ギルドの昼食
二階に上がり食堂に来た。ここは職員専用だ。
真下に位置する一階部分は冒険者用の酒場になっていて、厨房も一階にある。
食堂では楽しそうに会話しながら数人の女性職員さんが昼食を取っている姿が見える。
前を歩いていたギルド長が、こっちへ来いと手招きした。
「このカウンターから注文だ。エルナは、一つ包んでくれ、と言えばいい」
「はい、行ってきます」
私はカウンターと厨房を往復しているおじさんに声を掛ける。
「こんにちは。一つ包んでください」
「あいよ。・・・ん、初めて見るお嬢ちゃんだな」
「今日からラミアノさんの小間使いとしてここで働いているエルナといいます」
おじさんは私の後ろにいるギルド長とラミアノさんを見て、私へと視線を往復させる。
「ん・・・おう、そうか。ほれ、弁当だ」
ラトの葉に包まれた弁当を渡してきたので、私は両手でそれを受け取った。
「おじさん、ありがとう」
「俺はアドロックだ。お嬢ちゃん、悪ぃな、名前もう一度いいか?」
「エルナです。アドロックさん、支払いは・・・」
ギルド長から、代金は職員報酬から自動で引かれる、って話は聞いていたからそれを伝えようとしたが・・・。
「ああ、先に聞くべきだったな・・・エルナは冒険者登録は済んでいるのか?」
「はい、ついさっきですが」
首に掛けていた識別タグを懐から引き上げてアドロックさんに見せると、アドロックさんは一つ頷く。
「その識別タグを、そっちの魔道具にかざせばいいんだ。そうすりゃ決まった日にまとめて支払われるぜ」
クレジットカード決済みたい。すごいな・・・。
うちの村では物々交換だって日常的だったのに、いきなり前世の文明レベルまで引っ張り上げられた気分だ。
私はカウンターに設置されているノートパソコンサイズの魔道具に識別タグをかざした。
すると、魔道具の表面が一瞬光り、ピッと電子音が鳴った。
ふぁーーー。なんぞ、これ。本当にすごい。
「それで大丈夫だ」
「ありがとうございます」
アドロックさんにお礼を言った私は、弁当を持ったままギルド長に向く。
「エルナ。支払いは大体三十日毎だ。君の口座にはまだお金が入っていないが、職員報酬が入金されてから自動で引かれるので問題はない。ちなみに直近の報酬支払い日は十日後だ」
ギルド長は私が聞きたかったことを補足してくれた。
つまり、月末にお給料が入って、クレジットカードの決済も行われるってことだね。この世界は九十日で季節一つ分、って感じだから、月末って概念はないけどさ。
最初の給料日は十日後かぁ。初給料はちょっと楽しみだな。
「さっきも言ったが、君は六階の自室で昼食を済ませたらまた素材工房の二階へ来てくれ。我々もここで昼食を取るので急がなくてもいいが、自室で横になるとうっかり寝てしまうかもしれないので注意してくれよ」
「くす。わかりました、気を付けます」
冗談交じりのギルド長に、つい笑いを零してしまった。
仕事場、食事処、自室。これらが屋内の移動で済むのは便利だなぁ。
あれ?もしかして、外へ出なくても生活できるんじゃない?
ギルド長とラミアノさんも昼食を注文している。食堂だとスープ付きみたいだ。いいなぁ。
・・・あ、そうだ。
「あの、ギルド長。水はどこで飲めますか?」
「そうか・・・水筒は持っているかね?」
「自室に置いた背負い袋の中です。今は水が入っていますが、どこで補充できるのかと思いまして」
水筒の水は、今朝宿屋で補充してもらった。
今日からあまり外出しない生活になるので、水の確保は死活問題だ。
「職員用の水場は一階だ。井戸があって、身体を拭いたり髪を洗うこともできるんだが・・・ラミアノ」
「んー?あたしが付き添おうか」
「察しがいいな。エルナ独りで職員共用の設備を使用していると、何か問題に巻き込まれないとも限らん。すまんが、頼まれてくれるか」
「はいはい、任せていいよー」
ギルド長はラミアノさんと話を付けて、私に向く。
「エルナ。ラミアノがいるときは一階の水場まで同行してもらえ。最悪ラミアノがいない場合、水筒の補充だけならこの食堂でアドロックに頼むといい」
「はい。それと、仕事場に水筒は持ち込んでいいんでしょうか?」
「構わんよ。食い物は駄目だがな。まぁ、飲み水に限れば仕事場でも何とかなるんだがな」
「え?それはどういう・・・」
「後ですぐに分かるだろうさ」
意味深な言葉に私は首を傾げたが、ギルド長はそれ以上教える気はないらしい。
ともかくこれで水の確保は目途が付いたかな。
この弁当を食べさせてもらうとしよう。
「それでは私は自室で弁当食べてきます」
私は、ギルド長と手をひらひらと振るラミアノさんに会釈して、朝、ギルド長に案内された道順を逆になぞり、自室のある六階へ向かった。
鍵を開けて自室に入り、ベッドに腰を掛け、この世界で初めての昼食を取ることに。
ラトの葉の包みを開く。中身はパンが二切れと茹でた肉と野菜だ。
食べてみると・・・やはりうちの村よりも味付けが濃くて美味しい。
これから毎日三食食べられるのかな。楽しみだな。これはお仕事頑張らなくちゃ!
