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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
33/123

小間使いエルナ


ギルド長にラミアノさんの真意を尋ねると、こういうことらしい。


ラミアノさんは、私を自分の息子の嫁にするつもりはない、と表で言いつつ、裏ではちゃんと私を品定めしていたという。

それはラミアノさんが間違いなく子爵夫人であるという事実の証左であり、つまりは貴族として当然の立ち回りだったのだ。


貴族様怖いっ!


だがどこまで真実かわからないが、私が存外優秀だった、ようなのだ。

仮に私を引き込んだ場合、自分の家格では面倒事に巻き込まれるリスクが大きいと判断し、今度こそ本当に、うちは手を出しませんよ、という宣言をしたのだという。


これは後でギルド長に補足してもらったことだが、貴族が優秀な人材を取り込む場合、他の貴族から絡まれたり反感を買ったりするリスク、そしてその優秀な人材によって取り込んだつもりだった自分達の方が逆に家の中から取り込まれるリスクなどを勘案するそうだ。またラミアノさんの場合は冒険者目線から、私に対する庇護感や冒険者ギルドおよびギルド長との義理も判断材料であったし、もちろん多少のジョークも混じっていただろう。

ラミアノさんは私を品定めするにあたって、貴族目線だけでなく冒険者目線も活用し、色々な利益とリスクを天秤に掛けて、この『手を出しませんよ』宣言になったようだ。


というか子爵家でリスクが大きいってどうなのよ?私を高評価してるってことなんだろうけど、いくらなんでも過大評価じゃないですかねぇ。

私は何となくぞわぞわする身体を縮こませた。


「さぁて、エルナー。あと一つだけ仕事残っているよ・・・ってどうしたのよ」

「ラミアノさんやギルド長が私のことを優秀だとか言うんで、こそばゆくなったんですよ」

「あっはっは。そりゃ悪かったねー」


快活に笑うラミアノさんに、私は小さくため息を吐く。

さてと、ラミアノさんが言うところの残っている仕事といえば・・・。


「これから一階に行って、ヨルフさんかタトレオさんに運搬開けを伝えるんですよね」

「そうさね。予定通り次は無属性素材を頼む、ってことと、今日はもうあたしらは仕事を上がるんで、納品物を取りに来て、って伝えてきてよ。あたしはここで待っているからねー」

「わかりました。行ってきます」


ギルド長と手をひらひらさせるラミアノさんを部屋に残して、私は一階へ降りた。

一階にはヨルフさんが居たので声を掛ける。


「ヨルフさん」

「お、エルナさん。何でしょう」


ふわー。昨日まではこの世界で中年のおじさんから目上のように扱われたことなかったんで、やっぱり何とも言えない気恥ずかしさがあるね。

おっと、私は小間使い、小間使い。お仕事だ。


「二つ連絡です。まず一つ。運搬開けして、次は無属性素材を運搬してください」

「おう。了解しやしたぜ」

「もう一つ。今日はこれで上の仕事は終わりにするので、納品物を取りに来てください」

「わかりやした。これからタトレオと向かいやす」

「はい。ラミアノさんに伝えます。それではよろしくお願いします」


私は軽く会釈して、また二階の仕事場に来た。

部屋に入ると、ラミアノさんだけが座っていて、ギルド長は居なくなっていた。


「ただいま戻りました」

「ああ、おかえり。ダルは自分の仕事をしに戻ったよ」

「そうでしたか。えっと、ヨルフさんに指示を伝えました。これからタトレオさんと一緒に来るそうです」

「うんうん」


ラミアノさんは満足そうに頷いて立ち上がった。


「よし、エルナ。今日の仕事はこれで終わりだよー。買い物に行こう」


そういえばギルド長がこの部屋に来たとき、小間使いの服買いに行け、って言っていたような。


「それじゃ行く前に自室に戻って背負い袋取ってきます」

「いーよ、いーよ。手ぶらで」

「え?」

「馬車で行くから」


ラミアノさんは子爵家の馬車で送り迎えされていて、昼二つの鐘が鳴った頃にはギルド裏の厩舎に迎えの馬車が常に待機しているらしい。


「・・・よろしくお願いします」

「はいはい。気楽にしてていいよ」


ラミアノさんはにかっと笑う。私は苦笑するしかなかった。


少しして、ヨルフさんとタトレオさんがこの部屋にやってきた。

二人は廊下の台車から幾つかの網袋を注文棚に置き、代わりに納品棚の網袋を台車に乗せると、颯爽と運んで行ってしまった。

手際がいいなぁ・・・。

こうして客が依頼した魔石が新たに注文棚に並ぶと共に、魔法士が充填した魔石は客に届けられていく、というわけか。


これをもって仕事場の戸締りをすることになるようだ。

私はラミアノさんと一緒に廊下に出る。仕事場に鍵を掛けながらラミアノさんは言った。


「いつも朝二つの鐘と鐘半分から仕事始めなんだよー。あたしはさ、朝二つの鐘が鳴ったら朝食を取って、食べ終わったら出勤、って感じだからね。で、エルナは今日みたく朝三つの鐘が鳴る前くらいに仕事場に来ればいいよ」

