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77番目の使徒  作者: ふわむ
第三章
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エルナと周囲の人々3


「うん、柔らかすぎず、固すぎず。ちょうどいい感じ」


ダフが持ってきてくれた皮袋の中身を手に取って感想を呟く。

皮袋の中にぎっしり入っていたのは、深紫色で真珠サイズの粒々。まぁ真珠と例えるにはかなり不格好ではあるが。

これは『しガァプ』と呼ばれる保存食で、風味は多少異なるが前世でいうところの干しブドウに近い。


ガァプはなまでは渋みが強くて食用に向かないので、前世の葡萄ぶどうのようにスイーツとして食べられることはない。

それでも、干して渋みを抜けば食べられるようになり、旅の携帯食になるし、料理にも使われる。発酵させればお酒やお酢を作れるところなんかも葡萄ぶどうに似ている。


話を戻して、ダフが持ってきてくれたこの干しガァプ。

実は、食用として持ってきてもらったわけではない。

何のためかと言われれば・・・。まぁ、実演してみせましょう。


皮袋から干しガァプを一粒取り出し、獣脂を塗ってマチクの筒に込める。

まずは的まで3メートルくらいの距離を取って・・・。


《広がれ》


ポンッ!

バシュッ!


筒から発射された干しガァプは、的に命中して綺麗に潰れた。

そう、この干しガァプ。模擬弾として使っているのだ。


「感触はどうだい、エルナ?」

「これなら練習用として問題なさそうです。昨日は実戦だったから鉛弾使ったんですけど、あっちは威力高すぎますから。冒険前日に練習した時は、設備を壊さないようにだいぶ気を遣いましたし」

「鉛弾もまったく練習しないわけにはいかないさ。特に実戦前はね」

「そうなんですよねぇ」


ラミアノさんと会話しながら、ヒポノトンに命中させたときのことを思い返す。

私の風魔法による射的攻撃が、ヒポノトンの首をえぐりながら貫通したあの場面。

去年ヒポノトンを撃ったときは、あそこまで激しくえぐれなかったはずだ。

去年よりも威力が上がったのだ、とはっきりわかった。


そもそもの話、発射するものが鉛弾であったとして、空気圧の力だけであそこまで威力が高いのはおかしいのだ。科学的に説明がつかない。

先生やダルセンさんがあの威力に目を丸くしていたが、実は私も内心ビックリだった。


何であんな威力になるのよっ!?


・・・いや、本当は心当たりあるんだ。

というか、これ以外の理由が考えられない。


それは『魔法』だからだ。

『魔法』が、なんかいい感じに、こう、弾の威力を高めているんだよ。たぶん。


風魔法による射的攻撃の練習を始めた当初、小さな木片を弾として使っていた。

すると反復練習を続けていく日々の中で、なんとなく威力が上がってきているような感覚が得られてきたのだ。

次第に訓練場の的の損耗が早まり、的の交換頻度が上がってきて、その感覚は確信に変わっていった。


確信を得た後も、練習すればするほど威力はどんどん上がり続け、木片では跳弾したり的を頻繁に破壊したりして色々危なくなり、練習のために貫通力を抑えた柔らかい弾が必要になってきたのである。


「今日ダフが干しガァプを用意してくれたお陰で、当面は練習に困ることはなさそう」


そんなわけで柔らかい弾についてラミアノさんに相談したりした結果、辿り着いたのがこの干しガァプだ。


辿り着くまでには紆余曲折あって・・・。

最初は、ラミアノさんの子爵邸で栽培されているミニトマトみたいな観賞用の植物の実で実験したんだっけかな。柔らかすぎてうまく射出できなかったけど、干して水分を抜いたらいい感じになった。でも、そもそもたくさん収穫できるものでもないから練習用として気軽に撃てる素材じゃなかったんだよね。


もっと安価で入手できるものはないかギルド長や副長に相談したら、ギルド長が干しガァプを教えてくれた。この街でもガァプ栽培している農家は存在するので、干しガァプなら入手もしやすいって。

