表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
57/123

新人教育5


箱の魔道具による通信を皆に教えたその日。

私が帰った後も、副長を含め彼らは夢中になって遊んでいたらしい。


翌日の夕方。

私が作業部屋にやってくるとストラノスさんとマルティーナさんが目を輝かせて質問してきた。


「エルナさん!この箱の魔道具、すっげえ面白いっすね!片方、王都まで持ってっても光が届くってホントっすか!?」

「ちょ、ストラノスさん!お、落ち着いてっ!」

「エルナちゃん。長い人名や地名を送るの大変じゃない?省略する方法は無いの?繰り返す言葉や単語は段々覚えちゃうけど。あ、あと魔石を乗せたり摘まみ上げたりをするのもっと簡単にならないかしら」


ぐいぐい来たストラノスさんを物理的に押し返したら、マルティーナさんが立て続けに意見と提案を投げてきた。

ええ・・・?昨日、これでどんだけ遊んでたの?


「マルティーナさん。今日はその辺りの話をしようと思っているんですよ。はい、皆さんこちらに集まってくださーい」


手をパンパンと叩いて皆を注目させ、集合を掛ける。

ストラノスさんとマルティーナさんは、私に近い椅子に素早く腰掛けた。

箱の魔道具を触っていた副長、ビルナーレさん、ジュネさんも手を止めて私の近くに寄ってきて椅子に座ると、目を輝かせてこちらを見てくる。


いや、私も心当たりあるよ?この感じ。

前世で親から初めてスマホを与えられたとき、メールが楽し過ぎて、自宅に居ながら自宅に居る家族に向けてメールを打ち込んだもの。

最初の頃ってそんな小さな事でも楽しいんだよね。この感動は初心者だけの特権なのだろう。


ましてこの世界にはスマホのメール機能のようなコミュニケーションツールは存在していないはず。ならば初めて触れるこの技術は彼らにとって衝撃的であったはずだ。

だが、本質的なことをいえば、スマホも箱の魔道具もあくまでツールだ。スマホが楽しいのではなく、それを使った人とのコミュニケーションが楽しいのである。

だからストラノスさんが「すっげえ面白い」と言って楽しんでいるのは、彼自身が人とのコミュニケーションをとても楽しんでいるからだと思うんだよね。


私を囲んで座る皆をぐるっと見渡し、一つ咳払いして話し始める。


「こほん。えーと、今日はまず、昨日教えたことをどれだけできるようになったのか確認しようと思ったんですが・・・どうやらとても熱心に練習されてたようなので、今の改善点を考えたり、次の段階の話をしたりしましょう」


そう前置きをして、私は企画書を机に広げながら一つずつ説明をし始めた。


まず一つ目。

目指す目標について再確認する。

すなわち、通信でオルカーテと王都の情報をやり取りして、冒険者ギルドにとって何かしらの利益を産み出そうとしていることだ。


まぁ今更かもしれない。でもそれをを明確に認識しているのは、この中では企画書に目を通してもらって管理している副長だけだ。

ギルド職員であるビルナーレさんやマルティーナさんは薄々分かっていたようだけど、このタイミングで共通認識とするべくしっかり説明する。


「なるほど・・・。それが実現すれば、例えば親父が・・・じゃなかった、副長が王都に出張する回数も減らせそうですね」


ビルナーレさんはそう言って、感心したように腕を組んで頷いていた。

すぐに用途が思い浮かぶということは、ここから先の理解も早そうな気がするね。

ひとまず今はあまり深堀りしないで話を進めてしまおう。


「そうですね。後でまた話しますけど、この箱の魔道具を使った通信は、定期的な連絡に適しています。なので、王都の冒険者ギルドへの定期報告にはもってこい、でしょうね」


次に二つ目。

長い人名や地名を送るのが大変じゃないかというマルティーナさんの質問に答えよう。

マルティーナさんは省略してはどうかと提案も加えてくれた。

例えばオルカーテという地名を送る場合、『orcate』と6文字送る必要がある。これを略語化して『orc』としよう、と取り決めをするならそれは良い。だが、『orcate』と送られてきたものを受け取り側が『orc』に省略してはならない。

