エルナのお使い2
「何と交換したの?」
「ジヤと干しベリルだ」
「ジヤの湯は温まるんだよねー。私、ジヤ好きなんだ」
「ふ、そいつぁ良かった」
ジヤはショウガに似た野菜だ。ベリルは木苺のような木の実で栄養がある。
どちらも薬効があるし、料理にも普通に使われる。おっと、いま食べ物のことを考えたらお腹が減ってしまう。歩かなきゃ。
帰り道、私は歩きながら何度も魔法のことに思いを馳せる。
異世界の生活はいつも驚きに満ち溢れているけど、今日はとびきりわくわくしたなぁ。
夜、寝付けないかもしれない。どうしよう。
・・・いや、よく考えたら今日は一日中歩き通しだ。ヘトヘトだから横になったらすぐ眠ってしまうだろうか。
三時間ほど歩いてようやく第七ホラス村に辿り着いた。
陽はすっかり山の陰に沈んでしまった。灯りが必要になる前に帰ってこれてよかった。
門番のミッテンさんは門の前には居らず、小屋から出てきて挨拶を交わしたら「寒い、寒い」と言いながらまた小屋に入っていった。
ふふっ、この季節は仕方ないか。
父さんと顔を見合わせて笑ってしまった。
「村長。戻ってきました」
「村長さん、ただいま戻りました」
「雪道ご苦労だったね、ドナン、エルナ。楽にしていいよ」
村に帰って、まずはマーカスさんに報告するために家を訪ねた。
すぐに中に通され父さんと私はマーカスさんと挨拶を交わす。
朝は立ったままで通したが、報告時の今は小さな机を挟んで座っている。
「では受領札をもらおう」
「はい、こちらになります」
私は受領札を背負い袋から取り出しマーカスさんに手渡した。
渡されたマーカスさんは札を見てひとつ頷き、私を見た。
「他に報告はあるかい?」
「ガルナガンテさんが、マーカスにもよろしく、とのことでした」
「ふむ、そうか」
父さんに向き直ると、懐から硬貨が入っているであろう小さな布袋を机に置いた。
「受領札は確認したよ。これで仕事完了だね。報酬だ」
「「ありがとうございます」」
父さんは布袋の紐を解き、中の硬貨を一枚ずつ取り出して机に並べる。
「銅貨8枚。確かに受け取りました」
父さんは机に並べた硬貨を一枚ずつ布袋に戻し、紐で結んで懐へ入れた。
懐へ入れたところまで確認して、マーカスさんはにこりと笑い、口を開く。
「いやー、ドナン、エルナ、すごいじゃないか。ここまで礼儀作法を身につけるとは。驚いたよ」
「ありがとうございます」
「恐れ入ります」
良かったー、家で父さんと礼儀作法の練習した甲斐があったなぁ。父さんも嬉しそうだ。
「ここからは報告じゃなくて世間話になるんだけど、第四ホラス村はどうだった?」
「特に問題が起きているとかいうことはなかったですね。雪の量はうちの村と同じくらい積もってました」
「ガルナガンテも元気だったかい?」
「お忙しそうでした。予定が詰まっていたようで、あまり長くはお話できませんでしたし」
「そうか、なるほど」
マーカスさんは機嫌良く私に尋ね、私はできるだけ簡潔に回答していく。
・・・話すならこのタイミングかな。私は今日一番聞きたかったことを聞いてみた。
「村長さん」
「ん、なんだい」
「私、ガルナガンテさんが受領札に印を押している道具が魔道具だって、今日初めて聞きました。魔道具には魔力が必要で、魔法士は初級の魔法を行使して練習する、と教えて頂きました」
「ほぅ」
「私、魔法士に会ってみたいんです。どうすれば会えるでしょうか」
マーカスさんは顎に手を当て、少し思案してこう言った。
「希少な存在だが、領都に何人かいるのは知っているよ」
「領都・・・ですか」
「そう、ホラス領領都オルカーテ。今日行った第四ホラス村から更に南西にある、ホラス領の中心に位置する街だ。ただ・・・」
マーカスさんは口ごもり、一度私を見て続ける。
「ただ、オルカーテに行ったとしても会うのは難しいだろう。なぜなら魔法士は冒険者であれば街にいない場合が多いし、冒険者でなければ貴族や街の有力者に雇われている場合が多いからだ」
「そうですか・・・」
魔法士に会うのは難しいか・・・。
私自身が魔力持ちかどうかにかかわらず、魔法を目で見て学んでみたいんだよね。
魔道具どこかに売ってませんか、とかは聞いちゃいけないんだろうなぁ。ガルナガンテさんの実家って確か貴族だってマーカスさんに聞いたことあったからなぁ・・・。
