魔法士のお仕事3
「ヨルフ、ヨルフー」
「あ、ラミアノさん。運搬止めっすか?」
「ああ、そうだよー」
一階に降りたラミアノさんは、階段近くに居たヨルフと呼んだ中年の男の人に声を掛けた。
ぱっと見てわかる。長年に渡り力仕事を生業としてきたであろう人間の体格だ。
「あれ?そちらのお嬢さんは・・・」
後ろに控えていた私に気付いたようだ。
背の低い私と視線がぴたっと合った。
「紹介するからタトレオも呼んできてくれるかい」
「わかりやした、ちと待っててくだせぇ」
ヨルフさんは軽く頭を下げて別の場所へ向かう。
しばらくしてヨルフさんと共にもう一人、若い男の人が早足でやってきた。
二人はきびきびとした動作でラミアノさんの前に並んだ。
「来たね。そんじゃ、紹介するよー。この娘はエルナ。あたしの仕事の手伝いをするために雇った小間使いだよ。さ、エルナ」
私は二人の前に立ち、笑顔で自己紹介する。
「初めまして、ラミアノさんの小間使いエルナです。よろしくお願いします」
ラミアノさんは相変わらずにこにこ顔で、満足そうに大きく頷く。
「どうだい、可愛い娘だろー。さぁ、次はあんたらだよ」
まずヨルフさんが私の前へ一歩出た。そのまま私に視線をやり、右手を胸に当てた。
「初めまして、エルナさん。ここの運搬作業やっとりますヨルフっちゅーもんです。どうぞよろしく」
とてもいい笑顔でお辞儀してくれた。
それを見た瞬間、背中から脳天へ向かって痺れが突き抜けた。
こ、これは、少しぞくぞくしちゃったぞ。
この感覚は・・・背伸びしたい子供が世の大人から大人扱いされたときに感じるヤツだ。でもそれだけじゃなくて、別の感覚も混じっている。屈強な男性にかしずかれ、お嬢様扱いされて得られた快感だろう。
ひーっ。危険だ危険だ。
この快感を求めて増長しないよう気を付けよう。そうしよう。
私が心中の葛藤に終止符を打ったとき、もう一人の若い男の人も一歩前に出て、ヨルフさんの横に付きながら右手を胸に当てた。
「初めまして、エルナさん。タトレオです。どうぞよろしく」
こちらは控えめに口の端を上げて、やはりお辞儀してくれた。
事前にラミアノさんが言っていた通り、二人は私を上役として接してくれたようだ。
「ヨルフさん、タトレオさん、楽にしてください」
私は一呼吸置いてからできるだけゆったりと返事した。
二人が胸に当てていた手を降ろしたのを見てから、ラミアノさんに顔を向ける。
「・・・おっと、見とれちまったよ。ヨルフ、タトレオ。これからはあたしの代わりにエルナが指示を伝えに来ることがあるから、そん時はよろしくねー」
「わかりやした」「はい」
「そんじゃヨルフ、運搬止め頼んだよ。運搬開けは鐘一つ半くらいになる予定さね。次は無属性だよ」
「やっときます。でも次の運搬は夕方からってことですか。だいぶ時間空きやすね」
「ああ、昼休憩があるのと、今日はエルナに仕事の説明するからねー」
「なるほど、了解しやした」
鐘一つ分が三時間なので、鐘半分は一時間半のことだ。
今は鐘一つ半と言ったので、すなわち四時間半を指す。
次は無属性、と言ったのはおそらく、今の水属性素材が終わったら無属性素材を運搬してくれ、ってことだろう。
「タトレオ、仕事中呼び出して悪かったね。下がっていいよー」
「はい。・・・あ、ヨルフさん、運搬止めしたらメシにしましょうよ」
「ああ、そうしよう」
そういえばそろそろ昼一つの鐘が鳴る頃だ。ここ領都では昼食を取る習慣があるのか。うちの村では昼食無かったからなぁ。
同僚をお昼に誘う、というシチュエーション。前世では当たり前だったけど、この世界でも見られるのは少し感慨深い。
「エルナ、あたしらは二階に戻るよー」
「はい」
階段を上って二階の仕事場に戻った私たちは、改めて転送魔方陣の台座の前に立つ。
ラミアノさんは魔石の入った網袋を一つ持って見せた。網袋には木札が二枚付いている。
「この色が塗ってある木札は色札っていってね、客からの属性の注文を表しているよ。この色札は青だから、水属性で充填する、って意味だねー。そしてもう一つの数字が書かれている木札は、客を識別するための番号札さ」
ふむふむ。前世の知識でいうところの、銀行やファストフード店でやってた『○○番でお待ちのお客様~』ってやつだ。
「だからあたし達が見るのは、この色札だけで構わないよ。むしろ、それ以外は見る必要がないくらいさー」
「わかりました」
「繰り返すようだけどさ、あたし達の仕事はこの色札が示す注文通りの属性で魔石に魔力を充填すること、なのよ。たとえ急ぎの仕事であっても、注文通りに仕事する、ってのが何より大事だよ」
「はい」
ラミアノさんは、私を見て満足そうに頷いた。
それにしてもラミアノさん、人に教えるの上手だなぁ。
八歳児の抜群の記憶力と相まって、すいすいと覚えられるぞ。
「じゃ、いよいよ魔力の充填やるよー」
「!・・・はいっ!」
いよいよだ!魔法士のお仕事!うはー、気分が高揚してくるー!
