっており、地面に目を向ければそこら中、血の足跡が散らばっていた。


「うおっ!?忘れてた!うがあああっ!痛えぇぇぇぇ!」


怪我した足を抱えて片足立ちになったおっさんは、直ぐにバランスを崩して後ろへ倒れ込むのだった。


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