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77番目の使徒  作者: ふわむ
第一章
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旅立ち


隣村で配達の仕事を終えた私達は、昼の鐘と同時に隣村を出発してうちの村へと向かった。

行きと同じ様に何度か休憩を挟み、山の端に陽が陰った頃ようやくうちの村へ辿り着いた。

先導していた私は後ろを向く。


「ようやく帰ってきたね。それじゃ、村長さんに報告に行くけど・・・カロン」

「ああ、わかってるよ。報酬もらうまでが仕事だから、礼をするんだったよな?」

「うん。じゃ、報告しに行こう」


カロンはマーカスさんの息子だ。でも今はマーカスさんから仕事を請けている身として応対してもらう。親子であっても雇用の上下関係は守ってもらうのだ。

程無くマーカスさんの家に着いて、すぐに部屋に通してもらう。

もちろん、みんなで立礼する。


「村長。戻ってきました」

「村長さん、ただいま戻りました」

「ご苦労だったね、ドナン、エルナ、それにみんな。楽にしていいよ」


いつものようにマーカスさんに受領札を渡し、報酬を受け取る。

これで仕事完了。そして研修の引率も完了だー。


「さて、エルナ。子供達はどうだったかな」

「ちゃんと立派に挨拶できていましたよ。あといくつかの挨拶を覚えてもらえば、この仕事はみんなできます」


マーカスさんは微笑んだ。

私の後ろにいる子供達の表情は見えないが、私の言葉にホッとしているのだろう。マーカスさんが後ろの子供達に対して微笑んでいるのがわかったからだ。


「なんにしてももうすぐ冬になってしまう。そうすれば雪道だ。馬車が使えなくなるし、早目にカロン、ダフタスに任せたいところだ」

「そうですね。雪道は私やリンではキツいですし、次は二人にやってもらいましょう」


後ろでカロンとダフが動揺したらしく、椅子がガタッと鳴った。ふふ。

マーカスさんは穏やかな表情のまま頷きつつ私を見る。


「エルナ、本当にご苦労だった。ありがとう」

「いえ、私も楽しかったので」

「じゃあ今日はここまでにしよう。みんなも仕事ご苦労だったね」

「村長さん、失礼します」

「失礼します」


部屋の扉に向かいながら、みんなカロンに控えめに手を振ってさよならする。

同じ様に控えめに手を振るカロンを残して退室し、私達はマーカスさんの家を辞した。辺りはもう暗くなっていた。

外に出た私は、リンに声を掛ける。


「リン、足だいじょうぶ?」

「うう~。おねぇちゃん、もう歩けないよー」


靴を脱がすと足の裏や爪先がマメになっていた。そうだと思ったよ。途中から歩き方おかしかったもん。

父さんに家までリンをおぶってもらうことにした。父さんはとても嬉しそうだ。


「ダフも今日はお疲れさま」

「ああ、すっげぇ疲れた。俺も足にマメできたよ」


そう言ってダフは笑う。全然そんなそぶりもなく歩いているし、男の子は流石だね。

ダフを家に送り届けて、私達も家に帰る。

無事に終わったのが何よりも良かったよ。みんなお疲れ様。







それから数日後、村に雪が降り始め本格的な冬になった。


村人は冬籠りに入り、身体を休めたり内職をしたりする。子供達も内職を手伝うが、じっとしていられない者から外に飛び出し、元気に村の中を駆け回るものだ。

だが、今年は少し変化が現れた。

村の子供たちの中で、ワッツさんのところで勉強を教えてもらう男の子がちらほら出てきたのだ。ダフが仕事を請けたのがきっかけらしい。

ダフは、うちの父さんとカロンの三人で隣村へ配達に行った。そんなに積もっていなかったけど雪道は大変だったぞ、って少し嬉しそうに私に言ってきたっけ。

ダフの初仕事の取り分は銅貨二枚。それでも村の子供達からは羨望の的だったようだ。


カロンは家でサーチェおばさんから礼儀作法を学ぶようになったらしい。もちろん以前から少しずつ教わってはいたが、研修に行ってからは学ぶ姿勢が段違いで良くなったそうだ。妹のファトラ、シアラが一緒に頑張っているのも一因だろう。


私は秋から寝るときに装着していた魔封具の腕輪をワッツさんに返却した。

ワッツさんは昼から子供達に勉強や礼儀作法を教えるのが日課になりつつあるようで、子供達に教えるのは楽しいけど忙しいよ、と言っていた。


あと、これはマーカスさんから聞いた話だが、隣村からの文書の配達に少し変化があったらしい。これまでは、ガルナガンテさんの屋敷の使用人さんやガルナガンテさんから信用がある商人さんが請け負っていたが、それに隣村の子供が二、三人追従するようになったらしい。

