魔法士ランダルフ3
中庭に到着し、案内してくれた使用人さんが去って、ランダルフ様と二人になった。
「よし。時間がもったいねぇからさっさとやるぞ」
「はい、よろしくお願いします。ランダルフ先生!」
私は立礼し、すぐに姿勢を戻した。
先ほどの部屋で一度、楽にしてくれ、と言われているので、礼儀的には問題はない。
そして、自分の気持ちのスイッチを入れる。
ここは大事だ。魔法を学ぶ。もしかしたら、エルナとして一番大事な瞬間かもしれない。
そう思ったのだ。
「いい返事だ。まずは冒険者ギルドの講習で教えていることをそのままやる」
ギルドの講習?初めて聞いたけど、きっと冒険者の勉強会みたいなものだろう。
ランダルフ様は私を連れて日陰に入り、掌を差し出す姿勢を取った。
私が差し出された掌を見ると同時に、ランダルフ様は、
「光よ、集まれ」
詠唱した。たぶん。
・・・しばらく私はランダルフ様の掌を眺める。
しかし、何も変わっていないように見える。
「どうだ?」
「どう、と言われても、何も変わっていない・・・ように見えますが・・・」
上目遣いで恐る恐るランダルフ様の顔を覗く。
しかし、ランダルフ様は口角を上げて言った。
「その通り」
ええ?
私は一瞬訳が分からなくなる。
が、すぐに声が続く。
「では、次だ。掌を見ておけ」
そう言われ、私は視線を戻す。
《光よ、集まれ》
あ、さっきの詠唱と耳障りが違う。
そう感じた次の瞬間、ランダルフ様の掌がぼんやり光り出した。
「これが魔法だ」
「すごい・・・」
これが私が見た初めての魔法だった。
とても綺麗で、とても不思議で・・・。今は日中なので迫力は無いが、夜ならきっと道を照らすことができるだろう。
不意に涙が頬を伝う。
ああ、私は今、感動しているんだな・・・。
打ち震えている私にランダルフ様の声が掛ける。
「さあ、最初とどう違うと思った。言ってみろ。・・・って泣いてんのか!?」
「すみません。感動して涙がでました。す、少し待ってください」
「そ、そうか・・・」
腕で涙を拭って、二回深呼吸した。
ふーはー。よし。
「失礼しました。ええと、最初と同じ詠唱だったのに、今のは声の雰囲気というか、耳障りが違いました」
「そうだ。今のは言葉に魔力を通したからだ」
「言葉に魔力を通す、ですか」
「魔力の通った言葉を魔言という。魔法とは、魔言を世界に解釈させ、世界に実行させた結果、なのだ」
ふおおお!?かっこいい!何か凄くかっこいいフレーズだ!
これは私の心に刻もう。
「ふぁー。それ、かっこいい言葉ですね。魔法の理みたいな・・・」
「あー、かっこよかったか。今のは『始まりの魔女』様の言葉だと言われているぜ。ギルドの講習でもそう教わる」
「『始まりの魔女』様・・・ですか」
「ああ・・・。おっとその話は長くなるからしねぇぞ。指導を続けるぜ」
「は、はいっ」
魔女ってワードが気になったが、今は指導を受けている最中だ。
「今やってみせたように、魔法を使うには魔言を使う。そして魔言を使うためには言葉に魔力を通さなくてはいけない」
んん?でも、それって・・・。
「そして、だな。魔力を通すために、いまやってみせた光の魔法、つまり『光よ、集まれ』の詠唱で練習をするんだ」
「え?魔法を使うために魔言を練習する。そして魔言の練習のために魔法を使う。と?」
「そうだ」
「詠唱しても魔言にならないから必ず失敗しますよね?」
「そうだ」
前世の記憶に当てはめるなら、失敗しても失敗しても、成功するまで続ける逆上がり、みたいな感じなんだろうか。
「毎日毎日、詠唱して、失敗して、を繰り返す。そしてある時、詠唱が成功する。さらに繰り返すと、段々失敗が減ってくる。そしていずれ完璧に魔言を扱えるようになる、というわけだ」
ああ、やっぱりそんな感じだ。
失敗を繰り返してそのうちできる、ってことか。
「詠唱が初めて成功するまで、どれくらい掛かるものなんですか?」
「五年とか十年とか十五年とか、色々だな。一生掛けてできないやつもいる」
ランダルフ様は頭をがしがしとかきながら続けた。
「あんまり言いたかねぇが、俺は六歳から練習を始めて、十六歳の時に初成功した。つまり十年掛かっている。完全に習得するまでには、そこから更に五年くらい掛かった」
逆上がりではなく、職人の修行レベルだった。素養がなければ一生掛かっても無理だというのも厳しい。
でも、段々と目指す頂きの高さがわかってきたなぁ。これは途方もなく大変な道のりだ。
「ここまでが、ギルドで教えていることだ」
「ランダルフ先生、ありがとうございました。とても勉強になりました」
「魔法士になりたいと思うやつはそれなりにいる。長い下積み期間を乗り切れるかどうかが大事だが、長くなればなるほど素養の有無を疑うようになり、素養がないかもと思った時点で他の道へ移る者が多い。だから魔法士になれるのは一握りだ」
「はい」
「貴族様は幼い頃から魔道具で訓練するため、魔力を通すことができる人が多い。だが、魔道具は性能が安定していて便利なので、そこからさらに魔言を覚えて魔法を使えるようになろう、という貴族様は少ない」
「魔法習得に費やす年月と魔道具の性能や利便性、そういった要因が魔法士の道をさらに細らせているわけですか。・・・なるほど」
