魔道具の使い道4
翌朝。
ラミアノさんは出勤すると、仕事に取り掛かる前にまず私との打ち合わせから入った。
机の上に布が掛けられた箱を置く。昨日持って帰った一号だ。
そして席に着くなり、議題も前置きもすべてすっ飛ばして切り込んできた。
「さぁてと、エルナ。あんたはいつから気付いていたんだい?」
ラミアノさんは口角を上げて楽しそうに問い掛けてきた。
この期に及んで、何が、とは言わない。
気付いた事とは、つまり箱の魔道具が『合図を送る』のに使えるということだ。私はラミアノさんに対して真摯に答えようと思った。
「昨日、ラミアノさんと一緒に動作確認しているときに、なんとなく。でも流石に、冒険者ギルドからラミアノさんの屋敷まで魔力が届く、とは思ってませんでしたよ」
そうなのだ。
この仕事場で使っている転送魔法陣。これだって一階から二階に転送しているだけに過ぎない。
そして箱の魔道具は試作品である。
二日前にギルド長と副長が立ち会った動作確認で機能が制限されていることが判明し、その流れで私は転送可能な範囲も制限されていると思い込んでいた。
「ふぅん。そういや、あんたはここに来る前に住んでた村で手紙の配達をやってたって話だったねぇ。それが気付く切っ掛けになったのかねぇ。でも子供にそれが気付けるかというと・・・いや、子供だからこそってこともあるか・・・うーん」
ラミアノさんは腕を組み、独り言を交えながら考え始めてしまった。
私が気づいた切っ掛け、というか決定的な要因は、もちろん前世の知識である。
『通信』について説明するにしても、流石に前世の知識ベースでするわけにはいかない。深く掘り下げられる前に話題を戻しておこう。
「ラミアノさん。まずは昨日のやり取りについてお互いに報告しませんか」
「ん?あー、そうだねー。ごめんごめん」
ラミアノさんは組んでいた腕をほどき、椅子に座り直した。
私も合わせて姿勢を正してから報告し始めた。
「まず私からですけど、昨日はラミアノさんが馬車に乗ったであろう時間から魔石を置き換えて光の色を変化させました。赤、橙、黄、緑、青を一セットにして十数回繰り返したんですけど、どうでしたか?」
「うん。あたしが馬車に乗って走り出してからしばらくして、膝の上に置いていた二号の光の色が変化したねー。馬車に乗っている間、同じ間隔で色が切り替わって、順番は赤、橙、黄、緑、青で間違いないよー」
光属性以外の転送もちゃんとできていることもこれで確認が取れた。
「仕事場を退室する前に、光の色を白にセットしておきました」
「そうだね。そっちも確認できたよー。で、こっちからの合図はわかったかい?」
「火属性の魔石を使って赤と白、交互に光らせたことですね?」
「そうそれ。屋敷にあった魔石でやってみたんだけどちゃんと通じたんだねぇ」
そう言ってラミアノさんは表情を崩す。私も釣られて笑う。
半ば確信はしていたけれど、やはり赤と白の交互に光らせたのはラミアノさんからの合図だった。
「今朝のことについても一応話しておくけど、屋敷を出てこの仕事場に来るまで一号はずっと白く光っていたよー」
「二号には無属性の魔石を昨日からずっと乗せっ放しでしたから。となると総合的に判断して、ラミアノさんの屋敷から仕事場までなら問題なく箱の魔道具の利用範囲内といえるでしょうね」
ここまでの会話で聞きたいことは聞けたし、今朝の動向についての話も出たのでラミアノさんからの報告はこれで全部かと思われた。
しかし・・・
「実はもう一つ、話があるんだよ」
「え?」
ラミアノさんは何やら小骨が喉に刺さったような面持ちで、彼女の前に置いてある一号に手を添えた。
「昨日馬車の中で、この箱の魔道具、一号のね、裏側の蓋が外れたんだよ。馬車に乗っている間ずっと膝の上に乗せていたんでいつ外れたのかはわかんないだけどね。外れているのに気が付いたのは屋敷に着いて馬車から降りようとしたときさね」
「えっと・・・、今も外れたままなんですか?」
「いや、それがさー、あたしも一瞬壊したかと少し焦ってて、外れていた蓋を箱の裏に合わせてみたんだよ。そしたらすぐにカチッと嵌まってもう外れなくなっていた」
ラミアノさんは一号を持つと私に裏側を見せてきた。
破損した感じも無ければ裏蓋が外れた形跡すらも無い。
「へぇ・・・。そういえばこの箱の魔道具って、どうやって組み立てたのかよくわからないんですよね。釘で止められているところがないし」
でもよく考えたら、メンテナンスするときに分解できないと困るよね。
本来は特別な工具で外すべきところ、何かの拍子に外れてしまったって感じかな。
そんなことを考えながら、ラミアノさんが持っている一号からひとまず視線を外し、徐に私の前に置かれている二号を見た。
特に理由があったわけではない。なんとなく気になったのだ。
乗っていた魔石を摘まんで横に置き、裏側を見ようと二号を両手に挟んで持ち上げた。
「えっ!?」「あれっ!?」
私とラミアノさんの驚く声が重なる。
持ち上げた二号の下。机の上には二号の裏蓋と思われる金属の板が残ったのだ。
なんで裏蓋取れてんのーっ!?