言わずもがな、うちの村の真似である。

マーカスさんは少し申し訳なさそうに私に話してたけど、いや、全然真似していいですよ。むしろちょうどいい競争相手じゃないですか。


とまぁ、こんな感じで、私が引率した子供達の研修は思ったよりも様々な人に影響を与えたようだ。


こうして配達の仕事が完全に私の手を離れた頃、私が領都に向かう日が決まった。

なんと領都までマーカスさんの馬車で送ってもらえることになった。父さんも同行してくれて領都で一緒に一泊し、翌日父さんだけマーカスさんの馬車で帰る形になる。

なので母さんとリンは出発日に、父さんとは領都で翌日にお別れだ。

ちなみに馬車に乗るのは私と父さんと、あとは御者さんの三人だけ。つまりマーカスさんの用事のついでではなく、私のために貸し出してくれるということだ。

私が対価を聞いたら、マーカスさんは笑って「もう受け取ってるよ」と言った。払った覚えは全くないが、ありがたく厚意に甘えさせて頂くことにした。


領都へ向かう日が決まったことで、私はカロンやダフ、知り合いの村人に、勉強のため春になったら領都へ行くことを伝え始めた。もちろん、魔法のことは伏せたままだ。


出発の日まで、たくさん親孝行しよう。リンとも遊ぼう。

そう思った私は、冬の間に母さんの家事を手伝ったり、リンと雪合戦に行ったり、父さんと弓を練習したり。とにかく家族と触れ合った。







やがて長い冬が終わりを迎え、雪が溶けだし、馬車が通れるようになり・・・。そして、私が領都へ向かう日がやって来た。

まだ朝の鐘が鳴る前、私達の家族は全員マーカスさんの家の前に居た。


「母さん、リン。行ってくるよ」

「身体に気を付けてね、エルナ」

「・・・うぅ、ひっく」


私は母さんとリンに別れの挨拶をする。

リンは私の腰にしがみついて泣いている。リンは私が仕事で出発するときはいつも笑顔で送り出してくれていた。だから、こんなことは初めてだった。

私は片膝をつき、泣いているリンに目を合わせる。


「リン。秋には一度帰ってくるよ。だから泣かないで」

「・・・ぐす。・・・ぅん」

「リンが困ったときは必ずお姉ちゃんが助けにくるよ」

「・・・約束」

「ん?」

「必ず・・・助けにっ・・・約束だよ」

「うん、約束する。だから笑って見送ってね」

「・・・うん」


私はリンを抱きしめて背中を撫でる。村に朝の鐘が鳴り、私はゆっくり立ち上がった。

リンは顔をくしゃくしゃにしながら、頑張って口の端を上げようとしていた。


「エルナ。そろそろ出発だ」

「うん、父さん」


私はリンを母さんに預け、馬車に乗り込む。


「エルナ、また帰ってこいよ!」

「エルナー、元気でなーっ!」


カロンとダフも見送りに来て、ぶんぶん手を振ってくれる。その後ろにはワッツさんもいて、控えめに手を振っている。

私は馬車の窓から手を振り返した。


マーカスさんが御者さんに指示をして、いよいよ出発というときだ。


「エルナ」

「どうかしましたか村長さん?」


マーカスさんが出発間際に声を掛けてきた。


そして・・・。馬車の中の私に向き、右手を胸に当ててお辞儀をした。

すぐに顔を上げ、私を見てにこりとする。


「本当にありがとう。領都まで気を付けて行ってくるんだよ」

「っ・・・はい!」


胸の辺りがじんわりと熱くなる。

あぁ、そうか。私はマーカスさんのお役に立てたんだ。

お仕事して良かったなぁ・・・。


ピシッ!


馬に鞭が入り、馬車がゆっくり動き出す。

私は窓から手を振り続けた。やがて馬車は村の南門を通り抜ける。

門番のミッテンさんも手を振ってくれた。


やがて村の門が小さくなると、私はゆっくりと父さんの横に座る。

そこでようやく自分が泣いている事に気が付いた。


「・・・父さん」

「ああ」

「・・・うっく、ひっく」


私は父さんの腕にしがみ付き、顔を埋める。

ちょうど馬車の左窓から朝陽が差し込み始め、馬車は影を長く伸ばしながら領都へ向けて進んでいく。


ロッツアリア歴609年。エルナ八歳の春。

旅立ちのときであった。


第一章 終了


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