新人教育1
企画書をギルド長に見せてから数日間、私はいつもの日常を取り戻していた。
午前は仕事、午後は訓練という日々だ。
四日間、調査に立ち会うためずっと仕事場に来てくれたギルド長とも、また以前の様に食堂で顔を合わせるだけになった。
そんな日常を送る中。昨日はラミアノさんの休暇に合わせて、遂に自分も丸一日休暇を取った。仕事や訓練の代わりに洗濯や掃除をし、余った時間は自室でごろごろするという、とても休暇らしい休暇だ。オルカーテに来てからちゃんと休んだのは初めてで、すっかり気分はリフレッシュした。
「おはようエルナ。昨日はゆっくり休めたかい」
「おはようございますラミアノさん。久しぶりにたくさん寝ちゃいましたよ」
休暇明けの日。
私はラミアノさんと朝の挨拶を交わし仕事前の確認をしていた。
そういえば、箱の魔道具の調査が完了して私が企画書を出した日から、えーと、・・・七日経ったのかな。
ということはそろそろ副長がオルカーテに戻ってきてもいい頃だ。
指折り数えながら日付を確認した私は、何の気なしに尋ねてみる。
「ラミアノさん。副長っていつ戻ってくるんですか?」
「んー?予定通りなら昨日には戻ってきてるんだったかな」
昨日かぁ。
勤務先への連絡とか、ここではどうしているんだろう。
そんな私の思考を先回りしたかのように、ラミアノさんが言葉を続ける。
「昨日戻ってるならギルドに連絡入っていると思うよー。あの人結構マメだから。あたしも昨日休んでたから、そこら辺は聞けてないけどねー」
スマホや電子メールがないこの世界では、街の中で住人同士が連絡を取るのも手間が掛かる。
用事があるときは当たり前のように人の足で掛けていくし、むしろ事前連絡なんてしないことが普通なのだ。
とはいえやはり心配にはなる。
片道三日も掛かる出張だ。道中の天候にもよっては足止めを食らうこともあるだろうし、旅の疲れがあれば今日は休んでいるかもしれない。
でもどれほど気にしても、私には旅の無事を祈るしかできないんだよね。
「今日既に出勤しているかもしれないね。昼にダルに聞いといてあげるよー」
ラミアノさんは全然気にも留めていない感じだ。
この世界ではこれが当たり前。一日、二日の遅れなんて日常茶飯事だからだ。
下手に前世の記憶を持っている分だけ私の方が気を回してしまうのだろう。
「さ、仕事始めるよー。エルナ、注文棚から網袋持ってきてー」
「はーい」
結局、昼にラミアノさんがギルド長に問い合わせてくれたが、副長からの連絡はまだ来ていなかったそうだ。翌日も翌々日も音沙汰なく、ようやく連絡が入ったのは、戻ると聞いていた日から五日も後のことだった。
連絡が取れた次の日。まだ昼には少し早い午前の頃。
その日の仕事をちゃちゃっと終わらせたタイミングで、副長が仕事場に訪ねてきた。
「ラミアノ、エルナ。ただいま。昨日戻ってきたよ」
「おや。副長、おかえりー」
「副長、おかえりなさい。随分遅かったですけど帰り道に何かあったんですか?」
「いや、帰り道は何事も無かったんだけどね。あ、これ、借りていた魔道具。返しておくよ」
渡されたのは箱の魔道具二号だ。
副長から話、色々聞きたいんだけど、先に大事な魔道具を保管場所に戻しておかねば。
二号を一号がある机まで持って歩き、横に並べる。
うーん。この魔道具が王都まで魔力を送れるなんて、やっぱり不思議だよね。
さてと・・・。
私は話を聞きたいオーラを振り撒いて、副長に近づきながらちらちらと視線を送る。
私が作成した企画書を見てもらえたのかとか、戻るのに五日も遅くなった理由とか。
できるなら出張の土産話なんかも聞いてみたいものだ。
流石に副長は苦笑し、一息入れてから話を続けた。
「まぁ、落ち着いて順番に話そうか。実は王都から人を連れてきてね。遅くなった理由もそれなんだよ。二人に紹介したいんだけど、この仕事場に入らせるわけにはいかなかったから、廊下で待ってもらっているんだ。二人とも、待機室に移動してもらっていいかい?」
紹介したい人?どんな人だろう?