見ていたラミアノさんも、そして二号を持ち上げた状態の私も、机の上の裏蓋に視線を固定したまましばし固まっていたが・・・。
「わたたたっ!ラミアノさん大変です!壊れたかも、どーしましょう!」
「はぁ・・・。落ち着きなって、エルナ」
ラミアノさんは席を立ってわたわたと慌てている私の方に近づくと、机の上の裏蓋を手に取った。
「裏蓋が外れただけだよ。壊れちゃいないさ」
それを聞いて、ほっとした。
「よ、よかったぁー。やらかしちゃったかと思いました」
「あたしは昨日一号の裏蓋が外れた状態を見ているからねぇ。たぶんこの二号もそのまま位置を合わせて裏蓋に乗せるように戻せば嵌まると思うよ」
「戻します戻します。貴重な魔道具をこのままにしとくなんて怖いですし」
私は外れた裏蓋をすぐに戻そうと思ったのだが・・・。
「ちょい待ち。少しだけ中身を確認しよう。エルナ、持っている二号をゆっくりひっくり返してよ」
「え、私両手が塞がっているから、ラミアノさんお願いしますよ」
「あはは、それもそっか。じゃひっくり返すよー」
私は箱の側面を両手で挟むように持っている。
ラミアノさんはそんな私の正面に来て、車輪を回すように箱を縦方向にぐるんと180度回転させた。
「はーん。四隅がピンで止まっているね。それと、なんか文字が書いてある。エルナ、持ってるの疲れるでしょ。そのまま一旦机に置いちゃって」
持っていた箱の裏側を天井に向けたまま机に置き、私も中を覗き込む。
裏蓋が外れた箱の底にはもう一枚金属の板があって、板の四隅のピンを外せば分解できそうだ。
というか、このピンってネジじゃないのかな。この世界では初めて見たけど。星型の精密ドライバーがあったら外せそう。
・・・壊したくないから、あったとしても外さないけどね。
そして、ネジで止められている金属の板には黒色で文字が書かれており、赤色のワンポイントマークが添えられている。このマークは・・・梅の花だろうか。
「・・・『コウメイ』って書いてありますね。ラミアノさんは知ってますか?」
「いんや。でも普通に考えりゃ銘じゃないかねぇ」
「銘?」
「製作者の名前の場合もあるし、その作品の名称って場合もあるねー。武器や防具、金物の器具や工具に製作者が刻むんだよ」
ああ、あれかー。
前世の記憶で、ちょっとお高い包丁に名前っぽいのが刻まれてたのがあったよ。
他に考えられる線は、商品名、制作会社、ブランド名、生産国、とかかなぁ。
でもこの世界なら、製作者って線が濃厚だと思う。
・・・あれ?でも製作者って魔女様だよね。
ということは魔女様の名前って可能性もあるんじゃない?
そこまで思い至った私は何かを直感して、書かれた文字の上に指を滑らせてみた。
金属の表面に書かれているのに、文字が染み込んでいるかのようにツルツルだ。
刻まれているなら文字部分が凹んでいるはずだし、塗料で書かれているなら文字部分が浮き出ているはずだが・・・これはどちらでもない。
これに似た感じのモノをどこかで見た気がするんだよなぁ・・・。
どこだっけ?
ええと・・・。
・・・。
あああっ!
思い出した、これ!
隣村のガルナガンテ村長のところだ。印章の魔道具で付けられた印の感じにそっくりなんだよ。
私の見立て通りなら、この文字は魔力で書かれているんじゃないかな。
「おーい、エルナ。またのめり込んじゃってるぞー」
「はっ!」
不意に頭上からラミアノさんの声が掛かり、思わずぱっと顔を上げる。
沈みかけていた思考の沼から引き上げられたことを悟った。
「ごめんなさい。魔道具見ていると夢中になっちゃって・・・あはは」
いけないいけない。魔法、魔道具に弱いんだよなぁ、私。ラミアノさんから声が掛からなかったら、どんどん周りが見えなくなっていただろう。
ジト目で見てくるラミアノさんに照れ笑いを返し、誤魔化すように頬をかく。
「分解するつもりはないし、今回はここまでの確認にしておこうか。とはいえ、気になる点がないわけでもないがね」
「何ですか、気になる点って」
「裏蓋の外し方さ。今の外れた状態を見ても、どうやって嵌まっていたのか、どうやって外れたのか、さっぱりさね」
確かに。
箱側にも、裏蓋にも引っ掛けるようなところがない。磁石でくっついていたケースも考えたけど、それだとなんで今朝に限って持ち上げただけで外れたのかわからない。
でもこの世界の魔法や魔道具に少しずつ触れてきたからこそ、思えることがあるんだよ。
魔法の力で嵌まってたんじゃないかな?
・・・ってね。
「それじゃエルナ。裏蓋に被せるように箱を乗せちゃってー」
「はーい」
ラミアノさんはそれで裏蓋が嵌まると言う。
果たして、二号を上から裏蓋に乗せるとカチッと音がした。
わーお。本当に乗せただけで裏蓋が嵌まったよ。どうなってんの?
隙間がわからないくらいピッタリ嵌まって、二号は元通りの姿になったのだ。
私は一安心した。