弁当をよく味わって平らげ、最後に水を飲む。
はー、美味しかった。満足満足。
ギルド長が、横になるとうっかり寝てしまうぞ、と注意してくれなかったら、本当に横になってしまいそうだったよ。眠気が来る前に仕事場へ移動してしまおう。
水筒だけ持って廊下に出て、自室に鍵を掛ける。
二階まで降りて渡り廊下から素材工房へ移動。
そして、仕事場の扉を開けようと取っ手に手を掛けるが・・・鍵が掛かっていた。
一応ノックしてみるが、不在だ。ラミアノさんはまだ昼食が済んでいないのかもしれない。
仕方なく扉を背に水筒と膝を抱えて座り込んだが、途端に強烈な睡魔が襲って来た。
「はぁ・・・。人生で初めて昼食を取ったからか、眠気が・・・来たよ・・・」
瞼が重くなって、意識が半分くらい飛び掛けたその時、
「エルナ、待ったかいー。・・・って、あらら」
ラミアノさんの声だけ聴こえた。
私はそのままふわっと宙に浮くように抱えられて、そこで意識を手放した。
次に意識を取り戻したとき、私は横に寝かされて毛布が掛けられていた。
「ん・・・むにゃ・・・。はわっ!」
「あー、起きたかい、エルナ」
上半身を起こして辺りを見渡すと、午前中にいた仕事場の室内だ。
どうやら廊下で眠ってしまった私は、部屋の中へ運び込まれて、壁際の長椅子に横にされていたようだ。掛けられていた毛布を外し、そのまま長椅子に腰掛ける。
掛けられた声の方を向くと、ラミアノさんが優しい顔で近づいてきた。
仕事をしに来たというのに初日からこの体たらく・・・。とても気まずい。
「あ、ラミアノさん。私・・・」
「ふふふ。だいぶ疲れていたんだろうよー。扉の前で寝ちゃってたのさ。話し方や立ち振舞いから忘れそうになるけど、あんたはまだ八歳の子供だったんだよねぇ」
ラミアノさんは長椅子に座っている私の隣に腰掛けると、肩を抱き寄せて頭を撫でてくれた。
「あの・・・私の住んでいた村では、朝と夜しか食事を取る習慣がなくて・・・。それで今日初めて昼食を取ったら、満腹感で眠くなってしまって・・・」
「おやおや、そうだったのかい。まぁ体調を悪くしたわけじゃないのはすぐわかったから、心配はしてなかったけどね」
ラミアノさんはそのまま優しく頭を撫で続けてくれた。
「よしよし」
ふわわぁー。心安らぐー。
私は引き寄せられるようにラミアノさんのふかふかの胸に顔を埋めた。
「ふふ。甘えん坊さんだねー」
午前中に泣いてしまったときもそうだったけど、ラミアノさんの母性に触れた私は、またしてもメロメロになってしまった。もう少しだけ、このままでいさせてもらおう・・・。
「ラミアノ。入るぞ」
部屋の扉の外から、コンコンというノックがしたかと思うと声と一緒にすぐ扉が開かれた。
この間、わずか二秒。
・・・あれ、デジャヴ?
「今日は適当に切り上げて、エルナに小間使いの服を買ってやれ・・・何やってんだ?」
ギルド長だ。なんでこの人はタイミング悪いかなぁ・・・。
ラミアノさんは、またしても肩をぷるぷると震わせる。
「ダルゥーッ!ノックしたら返事待てっつってんだろうがぁーっ!!!」
「え?ええええ?」
ラミアノさんに怒鳴られたギルド長は、前回と同じ様に後ずさりして部屋を出て扉を閉めた。
・・・うん。ギルド長、反省しようね。




