エルナと周囲の人々1
ヒポノトンを討伐してオルカーテに戻り、冒険者としてのお仕事を達成した日から一夜明けて。
私は早々に、魔法士としてのお仕事に復帰していた。
「・・・そうしたら帰り道、血の匂いに寄ってきたはぐれの『赤襟狼』と遭遇したんですよー。私、びっくりして反応が遅れちゃって。でも先生とダルセンさんが、こう素早く私の前に入ってくれたんです。それで私も冷静になれて、短剣を抜いて構えることができた、っていう感じでしたねー」
「へぇー。はぐれの、・・・ってことは一匹だけだったんだ?そりゃ運が良かったねぇ。複数だと手強いんだよ、あれ。・・・で、倒したのかい?」
「いえ、運搬していたパーティーの冒険者さんがヒポノトンの肉の切れ端を投げたら、それを咥えてどっか行ってくれました。ああいう場面で臨機応変に対処できるんだから、冒険者さんってやっぱりすごいですよねっ!」
昨日までの冒険の興奮が冷めやらぬ私は、仕事の合間を見つけてはラミアノさんに話し掛けてを繰り返していた。
一年ぶりに街の外に出て、しかも冒険してきたわけで。自分で言うのもなんだが無理もないことだ。
ラミアノさんもそれはわかっているのだろう。仕事中だのと固い事は言わずに聞き役になってくれている。
ちなみに今ラミアノさんとしている会話は、昨日あったこと。ヒポノトン討伐後の出来事だ。
ざっくり解体したヒポノトンを2つの荷車に積めるだけ積み、オルカーテに戻る途中。時間帯は夕方、位置は現場とオルカーテの中間あたりだっただろうか。街道を進んでいた私達冒険者一向の側面方向から、一匹の大きな狼が近づいてきたのだ。
通称『赤襟狼』。全体灰色の毛並みに首回りだけ赤毛という特徴的なカラーリングの狼で、赤い襟巻きをしているように見えることから多くの冒険者がそう呼んでいるが、正式名称はレガラヴォルという。
行商が運ぶ食料品や馬車馬を襲うことはよくあるものの、人を襲うのは稀らしい。狙いは積んでいたヒポノトンの肉だったのだろう。
今回はこちらから肉を与えてやり過ごせたが、先生やダルセンさんの話では、逆に他の個体を呼び寄せてしまうこともあるのだとか。だから今回の対処法が常に正解というわけではなく、時と場合によりけりらしい。
街に帰るまでが冒険なのだとあらためて思わされた出来事だった。
「街に戻ってきたのが昨日の夜だったんだろう?リンを相手に冒険話に花を咲かせて、二人で夜更かししたんじゃないだろうねぇ?」
「いえ、それがですね・・・」
「ん?」
「話す気満々でリンを私の部屋に呼んだんですけど、話し始めてすぐに私が寝ちゃったみたいで・・・。起きたら朝になってたんですよー!」
「ありゃ。まぁ疲れてたんだろうよ。今日の夜、また話してあげればいいさね」
「あはは~。そうしまーす」
妹のリンは、私と同じく冒険者ギルドに住み込みさせてもらっている。部屋はギルド本館の六階。私の自室の隣だ。
まだ10歳ということもあってギルドの業務に係わることはないが、雑用仕事で朝から晩まで働かされている。
大変といえばその通りだが、部屋を与えられて3食付き。わずかだが小遣いも出る。何より私と一緒の住まい、一緒の職場ということで得られる安心は代えがたいものだ。
総合的に見ても、破格の待遇だと思っている。
「さて。今日の分はこれで終わりだねぇ。昼食にするとしよう」
「はーい」
復帰後初仕事となる今日の作業量は、普段より少し多いと感じる程度。
私は冒険に出て三日間留守にしていたから、その間に停滞していた仕事もあったはずだ。でも、だからといって『休んでいた分を頑張って取り戻す』というような作業量ではなかった。
作業量がほぼ変わらない最も大きな理由。
それは供給側である魔法士の立場が強いから。
魔法士は希少な存在である。ゆえに魔法士の都合が優先され、需要側である客は待たされても我慢する立場にあるのだ。
それに関連して、競合相手がいない商売だということ。さらにはギルドが注文数をきっちり管理していることも理由として挙げられる。
もう少し詳細に説明すると・・・。
魔石に魔力を充填するためには魔力充填の魔道具が必要なのだが、この魔道具も魔法士同様にとても希少なものなのだ。
ラミアノさんやギルド長の話では、オルカーテで商用に設置されているのは冒険者ギルドと商業ギルドの2ヶ所のみ。ただし、上級貴族が個人で所有している可能性はあるって言ってたかな。