通信は、送られた内容を正確に受け取らねばならないからだ。


だが、頻出する単語に関して送る手間を軽減する手段については、予め用意があるのだ。


「そこで使うのが、頻出単語や定型文の『ライブラリ化』です!」


少しテンションの上がった私が若干胸を逸らして高らかに言うと、皆が首を傾げた。聞き慣れない言葉が出たからだ。

ジュネさんが控えめにすーっと挙手をする。


「あ、あのう・・・。頻出単語というのは、今の話で言うところの、人名や地名なんかの日常的によく使う言葉のことですよね?」

「はい、その通りです!他にも、商売やってれば商品名だったり、狩人であれば獣や罠の名前だったり。人や組織によってよく使う言葉は変わってきますけどね」

「あ、確かに・・・。では、定型文とかライブラリ化って何ですか?」

「定型文というのは、挨拶とかお礼のような決まった言い回しのことです。例えば『こんにちは』『ありがとう』『よろしくお願いします』などです」


副長やビルナーレさんはふむふむと頷いている。

ここまではたぶん理解できるだろう。


「そしてライブラリ化とは、繰り返し利用するものを使いやすいようにひとまとまりに集めることを言い、そうやって集めたもの、集合体のことをライブラリと言います」

「・・・・・・」「ん・・・?」「え・・・」


皆の反応を伺うと、彼らなりに頑張って解釈しようとしてしかめっ面になっている。抽象的な説明は難しいよね。でも実は彼らは既にライブラリに触れているのだ。


「昨日教えたでしょう?2連色は数字、3連色は基本文字だと。だからこういうことです。2連色は数字のライブラリ、3連色は基本文字のライブラリなんですよ」

「あっ!」「なるほど!」「そうか!」


それだけで、既に企画書を読んでいた副長はもちろん、ビルナーレさん、マルティーナさんもピンときたようだ。

興奮気味のビルナーレさんが、思わず声を上げる。


「エルナさん!つまり、4連色は人名、5連色は地名、6連色は挨拶、のようにライブラリ化していく、ってことですか!?」

「その通りです。だから色が幾つ連続したかで『これは人名だな』とか『これは地名だな』というように見当が付くようになるんですね」

「なるほど、わかってきたぞ・・・」


ビルナーレさんの言っているのはあくまで例示だ。

実際のところ、4連色だと4×3×3×3=108通り。人名のライブラリとしては組み合わせ数が少ないので、4連色でライブラリ化はしない方がいい。人名なら6連色以上がいいんじゃなかろうか。