早速試しに使ってみたところ、この街で売られている干しガァプは保存性重視でしっかり乾燥されているため、木片と同じくらいの威力が出てしまった。


ただ、これならもう少し柔らかいものを調達すれば良さそうだという目途が立ち・・・。

ガァプ栽培している農家に直接交渉して、干しガァプを作る過程で適度に水分が残っている段階のものを融通してもらったり、場合によっては生の段階で購入して自前で干してちょうどいい固さの干しガァプを作ったり。

その役目をダフにお願いしたのだ。


さて、ダフが私の用途に合う干しガァプをちゃんと調達できると聞いて、お気付きだろうか。

そう。ダフには私が魔法を使えることを伝えている。

故郷の村でダフとリンを助けるため、私は魔法を使って賊を殺した。助けた二人にはその場面を見られていたので、有耶無耶うやむやにしておくよりもと思い、オルカーテに来てからちゃんと説明をして、その上で秘密にしてもらうようお願いしたのだ。


当時9歳だった私がラミアノさんと一緒に仕事していること。たくさんお金を稼いでいること。そういった『不可思議だった私の地位や境遇』が『私が魔法士であること』で明らかになって、ダフはすっきりしたって言ってた。

まぁ、そうだよね。逆の立場だったら、私だってわけわかんなくて奇妙に思えたに違いない。


ラミアノさんの屋敷で使用人として働くようになったダフ。今ではそれなりに忙しい日々を送っている。

そんなダフは、たまに冒険者ギルドに訪れる。正確にいえば、何かの用事のついでに冒険者ギルドに立ち寄っているのだが。

ダフは例えば買い出しなどの用事で貴族街から出る機会があると、ラミアノさんの迎えの馬車に同乗して、ちょうど私の訓練時間直前にギルドの一階ロビーで待機するのだ。

そして今日のように、訓練場に向かう私とラミアノさんにくっついて訓練場エリアに一緒に入るのが定番の流れになっている。


どうしてダフが訓練エリアに来るのか、というと・・・。

元々は、私、リン、ダフの三人に顔を合わさせてあげようというラミアノさんの取り計らいによるものだ。

両親を亡くし孤児となり、オルカーテに転入して、生活環境が急激に変化した。そんな私達を集合させて、ついでに剣術や弓術で体を動かそうとしてくれたのである。

ラミアノさんにしてみれば、メンタルケアするというよりも気分転換させようくらいの感覚だったと思うが、それでも私達にとってはありがたかった。


けれどもそれを、毎日ずっと、というわけにはいかなかった。

リンがギルド、ダフがラミアノさんの屋敷で働き始めた当初は、確かに手空きの時間もあって、私達三人でラミアノさんに剣術や弓術を教えてもらうこともできた。でも、そのうちに二人は仕事を覚え、仕事を与えられるようになって忙しくなっていき、徐々に一緒に参加する機会を持てなくなってきたからである。

