休日出勤1
私が領都に来て十日が経った。仕事に就いてからは九日目ということになる。
仕事は順調だ。あれから『水』『風』そして『土』の仕事も一通りこなしてきた。
最初は魔法陣の光の色をラミアノさんと一緒に確認しながらやっていったが、全ての属性の仕事を無難にこなしたのを見届けて、ラミアノさんは徐々に私一人に任せるようになった。
そんな私のギルドでの生活は、規則正しい生活そのものだった。
午前中に仕事を終わらせると、午後は昼二つの鐘まで訓練だ。魔法と剣と弓にそれぞれ触れたら、水場に連れて行ってもらう。
時を知らせる鐘の音に従い、仕事をして食事をして勉強をする。そんな生活環境に私は段々と慣れてきたところだった。
そして今日、私は朝から一人で仕事場にいた。
ラミアノさんはいない。お休みを取ったのだ。
よく考えれば私は領都に来て以来ずっと働き詰めだった。ラミアノさんはそんな私を指導していたから、私よりも大変だったに違いない。
ゆっくり休んでもらいたいなぁ。
前日、私自身の身の振り方をどうするか尋ねられた。
ラミアノさんが不在なので、とりあえず訓練は休みにしようと決めた。
でも丸一日休みにしてしまうと、私は外出は控えるべき立場だから自室で一日中ゴロゴロするということになってしまう。それはあまりに退屈だ。
なので、午前中は仕事をすることを希望した。
ラミアノさんは少しだけ苦い顔したが、まぁいいかと了承した。仕事場の鍵は明日だけヨルフさんに管理してもらい、彼から受け取り彼に返却するように手筈を整えてもらった。
あと考えるべきは午後の予定だ。
訓練は休み。これは確定事項だ。
それでは代わりに何をするかということで最初、この仕事場の掃除でもしましょうか、と提案したところ、高価な魔道具もあるし責任者不在のときに万が一毀損させるようなことがあったら面倒だから、という理由で却下され、掃除は後日一緒にやりましょうということになった。
こうなるといよいよやることがないと悟り、午前中はいつも通り仕事、午後は諦めて自室でゆっくりすることを希望したのだった。
それが昨日のことだ。
「さーて、それでは仕事しますか」
実は少しウキウキしていた。上司兼保護者であるラミアノさんがいないことは不安ではあったが、この仕事場を独りで独占できるような妙な感覚によって心が沸き立たせられていたのだ。
この感覚は・・・。そうだ、『休日出勤』だ。
前世の社会人の記憶では、勤めていた会社は実にホワイトな会社だったが、それでも年に一度くらい休日出勤することがあった。
休日出勤で印象に残っているのは、上司や同僚は午後から出勤することになっていたため、朝から出勤した私は午前中独りで黙々と仕事をしたときのことかな。頻繁に休日出勤しなければいけないお仕事を生業としている方からは怒られそうだが、広いフロアに独りだけ座って仕事に取り掛かる、という体験は私にとって新鮮で楽しく感じられたのだった。
今日やる作業は昨日のうちに決めていた。
『光』『火』『水』『風』『土』の全属性を一回ずつ作業。ゆっくりやってもすぐ終わるはずだ。
一応ラミアノさんが不在なので、建前上は『仕事場に魔法士が不在だから仕事は進まない』ことになっている。
だから一階の運搬作業員への指示は、「一日運搬止めしたまま何もしないように」「魔石の入れ替えも不要」としてある。
ちょうど私が『光』の仕事から取り掛かろうとした時だ。
不意に扉がノックされた。そして、声がした。
「あれ?開かねぇな」
・・・ギルド長の声だ。また返事を待たずに扉を開けようとしましたよね?
