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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
58/123

新人教育6


少しの休憩後、私の説明は再開することになる。


四つ目。


「先程も少し話しましたが、箱の魔道具を使った通信は定期的な連絡に適しています」


手紙やギルドの依頼票の場合、送信側が出しておけば受信側は都合の良いタイミングで受け取り可能だ。

だが箱の魔道具による通信では、送信側と受信側が両方揃っていないと成り立たない。これはデメリットである。


このデメリットは簡単に回避できる。『毎日決まった時間に使う』と決めておく。その時間だけ送信側と受信側に通信士を配置すればよいのだ。

もし時間を定めない場合、常に通信士を魔道具の前に張り付かせて受信できる体制を敷く羽目になる。それは大変だ。

将来的に人員を増やして24時間体制にするとしても、『この時間に通信をしましょう』という取り決めはあった方がいいに決まってる。


「一般的に定期的な連絡というものは、伝えるべき事項が決まっていて、内容が都度変化する、あるいは変化する可能性がある。そういう種類のものです」


元からギルド職員である副長、ビルナーレさん、マルティーナさんは頷いているが、新人のストラノスさんとジュネさんは首を傾げている。

こういうのは例を示すのが手っ取り早い。


「副長が王都のギルドに報告する事項って、例えば何があるんですか?その、言える範囲で・・・」

「え、私かい?そうだね・・・。まずギルドの収支。いくら利益が出て、いくら出費したか。それから依頼されたクエスト、達成したクエスト、失敗したクエスト。それらを種類別に件数で報告しているね。後は登録している冒険者の数。これも等級ごとに何人って形で報告することになっている。他にも色々あるけど・・・」


うんうん、そうだよね。

報告するべき事項が決まっていて、実際に伝えるのは主に数字になる。報告を受ける側が知りたいのもこの変動する数字なのだ。

ストラノスさんとジュネさんも、聞いて「ああ、そういうことか」という表情になっている。


私は聞き取った項目を一枚の紙に列挙して、その右側に空欄を設けた表を作り始めた。


-----------------------------------------------------

■ギルドの収支

 利益 【 】

 出費 【 】


■クエスト

 種類  採集  討伐  護衛  街の雑用  その他

 依頼  【 】 【 】 【 】   【 】  【 】

 達成  【 】 【 】 【 】   【 】  【 】

 失敗  【 】 【 】 【 】   【 】  【 】


■登録している冒険者

 八等 【 】

 七等 【 】

 六等 【 】

 五等 【 】

 四等 【 】

 三等 【 】

 二等 【 】

 一等 【 】

-----------------------------------------------------


書けた。これでよし。

書いた紙を皆に見せる。すぐさま副長が問い掛ける。


「エルナ。・・・これは?」

「えっへん。これは副長報告用の『通信フォーム』です!」

「は?」「え?」「また聞き慣れない言葉が・・・」


どどーんと胸を張って答えてみせた。もちろんちゃんと説明もするよ。


使い方はこうだ。

最初に、送信側と受信側の双方が通信フォームを使う取り決めをする。

通信フォームには、報告すべき事項だけが記載されていて、内容が空欄になっている。この通信フォームの空欄に入るのは数字だ。

送信側は空欄部分に入る数字を順番に送ればいい。

受信側も同じ通信フォームを使って、送られてくる数字を書き込んでいけばいいだけだ。


「これを使えば送る文字数を減らせます。受け取る側も送られてくる前から内容が容易く想定できます。必然的に通信の手間が減るわけです」

「・・・なるほど。確かにこれは便利だな。いつも使っている定期報告書の様式にこの考え方を落とし込めば良いわけか」


これはあくまで説明のための一例で、実際にはもっと色々な報告事項があるだろうし、口頭で報告しなければならないような事柄もあるだろう。それでも通信フォームの便利さはちゃんと伝わったようだ。


ここの冒険者ギルドにだって、この通信フォームに似た考え方は既にある。

例えば冒険者登録。私もギルドで最初に書かされたあの記入用紙だ。

名前や出身地や経歴などの必要事項を書く枠組みが記載されていて、冒険者はそこに自分の名前や出身地を書き込んでいく。だから登録用紙は通信フォームと同じ役割を持っていると言える。