それでも機会さえあればリンとダフはこうして顔だけでも出してくれるし、三人共元気にしている確認が取れればお互いに安心できるというものだ。







「よし。今日はこれで終わりにしよう」

「ラミアノ先生、ありがとうございました!」


冒険明けということもあり普段より軽めの訓練を終えると、ギルド本館にある水場に移動し、私だけサッと汗を流して身を整える。

そして素材工房二階の仕事場まで戻り、自分の荷物を持って退勤となる。


「ラミアノさん。ダフのこと、よろしくお願いします」

「あっはっは。任せておきなって。もう3年になるんだから大丈夫さ」


帰り際に私が声を掛けると、心配ご無用と返事をするラミアノさん。

ダフの身請け人である私は、その責務をラミアノさんに丸投げしたような形になっている。そうすることが最善であるのはわかっているが、ちょっと心苦しい。


そのダフは、私が訓練している間に買い物を済ませて、ラミアノさんの迎えの馬車の前で待機しているはずだ。

ちなみに。ダフはラミアノさんの迎えの馬車に同乗して子爵邸に戻るわけだが、馬車はあくまでラミアノさんの送迎用。使用人であるダフが馬車の中に乗ることはない。

同乗と言っても、乗る位置は御者台。御者さんの隣だ。


「そんじゃ、また明日ね」

「はい。お疲れ様でした」


ラミアノさんにはお世話になりっぱなしだ。いつか恩返しできるといいんだけど。

そんなことを思いながら、私はラミアノさんを見送った。







その日の夜。

リンが私の自室にやってきた。


「リン、いらっしゃい」

「お姉ちゃん、やっとお仕事終わったよぉ」


リンはギルドの雑用仕事が片付いたら、だいたい私の自室にやってくる。

寝る前のこの時間。リンは私を『お姉ちゃん』と呼んでくれる。大事な大事なお姉ちゃんタイムだ。

今日あった事や他愛もない事を、可愛い妹とお喋りする。それは私にとって癒しである。


リンは、ベッドに腰掛けていた私の横に並んで座り、そのまま後ろにゴロンと寝そべった。


「はぁー。疲れたー」

「ふふ。お疲れ様」


まだ10歳であるリンが朝から晩まで働いているわけだが、この世界では決して珍しいことではない。

今日を生きるため、そうでなくとも生活の足しになるのであれば、子供でも働くのである。


「ダフがねー、お屋敷で馬の世話を任されることが多くなったって言ってたんだよー」

「へぇー?」


寝そべった状態でダフのことを話し出すリン。

たぶん午後訓練場に行ったとき一階ロビーで二人一緒に待っていたから、その時会話した内容の一部だろう。


「なんかね、馬車を動かす人・・・御者ぎょしゃって言うんだっけ?その練習をしてるんだって」

「ふぅん?もしかしたら、そのうちラミアノさんの送迎をできるようになるのかもね」

「わぁ。そしたらダフか来る日増えるかなぁ。そうなるといいなぁ」


私の根拠の薄い未来予想に、がばっと上半身を起こし、手を合わせて喜ぶリン。可愛い。

私としてもそうなったら大歓迎だ。ダフが顔を出してくれた日はリンの機嫌が目に見えて良いし。


「お姉ちゃん。昨日の続き、話してよ」

「んーと。どこまで話したっけ?」

「現場で二日寝泊りしたってトコまでは聞いたー」

「あー、なんとなく思い出した。じゃ、続き。三日目にようやくヒポノトンが発見されたんだよ。それでね・・・」


そうして私は冒険語りを始める。

まだ夜が冷えるこの時期。リンと二人で毛布を羽織って、身を寄せ合って。

眠気が無ければ、このまま朝までだって話続けられそう・・・。


でも、もちろん夜更かしはしない。午後9時に当たる夜二つの鐘が鳴ったら就寝、と決めている。

翌朝も仕事だし、自分で起きなきゃいけないわけで。寝坊しても、ここでは起こしてくれる母親などいないからだ。


それに眠気は必ず訪れる。

昨日は私が眠気に負けてしまったが、今日はリンの方がお疲れだ。


「ふあぁぁ・・・。眠たくなってきちゃった・・・」


リンがこっくりこっくりと舟を漕ぎ始めた。

夜二つの鐘には少し早いけど、もう限界そうだね。

話の続きはまた明日にしよう。


すぐにでも寝てしまいそうなリンを隣の部屋まで連れて行き、ベッドに横になるのを見届ける。リンは横になった途端、すやすやと寝息を立て始めた。


私とリンはそれぞれ互いの部屋の合鍵を持っているので、一方が寝てしまった場合、それは特に重宝する。

昨日のお返しとばかりに、私はリンに毛布を掛けてあげて、消灯し、そっとささやく。


「おやすみ。リン」


そして自室に戻った私も、ベッドに横になり毛布にくるまると、あっという間に深い眠りの海に沈んでいくのだった。


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