「私、椅子を並べてきますね」
「全部で六つ頼むよ」
待機室の鍵は私が持っている。先に鍵を開けて席を用意しておこう。そう考えて立ち上がった私に副長が一言付け加えてきた。
えーと、副長、ラミアノさん、私で三人。だから連れてきた人が三人いるってことか。
廊下に出ると予想通り、男性二人、女性一人が礼儀正しく立っていた。
ふむふむ。三人とも成人して数年、二十歳くらいだろうか。
私はちらっと横目に軽く会釈して通り過ぎ、待機室に入る。
席次とかどうしよう。
紹介役の副長を奥にして、他は両側でいいかな。
私とラミアノさんで二つ、反対側にお連れの方で三つ。
違っていても別に文句は言われないだろう。
席を六つ用意できたので、また仕事場に戻る。
「副長。用意できましたー」
「ご苦労だったね、移動しよう」
ラミアノさんが仕事場に鍵を掛け、私と一緒に先に待機室へ移動する。
部屋に入った私は立って待っていた方がいいかと思ったが、ラミアノさんに座るよう促される。
席に座って一呼吸入れたところで扉がノックされた。
ラミアノさんがくいっと顎で合図する。私が許可を出せ、ということらしい。
「どうぞお入りください」
「失礼するよ」
「「「失礼します!」」」
私が呼ぶとすぐに副長が返事で応えて入室する。続いて連れの三人の快活な声が響く。
予定調和といえばその通り。でも、たかが形式されど形式である。礼儀作法を学んできた者なら、それが大事なことだと知っている。
副長は椅子の配置を確認すると、奥の椅子へ向かう。
副長の後に続いて入ってきた連れの三人は机を挟んで並び立ち、私やラミアノさんを直接見るのではなく正面を向いて直立不動の姿勢を取った。
奥の椅子の横に立った副長が私に向く。
「座っても構わないかい?」
私達も立つのか、それとも全員座るのか、など幾つか選択肢はあったが、私が一番最初に冒険者ギルドに挨拶に来た時、父さんもギルド長も副長も全員座って挨拶したことを思い出した。
「はい、皆さんお座りください」
礼を失することがなければいいのだ。
普通に席についてもらうことにした。
「では私から彼らを紹介しよう。君たちから向かって左から・・・」
そうして全員が席に着いたところで副長が彼らの紹介を始めた。
彼らは皆、副長の身内だった。しかも男性陣は副長の息子さんだというから驚きだ。
「ビルナーレです。どうぞよろしく」
一人目の男性。ビルナーレさん。ニ十歳。
副長の息子さんで長男。今は王都の冒険者ギルドに事務員として勤務しているのだそうだ。なので立場的には本部から地方の支部に出向してきた感じかな。
すらっとして、なんとなく仕事ができそうな感じのする人だ。雰囲気が副長と似ているよ。
「ストラノスだ。よろしく頼む」
二人目の男性。ストラノスさん。十八歳。
同じく副長の息子さんで次男坊。王都の木材加工の工房で職人目指して下働きをしていたが、最近その工房が閉じてしまったらしい。工房側の事情にてやむを得ずということで本人はしばらく実家でごろごろする予定だったが、父親である副長に見つかって連れてこられたとのこと。
がっしりとした体格だけど、私の故郷の村を基準にすると普通かなぁ。
やんちゃなお兄さん、というのが私の印象だ。
「あの・・・ジュネといいます。よ、よろしくお願いしますっ」
三人目の女性。ジュネさん。十七歳。
彼女は幼い頃に両親を亡くして身寄りのない孤児となったところを、副長の実家に引き取られたのだそうだ。引き取られてからはずっと副長の実家で育てられ、使用人として働いているという。
そういえば副長の実家は貴族だった。
リズニア王国では貴族は一定数の孤児の養育をする、という義務に近い慣習がある。
孤児院を運営したり支援したり、ジュネさんのように引き取って育たりするらしい。
前世でいうところの里親、里子。この世界では養護者、養児と言い、引き取ることは身請けという。
この世界の言葉で言い直すなら、ジュネさんは『副長の実家で身請けされた養児』ということになる。
一般的に身請けされた養児はその家の使用人として育てられることが多い。
家によって稀に酷い扱いをされることもあるが、普通はちゃんと成人まで面倒を見てもらえる。貴族にも面子や外聞というものがあるからだ。
彼ら三人の紹介が済んだところで、今度はラミアノさんと私だ。
と思ったら、ギルドの素材工房で働いている女性、というだけの紹介だった。
魔法士であるということはもちろん伏せるんだけど、子爵夫人とその小間使いであるということくらいは言ってもいいと思ったんだけどね。
「互いの紹介が済んだところで話を先に進めるよ」
ここからが本題かな。
語り始めた副長の話に耳を傾ける。
「まず最初に、私の王都への出張に際して魔道具の調査に協力したわけだがね。最初から便利そうだとは思っていた。だが、得られた調査結果と突き合せたら、もしやオルカーテと王都の間で連絡が取れるんじゃないか、と気付いたんだ。もっともエルナが実際に何を考えていたのかは昨日まで知らなかったがね」
そう言って私に目線を合わせる副長。
この言い方だと、オルカーテに戻った昨日の内にギルド長から話を聞いたり、私の企画書に目を通してくれたりしたっぽい。
・・・副長、昨日はちゃんと寝たのかな?よく見たら目の下にクマが出来てるんだけど。出張から戻ったばかりなのに仕事し過ぎじゃない?
「ただ、次に君がやろうとすることは何か、と考えたら、やっぱり手伝ってくれる人、それも信用の置ける人物の確保だろう、と思った。なので私の身内を連れてきたんだよ。その調整で五日ほど帰ってくるのが遅れてしまったわけだ」
以前に私自身も「人を雇いたい」と伝えてはいたが、同時に、外部の者と接触することのリスクは指摘されていた。だからこそ副長は王都での滞在を延長して自分の息子さん達を引っ張ってきてくれたのか。
少し詳しく聞いてみると、王都のギルド職員であるビルナーレさんなんかは、急な出向扱いにするために結構無茶な引継ぎをしてきたとか。彼のオルカーテでの滞在期間は30日間程度とのことだが、彼は優秀そうだし、仕事の穴埋めをする王都の同僚さんは泣いているかもしれない。
「そうそう。君の企画書を読んで驚いたよ。私の予想以上のことを考えて、しかも既に取りまとめていた。ギルド長とも相談して、どういう形で君の手伝いをさせるのがいいか、昨日から色々考えたんだがね・・・」
話の流れからわかっていたけど、やはり昨日の内に私の企画書を読んでくれていたようだ。
言葉を一度区切った副長は、にこりと笑って続けた。
「昨日付けでストラノスとジュネはオルカーテのギルド職員になった。王都から出向中のビルナーレと合わせてギルド職員三人。この三人を君に貸し出すので、君の仕事に使ってくれないか?」
・・・私、知ってるぞ。
派遣社員さんだ、これーっ!