「会ってみたかったのですが、残念です」
「んー、ただ魔法士の冒険者が第四ホラス村や、ここ第七ホラス村に立ち寄ることはあるかもしれないよ」
「へ?」
あ、思わず素っ頓狂な声出してしまった。
「ふふ、君は七歳なのに随分大人びているが、もっと年相応にしていいんだよ、エルナ」
「あ・・・いや、すみません」
「ええとだね、それを話す前に聞いておこう、ドナン」
え・・・ああ、そういえばずっとマーカスさんと話し込んでしまった。父さんがいたんだった。
「もうこんな時間なのに世間話が長くなってしまってすまないね。これだけ話して終わるから、もう少しだけ待ってくれ。いいかい?」
「ええ、分かりました」
私と父さんが家に帰らなくては、私の家の夕食が始まらない。マーカスさんは私の家庭のことを配慮してくれたのだ。
父さんの了承を得て、マーカスさんは続ける。
「でだ、エルナ。この第七ホラス村は、元々この辺りにあった十戸くらいの家を取り込み、国内各地から二百人くらい移住する村人を呼び込んで集落を作った。それが十年くらい前のことだが、土地を切り拓くときに魔法士の力を借りているんだ。その魔法士、いや魔法士様はオルカーテの冒険者ギルドに所属する冒険者で、年一回くらいパーティーを組んで国境砦に出向いている。一昨年は第四ホラス村に泊まられたようだが、去年はこの家に一泊していかれたんだよ」
なんと、マーカスさんと面識ある魔法士・・・。あ、いや、マーカスさん、いま魔法士様、って言ったな。マーカスさんより偉い人になるのかな。
「だから会える可能性はあるんだが、もしこの村にいらしたときに本当に会おうとするなら、クリアしなければならない問題がある」
「それは・・・何でしょうか」
「第一に、彼と彼のパーティに敬意を払い、決して失礼のないよう応対しなければならない」
礼儀作法が必要ということか。
冒険者って粗野なイメージあるけど、少なくとも魔法士様のパーティーに対して、そのイメージを当てはめてはいけないのだろう。
「第二に、私が彼に君を紹介した場合、村長が彼らに取り入るために村娘を差し出してきた、と思われる可能性がある」
ひぇぇぇ!それは何か色々、そう、色々困るよ!
父さんも思わず椅子から腰が浮きかけて、前のめりになっている。
「まぁこれに関しては、私がしっかり根回しすれば回避できるはずだ。だから君は、斎場でワッツにまた礼儀作法を教わっておくといい。機会が訪れたときに役に立つはずだ」
斎場とは村にある祭祀・儀式を行うための建物で、司祭見習いのワッツさんが管理している。ワッツさんは、私に読み書きや礼儀作法を教えてくれた人だ。
「わかりました」
「よし、それじゃこれで話を終わろう。ドナン、エルナ、遅くまでご苦労だったね」
「では村長、失礼します」
「村長さん、失礼します」
父さんと私はマーカスさんの家を後にして、我が家へ向かう。
辺りはすっかり真っ暗で、村の家々から灯りが零れてる。父さんの背負い袋に蝋燭があるが、我が家までの道のりに使うのはもったいないので、使わずに手を繋いで歩いていく。
「ごめんね、父さん。夢中になって話し込んじゃった」
「仕事は無事終わったし、村長との話なら仕方ないさ。さあトーナ母さんとリンが待ってる。早く帰ろう」
「うん」
長い一日の終わりだ。
道すがら村に鳴る夜の鐘を聞き、ようやく我が家に辿り着いて、家の引き戸を開ける。帰ってきたー。
「戻ったぞトーナ、リン」
「ただいま母さん、リンもただいまー」
「おかえり、二人とも。すぐ食べれるわよー」
「おねえちゃん。おかえりなさぁい」
母さんが台所から声を掛ける。
リンは家の出入口へ走ってきて、ぽふっと私に抱きついた。父さんが両手を広げたまま、少し恨みがましく私を見ている。
「リン、いい子にしてた?靴の雪を払うから、食卓で待ってて。すぐ行くよ」
「うん!」
リンは食卓のある部屋へ掛けていく。可愛い。
「ほら、父さん。雪払うよ」
「え、ああ」
今日は本当に色々あった。魔法・・・魔法かぁ・・・。
「お腹ぺこぺこだよ。さ、父さん、早く食卓行こう!」
その日、私は夕食後、ぷつんと糸が切れたように寝てしまった。
見た夢は覚えていないけど、夢の中の私は、きっと魔法を使っていたに違いない。