前世だと、アンケート用紙、病院の問診表、テストの解答用紙など、あらゆる分野で記入用紙が存在していたが、そのどれもが洗練されていたんだと改めて気付くよね。


「用途に合わせて通信フォームを用意すれば、定期的な連絡が楽になります。まだどんな用途で使うか決まってませんけど、必要になるのは間違いないですよ」


副長は私の言葉にうんうんと頷くがこちらを見ていない。

頭の中でどんな通信フォームを用意するのか思案しているようだった。


最後に五つ目。

確定と取り消しについて。


「昨日から今日に掛けてこの部屋で通信をやっていたら、こんなことありませんでしたか?送信側が間違えてしまった場合。それから受信側が読み取れなくてもう一度送ってほしい場合。そんなときはどうしましたか?」

「え?その場合は『間違えたー』とか『もう一回』とか声で伝えていましたね」


うんうん。そりゃ同じ部屋の中ならそうだよね。


「でも実際に通信するとなったら、お互いの声が聞こえない距離でやることになるんです。なので、そんなときに使うのが『確定』と『取り消し』です!」


四つ又のマレットは、数字、文字、定型文を入力するためのものだが、これとは別に『確定』のマレット、『取り消し』のマレットを用意する。


仕様はこうだ。

『確定』のマレットは、水属性の魔石を取り付けて青く光らせることができる。

『取り消し』のマレットは、火属性の魔石を取り付けて赤く光らせることができる。


送信側はキリの良い所まで入力したら、『確定』のマレットでトントンと二回叩く。

魔法陣は二回青く光る。それが『確定』の合図になり、ここまで入力した信号に間違いはないよ、という意味になる。

ゲームでいうところの、「セーブするよ?」という確認をするのだ。

受信側はそれに対して、問題なければ『確定』の合図を送り返す。

ゲームならこれでセーブ完了となる。


送信側が間違えてしまった場合は、気付いたところで『取り消し』のマレットでトントンと二回叩く。

魔法陣は二回赤く光る。それが『取り消し』の合図になり、間違えたから直前に『確定』したところまで戻ってやり直すよ、という意味になる。

つまり、ロードするのだ。


受信側が読み取れなかった場合も同様だ。

その時は、受信側が『取り消し』のマレットでトントンと二回叩いて『取り消し』の合図を送る。送信側は送信途中であっても一旦止めて、直前に『確定』したところから送信をやり直す。

このように受信側からロードすることも可能なのだ。


「へぇ・・・。色は6種使えるのに、4色で組み合わせを作って青と赤を使っていなかったのはこのためだったのか」

「属性の魔石が全種類並んでいるのに、火属性と水属性、どこで使うんだろうって話してたんだよな、兄貴」


ビルナーレさんとストラノスさんが兄弟で仲良く語り出す。

とても楽しそうだ。


さて、そろそろまとめに入ろう。


「皆さんには当面の間、この部屋で通信して遊んでもらいます。遊び方は自由ですが、一つの目標を目指してもらいます。その目標とは、2連色と3連色、すなわち数字と基本文字の暗記です」


「やれやれ。建前でもいいから仕事と言ってもらいたいんだがね」


そう言って苦笑いする副長。

でも、彼らはギルド職員として他の仕事も抱えているのだ。せめて通信しているときくらいは肩の力を抜いて気楽にやってもらいたい。


「暗記って、それは覚えるだけってことではないよね?つまりは、送信側なら文章を見ながら魔道具を操作して、受信側なら魔法陣の光を見て書き取れるように、ってことか」


「その通りです。流石ですね、ビルナーレさん」

「いや、こっちもようやくわかってきたんでね。エルナさんのやり方みたいなのが」


2連色の組み合わせは12通り。3連色なら36通りだ。

それくらいなら使っているうちに自然と覚えるだろう。受信側はちょっと難易度高いかもしれないけど。


私のまとめも終わり、各自通信で遊び始める。

あとは副長と込み入った話をしておこうっと。


「副長。少し端っこでお話が」

「わかった。昨日の話の続きだな」


私は小さく頷いて部屋の端へ移動し、副長も寄ってきた。

昨日の時点で話の触りだけは伝えて、本格的な話は今日しますよ、ということになっていた。

なぜかというと、今日私がしたライブラリ化や通信フォームの話が事前知識として必要だったからだ。


部屋の端の椅子に座って、私と副長は小声で話し始める。

話す内容は、通信を利用した商取引についてだ。


領都オルカーテと王都ファリスは移動の馬車で三日掛かる距離にある。商品を積んだ馬車ならもっと掛かるだろうし、途中の村で商売を挟むかもしれない。

オルカーテとファリスを往復する商人にとって、その二つの街の相場は何としても入手しなければならない情報だ。とはいえ、売り先となる街の相場は、現状はどんなに早くても三日前の情報だろうし、五日前だったり十日以上前の情報、なんてこともざらにあるだろう。


ところが通信を使えばどうなるか。

売り先となる街のその日の相場を知ることができるのである。

情報の鮮度で圧倒的に有利だ。


「・・・こんな感じで商品名をライブラリ化して、商品名と市場価格の一覧表みたいな通信フォームを作るんです。で、毎日定期的に王都と領都の相場情報を交換して・・・。王都と領都の市場価格がわかっていれば、利益が出る商品を他より早く取引できるでしょう。副長、こういうの得意ですか?」

「こういうのは私よりギルド長の方が得意そうだな」


え?ギルド長?

