エルナと周囲の人々4
「ほら、持ってきたぜ。新しいマチクの水筒3本だ」
「いつもありがとうございます。でもストラノスさん、今って忙しい時期だから時間取れるのもう少し暖かくなった頃って言ってませんでしたっけ?」
「いや、それがさー、聞いてくれよエルナちゃん」
ヒポノトン討伐から数日経ったある日の午後。
私は『ある物』を受け取るため、ストラノスさんと面会していた。
『ある物』とは、自分専用の武器であるマチクの筒。年に1~2回新調するのだが、彼が持ってきたのがそれである。筒と言っても単にマチクから切り出したものではなく、乾燥させてから樹脂で丁寧に被膜処理されている。
ストラノスさんは、三年前に王都からやってきて、オルカーテでギルド職員になった人。
王都に居た頃は、木材加工職人の見習いをしていたそうな。転職してここのギルド職員になった今でも、趣味で家具を作ってしまうくらいには木工の技術がある。
私が武器として使うマチクの筒は、彼の手によるオーダーメイドだ。会話中で彼は『水筒』と呼称しているが、水を飲む用途ではないことは彼も知っている。仕事で使うと伝えているので、『何か便利な仕事道具として使っているのだろう』くらいの感覚でいると思うが、とはいえ流石に私が武器として使っているとは思っていないはずだ。
「・・・てな感じで、ここしばらく仕事に全然集中できなくてさー。周りの連中からさっさと帰れって言われるし。終いにゃ副長に『マルティーナが出産するまで邪魔だから仕事場に来るな』って・・・。それはそれで酷くないか?」
「まぁ・・・そうですね」
「そんなわけで意図せず手空きの時間ができちまって。俺としても何か作っているときは気持ちが落ち着くんで、この水筒作ったり、赤ん坊のベッドを作ったりしてたんだ」
「マルティーナさん、二人目の赤ちゃんを無事出産されたんですよね。女の子だと聞いてますけど・・・」
「そーなんだよ、エルナちゃん!メルシィって名前にしたんだ。もうさ、絶対美人になると思うんだよな!」
「あはは・・・。何はともあれ、おめでとうございます」
補足を加えながらストラノスさんの話を解説すると・・・。
しばらく前、私はストラノスさんにマチクの水筒を計3本を製作依頼した。その際、『太さをこれくらい、長さを少しずつ変えてこんな感じで』と口頭で内容を伝えた。
対する彼の返事は、『手空きの時間にやってあげるよ』といういつものものだった。
ただし、『春先はギルドの仕事が忙しい時期だから、手空きの時間が作れるのは少し先になりそうだ』とも言っていた。
こちらとしても急ぎというわけではなかったので、『全然構いません』と返していたのだが・・・。
製作完了の知らせは、意外にもすぐに届けられた。
ストラノスさんに予定外の手空き時間ができたからだ。
その経緯を説明すると・・・。
最近ストラノスさんのお嫁さんが二人目の赤ちゃんを出産したのだが、出産間近であったとき、彼はお嫁さんと赤ちゃんが心配で色々と集中を欠いていたそうだ。その影響からか仕事で小さなミスを続けてしまったらしい。
結果、彼は副長から出勤停止を命ぜられた。実態は彼が邪険にされたわけではなく、周りの優しさであり配慮である。出産を控えたお嫁さんの側に居るよう仕向けられたであろうことは、もちろん彼も重々承知の上だった。
ともあれ、彼に手空きの時間ができたのは、このような経緯があったのだ。
ちなみに、出勤停止を命じたこのギルドの副長というのはストワーレさんといって、彼の父親でもある。
そして彼のお嫁さんというのは、元ギルド受付嬢のマルティーナさんだ。
そう。ストラノスさんは、結婚したのだ。マルティーナさんと!
ぐぬぬ・・・羨ましい。あんな美人で素敵な女性をお嫁さんにもらえるなんて!
