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77番目の使徒  作者: ふわむ
第三章
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エルナと周囲の人々2


「リンもギルドの生活に馴染んだなぁ。・・・もぐもぐ」


待機室で弁当を食べ始めた私は、食堂ですれ違ったリンのことを思い返していた。


私が自室としている部屋にリンを置き、雑用仕事をさせると決まったのが三年半前。

最初の頃、私とリンは食事の度に自室に弁当を持ち込んで、二人一緒に食べていた。

両親を亡くしたばかりだったから、その辛さ、寂しさを、姉妹の絆で乗り越えようとしていたとも言えるし、互いに甘えようとしていたとも言える。


ただそんな生活は、ほんの数日間だけだった。

順調にメンタルが回復していくにつれ、私達はまず昼食を別々に取るようになった。

私がこの待機室で弁当を食べる生活に戻り、リンが職場の人達と食堂で食べるようになったのだ。

昼の休憩時にわざわざ本館六階の自室まで上がっていくのは私もリンも大変だったし、リンにとって職場の人達との交流機会を逸するのがもったいなかったからだ。

それ以外に、魔法士である私と姉妹であることをリンと近しいギルド職員に勘付かれないよう、業務時間内に接触する頻度を減らし適度な距離感にする意味もあった。


その後リンにも自室が与えられて、私と別々の部屋になったことでお互いが自分の生活リズムで食事するように変わっていき・・・。

リンは、今では朝昼晩三食を食堂で取るようになった。朝と晩に限り、時々弁当にして私の自室で一緒に食べることもあるが、本当に時々だ。


「ふぅ。食べ終わったし、着替えてお昼寝しよっと」


前世ならスマホを取り出してポチポチしてしまいそうだが、生憎あいにく待機室にはスマホのような時間を潰せるものは置いていない。

ということで、私は運動できる厚手の服装に着替えてから、机に突っ伏して食後のお昼寝をするのが常だ。そうしていれば、やがて待機室の扉がノックされる。

寝ている時間は、いつもだいたい15分くらいだろうか。


コンコン。


お昼寝中だった私は、扉がノックされる音でがばっと身を起こす。

四年間、定期的に繰り返してきたがゆえの条件反射であった。


「エルナ。時間だよー」

「はーい!」


待機室の外から扉越しの呼び掛け。声の主はもちろんラミアノさんである。

お昼寝から目覚めた私は、それに対してすぐに返事ができるくらい頭がスッキリした状態になっていた。

短時間でもお昼寝のリフレッシュ効果は抜群だね。


軽く伸びをしながら立ち上がり、荷袋を背負う。

荷袋には、訓練で使う自分の小弓とかマチクの筒とか、あとは着替えなどが入っている。

待機室の内側から鍵を開け、扉を開ければ、ラミアノさんが冒険者のような服装で立っていた。


「お待たせしました」

「うん。そんじゃ訓練行くよー」


ちなみにラミアノさんは待機室の合鍵を持っている。待機室が業務上供与された部屋であり、ラミアノさんは私の上司なので極々当たり前の話なのだが。

ただ、ラミアノさんがそれを使ったことは一度もない。

「返事があるんだから使わんよ」というのがラミアノさんの言葉だが、こんな感じで適度に放任してくれるのがとてもありがたいのだ。


例えるなら・・・ほら、あれですよ。

年頃の娘さんが「おかーさん、勝手にあたしの部屋に入ってこないでよー」ってやつ。

それに似た不満をラミアノさんに抱いたことは全く無いんだよね。


この世界の場合、平民だと子供が自分の部屋を持つことなんてまずないので、かなり前世に寄った例えになってしまったが、言いたいことは伝わってほしい。

ともあれ、私の上司がラミアノさんであったことは本当に幸運だったと思っている。

ラミアノさんにも、その巡り合わせにも、感謝いっぱいだ。


さて。今向かっている場所は、ギルド本館に併設されている訓練場。

そこで護身のため、剣術、弓術、魔法の訓練をする。私の午後の日課である。

私とラミアノさんは途中、ギルド本館の一階ロビーに通り掛かった。


この時間帯、食事をしにきた冒険者で奥の酒場が賑わっているものの、ロビーは人の姿はまばらである。

私はロビーの一帯をざっと見渡した。


えーと・・・。あ、今日はいた。


見つけたのは、受付横の壁際でこちらを向いて、並んで立っている二人。

一人はギルドの制服姿のリン。もう一人は綺麗な身嗜みだしなみの少年で、リンより頭一つ分は背が高かった。