意外だなぁ・・・。武闘派のイメージだけど。


「ああ見えてギルド長は数字を商売に使うことが上手な人だ。昔はよく商人たちから頼られていたらしいからな。よし、今から一緒にギルド長に話を聞いてこよう」


魔道具で通信の練習をしている皆の邪魔にならぬよう、副長と私は静かに席を立つ。

そのまま副長に連れられてギルド長のいる執務室で面談し、すぐさま意見を頂戴した。


「商売は信用が大事だから、鮮度がいい情報を持っていれば必ず儲かる、というわけではないな。儲かったとしても他の商人から疎まれたりする可能性もある。匙加減も重要になってくるだろう」


ギルド長から返ってきた答えは、他の商人よりも有利には違いないが、新規参入してすぐに儲かるほど甘くはない、というものだった。

仕入れ元と売り先の相場がリアルタイムでわかっていればすぐに儲かるだろう、とういう私の考えは一蹴された。

ギルド長は本当に商売に詳しかった。こういうギャップを見せられると不覚にもカッコいいって思っちゃうね。


「だが数日前の相場とのずれでもままならないのが当り前の商人の世界において、まったくずれの無い相場の情報はとてつもなく価値が高い。約束取引を使えばリスクは無いも同然だからな」


ん?

約束取引ってなんだろう?


「約束取引ってぇのは、将来の売買についてあらかじめ現時点で約束をする取引のことだな。現時点では、売買の価格や数量などを約束だけしておいて、将来の約束の日が来た時点で売買を行うやり方だ」


あー、私知ってるぞ。先物取引だ。これ。


例えば、現時点でリル麦1袋の値段が銅貨10枚だとする。

だが、客側に現金がない、あるいは店側に在庫がない、などの理由で5日後に改めて売買しよう、ということになった。


5日後になったときに値段は変動している可能性がある。

客側の予算は銅貨10枚までなので、急に値上がりしていたら困る。だから5日後に値段が変動していたとしても現時点の1袋銅貨10枚という値段で売ってくれ、と申し出た。値下がりしていた場合は損をするが、そこは仕方がない。


店側としても、客の申し出は歓迎である。

価格が変動して客に買ってもらえないよりも、確実な商いができる方がいい。


手付金として銅貨2枚を預かり、5日後に残りの銅貨8枚を受け取り商品を渡す、という約束をした。

5日後、1袋の相場が銅貨7枚になっていたら、客は他の店に行って銅貨7枚で買ってしまうかもしれないが、手付金は丸々懐に入るので店としても許容できる。


・・・とまぁ、こんなのが先物取引の一例だ。


仮にオルカーテと王都を5日掛けて往復している商人がいるとして。

その商人がオルカーテで仕入れた値段がわかっていれば、5日後に王都でこのくらいの値段で売り出されるだろう、と予測が立つ。

その情報を知る者がいれば、今買うのと5日後の約束取引とでどちらが得か、ほぼ確実に判断できてしまうわけだ。

これはズルい。


「そうだな。新規参入ではなく現状で既に信用があり、利益も出している商人にとって、こんな情報があったら絶対に儲かるだろうな。逆に品物を卸す店や顧客にとってこんな情報があったら、絶対に損しなくなるだろう」


なるほど。

運用はギルド長に丸投げした方が良さそうだ。

私なんかよりも商売の何たるかをご存知だ。


「ではギルド長に全部お任せします。馴染みの商人さんを儲かるようにしてあげればいいと思います」


餅は餅屋だ。

私は前世の知識を流用したアイディアを提供しよう。

副長には人材を育ててもらい、運用はギルド長に任せる。これが一番丸く収まる。


「ふむ。新事業の題材としては面白そうだから試験的にやってみるか」


かくしてエルナの案は採用され、オルカーテの冒険者ギルドにて通信を利用した商取引の構想が密かに立ち上がるのであった。


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