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77番目の使徒  作者: ふわむ
第一章
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魔王国と魔族


「村長さん、これリズニア王国の地図ですよね」


ある日、私は父さんと配達のお仕事を終え、報告のためにマーカスさんの家に居た。

報告が一通り終わった後、以前から気になっていた壁に掛かった地図を見て、マーカスさんにそう聞いた。


「ああ、そうだよ」


壁に掛かっていたのは木製の地図で、縦二枚×横二枚、合わせて四枚。その四枚でリズニア王国の全体図となる。

地図は木彫りと絵画が組み合わさって、ちょっとした芸術品だ。

四枚とも山と川が彫られているが、国や領の境界線は描かれていない。

そして他の三枚と異なり、右上の一枚、つまりリズニア王国の北東部だけが詳細な地図になっていて、街、村、砦といった拠点と、それらを結ぶ線、すなわち道が描かれている。


「右上の地図が、うちの領、ホラス領ですよね」

「そうだ。エルナならすぐわかると思ったよ」


私は家族や村人との日々の会話から、村の位置関係、領の位置関係、国の位置関係はなんとなく知っていた。

いい機会だから、地図を見ながら教えてもらえないだろうか。

私はぎゅっと拳を握る。


「村長さん、簡単に地理を教えてもらえませんか。対価として今日の報酬から天引きして下さい」

「ああ、それには及ばないよ、エルナ」


銅貨の入った懐の布袋に手を伸ばそうとした私を、マーカスさんが制した。


「配達の仕事には地理は必要だ。だから見方を変えれば、地理を教えるのは仕事の一環とも言えるからね。お互い対価は不要としよう」

「ありがとうございます、村長さん」


私は頭を下げ、マーカスさんの厚意に感謝した。


「ドナンもどうかね」

「じゃあ、せっかくなので後ろで聞いてますよ」


そう言うと父さんは、私の後ろに控えるような位置に立った。


「まず、ここがうちの村、第七ホラス村だ」


マーカスさんはそう言いながら右上の地図に描かれている村を指差した。


「東門から先に行くと国境砦だ。南門から南下すると第四ホラス村、さらに南西に行くと領都オルカーテだね」

「はい」

「領都オルカーテと国境砦の間を兵士が移動するのだが、最初は道中に第四ホラス村しかなかったんだ。およそ十年前、移動時の安全性を向上するため、第四ホラス村と国境砦の中間に村を開拓することになった。それがうちの村だ」


ふむふむ。

隣村から国境砦までは朝から夕方まで歩けば行ける距離だが、確かに中間に村があれば便利だ。この辺りは山間部だし、冬は雪も降ることも加味すると、納得だ。


「うちの村の成り立ちについては、こんなところにしておこう。次にリズニア王国の領についてだが、北東がホラス領、北西がモハティア領」


マーカスさんは右上、左上の地図を指して示した後、右下、左下の地図を指しながら続けた。


「南東がクラメキタ領、南西がディードル領、最後にこの四領に囲まれた中央部が王領だ」


うんうん。

これはわかりやすい。

リズニア王国は中央に王領があって、周りを王家に連なる貴族が囲む形で治めている。


「ホラス侯爵、モハティア侯爵、クラメキタ侯爵、ディードル侯爵で、四侯と呼ばれているんですよね」

「そうだ。・・・エルナは本当に良く知っているな」

「あはは、ありがとうございます」


侯爵の下には更に配下となる貴族がいて、土地、街、村の管理を任せるのだろう。

あれ?でもマーカスさんって、貴族じゃなくて平民出身だったっけ。

確か父さんがそう言ってたし。

まぁ何か事情があったのかもしれないね。


「それじゃ最後に、うちの国と周辺国の話をしよう」

「はい」

「リズニア王国の周りには三つの中堅国がある。南のエンテナブル帝国。西のナズカリーニャ王国。北のティータラント帝国だ。そして、それらの国と比較した場合、相対的にリズニア王国は小国なんだ」


南のエンテナブル帝国は、リズニア王国南部のクラメキタ領、ディードル領と接している。ここ十数年では特にうちとのいざこざは起きておらず、貿易などもされていて仲は悪くないらしい。


逆に、西のナズカリーニャ王国とは険悪だ。リズニア王国西部のモハティア領、ディードル領と接しており、昔から領土の奪い合いが起きている。そして、近年ではやや劣勢とのこと。


北のティータラント帝国とは直接は接していない。というのも、リズニア王国の北は東西に伸びたレコールテ連峰があり、万年雪と切り立った岩肌が通行を阻んでいるためだ。父さんにも聞いたことがあるが、とても登れる山々ではないらしい。

