訓練2
訓練は最初にいくつかの魔法から始まり、続いて訓練用の木剣を使って簡単な体捌きを教えてもらった。
最後に自分の小弓で数メートル先の的に射させてもらって終了だ。
「はぁはぁ。ラミアノ先生、ありがとうございました!」
「お疲れさん。エルナ、楽にしていいよ」
久しぶりに体を動かせて楽しかった。でも一息つこうとしたら、あちこちに痛みがあるのに気付いた。木剣を握るのは初めてだったから、手袋をしていたけどマメができてしまっている。体捌きで足を踏ん張ったりしたから、おそらく足の裏もマメができているだろう。
「そういえば、私が弓を使うのを知っていたんですか?」
「手を見ればわかるさ。例えば、ほら」
ふとした私の質問に対して、ラミアノさんは自分の手の平を見せてきた。指の付け根、特に親指と人差し指がゴツゴツとしている。
触っていいよ、というので触らせてもらうと、皮が石の様に硬い。
「あたしのは剣ダコだ。これでもだいぶ柔らかくなったんだけどねー」
そう言いながらラミアノさんは次に私の右手を取って、手を開かせた。マメができたところが痛い。
でもラミアノさんは、できたばかりのマメなんぞ興味ないと言わんばかりにスルーして、親指、人差し指、中指の先端に軽く触れる。矢を番えるから堅くなっている部分だ。
「エルナの手には弓を使う者の特徴があったからねー。左手には親指と人差し指の間に弓を持つとできる痕もあったし。それと肩や胸の筋肉の付き方も弓を使う人間の付き方だ」
私の肩をわしわしと掴みながらラミアノさんは笑う。
服を着ていてもそういうのわかるのかー。すごい。
「エルナ。会敵した時、最も重要なのは初動だよ。ほぼ二択で、戦うか、逃げるか、だ。話を持ち掛けたり仲間を呼んだりって択もあるんだろうが、それは逃げながらでもできるね。択を選ぶということはその直前に、相手を力量を見極め、自分と相手との力量差を計り、その後に択を選ぶことになる」
初動で迷うと命取りというわけだ。それはよくわかる。
でも私は見た瞬間に相手の力を量るなんて無理だ。訓練を続けていけばあるいはできるようになるのかもしれないが、少なくとも今はできっこない。
「私のように相手の力量を見極められない人間は、どうするのがいいんでしょうか」
「最初に決めておくのさ。何が来ても戦うのか、何が来ても逃げるのか、をね」
「・・・勉強になります」
少なくとも、今日、明日のことであれば、何が来ても逃げる一択だね。
そんな会話をしていたら昼二つの鐘が鳴り、貸し切りの終了時間が来たことに私達は気付く。ラミアノさんは話を切り上げると私を伴って訓練場を出た。本館の一階に戻りカウンターで訓練場の鍵を返却してから、そのままギルド職員専用の扉を通る。やって来たのは水場。私が水場を使いたいとお願いしたからだ。
「エルナ。服、脱ぎな。髪洗ってあげるよー」
「え、でも・・・」
「ここは女専用だ。入口の向かい側が男専用の水場になってる。だから平気だよー」
女専用というのは入口に書いてあったから知っている。
そうではなくて、子爵夫人でもあるラミアノさんに髪を洗ってもらうとかいいんだろうか、と思って戸惑ったのだ。
ラミアノさんはそんな私の戸惑いをスルーして、水を弾きそうな前掛けを装着し始めた。前世の記憶に照らすなら、魚市場の人が装着していそうな防水エプロンだ。
これはもう諦めよう。
「・・・よろしくお願いします」
私は服を全部脱いで木の椅子に腰掛ける。運動した直後なのでそれほど寒くはない。
ラミアノさんはポンプで水を汲み上げ、桶を持って私の背後に立つと、ゆっくりと水を頭から掛けて洗い始めた。
おや?水が冷たくない。
春先のこの季節。川の水よりマシとはいえ、井戸から汲み上げた水はもっと冷たいはずだ。
「この井戸水、温かいですね」
「その水汲み上げ器が魔道具なんだよねー。熱湯にはならないけど、ぬるま湯くらいまでなら出せるよ。ただ温度上げようとすると量を出せないし時間掛かるんだよね。だから一番最後だけぬるま湯掛けてあげるねー」
・・・給湯器じゃないですか、それ。
魔道具すごすぎでしょ。
「領都は魔道具がこんなにも身近にあるんですね。いいなぁ」
「いやいや。流石にオルカーテならどこでもあるってわけじゃないよ」
「え、そうなんですか?」
「冒険者ギルドくらいだよ、こんなに魔道具が揃っているのは。それもここ十年くらいの話で、それ以前の・・・あたしが冒険者やってた頃は識別タグの作製魔道具くらいしかなかった。それこそ転送魔法陣なんてなかったんだよ。だいぶ発展したよねー」
