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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
34/123

属性の付与1


カーン。

朝の鐘が余韻を残しながら耳を通り抜けてゆく。


目を覚まし、寝床の感触からここが自分の家でなくギルドの自室だと思い出す。


「・・・むー、起きなきゃ。今日はさっさと朝食取らないと」


もぞもぞと寝床から這い出して、踏み台に乗り、部屋の小さな窓から外を見る。

辺りはまだ暗く、夜空に星が輝いていた。


「あ・・・。朝一つの鐘って朝の三時じゃん」


そう。うちの村だったら朝の鐘は六時だ。つい習慣で起きてしまったが、ここオルカーテでは朝一つの鐘は三時だ。

とはいえ睡眠は十分だ。もう一度寝る気にはなれない。


仕方ない。弓でも引くか。その後は部屋の掃除でもしよう。

食堂は朝一つの鐘が鳴ってから鐘半分くらいには開くらしいから、今から一時間半くらい時間を潰せばいいだけだ。


「むーーん」


伸びをして身体をほぐし、背負い袋から小弓を取り出した。弦は外してあるが、私一人でも張るのはそんなに難しくない。

よし、張れた。


実際に部屋で射るわけにはいかないから、矢は持たず、つがえるイメージだけだ。

部屋の中央でゆっくりと構える。


ビンッ!


部屋に弦の音が響く。

その音が発せられると同時に、飛んで行く矢の軌道が頭に浮かぶ。

何もない狭い部屋を超え、その先の見えない空間に、しかし鮮明に矢が刺さるイメージが見えた。


ふぅ・・・。弦の音を響かせるのは実に気持ちがいい。しばらく無心で小弓を引き鳴らした。


やがて外が白み始め、鳥のさえずる音が聴こえてくるようになり、私はようやく時間の経過を知ることになる。


「・・・はっ!夢中になっちゃった。結構時間経ってるよね」


小弓を仕舞って、昨日買ってもらった小間使いの服に着替える。

上下二着ずつあるので、四通りの組み合わせでローテーションしよう。上着を毎日変えて、ズボンを二日に一度変えればいいよね。

そういえばラミアノさんからハンカチと髪紐をもらったんだっけ。ハンカチはポケットに入れて。後ろ髪は髪紐で結わえておこう。

よし、これですっきり。次から弓を引くときも結わえてからにしよっと。


着替えた私は冒険者の識別タグを首に掛け食堂へ向かう。

食堂のカウンターには、食堂のおじさんことアドロックさんが大きな鍋を運んでいた。

たぶん一階の厨房と往復しているのかな。


「アドロックさん、おはようございます」

「エルナか。おはよう。早いな」


食堂は開いているが、まだ利用している職員さんはいないようだ。

ともあれ弁当を一つもらう。


ピッ!


識別タグをカウンターに置いてある魔道具にかざして支払いを済ませる。いやー、本当に便利だなぁ。


自室に戻り、木のベッドに腰掛けた。

弁当のパンに肉と野菜を挟み、サンドイッチにして食べる。

んーっ。今日も美味しい。

まだ調理されてからさほど時間が経っていないのだろう。肉と野菜に余熱が残っていて、心なしか昨日より美味しく感じられた。


水筒の水を飲みながら、今日の行動予定を頭の中で整理する。

まず、朝二つの鐘が鳴ったら仕事場の扉の前で待機だ。

今日はきっと無属性魔力の扱いについて教えてもらえるはず。楽しみだな。


仕事が終わったら、水場の使い方を教えてもらおう。身体を拭きたいし、この部屋を雑巾掛けしたい。服の洗濯もその内にやることになる。

それと、今朝小弓を引いていて思ったけど、矢を射ってみたいんだよね。確かこの本館横には訓練場が併設されていたから、利用させてもらえないかギルド長に相談してみよう。


脳内で朝の会を終えると、ちょうど朝二つの鐘が鳴った。

まだ早いけど特にやることもないし、仕事場の前で待っていようっと。なにせ私は八年間村人をやってきているのだ。鐘一つ半くらいのんびり待つさ。


子供のフットワークを駆使して仕事場の前までさっと移動し、扉を背にして座り時間を潰す。

一人でしりとりをするのに段々飽きてきた頃、通路からギルドのマントを纏ったラミアノさんがやって来た。

私は立ち上がり、右手を胸に当ててゆったりお辞儀をする。


「ラミアノさん、おはようございます」

「やぁエルナ、おはよう。今日も可愛いね。楽にしていいよー」

「はい」


私は小間使いとしての立場で挨拶したのだ。もちろんラミアノさんもその事をわかっている。


「なかなかどうってたねー。綺麗な立礼だったけど、勉強したの?」


ラミアノさんは部屋の鍵を開けながら聞いてきた。


「村にいた時に司祭見習いの方から礼儀作法を教わっていました」

「へーぇ。その歳で大したもんだよー。おや、新しい服もその髪紐も似合ってるじゃない」

「えへへ。ありがとうございます」


ガチャ。

どうやら鍵が開いたようだ。


「さ、中に入って」


そう言われてラミアノさんと一緒に中に入り、ひとまず手に持っていた水筒を部屋の端に置いた。ラミアノさんはマントの下の上着を一枚脱いでから、もう一度マントを羽織りなおしている。