「建前とはいえ小間使いなのに、ラミアノさんより遅れて仕事場に入るのは抵抗あるんですが・・・」


私の言葉を聞いたラミアノさんは嬉しそうな顔をして、仕事場の斜め前にある部屋の扉を指した。


「そう言うと思ってね、そっちの部屋をエルナの待機部屋にしようかとさっきダルに相談したんだよ。今はまだ物置状態だからちゃんと掃除してからだけどさ」

「なるほど・・・。私が朝からその部屋で待機していれば、ラミアノさんが出勤してきた時に一緒に仕事場に入れますね」

「それに昼食も取れるじゃん?最悪昼寝しても、廊下で眠りこけるようなことにはならないじゃん?」

「ふぇっ!もうっ!ラミアノさん、意地悪です!」


私は今日の失態を思い出し、顔を真っ赤にして叫んだ。

ラミアノさんはそれを見て、あっはっはと楽しそうに笑った。


「で、それはもうしばらく先の話になるからそれまでは我慢してもらうとして、悪いんだけど明日だけは早目に仕事場の前で待っていてくれるかい。仕事始めの流れをエルナに教えておきたいんでね」


ラミアノさんは本当に手際が良い。

会社にいたときも、ここまで部下のマネージメントができた人は周りにいなかったなぁ。

なぜか不意に社会人だった頃の前世の記憶が頭をよぎった。


「わかりました。明日は朝食取ったらこの扉の前でお待ちしています!」


キリッと姿勢を正す。

明日、私は忠犬ルナ公になるのだ。

新入社員で可愛がられていたときの記憶なども一緒に思い出してしまって、私のテンションは少しおかしくなっていた。


「あれ?うん、よろしくね?」


ラミアノさんは若干引き笑いしつつ歩き出した。


素材工房から外に出た私達はギルドの裏手に回る。

厩舎に留められている馬車は、二頭引きの立派な馬車だった。


「さ、乗って乗って」

「はい、失礼します・・・」


中に乗り込みラミアノさんと向かい合って座る。座り心地もとても良い。これは嬉しい。

馬車は街中をゆったり進み、すぐに服飾店の前に停まった。


ラミアノさんに引かれて入った服飾店で、私はすぐに採寸され、小間使いとして動きやすそうな服を上下二着ずつと、肌着や下着を買ってもらった。

加えて買ってもらったのが、冒険者が着るような厚手の服を上下一着ずつ。

何かのタイミングで冒険者向け依頼の雑用をこなすときは厚手の服が必要になってくるから、とのことだ。


買ったばかりの服を着た私を見て、ラミアノさんも楽しそうだ。

これらの請求先は冒険者ギルドになるらしい。確かにギルドの制服代わりだもんね。


「よく似合ってるね、エルナ。こっちはあたしからのプレゼントだよー」


ラミアノさんから、ハンカチと髪を結ぶ紐を渡される。

ハンカチは、実用的だが端に刺繍がワンポイントで入っている。髪紐も落ち着いたえんじ色。これからの仕事で使えて、しかもささやかな御洒落も楽しませてくれるわけで、私が嬉しくないわけがない。


「ラミアノさん・・・。実はモテたんじゃないの?嫁の貰い手がいなかったって、嘘でしょ」

「いやー、ホントホント。男には全然だったわ」


男には、か・・・。

いずれにしてもこれは断る事ができないヤツだ。


「ありがとうございます。明日から使わせてもらいます」


短く感謝の言葉を述べて受け取った。


買い物が終わったときには、辺りはだいぶ暗くなっていた。

私を送り届けるために馬車が再び冒険者ギルド裏の厩舎まで戻ってきたとき、夜一つの鐘が鳴る。

私だけ降ろして、馬車は子爵邸へ帰るべく動き出し、私は馬車が見えなくなるまで見送った。


「さて、夕食取るにもまず自室へ行って荷物を置いてこないと・・・。ギルド入口は避けた方がいいかなぁ」


今朝、ギルド本館の入口で冒険者とぶつかるトラブルを思い出して、私は素材工房から入り、二階の渡り廊下を通って本館へ移動した。

本館二階の食堂からいい匂いが流れてくるが、まず手に持った服などの荷物を置くため自室に戻り、改めて食堂に来た。


「アドロックさん、一つ包んでください」

「おう、エルナか。ん?新しい服着てんのか。なかなか似合ってるぞ」

「あはは。ありがとうございます」


昼のときは村で着ていたつぎはぎだらけの古着だった。私にとってはここ一年くらい着ていた愛着のある服だったけど、サイズが少しキツくなってきてたからちょうど良かった。

外見だけでもだいぶラミアノさんの小間使いに近づいたんではなかろうか。


アドロックさんから弁当を受け取り、自室へ戻る。

今日一日過ごして、これからの新しい生活サイクルが理解できた。大丈夫、やっていけそうだ。

弁当も美味しい。でも、独りで食べるのは少し寂しい。


家族と離れて、独りで眠る初めての夜。

私はホームシックを自覚して、早々に毛布に包まった。


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