髪を洗ってもらいながらふわふわした気持ちで聞いていた。今私がやっている魔法士の仕事はここ十年くらいで産まれた仕事だったのか。ほへー。
「こんなもんかな。ほら、これで最後だ」
そう言ってラミアノさんは私の頭からぬるま湯を掛けてくれた。
ふわわぁー。気持ちいいっ。
この世界では、生まれて初めて頭からぬるま湯をかぶったよ。
「あら、先客がいましたか」
私達の背後から女性の声がした。最近どこかで聞いた声のような。
いまちょっと頭動かせないので、振り返ることできないんですよー。
「ああ、マルティーナか。もう出るから少し待っとくれよ」
そうだ、この声。美人受付嬢のマルティーナさんの声だ。
「よし、これで終わりだ。立って水気を切っておきな」
ラミアノさんから終了の声が掛かり、私は裸のまま立ち上がって後ろを向く。
マルティーナさんと目が合う。今日も美人さんで眼福だ。
マルティーナさんはラミアノさんと同じ様に防水エプロンを装着しており、彼女の後ろには衣類や布類が入った籠が見える。どうやら洗濯しにきたようだ。
「水気を切るなら、この布使う?どうせ洗濯するんで」
そう言ってマルティーナさんは少し大きめの布を差し出してきた。前世なら衛生観念が邪魔してきそうだが、この世界の村人として生きてきた身としてはみんなで布を使い回すのは当たり前だった。
「ありがとう。マルティーナさん」
私はありがたく布を受け取る。
「あら?確かあなた、エルナちゃんだったかしら。ラミアノ様の娘さんかと思ったわ」
「あっはっはっ。あたしに娘はいないって。息子三人なんだよね。エルナは私の小間使いとして雇った子なんだ」
「小間使い・・・。そうでしたか」
「ああ。ちょっと訳アリなんで、あまり触れ回らないでおくれよ」
「承知いたしました」
ラミアノさんの娘かと聞かれてどう答えようかと思ったが、ラミアノさんが上手に話を返してくれた。とはいえ子爵夫人が小間使いの髪を洗っているというのは、やっぱり違和感ありませんかねぇ?
それにしてもマルティーナさん。昨日自己紹介したばかりだったとはいえ、私の名前を覚えてくれていたのは嬉しい。髪が濡れていて判別しにくかったはずだが、ぱっと名前が出てくるのは受付嬢の仕事柄だろうか。
「マルティーナさん、これ助かりました」
「はい、どういたしまして」
体と髪を拭き終わり、借りた布をマルティーナさんに返す。
それを見ていたラミアノさんは、ぽんと手を打った。
「そうだ、マルティーナ。時々で構わないから、エルナが水場を使いたいってときは付き添ってあげてくれないかい?もちろん対価は払うよ」
「ええと、付き添うだけでよろしいんですか?」
「ああ。実はエルナはうちの屋敷に上げられなくてね、このギルドに常駐させているんだ。だがエルナ一人ではこの水場は利用しにくい。だから付き添いが必要なんだよ」
「まぁ、そんな事情が・・・」
「エルナがあたしの小間使いだと知っているのは、ギルド長、副長、それから運搬作業員のヨルフ、タトレオくらいでねー。あたし以外に女がいないんだよ。だからエルナが困ってたら助けてやっておくれよ」
私は黙ってラミアノさんとマルティーナさんの会話を聞いていた。ラミアノさんなら悪いようにはしないはずだ。
マルティーナさんは顎に指を当て少し考えていたが、
「わかりました。対価というのは口止め料も含まれているようですし、事情は深くお聞きしません。時々でしたらお引き受けします」
「話がわかるね。助かるよ」
ラミアノさんはにっこりと笑う。
「それじゃあエルナちゃん。もしラミアノ様がいないときに水場を使いたいときは、私に声を掛けてね」
「はい、よろしくお願いします」
服を着終えた私は、防水エプロンを外したラミアノさんと共に水場を出る。
「ラミアノさん。色々動きやすくしてくれてありがとうございます」
歩きながらお礼を言う私の頭をラミアノさんは隣から優しく撫でる。
「今は親元から離れて寂しい気持ちもあるだろうが、ここに慣れるまではちゃんと見といてあげるよ」
剣ダコのある堅い手は狩人の父さんのようで、優しく撫でる仕草は母さんのよう。
私がオルカーテでラミアノさんに出会えたのは、本当に幸運だったのだろう。
故郷の両親を想いつつ、されるがままに頭を撫でられながら私はラミアノさんとの出会いに感謝するのだった。




