魔道具の使い道3
「エルナ。受付に預金を確認しに行くよー」
「え?あ、はい」
午後の訓練が終わり、水場へ移動して汗を洗い流し、私が着替え終わったタイミングでラミアノさんがそう言ってきた。
既に着替え終わっていたラミアノさんは、布が被せられた魔道具一号を抱えて、水場を出ようと扉に手を掛けている。
いつも通りなら、仕事場に戻って解散なのに・・・預金?
「なんだい、その顔は。あんた絶対わかってないだろ」
「え、えーと・・・あっ!」
そこまで言われてようやくピンときた。
「今日、報酬の入金日でしたっけ」
「当たり。・・・ただし!」
そこでラミアノさんは一旦言葉を切る。人差し指をぴっと立ててこちらの眼をじっと見てきたので、自然と私の背筋は伸びて身が引き締められた。
「入金額を確認するだけだ。引き出して使う場合、最初の内はあたしに許可取りな」
ああ、それはそうだ。
私は八歳だから、普通に考えたらまだ金銭感覚が養われていない年齢だ。
だから、最初の内はラミアノさんが管理してくれる、ということだろう。
本当にお母さんみたいだなぁ。
そう思ったら、引き締められていた私の身はふにゃっと弛緩した。
「わかりました。よろしくお願いします」
「あいよ。ちなみにあんたが今までにした一番高い買い物ってなんだい?」
「買い物・・・。幼い頃に村の収穫祭の出店で銅貨一枚分の食べ物を買ったくらいですね。村では物々交換で事足りてましたし、それに私は親に物を強請った事があまりなくて・・・」
「そうかいそうかい。それじゃあ急に懐が潤ったら使い方が心配だから、やっぱり最初は見ておいてやるよー」
そう優しく言いながら、ラミアノさんは私の頭を撫でてくれる。
「あ、そういえば一番高い買い物、ありました」
「うん?」
「魔法の指導代が銀貨四枚でした」
私の頭を撫でていたラミアノさんの手がぴたっと止まる。
「んん?でもそれって、あんたの親が出したんだろ?」
「いえ、私が出したんです。配達の仕事で稼いだお金をほとんどつぎ込むことになりましたけど」
そこまで聞いたラミアノさんは、私の頭から手を降ろし、やや苦い顔をした。
「つまり、エルナはその歳で銀貨を稼いでいたのかい。で、魔法の指導を受けるために使った、と」
「はい」
ラミアノさんは腰に手をやりながら深くため息を吐く。
「はぁ・・・。別の意味で金の使い方が心配になっちまったよー。やっぱり最初の内はあたしに許可取りな。それじゃ行くよ」
水場を出たラミアノさんと私は、一緒にギルド受付に行く。
応対してくれた受付嬢さんに冒険者の識別タグを渡して待つことしばし。
戻ってきた受付嬢さんは、識別タグと一緒に折られた紙をこちらに渡してきた。
「紙の中身を見たら確認終わりだよ」
ラミアノさんの言葉に頷き、折られた紙を開いて中身を確認する。
・・・。
銀貨二十七枚?
え?たったの十日で?
この時の私はリアリティに欠けた金額を目にしてしまって、初給料の感動を味わうことができなかった。
というか、事前にラミアノさんとお金の会話していなかったら、吹き出していたところだ。
「確認したら紙は受付に返しちゃって。処分してくれるから」
「はーい」
「よし。仕事場へ戻るよー」
既の所でなんとか平静を保ち、紙を受付嬢さんに返却すると、ラミアノさんの後を追って仕事場のある素材工房へ移動するのだった。
「ねぇエルナ。これ、あたしの屋敷まで持って行こうか」
仕事場まで戻ってきて部屋に入った途端、ラミアノさんが思いついたように言ってきた。
これ、といっているのは布が被せられた魔道具一号のことである。
私の実験のために持ち出したが、その実験はいったん終わったので、私もラミアノさんも仕事場に戻すつもりでいたのだが。
ちなみに一号の魔法陣は、今も被せられた布の中で途絶えることなく白く光り続けている。
「えーと。それはつまり、帰りの馬車の中で、いつ光が消えるかの確認をしてもらえるということですか」
「そういうこと。いい考えだろう?」
ラミアノさんの屋敷は領都の貴族街にあり、ギルド裏手の厩舎から馬車で10分くらいの距離だと聞いている。馬車には一度乗せてもらったが、そういえば木窓やカーテンなどの内装がしっかりしていて車外に光が漏れない構造だったと思う。
うん、確かにいい考えだ。でも子爵夫人のラミアノさんにここまで甘えてしまうというのは・・・。
かといって私には渡せる適当な対価も無いし、本人もお金は受け取るつもりもないだろうし。
私は少し思案して・・・
「ラミアノさん、お願いします。私、ラミアノさんが屋敷に着くまで魔法陣の光の色を変えて飽きないようにしますから!」
「へ?」
ラミアノさんは虚を突かれたような声を出したが、意図が理解できたのか笑顔になった。
「そーかい。じゃ期待してるよー。昨日と同様、ここを出るときに鍵はヨルフに返しておいて」
ラミアノさんは楽しげになって私に仕事場の鍵を渡すと、外套を羽織って帰り支度を始めた。
支度が整うと、布を被せた魔道具一号を脇に抱え、部屋の扉に手を掛ける。
「それじゃエルナ、また明日ね。ヨルフには鍵を受け取るようにあたしから言っとくよー」