けれど、この場でそれを指摘する必要はないだろう。


「えっと、すまん、兄貴。俺よくわかんなかったんだが・・・」

「わ、私も難しくて・・・」


ストラノスさんが頭の後ろをかきながら言うと、ジュネさんもそろーっと片手を上げて申し訳なさそうな顔で続く。


「お二人とも、心配しなくても大丈夫ですよ。実際、話だけだとわかりづらいんですよ」


フォローを入れたが、ぶっちゃけた話、現役ギルド職員の人達の理解が速いだけだと思う。

こういうのは具体的な形を見るのが一番。百聞は一見に如かず、だ。だからわからなかった当人達も『ライブラリ化』をする作業をすれば、すぐ理解できるんじゃないかな。

楽観的に判断して、次の話に移ろう。


三つ目。

操作上の問題点の改善についてだ。

実際に箱の魔道具で通信をしたことによりはっきり認識できたと思う。


マルティーナさんも不満点として挙げていたが・・・。そう。魔石を乗せたり摘まみ上げたりする操作がとても面倒なのだ。

これも既に改善案はある。ちゃんと企画書に資料を添えてあるので、まずはそれを見てもらう。


「四ツ又まれっと・・・ですか?」

「なんだ、こりゃ?」


副長から順番に回覧してもらい、マルティーナさんから最後にストラノスさんに見てもらった。見てもらったのは添付資料の一枚。私の手描きの絵だ。

手に持っているストラノスさんに向きながら、皆に対して身振りも付けて説明をする。


「四ツ又になっている方の先端に魔石を固定してですね、たぶん布袋と紐を使って固定できるんじゃないかと。で、反対側が持ち手になってて。それを両手に持って、箱の魔道具をトントンと交互に叩く感じで」

「あー、なるほど。わかったわかった。確かに操作しやすくなるな。けど、それ、魔石じゃなくても良くないか?魔石だと破損すっかもしれねぇからさ。例えば水属性だったら水棲魔獣の牙とか爪とか骨とか、オルカーテでも入手可能な軽量で破損しにくい高魔力素材があればそれでやった方がいいんじゃねぇか?」


おお。ストラノスさんから助言が飛んできたよ。こういう提案はありがたい。

満タンに充填した魔石並みの魔力を含んだ素材は高魔力素材と呼ばれている。当然希少で高価だが素材工房には回ってくるかもしれないし、検討してみようかな。

そういえば彼はここに来る前は王都で木材加工の工房に勤めていたって話だった。職人目線で実現可能なのか聞いてみるとしよう。

そう思い、企画書の絵を指し示しながらストラノスさんに尋ねる。


「これ、単に私のイメージで描いただけなんですけれど、実際に木材を加工して、軽いのって作れると思いますか?」

「作れるぜ」

「ストラノスさん、作ってもらえません?」

「すまん。工具一式、王都の実家に置いてきちまった!」


ぱんっ、と顔の前で両手を合わせるストラノスさん。

軽妙なリアクションに思わず吹き出しそうになった。会話の端々(はしばし)にノリの良さを感じる。どこか近所のお兄ちゃんのような親しみやすさがあるんだよね。


「でも、隣がギルドの素材工房ですから、工具も材料も何とかなりませんか」

「あ。そういやそうか」


ここ本館の隣が素材工房だ。私は毎日、本館と素材工房を行き来しているが、王都から来たばかりのストラノスさんはまだ本館しか入ったことがなく、その発想が頭から抜けていたようだ。


四つ又マレットの制作に関しては、ヨルフさんかタトレオさん経由で素材工房の人に暇なときに作ってもらう、という腹案を持ってはいた。

ただ、私が交渉や打ち合わせの場で前面に出るのは避けたい、という事情もある。

だからストラノスさんに依頼して、彼に作ってもらえればベスト。それが難しくても彼に仲介してもらって、彼から職人さんに注文を出して作ってもらえるならそれでもいい。


「んじゃ、時間取れたときにでも作ってみっかぁ。保守しながら長く使うなら、枝分かれの部分だけは金属を使うのもありだな。まぁ、最初は全部マチクで試作してみるよ」


マチクは樹木ではなく中空の筒の植物。前世でいう竹に近い。その茎を割って、棒状にして乾燥させて串にしたり、工芸品に加工したりする。材料としては安価だという。


「お願いします。費用は・・・」

「それはギルドが持つから心配ない。素材工房や職人とのやり取りはこちらに任せて、エルナは後方から指示をくれればいい」


副長が助け舟を出す形で申し出てくれた。

この中で私が魔法士だと知るのは副長だけ。交渉事の前面に出れない事情もご承知だ。助かるね。


「ではこの調子で、次の説明にいきましょう」

「え?」「まだあるの・・・」「頭パンクしちゃう・・・」


おっと、いけない。

こめかみを押さえ眉間に皺が寄っている面々を見て、飛ばし過ぎたことを悟る。


「えーと・・・。一旦休憩します?」

「ぜひ」「頼む」「お願いします・・・」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