そうやって仕事の準備を整えながら、ラミアノさんは色々話し掛けてくる。


夕食はちゃんと食べたか、夜はよく眠れたか、朝は起きられたか、など。

まるで私の母親になったかのようだ。

親元を離れてホームシック気味だった私にとって、それは正直ありがたかった。


「さて、それじゃ仕事を始めるよー」

「お願いします」

「まず、仕事場に来たら今日の作業を決める。と言ってもそんな難しいことじゃない。今日はここからここまでやるぞ、という作業量の設定をするだけだよ」


そう言いながらラミアノさんは注文棚へ向かい、網袋が並んだ段を二段指した。


「今日は、光属性と火属性をやるよー。ここからここまでだ」


ラミアノさんが指した段に並んでいる網袋には黄と赤の色札が付いている。

えーと、黄の色札が光属性の注文、赤の色札が火属性の注文だったよね。


「はい。わかりました」

「よし、それじゃ一階の運搬作業を確認して、完了しているなら運搬止めしてもらおう。付いといで」


ラミアノさんと私が一緒に一階へ降りると、ヨルフさんとタトレオさんが立ち話をしていた。

二人は私達に気付くと、向き直って姿勢を正した。続いて右手を胸に当ててお辞儀をする。


「おはようございやす。ラミアノさん、エルナさん」「おはようございます」


まず年長のヨルフさんが挨拶し、タトレオさんも続いて挨拶してくれた。


「おはようございます。ヨルフさん、タトレオさん」


私が挨拶してから、一呼吸置いてラミアノさんが挨拶する。


「おはよう、ヨルフ、タトレオ。楽にしていいよ」

「失礼しやす」「失礼します」


職場によって異なるのだが、この素材工房では職場でその日最初に出会った際に、運搬作業員が上役の魔法士に立礼で挨拶する。

上役の魔法士が「楽にせよ」と言えば、以後その日の仕事中、特別な礼儀は必要ない。ただし、翌日は改めて立礼で挨拶することになる。


普段のラミアノさんはこの素材工房へ出勤してくるときにヨルフさん、タトレオさんと挨拶を交わし、運搬状況を確認して、運搬止めなどの指示まで出してから二階の仕事場へ行くのだそうだ。

今日は私に仕事の流れを見せるため、出勤時に挨拶だけは交わしたものの、二階にいた私を連れてくるからもう一度挨拶からやってくれ、と指示していたようだ。


ラミアノさんはヨルフさんに運搬状況の確認を取っている。

私とタトレオさんは側に控えてその会話を聞く。


「・・・というわけで、無属性の素材は運搬完了してやす」

「ふんふん。そんじゃ今から運搬止めお願いねー。運搬開けはいつになるかわかんないけど、昼一つの鐘が鳴る頃にまた顔出すよ」

「わかりやした」


素材工房には転送室が二つあって、そのうちの一つがラミアノさんの仕事場と繋がっている。

もう一つの転送室は、ギルドが雇っている残り二人の魔法士、ガトランさんとデルミットさんが使う仕事場と繋がっているのだそうだ。

なのでヨルフさんやタトレオさんにとって、こっちの運搬は昼二つの鐘まで作業がなくてもそっちの運搬作業があったりするので、別に暇になるわけではない。


「さ、エルナ。仕事場に戻るよ」


ヨルフさん、タトレオさんに指示を出し終えたラミアノさんは、私を伴って二階の仕事場へ戻り、早々に指示を出す。


「エルナー。黄の色札は幾つだい?」

「全部で八つですー」


黄の色札は光属性の注文だ。

私は注文棚の前まで素早く移動してラミアノさんに答えた。


「手前から二つ持ってきてー」

「はーい」


網袋を両手に二つ持ち、ラミアノがいる転送魔法陣の台座の前まで運ぶ。


「じゃ、無属性の魔力を扱うにあたり、始めに注意を一つ。台座に魔力を通さないようにしてね。要するに台座の側面に触れないように注意して転送魔法陣の上に乗せるんだ」


台座の正面は木枠でカバーされているが、そもそも正面からは魔力が通らないと教えてもらっている。でも側面は魔力を通すために開いているので、そっち側から乗せようとすると万が一がある。


私は台座の正面に回り、白く輝く転送魔法陣の上にゆっくり乗せた。


「ん、あと一袋イケるかなー。もう一つ、これくらいの量の網袋追加で」

「はいっ」


素早く注文棚を往復して、おおよそ指示された量が入っている黄の色札の網袋をもう一つ運び、追加で転送魔法陣の上に乗せる。


「うん。一回の作業量としては、これくらいが目安だよ」

「わかりました」


私の返事にラミアノさんは満足そうに頷く。


「それじゃ今から実演するよ。よく見ててねー」

「はい!」


ふわぁーーっ!興奮してきたーっ!

おっと、いけない。少し感情を抑えよう。

昨日転送魔法陣の美しさに泣いてしまったことを思い出して、私は気持ちを鎮めるために一つ深呼吸した。


ラミアノさんは台座の前に立ち、右手を側面から離して構えた。

そうか、手を触れたら魔力が通っちゃうからこの位置なんだ。


すぅーっと息を吸う音が聴こえた、その次の瞬間。


《光よ、魔に、溶けよ》


耳障りの違う言葉!

魔言!つまりラミアノさんの魔法だ。


転送魔法陣は始め白く光り輝いていたが、その輝きが徐々に黄色い光へと変わっていく。

なんて綺麗な光の遷移・・・。


ラミアノさんはしばらくそのままの姿勢で光の色を見ていたが、やがて光がはっきりと黄色になったことを確認して、ゆっくりと台座の側面に手を触れた。

ああ、昨日見た光景だ。

台座から魔力が吹き上がり、転送魔方陣に乗っている網袋の中の魔石が魔力を吸い取っていく。

はぁ、美しい・・・。たまらん。見ているだけで心にグッとくる。


次第に魔力の流れが弱まり、そして止まった・・・のがわかる。

ラミアノさんは台座の側面から手を離して、ふぅーっと息を吐いた。


「これが魔法士だけができる仕事だよ」


そう言って、ラミアノさんは私に満面の笑みを向けるのだった。


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