レコールテ連峰が緩衝地帯となっているわけだ。


「ここホラス領は、北面をレコールテ連峰、東面を東リズニア山脈という自然の壁によって守らている。だが、唯一それらの壁を抜けられる場所がある。それが国境砦の先にあるトリルゲート盆地だ」


ふむふむ。

国境砦の向こう側は盆地になっているのか。

私は小さく手を挙げて質問する。


「村長さん、トリルゲート盆地には何があるんですか?」

「何もない。ただの平地だ」

「なんか勿体ないですね」

「そうだな。だが重要な緩衝地帯だ。うちの国も、北のティータラント帝国も、双方がトリルゲート盆地の手前に砦を築いている。そして互いに盆地へは踏み入らない。盆地を緩衝地帯とすることは、双方の暗黙の了解なのだろう」

「勉強になります」


いやー、地理というか地政学は、話を聞いている分には面白いんだよなぁ。


「そうそう。トリルゲート盆地にはね、もう一つ砦があるんだよ。盆地の南西にうちの国が、盆地の北西にティータラント帝国が築いた砦がそれぞれあるんだけど、東にも砦があるんだ」

「それは初めて聞きました。その砦の先には何があるんですか」


マーカスさんはふーっと一呼吸して、ゆっくり言った。


「サクラディア王国。我々ヒト族が魔王国と呼ぶこともある、魔族が治める国さ」

「え?」


魔王国!?魔族!?その言葉はこの世界で初めて聞いた。

やっぱりこの世界はファンタジーで満ち溢れている。

私は無意識にわくわくしてしまう。


「魔王って、どんな存在なんですか?魔族ってヒト族見たら襲ってくるんですか?」

「ん?あ、いや、魔王は私もよく知らないよ。いるのかどうかもわからないし。それと、魔族がヒト族を見ただけで襲ってくるって話は聞いたことがないよ」


あ、あるぇ~?そうなの?


「魔族って、どんな姿しているんですか?角とか翼とか生えてたりします?」


マーカスさんは目をぱちくりさせる。


「いやいや、ヒト族と変わらないらしいよ。とはいえ、私も出会ったことないんだよね、魔族には」

「そ、そうなんですか・・・。じゃあ、ヒト族とどう違うんですか?」

「魔族はとても長生きらしい。長命種という人もいれば、不老不死じゃないかっていう人もいる。あと、魔力が強大だって話もある」


不老不死!?魔族すごい!


「じゃあ、魔族と出会ったら怒らせないようにしないとダメですね」

「そうだねぇ。私も若い頃は、生きている間に一度は出会ってみたい、と思ってたけど、村長やっている今は絶対に出会いたくないよ」


マーカスさんはおどけてそんなことを言う。

私は思わず笑ってしまった。


「他になんか魔王国や魔族の話って知りませんか。とても興味あるんです」

「うーん。各地で伝説みたいなのは残っているらしいね。さっきはヒト族を見ただけで襲ってくるようなことはない、って言ったけどさ、一人の魔族によってヒト族の国が滅ぼされた、みたいな話は聞いたことがあるよ」

「ふわっ!なんかお伽話みたいですね」

「あとね、このロッツアリア大陸ではロッツアリア歴が使用されているわけだけど、それを制定したのが魔王国なんだ。しかもロッツアリア歴元年と魔王国元年って一緒なんだよ」


ロッツアリア歴は春になると一年進む。ちょうどこの春で608年になった。

私はロッツアリア歴600年の秋生まれだ。

ちなみにロッツアリア歴元年とはロッツアリア歴0年のこと。

前世でいうところの西暦や日本の元号だと元年って1年だけど、この世界では0年なのだ。


「このロッツアリア歴が制定されるまでは、各国がバラバラの元号を使っていたが、制定されてからはほぼ全ての国でロッツアリア歴が使用されている。それに、人が生まれたときを0歳と定めるようにしたのも、このロッツアリア歴が制定されてからで、それ以前は生まれたときを一歳としていた国が多かった」

「はぁ・・・、ロッツアリア大陸の多くの国にすごい影響を与えたんですね・・・」


思わずため息が出る。

私が生まれる600年も前か・・・。

ほぼ全ての国の歴を統一させるなんて、すごいなぁ。


「さて、地理の話から、最後は歴史の話になっちゃったけど、これくらいにしておこうか」

「村長さん、ありがとうございました。とても面白かったです」

「いやいや。お仕事ご苦労だったね。ドナン、エルナ。またよろしくね」

「「はい」」


私と父さんはお礼を言って、家路に就く。

家に向かう足取りはとても軽やかだった。

今日もまた、この世界のことをたくさん学んだよ。

楽しい。この世界はとても楽しい。

魔王国、いつか行ってみたいなー。


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