冒険者登録
「・・・で、今は水属性の素材から魔力を移すのをやってみせたとこだねー」
あの後、私が落ち着くのを待ってからギルド長は部屋へ招き入れられた。
訝しげなギルド長に私は、自分が転送魔方陣に感動して泣いてしまい、落ち着くまでラミアノさんに抱きしめられていたことを説明。私とギルド長は互いに頭を下げ合った。
続いてラミアノさんがギルド長に説教を喰らわせた後、進捗報告がされて今に至る。
「なるほど。ご苦労だったなラミアノ。もう昼だし休憩にしてくれ。エルナは私が預かる」
「この後エルナをどこへ連れて行くんだい?」
「まず冒険者登録のために本館の一階だ。それから二階の食堂で紹介して一区切りだな。エルナには六階の自室で食事を取ってもらった後、またこの部屋に来てもらう」
ギルド長の話を横で聞きながら、私はうんうんと頷く。そこでラミアノさんが声を挟んだ。
「なら、あたしも食堂までは同行しようかね」
「そうか?じゃ、いくか」
椅子に座っていたギルド長とラミアノさんが立ち上がり、手招きする。
私も立ち上がり、素直に二人の後ろから付いていく。
素材工房から本館への移動は、来た時と同様に二階同士を繋ぐ渡り廊下だ。本館二階に移動してから階段を降りて一階へやってきた。
一階のフロアには冒険者らしき人が十数人いるが、今朝や昨日の夕方ほどの人数ではない。
たぶん冒険者にとって冒険者ギルドは朝と夕方の利用が多いということなんじゃないかな。
「こっちだ、エルナ」
「あ、はい」
付いていった先にはギルドの受付嬢さんがいた。うちの村ではなかなか見ない知的で上品な雰囲気を持った美人さんだ。
受付のカウンターは、大人の腰くらいしかない私の身長より高い位置にある。どうしたものか。
「あら、ギルド長。お疲れ様です」
「ああ、冒険者登録の手続きを頼む」
「どなたの登録をなさるんですか」
「この娘だ」
私はギルド長の背後から横へぴょこっと移動する。
受付嬢さんは一瞬だけ、え?という口の動きをしたが、すぐに笑顔で私を見た。
「わかりました。それではそちらに座ってて下さいね」
そう言ってフロアの端にあるテーブルを指差した。
なるほど。受付のカウンターが高いので、テーブルに誘導してくれたようだ。
「はい」
私は返事をして、フロアの端へ移動する。
今度はギルド長とラミアノさんが私に付いていく格好だ。私達三人はテーブルに備え付けられていた椅子に座った。
やがて受付嬢さんは紙を持ってこちらへやってきた。ギルド長とラミアノさんに会釈をしつつ私の隣に座る。
「それではこの用紙を記入してもらいますが、字の読み書きはできますか?」
「はい」
「「・・・」」「おや」
受付嬢さんの頬がぴくっと動く。が、笑顔のままだ。
ギルド長は少し顎を前に出したくらいだったが、ラミアノさんは思わず声を出した。
私は紙とペンを受け取り用紙に記入していく。といっても書くところなんて、名前、生まれ年と季節、出身地くらいだよね。経歴は書く必要がないから空欄でいいだろう・・・あっ。
思わずペンが止まる。
相続先。つまり私が死んだとき、私の財産を渡す相手。こんなの考えたことなかったなぁ。
・・・リンでいいや。
少し考えてから、可愛い妹の名前を書いた。
「どうぞ」
「・・・綺麗な字ですね。はい、大丈夫です。冒険者の識別タグを発行しますので一度受付に来てください」
立ち上がる私にラミアノさんがひらひらと手を振る。どうやらギルド長とラミアノさんはこのテーブル席で待っててくれるようだ。
受付嬢さんに連れられてもう一度カウンターまでやって来た。受付嬢さんに言われるまま踏み台に乗ると、カウンターにノートパソコンくらいの大きさの物体が置いてあった。
石のようなどっしりとした材質だ。
「それに手を乗せて下さいね」
もう分かる。これ魔道具だ。
途端にわくわくしてしまう。
「乗せますっ!・・・えい!」
私は元気よく、その物体に手を乗せる。
あ、受付嬢さんにくすりと笑われた。
「ふふ、はい、結構ですよ。それでは先ほどのテーブル席に座っていて下さいね」
「あ、はい」
あれ、これで終わり?