私はラミアノさんの動きに集中する。
ラミアノさんは転送魔方陣の台座の上に、魔石の入った網袋を静かに置いた。
そして、台座の側面に右手を当てて、魔力を通した。
・・・あれ、なんで私、いま魔力を通したってのが分かったんだろう?
そんな疑問は、目の前の出来事によって、そして今私に与えらている感覚によって、一瞬のうちに頭の片隅へ追いやられた。
台座からぶわっと魔力の本流が開放され、ホログラムの様に浮かんで見える転送魔法陣がその魔力を制御している・・・ように見えた。
そして転送魔方陣に乗っている網袋の中の魔石が、魔力を吸い取っていく。それが分かる。
ああ、なんて綺麗な光景。
そうか・・・。私、魔力の流れを感じることができているんだ。
この台座が魔道具、あるいはそれに近い何かなのだろうなぁ。
魔石に吸い取られていく魔力の流れが次第に収まっていく。
やがてラミアノさんは、右手をゆっくりと台座から離した。
「・・・ルナ。エルナってばー」
はっ!
どうやら、ラミアノさんに名前を呼ばれていたらしい。
「ちょ、ちょっと、大丈夫かい!?お腹でも痛かったかい!?」
「あ、ごめんなさいっ、ラミアノさん。感動して惚けてました」
「あんた泣いてんじゃないのよっ!もしかしてずっと痛いの我慢してたの?」
そう言われて頬に手を当てると、指先がぴちょりと濡れる。
泣いて・・・いたの・・・私。はぁ、まただ。二度目だな、これ。
前回はランダルフ先生のときだ。初めて見た光魔法に感動して、知らずに涙が出たんだっけ。
昨日、故郷との別れで泣いちゃったこともあって、涙腺緩んでたのかもしれないな。
「あの、本当にごめんなさい。痛い所は無いんです。ただ、とても美しくて、とても綺麗で。それで心にきちゃって、勝手に涙が出たんです」
私は涙を袖で拭いながら、わたわたと焦って説明する。
「そ、そうなのかい?もー、びっくりしたよー」
ラミアノさんは私を両手で囲むと、優しく胸に抱き寄せてくれた。そのまま頭の後ろを撫でてくれる。
たぶん村を出たばかりの私が精神的に不安定だと思ったんだろうなぁ。実際は言葉通り感動してしまっただけなんだけど。まぁいいか。
はぁ~、これは落ち着く。赤ちゃん返りしたみたいで若干気恥ずかしいけれど、もう少しこのままでいさせてもらおう・・・。
「ラミアノ。入るぞ」
部屋の扉の外から、コンコンというノックがしたかと思うと声と一緒にすぐ扉が開かれた。
この間、わずか二秒。
「どこまで仕事の説明したのか聞きに来たんだが・・・何やってんだ?」
ギルド長だ。そういや、昼になったらまた来るって言ってたっけ。でもタイミング悪いなぁ・・・。
ラミアノさんは肩をぷるぷると震わせる。
「ダルゥーッ!返事する前に入ったらノックの意味ないって、言ってるでしょーがぁ!!!一旦外に出てなさいっ!」
「え?ええ?あ、すまん」
ラミアノさんに怒鳴られたギルド長は、後ずさりで部屋を出て扉を閉めた。
・・・うん。今のは流石にギルド長が悪いかな。