私がギルド長だと認識してなかったら、不審者の行動そのものじゃないですか。
私は扉の近くまで歩き、扉の向こう側まで届くように声を掛ける。
「ギルド長、ですよね?エルナです。今開けますね」
「おっ、エルナいるじゃないか。開けてくれるか」
「はい。少々お待ちを・・・どうぞ」
内側から掛けた鍵を開けて扉を開くと、体の大きなギルド長とその後ろにシャープな体格の副長が立っていた。
「あれ?副長も?えーと、おはようございます」
「ああ、おはよう」「おはよう、エルナ。久しぶりだね」
ギルド長と副長が挨拶をしながら部屋に入り、適当な椅子に腰掛けた。
ギルド長はラミアノさんからの報告を受けるために昼食時に食堂でよく会っている。私はその時に会釈するだけだが、そういう意味ではギルド長とはちょくちょく出会う。
でも副長は初日に挨拶して以来、会うのがこれで二度目になる。だから本当に久しぶりなのだ。
二人が座ったのを見て、私はまた部屋の内鍵を掛けた。
「なんで鍵掛けてるんだ?」
「今日はラミアノさんが不在なので、私が魔法使っているところに事情を知らない人が入ってくるようなことがあったら言い訳が大変になるからですよ」
「ああ、なるほどな」
返事を待たずに扉を開けようとしたことに関して本人は別に気にしていないようだ。
相変わらずだなぁ、ギルド長。またラミアノさんに怒られますよ。
「そういうギルド長はどうしてこちらへ?」
「ラミアノが休みを取るから今日はエルナ一人で仕事すると聞いてな。何かあれば頼む、と言われていたのが理由の一つ。それと、たまたま今日は俺と副長が午前中手が空いていたんで、お前さんの仕事ぶりを直接見に来たってわけだ」
ラミアノさん、マジお母さん。
明日お礼言っとこう。
「ちょうどこれから仕事に取り掛かるんですが、近くで見ます?」
「そうだな。台座の方へ行こう」
私が転送魔法陣の台座の方へ向かうと、ギルド長と副長も座っていた椅子を掴んで寄ってきた。
台座に掛けてあった布を取ると、転送魔法陣は白く光り輝いている。
うん、無属性の魔力が供給されている。問題ないね。
それを確認した私は、注文棚から黄の色札の網袋を持ってきて魔法陣の上に乗せる。
私が動き回っている間ずっと腕を組んで座っていたギルド長に目を向けると、楽しそうにこっちを見ている。表情が変わらない副長もなんとなくわくわくしていそうな感じが見受けられた。
知ってるぞ、この感じ。授業参観のお父さんだっ!
「『光』の仕事から始めます」
「おう」
私の宣言にギルド長は短く応答する。
よし、やりますか。
《光よ、魔に、溶けよ》
詠唱すると、魔法陣の光は一瞬で黄色に染まった。
それを確認して台座に魔力を通す。
魔石に光属性の魔力が吸い込まれ、すぐに流れが止まる。
「終わりました」
台座から手を離した私はギルド長と副長に向いたが、ギルド長は口をぽかんと開け、副長は口を真一文字に結んでいた。
しばらく二人は固まっていたが、ようやく口を開いた。
「・・・ラミアノから報告を受けていたが、こんなに速く充填できるのか」
「ここまで速い魔法士は、王都の冒険者ギルドにも居りませんでしたな。いや、凄まじい」
えぇ・・・。そんなすごいすごい言われても、よくわかんないのに・・・。
何て返せばいいんだ。
「ええと、一応『光』の仕事が一番得意なので。『風』『土』もこれくらいの速さですけど、『火』『水』は普通ですよ」
ギルド長はそれを聞いて何とも言えないような苦い顔をした。
んもぅ、しょうがないじゃない。私ラミアノさん以外の仕事、見た事ないんだもん。
・・・あれ?そういえば副長、王都の冒険者ギルドって。
「副長って、王都の冒険者ギルドにお勤めだったんですか?」
「ん?ああ、確かに昔、王都の冒険者ギルドに勤めていたことはあるよ。でもそうじゃなくて、今でも王都の冒険者ギルドにはよく会合とかで出向いているんだ。王都の冒険者ギルドにも転送魔法陣の魔道具があってね。何人かの魔法士の仕事を見る機会があったんだが、こんな速い仕事は初めて見たよ」
「副長は王都出身で実家が貴族でな。王都の会合にはいつも俺の代わりに行ってもらっているんだよ。がっはっは!」
それ、笑っていいのかなぁ。副長は苦笑いしているけど。
でもまぁ組織の在り方として、リーダー役と実務担当が分かれている方が効率良い事は知っている。
ふと故郷の第七ホラス村のことが頭に過ぎる。
うちの村も、昔は村長のマーカスさん自ら文書配達とかしてたんだもんなぁ。やっぱり人に任せられるところは任せた方がいいよね。それに副長は王都に実家がある。里帰りを兼ねての出張なんだろう。そう考えるとさらに効率が良いではないか。
そういえば転送魔法陣は王都にもあるって話だけど、他にはどこに設置されているんだろう。
「転送魔法陣って、冒険者ギルドならどこにでもある、というわけではないんですよね?」
転送魔法陣がこのギルドに導入されたのはここ十年くらいの話だとラミアノさんから聞いている。だからどれくらいレアなものか副長に尋ねてみたのだが。
「このリズニア王国内だと、王都とここホラス領の冒険者ギルドにしかないよ」
滅茶苦茶レアだったー!
正直、そこまで希少な魔道具だと思わなかったよ。
副長、色々面白い話知ってそうだよね。
王都の魔法士の話とか、魔道具を導入したときの話とか、色々聞きたいなー。
ふと視線を感じてギルド長に向くと、ジト目になってこちらを見ている。
「エルナ。お前さんは話を聞き出すと止まらんからな。後で時間やるから先に仕事片づけちまったらどうだ?」
「あ・・・えーと・・・」
そういえば私は以前、美人受付嬢のマルティーナさんに長い時間質問攻めをしてしまい、横で見ていたギルド長を呆れさせた前科があったっけ。
はい。思い出しました。
「・・・すみません。先に仕事します」
作り笑いで誤魔化しながらそう答えるしかなかった。




