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77番目の使徒  作者: ふわむ
第一章
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司祭見習いワッツ


「おはようございます、ワッツさん」

「おはよう、エルナ。この間もらった干し肉、美味しかったよ」

「ああ、あれ少しクセがあるからどうかなって思ったんですけど、好みの味でしたか。良かったです」


配達の仕事をした翌日、夜の間に雪が降った様子もなく、空は晴れていた。

私は朝食後、朝の鐘が鳴ると村の斎場へ出向き、ワッツさんに声を掛けた。

ワッツさんは司祭見習いだ。去年この村に斎場が完成して、そのタイミングで別の村から派遣されてきたらしい。

それまでの私は、この世界の文字について読み書きすることができなかった。

そこでワッツさんに文字を教わったのだ。もちろんタダではない。我が家の干し肉を報酬として出すことで手を打ってくれた。

司祭見習いのワッツさんは時間が空いている日に一、二時間程度、文字を教えてくれた。

あっという間に読み書きができるようになった私は、次に礼儀作法を教わっている。目上の人に対する挨拶の仕方や言葉遣いなどだ。


「それで、今日はどうしたんだい?」

「実は昨日・・・」


私は、昨日マーカスさんに言われたことを説明する。


「なるほど、魔法士様にお会いしたいと・・・。去年の春、私がこの村に来たのと同時期に見掛けた冒険者パーティーのことかな。私もお話をしたことはないねぇ。とはいえ、エルナの礼儀作法は今の段階でも、村人で、しかも七歳なら・・・及第点だと思うがね」

「村長さんは、魔法士様に敬意を払うように、と言ってました。村長さん自身も魔法士様に敬意を払っている様子でしたし・・・」

「より洗練させておけ、ってことかな。わかった、じゃあ今日、昼の鐘が鳴ったらまた来てくれるかな」

「ありがとうございます。いつも通り干し肉持ってきますね」

「ああ、楽しみにしてるよ」


斎場を後にして、村の中を歩く。村の大人達は雪かきをしたり、立ち話したりしている。

第七ホラス村の産業は、主に狩猟と山菜、そして家畜だ。畑もあるが、農作物はほとんど村の中で消費される。

村の男衆は、冬場は家畜の世話と雪かき以外にはやることがないため、身体を休める期間となる。女衆は、籠を編んだり、裁縫をしたりと内職に勤しむ。私も自分の背負い袋は自分で修繕をするようになった。