あまり面白いことはなかった。ちょっと拍子抜けしちゃったな。
でも確かに魔道具だった。魔力が通ったというより、魔力が手に触れて行った、くらいの感覚だったけど。
「戻りました」
「おかえり、エルナ。ねぇねぇ、あんた、その歳で読み書きできるなんてすごいねー」
「あ、それは村で司祭見習いのワッツさんという方に教わりまして・・・」
テーブル席に戻った私は、小声でラミアノさんとおしゃべりする。ただし当然ながら魔法に関する話はお互い一切無しだ。そんな私達のおしゃべりをギルド長は横で聞いていた。
やがて受付嬢さんがやってきて、また私の隣に座った。
「こちらがエルナさんの識別タグになります」
受付嬢さんがテーブルの上に置いたのは、銀貨を叩いて伸ばしたような薄い金属板で、紐が通されていた。
よく見ると私の名前が小さく書かれている。その裏側には線が一本引かれていて、八等冒険者を示しているらしい。七等に上がると線が一本増えたりするんだそうな。
「これで冒険者ギルドにお金を預けたり引き出したりすることができるようになります。冒険者報酬もここで受け取れるようになります。その時にこの識別タグが必要です」
冒険者登録することで個人口座を持てるようになったが、これはあくまで冒険者に与えられたサービスであり、銀行のように利息などは付かない。冒険者は一定の活動をして功績を得ていく必要があり、功績が足りないと毎年春に冒険者資格の維持手数料が発生する。ただし初年度は無料だそうだ。
とはいえ、維持手数料はそれほど高額というわけでもないので、個人口座の利用だけが目的のなんちゃって冒険者も結構いるらしい。
「冒険者の証明にもなるし、エルナさん本人の証明にもなるので紛失しないように気を付けてください。再発行は手続きやら手数料やらで面倒なことになりますので。逆に、もし他人の識別タグを拾ったら、必ず冒険者ギルドに届出てくださいね」
先ほどの魔道具は個人の識別情報を取得するためのものだそうだ。何を基にしているんだろう?指紋かなぁ?もしかして血液型とかDNA情報とかを読み取られていたんだろうか。
少しぼかして聞いてみたが、なりすまし等の犯罪対策の一環らしく教えてもらえなかった。
「他に何か聞きたいことがあれば個別にお答えしますよ」
「えっと、それでは・・・」
私は受付嬢さんに、聞きたかったことを幾つか質問した。
まず、八等冒険者が七等に上がるにはどんなことをすればいいのか。
これは、近場の素材採集や街の清掃といったギルドが初心者向けに出している常駐クエストを30回程度こなせばいいらしい。もちろん、駆け出しでも腕に自信のある冒険者は、常駐クエストの中でも難易度がワンランク高いクエストをやったりするので、早々に七等に上がる者も多い。
ただ、七等から先は簡単には上がらないようで、常駐クエストだけでなく依頼クエストをこなす必要が出てくる。
五等、四等ともなると、護衛や討伐などのクエストを何回かやらなければならないそうだ。
次に、四等冒険者ってどれくらいすごいのか、って聞いてみた。
ランダルフ先生、ラミアノさんの冒険者としての地位みたいなのを知りたかったからだ。
領都オルカーテで現役の四等冒険者は十人ほどいて、トップランクの冒険者という扱いになるらしい。
はぁー。やっぱり先生凄かったんじゃん。
四等より上となると、討伐クエストで物凄い戦果を上げた人とかになるらしい。つまりは英雄ということだ。
ちなみに、このオルカーテの冒険者ギルドに所属している三等冒険者が一人だけいるそうだ。でも指名依頼で主に王都方面へ出ずっぱりらしく、ここには全然帰ってこないんだって。
さらに、相続にも興味があったので深堀りして聞いてみた。
家族に相続すると、ギルドに預金してあるお金の大体五割から七割くらいが渡されるそうだ。家族以外に相続する場合だと、もう少し減るらしい。
注意点としては、死亡通知の費用が結構掛かるようだ。相続先の相手が遠方だと、通知するだけでも結構なお金が掛かるのは確かに分かる。
確実に、しかもできるだけ多くのお金を相続したいなら、相続先の相手も冒険者登録させておくといい、とのこと。自分の口座から相手の口座へ振り込むわけだから、そりゃ確実だよね。
個人口座の利用だけが目的のなんちゃって冒険者がそれなりにいるというのは、こういう理由もあるんだろうなぁ。うん、覚えておこう。
「最後に、美人なお姉さんの名前を教えてください」
ふっ。完璧な流れだ。
こんな美人さんの名前を聞かずに席を立っては一生後悔するだろう。
「まぁ。私はマルティーナです。よろしくね、エルナちゃん」
「はい、こちらこそ。マルティーナさん」
にっこり微笑むとマルティーナさんの美人度はさらに増した。
思わずこっちも頬が緩む。
「お話たくさんありがとうございました。色々聞けて面白かったです」
「いえいえ、また何かあったら聞いて下さいね」
マルティーナさんは優雅に席を立ち、カウンターへ戻っていった。
はっ!随分話し込んでしまった気がする。
周りに目を向けると、ラミアノさんは相変わらずにこにこ顔だが、ギルド長は渋い顔をしている。
「あ、あの・・・お待たせしました」
「お前さん、よくそんなに話せるな・・・。いや確かに、詳しい話は冒険者登録のときに職員に聞け、と言ったけどな・・・」
ずっと横で聞いていてくれたギルド長は、私の長話に呆れていた。かといって、イライラしているわけではない。
でも仕方ないじゃないですか。女子はお話大好きなんですよ。
「よし、エルナ。次は食堂へ行くぞ」
「は、はい」
ギルド長は勢いよく立ち上がる。私とラミアノさんも続いて立ち上がり、ギルド長の後を追うのだった。