今から遡ること三年。
ストラノスさんのお兄さんであるビルナーレさんが、副長の実家で元使用人だったジュネさんと結婚して、ちょうど私が里帰りの旅をしたのが秋のことで・・・。
ストラノスさんとマルティーナさんは結婚したのは、そこから季節が一つ進んだ冬のことだった。
マルティーナさんは結婚後もしばらくギルドで働いていたが、仕事の引き継ぎが済んだタイミングで退職。結婚2年目で第一子となる男の子を出産した。
そして今年で結婚4年目に入り、第ニ子となる女の子を出産したのがつい先日のことになる。
ちなみに男の子の名前はサラトス。女の子の名前はメルシィ。
ストラノスさんは子煩悩な父親で、私に会うたびにいつも我が子の話をしてくる。語る様子から正に溺愛という感じが溢れ出て、見ていて微笑ましい。
このまま幸せな家庭を築いていってほしいものである。
「それと、これは副長からだ」
「ああ、こんなに沢山。助かります」
ストラノスさんがドサリと机に置いた皮袋。受け取って中身を確認すると、鉛粒がぎっしり入っていた。
これは私が副長に発注していたものだが、受け渡しを仲介してくれたようだ。
「大きさは不揃いだから適当に選別してくれ。足りなくなったらまた言ってくれ。って副長からの伝言だよ」
「わかりました。ありがとうございます」
中身は鉛のスラグ。スラグというのは金属の精錬行程で発生した鉱滓で、簡単に言うと『炉の残りカス』。入手ルートについてはよくわからないが、どこかの鍛冶工房からだろう。冒険者ギルドなのだから伝手はそれなりにありそうだ。
そして、これが私の武器の『弾』になる。副長は用途をご存じだが、ストラノスさんには知らせていないので、やはり漠然と仕事の消耗品くらいに思っているはずだ。
「それじゃ俺、そろそろ仕事に戻るよ。階段まで一緒に行こう」
「助かります。あ、副長に御礼を伝えておいてください」
ストラノスさんと面会しているこの部屋は、ギルド本館二階の一室。
この部屋まで付き添ってくれたラミアノさんは、彼と引き合わせてもらった直後に退勤してしまったので、彼は階段まで同行を申し出てくれたのである。
なぜかというと、私はギルドの制服を着ていないので、本館の廊下で知らない職員さんと単独で遭遇してしまうと、迷子の子供だと思われて呼び止められてしまう可能性があるのだ。
ギルド証を提示してラミアノさんの小間使いであることまで説明すれば大事にはならないが、それはそれで煩わしいので、本館内を移動する際は大人に同行してもらうのが常であった。
彼が階段まで同行を申し出てくれたのは、そんな私の事情を、全部ではないがある程度知っていたからだ。
ストラノスさんとの面会を終え、本館六階の自室に戻ってきた私は、ベッドに腰掛けて一息つく。
「ふぅ・・・。魔法に関して秘匿するのは仕方ないこと。・・・って、わかってはいるんだけどね」
日頃お世話になってるストラノスさん。私の数少ない話し相手だ。
その彼にも秘密なのは、時に煩わしくもあり、申し訳なく思うことでもある。
いずれ打ち明ける予定であるが、そのタイミングは私が成人してからになるだろう。
成人まであと二年。
きっと、あっという間なんだろうなぁ。
そう思ったら、なんだかじっとしていられなくなった。
「夕食の時間まで、少し作業しようっと」
おもむろにベッドから立ち上がり、部屋の隅に寄せてあった作業台と椅子を中央へ持ってきて、その作業台にストラノスさんから受け取った皮袋を乗せた。
厚手のミトンを手にはめ、椅子に座ったら作業準備オッケーだ。
よし、やりますか。
左手で、皮袋から比較的小さ目の鉛粒を幾つかつまみ上げた。
「前までは、形や大きさの良さそうなスラグをそのまま弾として使ってたんだよね。でも今は・・・」
つまんだ鉛粒を右の手のひらに乗せ、深呼吸一つ。
ぐっと集中力を高め、頭に『とある立体構造』を思い描き、鉛粒を手の中に握る。
《土よ、集まれ、我が手に》
手の中で、鉛粒と魔力の蠢く感触が伝わってくる。少しくすぐったい。
握ったまま、その蠢きが落ち着くまで待つこと30秒ほど。
「うん、良い感じ」
ゆっくり手を広げると、幾つかの小さい粒だったものが一つの塊に変わっていた。
イメージ通りのドングリ型。鉛弾の出来上がりである。
むふー。魔法たっのしー!
私にとって土魔法は、他の4属性である『光』『火』『水』『風』よりも扱いが難しい属性だと感じている。
かつて先生から教わったとき、魔法はイメージが大事だと言われたことがあるが、正直なところ土魔法以外の4属性は大してイメージしなくても、初級魔法としてそれなりの結果を出せてしまった。けれど土魔法だけは、本当にしっかりイメージしないと良い結果が出ないのだ。
風魔法による射的攻撃の威力を高めようと考えたとき、すぐに思い付いたのが土魔法で弾丸っぽいものを作るということだった。
実際の銃には銃身内部にライフリング機構というものがあって、これにより弾丸は回転しながら発射される。回転しながら進むから飛翔性が安定して威力が高まるのであって、単純に弾丸の形にしたからといって威力が高まるわけではない。
しかしこの時の私はそういったことを十分に理解しておらず、綺麗なドングリ型を作れば威力が上がると考えてしまっていた。
後に振り返ってみれば『魔法』が色々と都合よく何とかしてくれていたのだが・・・。
ともあれ、材料を調達してもらってドングリ型の弾丸を作ろうと思い立ったものの、いざ実現に向けて取り組み始めると、なかなか容易ではなく試行錯誤の連続だった。
最初のうちは材料となる鉱物を結合することすら困難だったし、今のように形を整えることができるようになったのは去年あたりからだ。
「でも、上手くいったときの達成感が一番大きいのも土魔法なんだよねぇ」
難しいけど、練習しがいがあるんだよ。
あと2、3個作っとこ。
そうして作業を続けることしばし。
4つ目の鉛弾を作成したところで前のめりだった体を起こして一息ついた私は、作業台の上で鉛弾を並べたり転がしてみたりしてその出来栄えに自己満足する。
ふー。これくらいにしておこうかな。
作業台を片づけて、夕食の弁当を取りに行くために薄暗くなった部屋を出る。食堂へ向かう私のお腹も、ちょうど空腹感を思い出すのだった。