村の空き地では、子供達が雪合戦をしていた。

少し離れたところから見守っている大人もいる。

今の私には理解できるが、この幼少期の雪合戦というのが狩人の訓練になっているのだろう。

そんな事を思いながら眺めていると、私を見つけた一人の男の子がこっちへやってきた。


「おーい、エルナ」

「あ、ダフ、おーい」


私は手を振って返事をする。

彼は近所の幼馴染ダフタス。八歳で一つ年上だけど私はダフって呼んでいる。

ダフの父親はナスタさんといって、村の門番の仕事をしている。ナスタさんはミッテンさんの上役でもある。


「エルナ、昨日は見なかったな。何してたんだよ」

「昨日はねー、父さんと隣村までお使いに行ってたんだ」

「え、隣村?お使い?なんか買い物か?」

「薬草の買い物もしたけど、村長さんからのお仕事で隣村の村長さんのとこへ手紙届けてきたんだ。大変だったよー」

「大変っつっても、エルナはドナンおじさんに付いていっただけだろ?」

「あー、いや、まぁそうだね、あはは。でも付いていくだけでも大変なことには変わりないよ」

「そりゃまぁそーか」


実際には文書の配達は私がメインのお仕事だったが、普通は父さんに付いていっただけ、って思うよね。でもここでその勘違いを正す必要はないだろう。


「いてっ」


不意に背に雪玉を受けてダフが声を上げる。


「おい、ダフタス。組み分けして次の試合やるぞ・・・お、エルナじゃん。エルナもやんだろ?」


ダフの背中に雪玉を投げてきたのが、カロン。彼は十歳で私の三つ年上だ。村長のマーカスさんの息子で、この村のガキ大将ポジションかな。

前世の記憶に目覚めるまでは、やんちゃだった私はよく彼に意地悪されて泣かされたものだ。意地悪といってもちゃんと手加減されてるし、よくある子供同士の喧嘩だ。

前世の記憶に目覚めてからは、私は彼に突っかからなくなったし、彼から意地悪されても泣かなくなって、今では意地悪されることもほとんどなくなった。


「いいよ。やろ!」


前世の社会人までの記憶があるけれど、今の私は子供だ。すばしっこく動けて、疲れてもすぐ回復するこの身体で動くのは、本当に楽しい。

私はしばらく雪合戦に熱中した。


何回か組み分けしながら遊んだ後、空き地にカロンの母親のサーチェおばさんがやってきて、カロンを引いて帰って行った。

どうやらこれから勉強らしい。村長の息子というのも、それはそれで苦労があるものだ。

ちなみに村長のマーカスさんは奥さんが三人いる。この世界では、偉い人は奥さんを複数持つのが常識だ。

サーチェおばさんは第一夫人でとても上品な人。あと、賢そうだ。

後の二人の奥さんはよく農作業をしていて、気さくで優しいけど、気品というものとは縁遠い人達だった。きっと、役割というものがあるんだろう。


「キリがいいし、終わっとくか」

「おう、またなー」


カロンが抜けたタイミングで、子供達が空き地から散っていく。


「エルナ、俺たちも帰ろうぜ」

「うん」


私はダフと一緒に村の中を駆けて行った。


「ただいまー。母さん、お昼にワッツさんのところへまた行くから、干し肉ちょうだいー」


母さんは貯蔵部屋で干し肉を数切れ選んで、ラトの葉に包んでくれた。

ラトの葉は、肉などの食べ物を包むのに使われる大きな葉っぱだ。この国では昔から広く使われてるので、殺菌効果とかあるのではなかろうか。畑で作ってたりするし、山にも普通に生えている。


「台所に置いておくから、出るとき持っていきなさい」

「うん、ありがとう」

「おねぇちゃん。遊ぼー」


貯蔵部屋から出た私にリンが寄ってくる。可愛い。


「いいよー。お昼になったら斎場行くからそれまで遊ぼう。何しよっかー」


私はリンとままごとをしたり、木片で積み木をしたりして遊んだ。


リンがうとうとし始めたので寝床に連れて行き、毛布を掛けてやると、ちょうど昼の鐘が鳴る。斎場へ行かなくちゃ。

台所にいた母さんからラトの葉に包んだ干し肉を受け取り、斎場に行くことを伝えて家を出る。


斎場に着くと、ワッツさんが待っていた。


「ワッツさん、お待たせしました」

「やあ、エルナ。大丈夫、時間通りだよ」


村では朝、昼、夜に三回鐘が鳴る。おおよそ午前六時、正午、午後六時に該当する。他の村や街によっては午前九時、午後三時にも鳴るところがあるらしい。鐘は村に何ヶ所かあり、村長の家や斎場にもある。誰かが忘れたり不在で鳴らせなくても、他の誰かが鳴らす仕組みになっているのだ。ただし鐘のある場所には日時計が併設されており、日時計を読めるものでなければ鳴らすことはできない。

鐘を見た子供は親から最初にその決まりを厳しく教わり、悪戯で鳴らすとどんなに小さい子供でも、とても怒られる。

ちなみに私はワッツさんに日時計の読み方を教わったので、子供だけど鳴らす資格があったりする。


「それでは礼儀作法を教えよう」

「ワッツ先生、よろしくお願いします」


私は右手を胸に当ててお辞儀をする。


「今している礼が立礼りゅうれいだ。目上の者に対して敬意を表すために用いる」

「はい」

「では次に中礼ちゅうれいだ。中礼は右膝を地につけて左膝をたてる。右手を胸に当てるのは変わらない」

「はい」


私は片膝をつき右手を胸に当て頭を垂れる。

ワッツさんは静かにしばらく見守る。


「よろしい。最後に座礼ざれいを教えよう。これは二通りある。まず一つ目。両膝をつき、両手を交差させて胸に当てる。交差する手は右手が先だ」

「はい」


私は両膝をつき、右手を胸に当てたその上から左手を交差させて頭を垂れる。


「よろしい。二つ目。両膝はついたまま、両の掌を地につける。これは伏礼ふくれいと呼ばれることもあるが、どちらも座礼だ」


私は両手の交差を解いて掌を地につけ、平伏する。


「よろしい。面を上げなさい」


頭を上げてワッツさんを見る。


「結構。楽にしなさい」

「恐れ入ります」


私は息を吐きながらゆっくり立ち上がった。


「それぞれ、どのように使うと思うかね?」

「ええと、中礼は立礼のときよりもっと偉い人に、座礼はもっともっと偉い人に、でしょうか」

「その通りだ。そもそも立礼は、村人が村長に対して、生徒が先生に対してなど、目上の者に対する最低限の礼である」

「最低限・・・ですか」

「そう、だから中礼をしてはいけないわけではないんだよ。例えば、生徒と先生の関係が弟子と師匠くらいになれば自然と中礼になる、ということもあるんだ」

「なるほど。では境目は曖昧ということでしょうか」

「そうだ。だから先ほど君が言った認識で正しいのだ。中礼は立礼のときよりもっと偉い人に、座礼はもっともっと偉い人に。それくらいの感覚で良いのだ。ただし・・・」


ワッツさんは一つ息を吐き、ゆっくりと続けた。


「王や神は別だ。王の御前や神に祈るときは座礼をしなければならない」


ああ・・・そりゃ一番上の方々ですから、ねぇ。


「君は魔法士様に会ってみたい、とのことだったが、普通に考えて立礼で十分だと私は思う。後は君がその方に実際にお会いして、立礼では足りないと思えば自然と中礼するのではないかな。だが座礼は大袈裟過ぎるので必要ないだろう」

「ありがとうございます。良く分かりました」

「それでは、残りの時間で言葉遣いを教えよう」

「はい先生、よろしくお願いします」


私は改めて右手を胸に当ててお辞儀をするのだった。


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