リンは私達に軽く会釈し、少年はラミアノさんに立礼した。対するラミアノさんも軽く手を挙げる。

リンと少年の二人は、訓練場に行く私とラミアノさんをここで待っていたわけだが、この場では互いに声を発して挨拶はしない。

私とラミアノさんは二人の前をただ通り過ぎ、その後ろからリンと少年が黙って付いてきた。


そのまま四人で階段を降りて、通路を通り、訓練場までやって来て・・・。

この時間、いつも私達が使用する三番の訓練エリア。

その訓練エリアに四人で一緒に入り、内側から鍵を掛けた。


そうして周囲の目が完全に無くなったところで・・・


「ダフ、久しぶり!元気そうね」

「おう、エルナもな」


私と少年はようやく声に出して挨拶を交わし、互いに笑顔になった。

少年の名はダフタス。私より一つ年上の13歳。私とリンは彼をダフと呼んでいる。

生まれ故郷である第七ホラス村の幼馴染で、村に住んでいた頃と比べたら背は伸び、体格も良くなって、声も男性らしい低い声に変わりつつある。

現在はラミアノさんのミルドーラフ子爵家、その屋敷の使用人として住み込みで働いている。

これは蛇足ではあるが、ラミアノさんは彼をダフタスとフルネームで呼ぶ。昔からギルド長をダルと呼んでいるラミアノさんにとって、ダフ呼びだと紛らわしいからだそうだ。


挨拶が済んで、ダフは持っていた皮袋を私に差し出してきた。


「忘れないうちにこれ、渡しておくぜ」

「うん。いつもありがとう」


ダフから皮袋を受け取った私は、それを一旦地面に置き、懐から取り出した小銀貨1枚をダフに手渡した。


「はい、これ代金ね」

「小銀貨1枚、確かに受け取りました」

「ふふっ」


代金を受け取るときだけ丁寧な言葉遣いになったダフに、少し笑ってしまった。

ちなみに小銀貨1枚は銅貨50枚分だ。


ダフは私とのやり取りから一呼吸置くと、ラミアノさんに向き直って姿勢を正した。


「奥様。料理長から買い出しを申しつけられておりますので、これより行って参ります」

「あいよ。気を付けてねー」


綺麗な立礼をするダフ。

うーん。もうすっかり子爵家使用人の立ち居振る舞いが板についているね。

今日はこれでいとまするようだ。


頭を上げたダフに、リンと私が言葉を掛けて送り出す。


「ダフ、またねー」「今度は一緒に訓練しようね」

「そうだな。ギルドの訓練場って、なんか雰囲気あって好きなんだよな。じゃ、リン、エルナ。またな」


ダフは返事をしながら私達に軽く手を振ると、訓練エリアから出て行った。


ダフが去って私は準備運動で体をほぐし始め、それをリンは少しの間眺めていたが、「じゃあ、そろそろ・・・」といとまする仕草を見せた。


「リンも仕事?」

「うん。これから食堂と酒場に行って、お皿洗ったり片づけたり。それから午前に干した洗濯物を取り込まないと」

「そっかー」


リンも仕事に戻るようだ。

ギルドの雑用仕事はいくらでもあるから、今言った以外の仕事もきっとあるだろう。

でも機嫌良さそうなのが素振そぶりから伝わる。

ふふ。たぶんダフに会えたからだろうな。


「エルナ。今日の夜は冒険話の続きしてよー」

「あー、昨日はごめんごめん。毛布掛けてくれて助かったよ、リン」

「じゃあまた夜にね」

「うん、また夜に」


昨日の夜、リンを自室に呼んでお喋りをし始めたんだけど、旅の疲れが出ていつの間にか寝てしまったんだよね、私。

でも朝起きたら、ちゃんとベッドの上で毛布に包まっていたから、すぐに気付いたよ。

今の季節は春先。風邪を引かないようリンが私に毛布を掛けておいてくれたのだ、と。


「ラミアノさん、失礼します」

「仕事頑張んなよー」


私とラミアノさん、それぞれに挨拶をしたリンは、仕事に戻るべく訓練エリアから去って行く。結果、訓練エリアには私とラミアノさんだけになった。


「エルナ。せっかくダフがそれ持ってきてくれたことだし、今日は魔法からにしよう」


準備運動を終えた私にそう提案するラミアノさんは、先程ダフから受け取った皮袋を指し示した。私が魔法大好きなのをよく知っているがゆえの提案である。

私は先程ダフがやったのと同じ様に、ラミアノさんに正対して姿勢を正し、右手を胸に当て立礼する。


「はい!ラミアノ先生、よろしくお願いします!」


そして、自分の気持ちのスイッチを入れるように、元気良く返事をするのだった。


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