魔法士が希少な存在なのは、そういうことなのね・・・。
「・・・しかし、エルナ。本当に理解が速いな、お前。七歳って聞いていたんだが、合ってるか?」
「はい、合ってます・・・」
嘘は言ってない。が、前世の二十数年分の記憶があるから、少し後ろめたい。
ランダルフ様は顎に手を当て、何か思案している。
しばらくして私を見ると、呟くように言った。
「エルナ」
「はい」
「これは特別だ。俺の知っているコツを一つだけ教えてやるよ」
「え?ありがたいですけど、対価は・・・」
「対価・・・そうだな。んじゃ、対価はもらうか。俺は子供の頃からずっと探している人がいる。その人に関する情報を知っていたら、俺に教えてほしい」
「どんな方なのですか?もしかしてご家族とか」
「いや違う。名前も知らねぇ。だが『放浪の魔女』様と呼ばれている方だ。どうだ、知っているか?」
魔女?さっきのは『始まりの魔女』様だっけ?別の魔女ってことか。
「いえ、知らないです。ごめんなさい」
「まぁそうだよな」
「あの・・・そもそも魔女様って、どんな人なんですか?先ほどの『始まりの魔女』様とも違う方なんですよね?」
「ん、ああ、そっからか。魔女様と呼ばれる連中は魔族の呼び名だな。そもそも魔族ってのは魔王国から出てくることが滅多にないから出会うことも稀なわけだが、たまにヒト族と交流を持つ奴らがいるんだ。だが名前はわからないから、ヒト族の方で勝手に『何々の魔女』様と呼ばさせてもらっているわけだ」
なるほど。ヒト族に名付けられた魔族の異名か。
でも魔女ってことは女性の魔族だよね。
男性の魔族はなんて呼ばれているんだろう?
そんな疑問を浮かべている間にランダルフ様は続けた。
「まぁ、いいや。もし今後『放浪の魔女』様に出会ったならば教えてくれ。それを対価としよう」
「えっと、いいんですか?特徴とか伺っておきましょうか?」
「んー、いや必要ない。『放浪の魔女』様っぽい人を見たら、たぶんその人だ。そんくらいの曖昧さでいい」
あー、これは、あまり期待されてないな。
まぁ、子供の頃からずっと探している、ってことだし当然か。
つまりは、私への対価を無理やり作ってやった、コツ教えてやるから素直に受け取れ、ってことだろう。
私は改めて立礼した。
「ランダルフ先生のご厚意、感謝します。よろしくお願いします」
「ああ、よく聞け、エルナ」
私は姿勢を戻し、ランダルフ様を注視する。
ランダルフ様も姿勢を正した。
「魔法を使えるようになった者がギルドでさらに金を積むと教えてもらえるが、魔力には属性がある。火、水、風、土、光、魔だ。魔は無属性ともいう。エルナ、お前が光属性の素養が無い場合は何年やってもできないかもしれん。その場合は違う属性でやってみろ」
たぶん・・・とても貴重な事を教えてもらってるのではなかろうか。
個人によって適切な詠唱があるってことか。
でもそれがどの属性なのか、魔法が使えるようになるまでわからないのだろうし、何年やってもダメだったときの保険だと思っておこう。
まずは私に光属性の素養があることを祈ろう。
「そして、こっからは俺独自の考えだが、『属性』『集まれ』『我が手に』とした詠唱を練習に取り入れた方がいい。さっきの詠唱なら、『光よ、集まれ、我が手に』だ。この方が世界に解釈されやすい。ギルドがこれを推奨しないのは、詠唱が長くなると魔言を作るために要求される魔力が大きくなるので初心者向けではない、と考えているからだ。だが逆に、詠唱が長いほうが魔力を通すための時間が稼げる、とも言える。いずれにしても難しいのは、最初の一言目にどうやって魔力を通すか、だ。それを意識しろ」
なるほど。
詠唱を長めにして魔力を通す時間を稼げば、詠唱の後半は魔力が通るかもしれない。
そして『我が手に』という目標を定めた方が世界に解釈されやすい、か。
確かにそんな気がする。
でも、コツを一つだけ教えてやる、って言っておいて、一つじゃないじゃん!
感謝しかない。私はランダルフ様が培ってきた大事な経験を頂いているのだ。
「どうだ、覚えたか」
「はい」
「俺の魔法を一度見たんだ。練習前にそれをイメージしてやるといい。お前が魔言を唱えられる日を楽しみにしているぜ」
そう言って、ランダルフ様はにかっと笑う。
じわっと胸が熱くなる。
私は右手を胸に当て、そして無意識に片膝をついた。
「ランダルフ先生、貴重な教え、ありがとうございます。たくさん練習します」
ランダルフ様はしばらく黙っていたが、
「・・・ああ。ちゃんと練習しろよ。さ、これで指導は終わりだ。戻るぞ」
「はい」
私は立ち上がり、歩き出した先生の後を追う。
追いながら、マーカスさん、ワッツさんを思い浮かべる。
マーカスさんは言っていた。
ランダルフ様と彼のパーティに敬意を払い、決して失礼のないよう応対しなければならない、と・・・。
ワッツさんは言っていた。
立礼では足りないと思えば自然と中礼するのではないか、と・・・。
私は教わる大人に恵まれている。・・・ありがたいことだ。
いつか恩に報いることができるのだろうか。
「助言ありがとうございます・・・村長さん、ワッツさん」
誰にも聞こえない小さな声で、そう呟いた。