「お疲れ様でした、ラミアノさん」
ラミアノさんを見送って独りになった仕事場で、私は二号が置かれた机の前に移動し、魔石を準備した。
どのように光の色を変化させようか。腕を組んで考え始める。
ラミアノさんが馬車の中で見るのだ。あまりチカチカと忙しなく光らせるよりは、ゆったりとした間隔で変化させた方がいいだろう。
色は全部で六色使えるんだよなぁ。
んー、虹のように光の分散を意識して順番に光らせる、とか・・・。
うん、方針はそれでいこう。凝り出すとキリがないからね。
赤、橙、黄、緑、青。
この順番は光の波長の長い順だ。前世の物理学の知識から引っ張ってきた。虹の色が並んでいる順番といえばわかり易いだろう。なので白は敢えて使わない。
私は手元に配置していた魔石の属性順を並び変えた。
『火』『土』『光』『風』『水』。
これで準備よし。
ふと顔を上げ、仕事場を見渡す。
夕方の陽射しが窓から部屋に差し込んでくる。
広い部屋に私一人、か・・・。この仕事場にも馴染んできたなぁ。
残業という気はしない。どちらかと言えば学生の放課後のような気分だ。
・・・さて、そろそろラミアノさんが馬車に乗った頃だろう。
始めるとしますか。
私の前にある魔道具二号は、昼からずっと魔法陣に無属性の魔石を乗せたままだ。
私は、その無属性の魔石の隣に火属性の魔石を置いてから、無属性の魔石をひょいと摘まみ上げた。
細かいようだが、置いてから取る、この手順が大事なのである。
もしも逆に、取ってから置くとどうなるか。
取った瞬間に光が消え、その後置いた瞬間に光が点く。
つまり光の色は、『白→消える→赤』となる。
置いてから取れば、光を消さずに済む。
光の色は、『白→赤』となるわけだ。
このとき、無属性の魔石と火属性の魔石における魔力量の大小によって受信側の見た目は変わるだろうか。答えは、変わらない、だ。
無属性の魔石の魔力量をX、火属性の魔石の魔力量をYとして、考えてみよう。
X>Yの場合は、火属性の魔石を置いた瞬間は白のままだが、無属性の魔石を取った瞬間に赤になる。
無属性の魔石が乗っている →白
隣に火属性の魔石を置く →白
無属性の魔石を取る →赤
対して、X<Yの場合は、火属性の魔石を置いた瞬間に赤になり、無属性の魔石を取っても当然ながら赤のままだ。
無属性の魔石が乗っている →白
隣に火属性の魔石を置く →赤
無属性の魔石を取る →赤
置いた瞬間に色が変わるか、取った瞬間に色が変わるか、の違いだが、受信側はそこまではわからない。わかるのは、光の色が『白→赤』になった、ということだけだ。
だからこの置き方ならば魔力量の大小によって受信側の見た目に影響を与えないのだ。
魔力量が一致、つまりX=Yの場合は、どうなるんだろうね?
設計した魔女様次第だよね。確認する手段もないし、頭の片隅にだけ入れておけばいいや。
さて、目の前の作業に戻ろう。
火属性の魔石に置き換えた私は、ゆっくりと十まで数を数える。
そして今度は土属性の魔石に置き換えた。光の色が『赤→橙』に変わる。
そうして十ずつ数えるごとに魔石を置き換えて光の色を変えていき、水属性の魔石まで置いたら最初の火属性から繰り返しだ。
同じ様な間隔で黙々と魔石を置き換えて、ループを十数回繰り返したところで、ふと我に返った。
・・・もう、10分以上はやっているよね。終わるとしよう。
流石にラミアノさんも屋敷に着いているだろうし、魔力も既に届かなくなっているだろう。
果たしてどのくらいまで受信できていたのかな。明日報告を聞くのが楽しみだ。
最後に無属性の魔石を魔法陣に乗せ、その時点で乗っていた水属性の魔石を摘まみ上げる。これにより魔法陣は白く光り輝いた。いわば初期状態に戻した格好だ。
こうしておけば明日ラミアノさんが仕事場に出勤する途中の馬車の中で一号が光り出すだろうから、追加で検証データが取れるかもしれない。
よし、今日はこのままの状態にして退室しよう。
私はようやく考えることを切り上げ、背負い袋を担いで仕事場を後にしようとしたのだが・・・。
「えっ!?」
思わず声を発してしまった。
なぜなら私が触れてもいないのに、突然二号の魔法陣の光が、白と赤の交互に光り始めたからだ。
「な、何で魔法陣が・・・あ、もしかして」
一瞬、壊れたかとドキッとしたが、すぐにわかった。
おそらく屋敷に着いたラミアノさんが、一号に火属性の魔石を乗せたり摘まみ上げたりしているのだ。もちろん気まぐれにやっているわけではない。私に対して合図を送っているのだ。
そして驚愕した。
それはすなわち、ラミアノさんの屋敷から冒険者ギルドまで魔力が転送されていることを示している。本当にこの箱の魔道具はすごい。一体どこまで転送可能なんだろう。
魔法陣はしばらく白と赤で交互に光っていたが、やがて白い光のままになった。
ここに至っては、ラミアノさんも気付いたはずだ。
屋敷に居る自分がギルドに居る私に『合図を送る』ことができる、ということを。
それが何かしらの可能性を秘めていることも。
・・・はぁ。これは明日、色々聞かれるだろうなぁ。
私は一つため息を吐いて、今度こそ仕事場を後にした。