まぁ可能性の話がどちらにしても、魔石に魔力を充填する商売をこの2つのギルドで独占していることに変わりはない。
では、2つのギルドの立場は同等か、というとそうではない。両ギルドで所有している魔道具の性能には明確な差があるのだ。
両ギルドの魔道具は、ともに魔力素材の属性そのままに魔力を充填できる基本機能を持っている。冒険者ギルドの魔道具はそれに加えて『属性を付与して充填できる機能』のおまけ付き。これは商業ギルドの魔道具には実装されていない機能なのだ。
『殿様商売』というと少々聞こえが悪いかもしれない。だが事実として、冒険者ギルドは最も強い立場にあるわけだ。
その立場を活かして、ギルドは計画的に受注枠を決めている。
まず特定の客に対して優先して注文を受ける優先枠を設定し、それ以外の枠は基本早い物勝ち。時にはオークションのように入札で決めたりもする。
受注がちゃんと管理されているから、魔法士にとって無理のない作業量に収まるのだ。
おしなべてギルドの営業が優秀と言えよう。営業の担当者と管理職の人、ありがとう。
私はつくづく思う。
ここはホワイトな職場だ。
ラミアノさんと一緒に仕事場を出て、ギルド本館の食堂までやって来た。
食べ物の匂いが漂ってくれば、お腹の辺りが刺激され、食欲が湧いてくる。
あえて言わせてもらうなら、仕事上がりの昼食は最高である。
「んじゃエルナ、またねー」
「あ、はい。かしこまりました」
食堂のテーブル席へ向かうラミアノさんに、私は胸に手を当てて立礼する。些細な動作のようだが、これには大事な意味がある。
ラミアノさんは魔法士であるが、ミルドーラフ子爵夫人という貴族の肩書きを併せ持つ。
ギルド本館で他の職員が往来する場所では、私は子爵夫人の小間使いとして振る舞うことになっているからだ。
小間使いというのは、私が魔法士であることを秘匿するために用意された、いわば隠れ蓑。正式にギルド職員となった今でも、ギルドの制服ではなく小間使いとしての動きやすい服を着用しているのはそのためだ。
ラミアノさんを見送って、礼を解き、食堂のカウンターにいるアドロックさんに声を掛ける。
「アドロックさん、お弁当お願いします」
「ほいよ」
私は朝昼晩と1日に3回弁当をもらうためにここにくる。
交わす言葉も短い挨拶程度。あたかもコンビニの店員さんと常連客のような関係性ではあるが、もしかしたらラミアノさん、妹のリン、その次くらいによく顔を合わせているのはこのアドロックさんかもしれない。
ちなみに、朝と晩はギルド本館六階の自室で食べるが、昼だけは素材工房二階の待機室で食べている。
午後は訓練場で体を動かすのが日課なのだが、指導してくれるラミアノさんがいなければスタートできない。だから待機室は私が昼の弁当を食べるため、それとラミアノさんを待つためだけに設けられたものだ。あらためて考えたら贅沢な話だよね。
弁当を受け取った私がその待機室へ行こうとした時。数人の女性ギルド職員が食堂に入ってきた。
その中にリンもいた。制服姿が可愛い。
リンは職場の先輩のお姉さん達と一緒に、この食堂へやってきたようである。
手を振って声を掛けたくなるところではあるが、それはしない。
もちろん喧嘩しているわけではない。
先に述べた通り、ギルドの建物内において、私の立場はラミアノさんの小間使い。私が魔法士であることはほとんどのギルド職員に秘密だからだ。
さらに、私とリンが姉妹であることも伏せているのである。
伏せている理由は『念のため』という意味合いが強い。
家族関係という情報が1つ表に出れば、『お姉さんはどんな人?』とリンが周りから聞かれたりするかもしれないし、何かの拍子で私が魔法士であると公表せざるを得なくなった時に、今度は逆に妹であるリンの身の安全が脅かされるかもしれない。
もしかしたらそんな大した問題にはならないかもしれないし、考えているよりも色々と影響が出るかもしれないし・・・。実際のところ、どうなるか読めないのだ。
なので、読めないならば伏せておく方がいいだろう、という消極的理由である。
あ、リンも私の存在に気付いた。
目が合って・・・。
すれ違う瞬間、挨拶する代わりに、お互いが耳元の髪をさっと掻き上げる。
私達には、それで十分。
私は素知らぬ顔のままで。リンは職場のお姉さん達とお喋りしながら。
そうして私達は通り過ぎるのだった。




